夜の廃棄区画へ、冷たい風が吹き抜ける。
崩れた高架。
積み上げられた廃コンテナ。
遠くで唸る大型搬送機の振動音。
都市の明かりから切り離された区画には、人の気配がほとんど無かった。
だからこそ。
今この路地裏へ響いている荒い呼吸音は、妙に耳につく。
「お、おい……どこ行った……?」
「知らねぇよ!! さっきまでそこにいただろ……!」
「クソッ、マジでなんなんだよあいつ……!」
五人。
半グレ崩れのイデア保持者たちだった。
銃、鉄パイプ、ナイフ。
各々が何かしらに武器を装備している。
廃棄区画では珍しくもない連中だ。
だが今、その顔から余裕は完全に消えていた。
視線が落ち着かない。
誰も背後を壁へ預けようとしない。
まるで暗闇のどこかに、“理解できない何か”が潜んでいるみたいだった。
その時。
路地裏の奥。
積み上がったコンテナの陰から、一人の少女が静かに姿を現す。
白い仮面。
淡いグレーのコート。
夜風へ流れる銀髪。
感情の見えない静かな立ち姿。
それだけなのに、妙な圧迫感があった。
「……マスカレイド」
誰かが掠れた声で呟く。
少女は何も答えない。
ただ静かに男たちを見ていた。
「ビビってんじゃねぇ!! 相手は一人だぞ!!」
短髪の男が怒鳴る。
だが声が少し上擦っていた。
直後。
一人の男が掌を突き出す。
赤黒い光が灯る。
瞬間、火球みたいな爆炎が少女へ放たれた。
轟、と熱風が路地裏を焼く。
コンテナが赤く照らされる。
だが。
少女の足元へ、黒い光が滲んだ。
その周囲を紫色の粒子が静かに漂う。
輪郭が揺らぐ。
次の瞬間には、そこから消えていた。
「っ!?」
爆炎が空を裂く。
そのまま背後のコンテナへ激突し、轟音と共に火花が散った。
「どこだ!?」
「後ろッ!!」
男たちが慌てて振り向く。
少女は既に別の場所へ立っていた。
黒い残光が夜へ溶ける。
紫色の粒子だけが淡く漂っていた。
音も無く、まるで最初からそこにいたみたいだった。
「クソッ!!」
別の男が地面へ手を叩き付ける。
青白い光と共にアスファルトが隆起する。
砕けたコンクリートが槍みたいに突き上がり、少女へ襲い掛かった。
少女は軽く地面を蹴る。
黒い光が足元へ滲み出し、紫色の粒子が尾を引いた。
身体がふわりと浮く。
重力が少しだけ軽くなったみたいな跳躍。
銀髪が夜風へ広がる。
コンクリートの槍を掠めるように飛び越え、そのまま静かに着地した。
「死ねぇッ!!」
身体強化系の男が突っ込む。
脚へ青白い光が走る。
地面を砕きながら、一気に距離を詰めた。
振り下ろされる拳。
だが。
少女の姿がまた揺らぐ。
黒い光が一瞬だけ弾けて、男の視界から消える。
「は……?」
拳が空を切った。
次の瞬間。
少女は男のすぐ横へ立っていた。
そして、男の腕へ軽く触れる。
紫色の光が指先を走る。
その奥で、黒い残光が揺らいだ。
「……え?」
直後。
男の身体が突然弾け飛んだみたいに前方へ吹き飛んだ。
「がッ!?」
轟音。
勢いが衰えることなくコンテナへ真正面から激突し、そのまま崩れ落ちる。
「な、なんだ今の……!?」
「触っただけだろ……!?」
残る四人の顔が引き攣る。
一人が銃を構えた。
乾いた銃声。
火花が散り、弾丸が走る。
だが少女の姿は既にそこにない。
黒い残光と紫色の粒子だけが薄く残る。
気付けば少女は、男の懐へ入り込んでいた。
