規制線の向こう。
そこでは、一人の男が暴れていた。
筋肉質な大男。
全身へ灰色の光が走っている。
彼が腕を振るうたびに周囲の鉄骨やコンテナが浮かび、軋み、重力そのものが歪んでいるみたいな圧迫感が空気へ広がっていた。
「重力操作系か」
フィンが呟く。
「あれに勝てる気しないんですけど...」
俺は少し警戒する。
重力操作系イデア。
原作でも使ってるキャラはいた、結構な強キャラだった。
その時。
男がこちらへ気付いた。
「ァァァアアアアア!!」
咆哮。
次の瞬間、周囲のコンテナがいくつも浮き上がった。
「えっ」
俺の声が引き攣る。
大型コンテナだ。
普通にトラックほどのサイズある。
それが数個同時に浮いている。
空気が軋み、コンテナが悲鳴みたいな音を立てる。
「ちょっ、待っ」
次の瞬間。
コンテナが射出された。
空気を裂きながら巨大質量が突っ込んでくる。
俺のイデアであのコンテナを止められるだろうか、あれほどの質量のものに使用しとことはないが。
反射的にそう考えた瞬間。
俺の眼前を青い閃光が走る。
フィンだった。
「俺に任せろッ!!」
電流を纏った蹴りが叩き込まれ、コンテナが横へ弾き飛んだ。
「うわっ!?」
衝撃で俺がよろめく。
その横を別のコンテナが通過した。
風圧だけで頬が痛い。もう既に帰りたい。
フィンはそのまま地面を滑るように着地する。
『派手なイデアだなクソ野郎ッ!』
どうやらスーツの通信機能はオートで起動するらしい。
通信越しにフィンの声が聞こえる。
戦闘で興奮しているのか、少しだけ口が悪い。
俺は若干混乱しながらも、慌てて体勢を立て直した。
「これ軽く流す相手じゃなくないですか?」
『大丈夫!余裕余裕!』
戦闘時なのに態度が軽すぎる、この人本当に大丈夫か。
そう思った次の瞬間だった。
ヴィランが両腕を振り上げる。
灰色の光が一気に膨れ上がった。
嫌な予感、本能が警鐘を鳴らす。
『奴から離れろッ!!』
フィンが叫ぶ。
直後。
地面が沈んだ。
「っ!?」
轟音を響かせながら工業区域一帯のアスファルトが、一瞬で陥没した。
凄まじい圧力で身体が急激に重くなる。
まるで見えない巨大な手で地面へ押し潰されているみたいだった。
「ぐっ……!?」
膝が沈む、呼吸が上手くできない。
肺へ鉛を流し込まれたみたいだった。
遠くでは野次馬で来た一般人の悲鳴が響いている。
警備ドローンが何機も地面へ墜落した。
『チッ、範囲が広いな……!』
フィンが舌打ちする。
その瞬間、ヴィランの視線がこっちを向いた。
灰色の光、歪む空気。
次の瞬間、俺の身体が浮いた。
「え」
足が地面から離れる、嫌な浮遊感。
直後、とんでもない勢いで身体が引っ張られた。
「うわぁっ!?」
コンテナの方へ身体が吹き飛ぶ。
速すぎる。
景色が一気に流れる。
死ぬ。
咄嗟にそう思った瞬間、俺は反射的に能力を使っていた。
黒い光と紫の光が身体の周囲へ滲む。
空中で勢いを殺す。
身体へかかっていた運動量を消そうと能力を使用したが、完全に消すことはできなかった。
「っ……!」
ギリギリでコンテナ激突を回避する。
靴底が火花を散らしながら地面を滑った。
「はぁっ……はぁっ……!」
心臓がうるさい、今完全に死ぬかと思った。
フィンが少し驚いたようにこっちを見る。
『おぉ!?今のを避けるなんてすごいな!俺も負けてられない!』
「死ぬ、このままじゃ死んでしまいます...!」
俺は上手く攻撃を回避できたが冷や汗が止まらない。
次も回避できる保証はない、どうする...?
