朝起きたら儒烏風亭らでんになっていた。なお、本物は今日も普通に配信している   作:好きな性癖発表ドラゴン

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第13話 避難所、文化講座になる

第13話 避難所、文化講座になる

 

 翌朝。

 

 避難所の空気は、少しだけ軽かった。

 

 昨日、ぺこさんが家に帰れた。

 

 ただそれだけ。

 

 それだけのことが、今の俺たちにはかなり大きかった。

 

 もちろん、何も解決していない。

 

 ぺこさんの耳はまだある。

 俺は儒烏風亭らでんの姿のまま。

 スウさんも、ニコさんも、ハジさんも、それぞれの身体と口調に引っ張られている。

 本家側とのリンクも、担当Aの言う“実体化者”の数も、何一つはっきりしていない。

 

 それでも、ぺこさんは家に帰った。

 

 玄関を開けて、ただいまと言えた。

 

 それは避難所全体に、少しだけ息を通した。

 

 朝、スマホを開くと、最初にぺこさんのメッセージが見えた。

 

『おはよう』

『起きた』

『耳、枕からはみ出して寝づらい』

『人類の寝具、兎耳に対応してない』

 

 ニコさんが即座に反応する。

 

『寝具メーカーへの新規需要きた』

 

 ハジさん。

 

『耳用まくら?』

 

 スウさん。

 

『本当に必要かもしれませんね』

『寝返りで痛めたりしませんか?』

 

 ぺこさん。

 

『痛める』

『耳が本体かってくらい主張してくる』

『あと布団から出る時にドアじゃなくて布団に引っかかる』

『生活難易度が上がりすぎてる』

 

 俺は少し考えて、返信する。

 

『人外勢用生活用品リスト、作りますか』

『耳・角・尻尾・翼など、外見特徴ごとに困りごとを整理して――』

 

 ニコさん。

 

『避難所、急に通販会議になった』

 

 ハジさん。

 

『でも必要そうなのが困る』

 

 ぺこさん。

 

『耳用まくら、ちょっと本気でほしい』

『あと耳用フード』

『いや何その単語』

 

 俺は少しだけ笑った。

 

 避難所で笑うことに、前ほど罪悪感はなくなってきた。

 

 怖いことは怖い。

 

 でも、ずっと怖いままではもたない。

 

 笑える隙間があるなら、たぶんそこに息をしていい。

 

 たぶん。

 

 相変わらず、俺たちは“たぶん”で生きている。

 

 階下から母親の声がした。

 

「悠真、ご飯食べる?」

 

「食べる」

 

 俺はマスクを手に取って、少し迷った。

 

 昨日よりは、家族に見られることへの恐怖が薄い。

 

 薄いだけで、消えてはいない。

 

 マスクはつける。

 

 ただ、帽子はやめた。

 

 髪は後ろでまとめ、フードもかぶらない。

 

 それだけでも、俺にとってはかなりの進歩だった。

 

 リビングに降りると、母親が味噌汁をよそっていた。

 

 父親は新聞を広げている。

 

 俺が入ると、二人とも一瞬こちらを見る。

 

 まだ少しだけ空気が止まる。

 

 でも、昨日のような衝撃ではない。

 

 母親が言う。

 

「おはよう、悠真」

 

「おはよう」

 

 父親も新聞越しに、

 

「おはよう」

 

 と短く言った。

 

 それだけで、少し胸が楽になる。

 

 俺は席に座った。

 

 目の前に、白いご飯、味噌汁、焼き魚、小鉢。

 

 何度も食べたことがあるのかもしれない朝食。

 

 記憶はない。

 

 でも、湯気の匂いは落ち着く。

 

 味噌汁を一口飲んだ。

 

 出汁の香りが、舌の上に広がる。

 

「あ、この出汁の香り、朝にちょうどいいですね。強すぎず、でも輪郭があって、味噌の丸さを支える土台として――」

 

 そこまで言って、俺は箸を止めた。

 

 母親も止まった。

 

 父親は新聞を少し下げた。

 

「悠真」

 

「はい」

 

「食レポできるようになったのか」

 

「違う。今のは俺じゃない」

 

「じゃあ誰だ」

 

「分からないけど、たぶん文化方面の何かが漏れた」

 

 母親が味噌汁の鍋を見ながら言う。

 

「味噌汁も文化だもんね」

 

「受け入れ方が早い」

 

「昨日に比べたら、味噌汁の感想くらいかわいいものよ」

 

 それはそう。

 

 そうかもしれない。

 

 昨日の衝撃と比べれば、突然の味噌汁評論なんて誤差だ。

 

 父親が湯呑みを持ち上げた。

 

 その手元に、ふと目が止まる。

 

 釉薬の流れ。

 