「っ!?」
男が目を見開く。
少女は男の肩へ軽く触れた。
瞬間。
「ぎぁッ!?」
男の身体が横回転しながら吹き飛ぶ。
地面を転がり、鉄骨へ激突した。
「クソッ、何なんだよコイツ!!」
残る三人が同時に動く。
鉄パイプ、ナイフ、炎。
攻撃が一斉に少女へ向かった。
だが少女は止まらない。
黒い光が夜へ滲み、紫色の粒子が煌めく。
姿が揺らぎ、男たちの視界から消える。
横へ、斜めへ。
時には壁を蹴りながら、攻撃の隙間を滑るようにすり抜けていく。
不思議な動きだった。
恐ろしく速い。なのに、激しさが無い。
普通なら急停止したり、踏み込んだ勢いで身体が流れるはずなのに、少女の動きにはそれが無かった。
走る、止まる、跳ぶ、方向を変える。
その全部が、水の流れみたいに滑らかに繋がっている。
まるで“勢いそのもの”を操っているみたいだった。
「当たれよッ!!」
鉄パイプが全力で振り下ろされる。
鈍い音。
確かに直撃した。
男はそう確信した。
だが。
「……は?」
おかしい、手応えが無かった。
全力で叩き込んだはずなのに、まるで途中で勢いそのものが消えたみたいに威力が抜け落ちていた。
少女のコートが僅かに揺れる、それだけだ。
吹き飛びもしない。
怯みもしない。
男が呆然と目を見開いた、その瞬間。
少女の指先へ紫色の光が走る。
その奥で黒い光が揺らいだ。
「ぁ──」
次の瞬間、男の身体が真横へ吹き飛んだ。
地面を転がり、壁へ激突する。
残る二人。
炎使いの男が歯を剥いた。
「調子乗んなよッ!!」
赤黒い光が膨れ上がる。
先ほどより遥かに巨大な爆炎。
熱風で空気が歪む。
次の瞬間。
炎が放たれる。
路地裏を埋め尽くす火炎。
逃げ場はない。
だが、少女は慌てるそぶりすら見せずに静かに炎へ手を伸ばした。
掌から黒い光が滲む。
紫色の粒子が周囲へ散った。
その瞬間。
爆炎が、不自然に揺らいだ。
「……は?」
本来なら前方へ広がるはずだった炎が、逆方向へ押し返されていた。
炎の流れが歪む。
膨張した熱が、無理矢理内側へ押し潰されていき、爆炎が収縮する。
爆炎が押し潰される。
空気の流れが乱れ、炎が急激に弱まる。
次の瞬間。
ボフッ、と鈍い音を立てて爆炎が掻き消えた。
「なっ……」
男の顔が青ざめる。
少女はそのまま前へ踏み込む。
一歩、二歩。
消えかけた熱煙の中を、静かに歩いてくる。
黒い光が闇へ溶ける。
紫色の粒子だけがゆっくり漂っていた。
白い仮面だけがぼんやり浮かんで見える。
「ひっ……!」
男が後退る。
少女は男の胸元へ軽く触れた。
次の瞬間。
轟音と共に男の身体が真後ろへ吹き飛び、コンテナへ激突。
そのまま崩れ落ち、完全に沈黙した。
最後の一人は、その光景を見た瞬間に腰を抜かした。
「ば、化け物……」
少女は何も言わずに、ただ静かに男の方へ足を進める。
「く、来るな……!」
男が震えながらナイフを振る。
だが少女の姿がぶれて、黒い残光が揺れる。
紫色の粒子が夜へ散る。
空振る。
次の瞬間には、男のすぐ横へ立っていた。
少女が男の肩へ軽く触れると、男の身体が派手に吹き飛び、地面へ転がった。
静寂。
路地裏へ風の音だけが残る。
少女はゆっくり周囲を見回して、全員気絶しているのを確認すると、小さく息を吐く。
それから地面へ散らばった男たちの荷物を見下ろした。