再びヴィランが腕を振るう。
周囲の鉄骨が浮き上がった。
何本も。
槍みたいに。
「やばっ...!」
次の瞬間、鉄骨が射出される。
空気を裂く轟音。
俺は反射的に身体を横へ滑らせる。
鉄骨が頬の横を通過して、風圧でバランスを崩しそうになる。
怖い、めちゃくちゃ怖い。
だが止まったら死ぬ。
俺は勢いを殺さず、そのまま地面を滑りつづける。
能力を使う度、黒い光と紫の光が淡く残像みたいに揺れた。
攻撃が当たらないことに痺れを切らしたのか、ヴィランが苛立ったように咆哮する。
「ァァァアアア!!」
再びコンテナが浮き、鉄骨が軋む。
周囲の瓦礫まで巻き上がり始めた。
「うわ、範囲広っ……!」
俺は滑るように瓦礫を回避する。
だがその瞬間。
視界の端で、逃げ遅れた作業員が見えた。
崩れた鉄骨の近くで倒れている。
「っ……!」
地面を蹴る。
黒い光が弾ける。
景色を一気に後方へ置き去りにした。
その勢いのまま作業員を抱え、横へ滑る。
直後。
大きな破壊音と同時にさっきまでいた場所へ巨大な鉄骨が突き刺さった。
「ひっ……」
作業員が恐怖で引き攣った声を漏らす。
俺も同じ気分だ、怖すぎる。
なんだこの世界。
漫画で読んでた時より百倍怖い。
「大丈夫ですか?」
「ぁ、あぁ……!」
返事を聞くより先に、俺はその人を避難区域へ押しやる。
その瞬間。
視界の端で青い閃光が爆ぜた。
フィンだった。
電流を纏ったまま一直線に突っ込んでいく。
恐ろしく速い。恐らく俺の全速力よりも速いだろう。
まるで雷みたいだった。
『くらえッ!!』
フィンの蹴りがヴィランの胴体へ叩き込まれる。
だが。
「なっ……!?」
止まった。
ヴィランの周囲で重力が歪む。
フィンの蹴りの勢いが寸前で急激に死んだ。
まるで見えない壁へ叩き付けられたみたいに。
「ッ、ぐ……!」
逆にフィンの身体が吹き飛ばされる。
「フィン!?」
『っはは、相性悪いな……!』
壁へ叩き付けられながら、それでもフィンは笑っていた。
いや笑ってる場合じゃない。
その時。
ヴィランの視線が俺へ向く。
次の瞬間。
最初のように周囲一帯のコンテナが、一斉に浮き上がった。
「……!!」
五、十、二十。
いやもっとだ。
巨大な鉄塊が空中へ浮かんでいる。
異常な圧迫感に足が竦む。
まるで空そのものが落ちてくるみたいだった。
「ちょ、待っ……」
ヴィランが腕を振り下ろすと同時に、コンテナ群が俺に向かって一斉に落下した。
空気が震える。
巨大な鉄塊が視界を埋め尽くした。
「っ……!!」
逃げ切れない。
そう理解した瞬間、反射的に能力を使っていた。
黒い光と紫の光が弾ける。
俺は地面を強く踏み込んだ。
限界まで加速して、コンテナの隙間を滑るように抜ける。
頭上を鉄塊が通過した。
風圧で呼吸が詰まる。
「うわっ……!?」
激しい衝突音を出しながら背後でコンテナが幾つも地面へ激突する。
地面が揺れて、衝撃波で瓦礫が吹き飛ぶ。
俺は滑り込むように着地し、そのまま勢いを殺す。
靴底がアスファルトを削った。
「はぁっ……はぁっ……!」
一発でも当たれば即死だろう。
命が幾つあっても足りない。
だが、ヴィランは止まらない。
灰色の光が膨れ上がる。
次の瞬間、周囲の鉄骨が一斉に浮いた。
「また!?」
射出。
轟音。
俺は反射的に上へと跳んだ。
鉄骨が先ほどまで俺の立っていた地面を大きく削り取った。
「ッ……!」
着地の瞬間、止まるより先に再加速。
次の鉄骨が飛んでくる。
避ける。
また跳ぶ。
避ける。
その繰り返しだった。
まるで巨大な砲台と戦ってるみたいだ。
ヴィランが腕を振るう度、コンテナや瓦礫が宙へ浮く。