 口縁の厚み。

 

 使い込まれた細かな傷。

 

「その湯呑み、よく見ると釉薬の流れが面白いですね。特に側面の青みがかった部分が、光を受けた時に――」

 

 俺は自分の口を押さえた。

 

 父親が湯呑みを見た。

 

 それから俺を見る。

 

「続けろ。ちょっと聞きたい」

 

「聞かれると喋りたくなるからやめて」

 

「前より会話が増えたな」

 

 父親が何気なく言った。

 

 俺は箸を握ったまま、少しだけ固まる。

 

「この増え方は不本意」

 

「でも、悪いことばかりじゃないんじゃない?」

 

「今のところ、味噌汁と湯呑み相手に語りかけそうになってるけど」

 

「家の中ならいいわよ」

 

 いいのか。

 

 いや、たぶんよくない。

 

 でも、母親がそう言ってくれるだけで少し救われた。

 

 食後、自室に戻ると、担当Aからメッセージが来ていた。

 

『本日、避難所の皆様にご相談があります』

『今後、実体化者の人数が増える可能性があります』

『避難所の皆様に全ての初期対応を任せることはできません』

『ただ、実体化者同士の言葉が届きやすいことも確認されています』

『公式側と連携した安全な連絡窓口を設けたいと考えています』

 

 俺はそれを避難所に共有した。

 

 ニコさんが最初に反応する。

 

『避難所、公式化?』

『俺ら急に運営側?』

『無理、勤怠出せない』

 

 ハジさん。

 

『窓口って何するんだ』

 

 スウさん。

 

『助けを求める人に、まず落ち着いてもらう場所でしょうか』

 

 ぺこさん。

 

『耳隠せない人を回収する窓口?』

『いやそれ俺』

 

 俺は状況を整理しようとして、指を動かした。

 

『つまり、現状の避難所は自然発生的なピアサポートであり、公式側の初動対応と接続する中間地点として――』

 

 ニコさん。

 

『ラさん、説明長い警報』

 

 ぺこさん。

 

『避難する前に説明で遭難する』

 

 ハジさん。

 

『要点』

 

 スウさん。

 

『ラさん、短めでお願いします』

 

 俺は深く息を吐いた。

 

『すみません』

『要点だけ言うと、助けを求める人を公式支援につなぐ入口を作る話です』

 

 ニコさん。

 

『最初からそれ』

 

 俺だって、最初からそれだけ言いたかった。

 

 言いたかったのに、脳内で勝手に前置きと定義と背景説明が立ち上がる。

 

 これが、らでん成分なのか。

 

 それとも元から俺がこうだったのか。

 

 その境目が分からないのが困る。

 

 担当Aから追加のメッセージが入る。

 

『仮称で構いません』

『実体化者の方が怖がらずに連絡できる名称があると助かります』

『正式名称と、実体化者同士で使いやすい通称を分けても構いません』

 

 名前決め会議が始まった。

 

 ニコさん。

 

『実体化者ホットライン』

 

 ハジさん。

 

『強そうだけど嫌だ』

 

 ぺこさん。

 

『耳あり相談所』

 

 俺。

 

『対象が限定的すぎます』

 

 ニコさん。

 

『じゃあ、人外・人間・その他なんでも相談センター』

 

 ハジさん。

 

『雑』

 

 スウさんが少し間を置いて送った。

 

『帰ってきていい窓口』

 

 避難所が、一瞬静かになった。

 

 画面の文字を見つめる。

 

 帰ってきていい。

 

 ぺこさんの帰宅。

 

 俺の家族。

 

 母親の言葉。

 

 その全部が、短い名前の中に入っていた。

 

 ニコさんが、少し遅れて送る。

 

『急に泣かせにくるな』

『いや、いい名前だけど』

『情緒に直接くる』

 

 ぺこさん。

 

『それ、ちょっと好き』

『というか、普通に刺さる』

 

 ハジさん。

 

『通称ならありだな』

 

 俺も返信する。

 

『かなり良いと思います』

『ただ、公式側の正式名称としては少し直接的すぎるかもしれません』

『正式名は機能を明確にし、通称で心理的な安心感を持たせる形がよさそうです』

 

 ニコさん。

 

『ラさん、今いいこと言ってるけど長くなりそう』

 

 俺は口を閉じるように、送信を止めた。

 

 最終的に、担当Aへ提案した名称は二つになった。

 

 正式名称。

 

 実体化者安全連絡窓口

 

 避難所内の通称。

 

 ただいま窓口

 

 担当Aから返事が来る。

 

『ありがとうございます』

『正式名称と通称を分ける案は有効だと思います』

『内部検討します』

 

 ニコさん。

 

『正式名と愛称の温度差』

 