数秒、沈黙。
やがて少女は静かにしゃがみ込み、荷物の中から財布を拾い集め始める。
夜風が銀髪を揺らす。
白い仮面の奥で、少女は小さく呟いた。
「…生活費だから仕方ない」
誰へ向けた言い訳でもないその声は、静かな廃棄区画へ溶けていった。
♢
昼下がりの中央広場は、人で溢れていた。
巨大ホログラム広告。
空中輸送レーン。
噴水の周囲を歩き回る観光客。
ガラス張りの高層ビル群へ、青白い光が反射している。
廃棄区画とは別世界みたいだった。
その噴水の縁へ腰掛けながら、俺はコンビニで買ったパンを齧っていた。
「……硬い」
ぼそりと呟く。
昨日の夜に買ったせいで少しパサついている。
だが文句を言える立場でもない。
俺はぼんやり噴水を眺めた。
子供たちが笑いながら水遊びをしている。
カップルが写真を撮っている。
学生たちが騒いでいる。
どこにでもある昼の風景。
平和だった。
少なくとも、この場所だけを見れば。
「……」
俺は小さく息を吐く。
この世界へ来てから、一ヶ月。
未だにまともな住居は無い。
戸籍も、身分証も無い。
当然、普通の仕事にも就けない。
下手に身元を作れば、ヘリオスへ足が付く可能性がある。
結果、夜はヴィランやヴィラン予備軍を倒し財布回収。
昼は安い飯。
我ながら日々の生活が、中々に治安が終わっていると思う。
「いや普通もっとこう、転生って華やかなはずじゃない……?」
パンを齧りながら小さく呟く。
もっとこう。
チート能力で無双して、いい感じに事が運んで豪邸を手に入れたり、ハーレム形成したりして。
そういうのを想像していた。
現実は連日、廃棄区画でヴィランを吹き飛ばして財布を回収している。
「虚しい...」
その時だった。
広場中央の大型モニター映像が切り替わる。
『昨夜未明、廃棄区画にて違法イデア保持者グループが重傷を負った状態で発見されました』
「あっ」
思わず動きが止まる。
映像には、壊れたコンテナや道路が映っていた。
『現場周辺では、未登録イデア保持者“マスカレイド”の目撃情報も確認されており──』
「その名前ほんとやめてほしいんだけど……」
思わず顔を覆う。
誰が最初に言い出したのか知らないが、最近では完全に定着してしまっていた。
マスカレイド。
こんな名前誰がつけたんだ、小っ恥ずかしい。
『SNSでは“企業所属ヒーローよりも助けてくれる”という声も上がっており──』
画面には俺のイメージ図まで表示されているが、黒色の光に紫の粒子状の光を纏いやたらスタイリッシュに描かれていた。
光といえば、原作ではイデアを使用すると光が漏れ出すような演出があった。
先月、湊の戦いを見に行った時、彼は青紫色の光を纏っていた。
俺はイデアを使用しても光は出なかったから何故だろうと考えていたが、どうやら出力の問題だったようだ。
イデアを高出力で使用すると、漏れ出たエネルギーが光となって現れるようだ。
最近、俺もヴィランやチンピラと戦って成長したのか光るようになった。
『一方、企業側は未登録イデア保持者による危険行為として警戒を──』
「危険行為って言われるとちょっと傷付くな……」
確かに財布は抜いてるけど。
でも相手ヴィランだし。
貴重な生活費だし。
いやでも客観的には普通に危険人物か?
仮面で顔を隠して戦闘、相手がヴィランでもやってること普通に強盗と大差ないしな...