工業区域そのものが奴の武器になっていた。
俺は地面を滑るように走り続ける。
踏み込み、加速、方向転換、急停止。
能力を使う度、黒い光と紫の光が残像みたいに揺れた。
「チョロチョロとォォ!!」
ヴィランが咆哮する。
次の瞬間、地面そのものが捲れ上がった。
「うわっ!?」
アスファルト片が弾丸みたいに飛んでくる。
俺は咄嗟に身体を捻る。
避けきれなかった破片が肩を掠めた。
強烈な衝撃。
「っ……!」
痛い、かなり痛い。
スーツ越しに痺れるみたいな感覚が走る。
だが止まれない、止まったら死ぬ。
攻撃を回避し続ける俺を鬱陶しく思ったのか、ヴィランの視線が完全に俺へ固定されていた。
「お前ぇぇぇえええ!!」
灰色の光が膨れ上がる。
コンテナが浮く。
鉄骨が浮く。
瓦礫が浮く。
全部俺へ向いていた。
「なんでそんなヘイト買ってるんですか俺!?」
『モテモテだな新人!!』
通信越しにフィンの笑い声が飛ぶ。
「全然嬉しくないんですけど!?」
その瞬間。
コンテナが射出される。
俺は反射的に地面を蹴った。
黒い光と紫の光が弾ける。
身体が横へ滑る。
コンテナが真横を通過した。
次は別方向から鉄骨だ。
「うわっ!?」
これも同じように回避する。
心臓がうるさい。
呼吸が乱れる。
怖い。
でも、躱し続ける事ができるということは、攻撃をしっかりと認知できていることの裏付けだ。
その事実に少しだけ安堵する。
ヴィランが攻撃する前、僅かに空間が歪む。
重力が偏る、その瞬間に動けば避けられる。
俺は滑るように移動しながら、ヴィランの動きを観察する。
延々と隙を窺いながら回避を続ける。
だが攻撃の激しさは衰えないが、とてもじゃないが回避で精一杯で反撃はまだ無理そうだ。
「ァァァアアアア!!」
ヴィランが苛立ったように咆哮する。
攻撃が段々と雑になっていく。
コンテナが無茶苦茶な軌道で飛び回り、辺り一帯を破壊していく。
その瞬間だった。
視界の端で、青い光が走る。
フィンがいつの間にかヴィランの死角へ回り込んでいた。
「っ……!」
そういうことか。
俺が気を引いてる間に、フィンが近付いていたんだ。
ヴィランはまだ気付いていない。
視線は完全に俺へ固定されている。
「逃げんなァァァ!!」
迫り来る攻撃を全て回避する。
その瞬間。
ヴィランの背後で青い閃光が爆ぜる。
『捕らえたぞ!』
フィンだった。
雷みたいな速度で懐へ潜り込む。
ヴィランが振り返るがもう遅い。
フィンの拳へ青白い電流が収束する。
『寝てろッ!!』
雷鳴のような音と共に電撃を纏った拳がヴィランの鳩尾を撃ち抜いた。
空気が弾けて、ヴィランの巨体が浮いた。
次の瞬間、そのまま後方へ吹き飛び、コンテナへ激突する。
凄まじい衝撃音。
灰色の光が霧散した。
静寂。
数秒遅れて、警備ドローンの警報音が響き始める。
『対象沈黙確認──』
『対象沈黙確認──』
俺は息を切らしながら立ち尽くした。
「終わった……?」
フィンが着地する。
青い電流を散らしながら、こっちを見て笑った。
『助かったよ』
「……え?」
『お前がずっと気を引いてくれたおかげで近付けた』
フィンは親指で後ろのヴィランを指す。
『重力操作系って正面からやると面倒なんだよ。近づけないし』
「……」
『でも今回はお前が奴の視線を釘付けにしてくれたおかげで楽に倒せた!』
フィンは楽しそうに笑った。
『ナイスだ、新人』
その言葉に、俺は少し呆ける。
俺はただ必死に逃げ回っていただけだ。
正直、戦ってたって感覚すら薄い。
でも。
「……役には立てたんですね」
『かなりな』
フィンはあっさり頷いた。
『普通、あの攻撃量相手にあそこまで避け続けられねぇよ』