真顔になって少し考える。
「……まぁ今更か」
細かい事を考えるのはやめることにした。
その時だった。
「隣、いい?」
不意に男の声が聞こえた。
顔を上げるとそこには、一人の男が立っていた。
二十代後半くらい。
金髪、軽薄そうな笑み、派手なジャケット。
そして、首元には企業所属を示すヒーロー用の認証デバイスが見える。
俺は僅かに目を細めた。
企業ヒーロー。
男は俺の返事も待たず、自然に隣へ腰掛ける。
「いやー、この辺平和そうに見えて最近結構危ないんだよね」
「…そうなんですか」
「うん。最近能力犯罪多いし。ヒーローでも油断すると普通に死ぬからね」
微妙に居心地の悪さを感じて、誤魔化すように無言でパンを齧る。
男はそんな俺を横目で見ながら笑った。
「そんな警戒しなくても取って食ったりしないって」
「別に警戒なんてしてません」
「してる顔だよそれ」
俺はは視線を逸らした。
すると男がふと真面目な声になる。
「一ヶ月くらい前かな」
「?」
「商業施設で暴走してた炎熱系イデアのヴィラン、覚えてる?」
男の言葉に動きが止まる。
俺が女の子を助けて、初めて自分の力を自覚した日。
「あの時、君、女の子助けてただろ」
「……っ!」
心臓が跳ねる。
俺は反射的に男を見た。
見られていた。
あの場面を、無断で能力を使ったところを?
無意識のうちに指先へ僅かに力が入る。
イデアの無断使用は違法だ。
しかもあの時の自分は、今以上に能力制御もできていなかった。
下手をすれば普通に捕まっていた可能性すらある。
男は警戒する俺を見ながら、軽く肩を竦めた。
「あー、別に通報しようってわけじゃないから安心して」
「……」
「むしろ感心したんだよね。普通、あんな状況で他人なんか助けるために飛び込めない」
思わず黙る。
あの時はほぼ勢いだった。
救えたのは結果論に過ぎず、褒められるようなことではない。
一歩間違えたら、誰も救えず死体が増えただけの可能性だってあったのだから。
そんな俺の考えを他所に男は続ける。
「しかもその後、すごい速度で逃げてたし」
「……」
俺の警戒は解けない。
男の目的がわからない、透明化して逃げるか?
考えを巡らせて冷や汗を垂らす俺を見て男は、ふっと笑った。
「そういえば名乗ってなかったね」
軽く手を差し出す。
「俺の名前はフィン・マーサー。ヴァルハラ所属のヒーロー“ブリッツ”って言えば分かるかな?」
その名前に、透也の思考が止まる。
ブリッツ。
炎の男を倒したヒーロー。
だけど。
「……原作にいない」
つい口に出してしまって、俺は慌てて口を閉じた。
危ない。
フィンは不思議そうに首を傾げる。
「ん?」
「い、いえ、テレビで見たことあります」
誤魔化す。
「で、君の名前は?」
「……」
俺は少し迷う。
本名を名乗るべきか。
今の容姿で本名を名乗るのは違和感がある気がしたが、結局そのまま名乗ることにした。
俺の名前は数少ない両親との繋がりなのだ、偽りたくはない。
「榊透也です」
「へぇ」
フィンが少しだけ目を細める。
「女の子なのに男みたいな名前だな」
「珍しいですけど、別に変ではないでしょう?」
「まあ、そうだな」
この男は、原作に出てきていない。
つまり、俺の原作知識の外。
未来が読めない存在。
俺は僅かに息を呑む。
この世界へ来てから初めてだった。
“原作知識が活用できない相手”とまともに接触したのは。
フィンはそんな俺の内心など知らないまま、軽い調子で続ける。
「実は今、ちょっと困っててさ」
「……」
「俺の相棒が怪我して、しばらくヒーロー活動できなくなったんだよね」
俺は小さく眉を寄せる。
相棒、企業ヒーローのタッグ制度か。
この世界では珍しくない。
「それで?」
「代役やってくれない?」
「……は?」
俺は数秒固まった。
フィンは悪びれもなく笑う。
「いや、君のイデア結構強そうだし、ちょうどいいかなって」
俺は即座に首を振った。
「無理です」
「即答か」
「当たり前でしょう。そもそも私はヒーロー免許持ってませんし」
フィンは軽く手を振る。
「そこは大丈夫」
「何が大丈夫なんですか...?」
「相棒のスーツ、フルフェイス型だから顔見えないんだよね」
「余計大丈夫じゃないですよね?ヒーローが一般人を唆すなんて」
「絶対中身変わってもバレないから大丈夫さ!」
軽い、ものすごく軽い。
本当にヒーローかこいつ。
俺は若干引き気味になった。
だがフィンは少しだけ真面目な顔になる。
「もちろん報酬は出す」
「……」
「結構いい額」
金、現在の俺に最も効果的なものだった。
「……ちなみに、おいくらですか?」
「乗ってくれる?」
「仕事内容次第で...」
誰も、お金には勝てない。
仕方ない、仕方のない事なのだ。
今みたいなヴィランから強奪を繰り返す生活をしていたら、私がヴィラン判定されてしまいそうだし...