そう言いながらフィンは俺の肩を軽く叩く。
『センスあるよお前、このままうちで働かないか?」
「嫌です...」
『なんでだよ』
「普通に死ぬかと思ったので...」
本音だった。
フィンは数秒きょとんとした後、吹き出す。
「あははっ、そりゃそうか」
相変わらず軽いノリ、でもそのおかげで戦闘中も緊張し過ぎずに攻撃を避けられたのかもしれないな。
今までより少しだけ。
企業所属のヒーローって存在への印象が変わっていた。
―――――――――――――――――――――――
「ほら、これやるよ」
フィンが差し出してきたジュースを、俺はありがたく受け取った。
喉も渇いていたし、ちょうどいい。
缶を開けて一口飲む。
「……っ」
不味い、何味だろうこれ。
妙な刺激があって舌がピリピリする。
甘いのか苦いのか酸っぱいのかよく分からないし後味も妙な味だ。
何故か舌がザラザラするし好ましい部分が一つも見つからない。
「絶望的な不味さだ…」
俺は思わず缶を見下ろした。
海外製なのか、パッケージには見たことない文字が並んでいる。
一瞬果物のような甘味があった。
途中からはミントみたいな風味があって、その後薬草みたいな味になって最後は謎の酸味。
捨てるのは勿体無いから少しずつ飲み進めていくと、フィンはそんな俺を見て吹き出すように笑った。
「そこまで不味そうな顔するか?」
「控えめに言って、マイルドな吐瀉物って感じです…」
「そうか?慣れると美味いぞ?」
「それは絶対に嘘」
俺は微妙な顔のまま、全然減らないジュースを片手に周囲へ視線を向ける。
工業区域には企業スタッフや警備隊が到着していた。
上空では警備ドローンが飛び回り、封鎖区域を広げている。
大型輸送車両、救護班、現場検証用の機械。
戦闘の余韻なんて一瞬で飲み込まれていく。
「ヴァルハラ所属ヒーロー、ブリッツです。対象は鎮圧済み」
スーツの装着を解除したフィンが慣れた様子でセキュリティ隊員へ端末を見せる。
すると隊員たちの態度が一気に変わった。
「確認しました!」
「救護班!負傷者の確認急げ!」
「周辺安全確保!」
しっかり統率が取れていて動きが早い。
俺は少し離れた場所からその様子を見ていた。
セキュリティは警察みたいなものかと思っていたが、半分軍隊みたいだった。
この世界のヒーローって、思ってた以上に社会へ深く食い込んでいる。
漫画で読んでた時は、ただの“能力で派手に戦う職業”くらいの認識だった。
でも実際は違った。
災害対応。
治安維持。
権力。
全部担ってる。
「……なんかすごいな」
思わず呟く。
フィンが振り返った。
「ん?」
「いや、ヒーローってもっと個人で戦ってる感じかと思ってました」
「あー」
フィンは苦笑する。
「昔はそうだったらしいけどな。今は完全に企業ビジネスだよ」
そう言いながら肩を竦める。
「スポンサー、人気、イメージ、視聴率。色々面倒」
「視聴率?」
「ヒーロー配信あるだろ?」
「あ……」
そう言えばある。
この世界ではヒーロー活動そのものが巨大コンテンツ化している。
人気ヒーローは広告にも出るし、企業価値にも直結する。
つまり、強いだけじゃ駄目で見栄えも必要。
「だからキャラ作りしてるんですか」
「そうそう」
フィンは笑う。
「爽やか好青年系ヒーローブリッツって感じだ」
「いい年したおじさんが青年を自称するんですか...?」
「辛辣だなお前!?」
そんな会話をしていると、企業スタッフらしき男が近付いてくる。
「ブリッツ、そちらが代役の方ですか?」
「あぁ。今回だけな」
男の視線がこっちへ向く。
俺のことを値踏みするような視線。
「……随分と小柄ですね」