フィンはそんな俺を見て、どこか面白そうに笑った。
「安心しなって。そんな危険なこと頼まないから」
その笑顔を見ながら。
俺は何故か、ほんの少しだけ嫌な違和感を覚えていた。
♢
数日後。
夕暮れの街を、一台の黒い車が滑るように走っていた。
窓の外では高層ビル群のガラスへ夕焼けが反射し、青白い広告ホログラムが夜より少し早く街を照らし始めている。
空中輸送レーンには無数の搬送ドローンが飛び交い、遠くでは色々な企業の巨大広告が映し出されていた。
いかにもSFです、みたいな景色。
最近はこの景色も見慣れてきた。
俺は助手席へ身体を預けながら、ぼんやり窓の外を眺めていた。
「……」
やっぱり帰ればよかったかもしれない。
今更そんな考えが頭を過る。
結局、俺はフィンの依頼を受けた。
ヴィランの財布を抜く生活も、いつか限界が来るだろう。
そもそも毎回ヴィランと遭遇できる訳でもないし、遭遇したとしても毎回無傷で済む保証なんてどこにもない。
だったら短期間だけでもまとまった金を稼げる仕事は魅力的だった。
……まぁ、その仕事内容が“企業ヒーローの代役”なのは全然魅力的じゃないのだが。
「そんな緊張しなくても大丈夫だって」
運転しながらフィンが笑う。
片手でハンドルを回しながら、やたら気楽そうな顔をしていた。
「顔硬いぞ?」
「ヒーローの代役をやるんですよ。緊張もします」
「真面目だなぁ」
軽い。
この人、本当に態度が軽い。
本当に大丈夫なのか不安になるレベルで軽い。
俺は小さくため息を吐く。
その時、ふと前から気になっていたことを思い出した。
「……そう言えば」
「んー?」
「前、貴方を見た時は敬語で喋ってましたよね?」
フィンがちらっとこっちを見る。
「そうだっけ?」
「そうですよ。なんで今は違うんですか?」
するとフィンは、何故かちょっと得意げな顔をして鼻を鳴らした。
「キャラ作りさ!」
「……へ?」
「企業ヒーローってイメージ商売だからな。爽やかで礼儀正しくて安心感ある感じの方がウケるんだよ」
フィンは片手運転のまま肩を竦める。
「俺の素はこっち」
「裏表あるヒーローってなんだか嫌ですねえ...」
「失礼な。弛まぬ営業努力さ!」
「もしキャラ作りがバレたりしたらファンに幻滅されるんじゃないですか?」
「マジで...!?」
「さあ?どうでしょう」
フィンは少しショックを受けたみたいな顔をした後、すぐ吹き出した。
「ははっ、まあその時はその時でどうにかするさ!」
「前向きですね...」
なんというか、企業所属のヒーローってもっとキラキラした存在だと思っていた。
もっとこう、人格者というか、完璧超人というか。
なのにこの人は思ったより俗っぽい。
少しだけ拍子抜けした。
そう言えば、現在の俺の服装は、いつもの私服ではない。
黒を基調としたスーツと首元まで覆うインナー。
そして膝の上には、小さな腕輪。
フルフェイス型のデバイスらしい。
この世界では珍しくない簡易装着型デバイスで、小型端末からナノ装甲を展開し、一瞬でヒーローのスーツを装着できるらしい。
企業ヒーローでは一般的な装備だと聞いた。
一般的って何だ。