「見かけによらず強いぞ、プロにも劣らない」
フィンが笑いながら俺の肩を叩く。
スタッフの男は少し考え込んだ後、小さく頷く。
「……追加契約も検討できますね」
「お、マジ?」
「有能な人材はいつでも不足していますから」
その会話を聞きながら、俺は少しだけ複雑な気分になっていた。
追加契約、つまりまた今のような命懸けの戦いをするということ。
いやまぁお金は欲しい、欲しいけど。
「こんなの続けてたら死にそうな気が...」
思わず本音が漏れる。
フィンが吹き出した。
「ははっ、初実戦にしちゃハードすぎたか?」
「普通初実戦でコンテナの雨は降ってきませんよ」
「そうか?」
フィンは笑いながら歩き出す。
「ま、とりあえず初仕事祝い行くか!」
「仕事祝い?」
「飯。奢ってやるよ」
俺は少し迷う。
疲れたし正直ネカフェに戻って寝たい。
精神的にもかなり疲弊している。
だが。
「奢り……」
「おう」
「高いやつでも…?」
「調子乗るなよ新人」
フィンが笑う。
俺は少しだけ考えてから、小さく頷いた。
「行きます」
「よし!」
フィンは満足そうに笑った。
そのまま二人で工業区域を後にする。
♢
夜の街はネオンで溢れていた。
巨大な街頭モニターにはヒーローが事件を解決して旨のニュースが流れている。
それ横目に見ながら、俺はぼんやり考える。
この世界へ来て、一ヶ月。
ずっと一人だった。
どう生きるかばかり考えていた。
だから、こうやって誰かと並んで歩いていること自体、少し不思議だった。
「何食いたい?」
「肉…?」
「女子高生みたいな見た目でチョイスが男子なんだよなぁ」
「放っといてください」
フィンが笑う。
つられて俺も少しだけ笑った。
そのままフィンに連れられ、俺たちは繁華街へ出ていた。
夜の繁華街は昼より眩しい。
ネオン広告、ホログラム映像、上空を流れる輸送車両のライト。
人の多さも昼以上だった。
仕事終わりの会社員や騒ぐ学生、企業ヒーローの広告映像を撮影している観光客。
全部が光って見える。
廃棄区画とは別世界だ。
「肉って言っても何食おうか?」
「焼き肉でお願いします...!」
「食いつきすごいな...」
フィンが呆れたように笑う。
俺は少しだけ眉を寄せた。
「別にいいじゃないですか」
「いや可愛い顔で肉肉言ってるの面白くて」
「自分の顔慣れてないんですよ」
思わず本音が漏れる。
するとフィンが少し目を丸くした。
「顔に慣れない?どういうことだ?」
「?」
不意に出てしまった言葉に後悔して俺は少し黙る。
性別が変わったことを気にしていない訳じゃない、むしろかなり気にしている。
前世とは何もかも違う。
声も顔も身体も。
鏡を見る度に、自分が誰なのか分からなくなる時がある。
フィンはそんな俺を見て、少しだけ戯けるように笑った。
「私、美少女すぎていつ見ても目眩がしちゃう〜って感じか」
「今、私のこと馬鹿にしてますか?」
「ハハハ!」
そんな会話をしながら、フィンと店へ入る。
個室があるタイプの焼き肉店だった。
店内には音楽が流れ、個室の備え付けのモニターではヒーロー戦の配信映像が流れている。
席へ座った瞬間、俺はちょっと感動した。
椅子がかなり柔らかい。
ネカフェの少し硬いマット席では味わえない心地よさ。ここの椅子の柔らかさは別格だ。このまま寝てしまいたい。
「ただの椅子でそんな感動するなんて普段どんな生活してるんだお前...」
「放っておいてください...」
「絶対ろくでもないだろ」
その通りだったので黙る。
とりあえずメニューを開いて値段を見てみる。
めちゃくちゃ高い、俺が前世で行ったことのある店より桁が多い。
「……これ本当に奢りですよね?」
「何回確認すんだよ」
「大事な事なので」
真剣な様子の俺を見てフィンは呆れたように笑う。
「好きなの頼めって」
その言葉に甘え、俺はかなり久しぶりにまともな食事を注文した。
数分後。
注文したものが運ばれてくる。
色々な肉や野菜が目の前へ並べられた。
「おぉ...!」
思わず声が漏れた。
ちゃんとした食事だ、コンビニ飯じゃない。
最近ずっと安いパンとか栄養ゼリーばかりだったせいで、視界がちょっと輝いて見える。
フィンが吹き出した。
「そんな感動する?」
「最近質素な食事しかしてなかったので…」
俺は半ば夢中で肉を焼いて食べ始める。
すごく美味しい。
温かい食事は久しぶりだった。
「お前普段どんだけ貧乏な生活してんだよ」
「まあ、貧乏なのは否定しません」
「どこに住んでるんだ?」
「家は無いです」
「は?」
フィンの動きが止まるが、俺は淡々と続けた。
「もう色々と詰んでるんですよね、私…」
「いや待て待て待て」
フィンが頭を抱える。
「お前、本当に普段どうやって生活してるんだ...」
「まぁ……色々」
ヴィランから財布巻き上げてます、とは流石に言えない。
フィンは呆れた顔でこっちを見る。
「よくそれで今まで生きてこれたな…」
「私もそう思います」
本音だった。
一歩間違えれば普通に死んでいたかもしれない。
この世界、ヒーローのおかげで平和なようで中々に治安が終わっている。
フィンはコーラを飲みながらため息を吐く。
「でもまぁ、お前みたいなやつ偶にいるんだよな」
「え?」
「廃棄区画とか特に。ヴィランの子供とか、別の国から攫われてきたやつとか」
フィンは視線をモニターへ向ける。
そこでは人気ヒーローの戦闘配信が流れていた。
歓声、派手な演出。
「ヒーロー業のおかげでキラキラしてるように見えるけど、実際はそうでもないんだよな」
フィンがぼそりと呟く。
「企業同士で能力者取り合ったり、表に出せないようなヴィランの被害も多い」
軽い口調だった。
でも、ほんの少しだけ実感が滲んでいた。
俺は黙ったまま話を聞く。
原作でもあった。
ヒーローを有する企業の黒い部分。
違法な行為に手を染めている組織はヘリオスだけじゃない。
この世界そのものが、かなり歪んでいる。
「だからまぁ」
フィンが笑う。
「それをどうにかするために俺みたいなヒーローがいるんだけどな」
その言葉に、俺は少しだけ息を呑んだ。
冗談っぽいのに、妙に重い。
心の奥で原作にいなかったから、なんて理由で彼をどこか軽視していたのかもしれない。
彼は立派なヒーローだと、考えを改めようと思った。
「そういえば」
「ん?」
「怪我してる相棒の人は大丈夫なんですか?」
俺がそう聞くと、フィンは数秒だけきょとんとした。
「……相棒?」
「代役探してるって」
「あー」
フィンは何か思い出したみたいに笑う。
「そんな設定だったな」
その時だった。
急に視界が揺れた。
「……あれ」
妙な感覚。
頭の奥へ薄い膜が掛かったみたいに、思考がぼやける。
疲れたのか?
いや違う。ついさっきまでは普通だった。
俺は視線を上げる。
フィンと目が合った。
その瞬間。
フィンが小さく笑った。
「……っ」
心臓が跳ねる。
そこでようやく違和感の正体に気付く。
理解した瞬間、視界が大きく揺れた。
身体へ力が入らない。
「な、に……」
立ち上がろうとする。
だが脚が動かない。
意識が沈む。
ぼやける視界の中で、フィンが静かにこっちを見ていた。
「悪く思うなよ、俺も仕事なんだ」
その言葉を最後に。
俺の意識は闇へ沈んだ。
戦闘描写が難しすぎて小説書き始めたばかりの初心者がやることではないと思いました。