ちょっと俺には未来すぎる。
俺はデバイスを見下ろす。
金属質で妙に薄く、表面には淡く光るラインが走っていた。露店で買った俺の安物の仮面とは比べ物にならないくらい高そうだ。
「……やっぱりこれ着るんですか」
「そりゃそうだろ。顔隠さないと」
「いやそうですけど」
なんというか。
凄くヒーローっぽくてなんだか恥ずかしい。
昨日まで露店の仮面で顔を隠して半グレ転がして財布回収してた人間とは思えない。
フィンは笑いながら続ける。
「大丈夫だよ。さっさと終わらせて、帰ったら一杯やろう」
「その台詞、死亡フラグにしか聞こえないんですけど」
「ははっ、漫画の読み過ぎじゃないか?」
ここはその漫画の世界なんだよなぁ。
俺は内心だけで呟いた。
やがて車が減速する。
窓の外へ視線を向けると、そこは工業区域だった。
巨大な輸送コンテナ。
剥き出しの配管。
大型搬送機。
夜でも稼働を続ける工業用ドローン。
街中心部の華やかさとは違う、無機質で重たい空気が漂っている。
その一角に、人だかりができていた。
警備ドローン、規制線、騒ぐ野次馬。
そして遠くで響く爆発音。
「……暴れてますね」
思わず呟く。
どうやらイデアが暴走を起こして男が暴れているらしい。
フィンは車を降りながら首を鳴らした。
「最近増えてんだよねぇ。こういう暴走被害」
「……」
「ま、今日は軽く流して終わろうぜ」
軽い、本当に軽い。
俺は若干不安になりながら車を降りた。
その時だった。
フィンが小型デバイスを起動する。
彼の体を青白い光のラインが走っていく。
次の瞬間、フィンの全身へ一瞬でスーツが展開された。
電流みたいな青いラインが走る近未来的な装甲。脚部から胸部、腕、首元まで流れるように装着され、最後に頭部へフルフェイス型のヘルメットが形成される。
一秒もかかっていない。
「……すご」
思わず声が漏れた。
フィンはそんな俺へスーツを着るように促す。
「ほら、君も変身しようぜ...」
フィンは俺が恥ずかしがっているのに気付いていたのか揶揄うように笑っている。
「…使い方は?」
「念じて触れれば勝手に装着される」
雑だった。
俺は恐る恐るデバイスを見る。
本当にこれで装着できるのか疑わしいくらい小さい。
だがフィンは既に歩き始めていた。
「ほら、急ぐぞー」
「待ってくださいって……!」
俺は慌ててデバイスを起動する。
次の瞬間。
黒い光が一瞬だけ弾けた。
「っ!?」
スーツが身体へ展開される。
腕、脚、胸部、首元。
流れるように黒いスーツが形成され、背中にはマントが形成される。
最後に仮面が顔を覆った。
視界へ半透明のUIが浮かぶ。
心拍、周辺索敵、通信機能。
様々な情報が一気に流れ込んできた。
「うわっ……」
未来だ、めちゃくちゃ未来の技術って感じがする。
俺は若干感動した。
だが同時に。
「やっぱり恥ずかしいですね...」
完全にヒーローって感じの格好だ。個人的には仮面より恥ずかしい。
そんな様子の俺を見てフィンが少し笑う。
「慣れだよ慣れ」
「そういう問題ですかね…」
そんな会話をしながら、俺たちは現場へ向かった。
誤字報告助かります!ありがとうございます!