 ぺこさん。

 

『ただいま窓口、ちょっと好き』

 

 スウさん。

 

『怖い時に見たら、少し安心できそうです』

 

 俺は頷いた。

 

 名前はただの飾りじゃない。

 

 どこに繋がる場所なのか。

 

 何を言っていい場所なのか。

 

 そこに入ってもいいのか。

 

 そういうことを、名前はかなり決める。

 

『名前は機能だけでなく、心理的安全性にも影響しますからね』

 

 そう送った瞬間、ニコさんが返した。

 

『ラさん、また始まりそう』

 

 ハジさん。

 

『止めろ』

 

 ぺこさん。

 

『ただいま窓口で文化講座始まる』

 

 俺はスマホを置きかけた。

 

 始めない。

 

 始めないから。

 

 たぶん。

 

 午後、担当Aから次の相談があった。

 

『本家配信・音声への反応について、無理のない範囲で記録したいです』

『長時間視聴は避けてください』

『各自、十秒程度の短い切り抜きで反応を確認し、異変があれば即中断してください』

『可能であれば、ご家族または避難所メンバーに報告しながら行ってください』

 

 本家リンク検証。

 

 言葉だけで、少し胃が重くなる。

 

 見ると引っ張られる可能性がある。

 

 でも見なければ、何が起きているか分からない。

 

 俺は両親に声をかけた。

 

 父親はすぐに部屋へ来た。

 

 母親も少し離れて座る。

 

「十秒だけ見る」

 

 俺は言った。

 

「変だったら止める」

 

 父親が頷く。

 

「俺が時間を見る」

 

 母親が不安そうに聞く。

 

「見て大丈夫なの?」

 

「大丈夫かどうかを確認するために見る」

 

「それ、大丈夫じゃない時の言い方じゃない?」

 

「そう」

 

「正直ね」

 

 俺はスマホを開いた。

 

 作中で流れてきた、本家らでんの短い切り抜き。

 

 美術館の話をしている。

 

 具体的な作品名は出ていない。

 

 ただ、展示室の空気や、ものを見る時の距離感について話している。

 

 再生。

 

 十秒。

 

 声が流れる。

 

 その瞬間、身体の奥で何かが噛み合った。

 

 間。

 

 声の置き方。

 

 言葉の運び。

 

 話題を遠くへ投げて、ちゃんと手元に戻す感覚。

 

 視線の逃がし方。

 

 コメントを受ける呼吸。

 

 分かる。

 

 分かってしまう。

 

 怖いくらいに。

 

「十秒」

 

 父親が言った。

 

 俺は動画を止めた。

 

 指が少し震えている。

 

「変化は?」

 

 父親が聞く。

 

 俺は端的に答えようとした。

 

 端的に。

 

 今度こそ。

 

「端的に言うと、語彙の活性化がありました。美術的対象を見た際の比喩形成が滑らかになり、同時に話の導入から落としどころまでの構成が――」

 

「端的に」

 

 父親が遮った。

 

 俺は口を閉じた。

 

「喋りたくなりました」

 

「最初からそう言え」

 

 母親が少し笑う。

 

「でも、ちょっと楽しそうだったよ」

 

 俺は固まった。

 

「楽しそうに見えた?」

 

「うん」

 

「怖いんだけど」

 

「怖いのと、少し楽しいのは、同時にあるんじゃない?」

 

 何も言えなかった。

 

 怖い。

 

 それは本当だ。

 

 自分が変わっていくようで怖い。

 

 佐伯悠真が薄れていくようで怖い。

 

 でも、言葉が繋がる瞬間。

 

 頭の中で話の筋が組み上がる瞬間。

 

 対象の見方が、急に広がる瞬間。

 

 それがまったく嫌かと言われると、違う。

 

 怖い。

 

 でも、嫌いではない。

 

 それが一番困る。

 

 俺は避難所にも報告した。

 

『反応としては、まず語彙の活性化がありました』

『美術的対象を見た際の比喩形成が滑らかになり』

『同時に話の導入から落としどころまでの構成が――』

 

 ニコさん。

 

『長い』

 

 ハジさん。

 

『十秒見ただけでそれ?』

 

 ぺこさん。

 

『危険映像じゃん』

 

 スウさん。

 

『ラさん、止まってください』

 

 俺は一度スマホから目を離した。

 

 担当Aからもメッセージが来る。

 

『佐伯さん、一度画面から目を離してください』

『深呼吸をお願いします』

 

『すみません』

 

 送ってから、俺は本当に深呼吸した。

 

 ただ、報告は必要だ。

 

 俺は短くまとめ直した。

 

『本家らでんさんの動画を十秒視聴』

『言葉が出やすくなる』

『話を組み立てたくなる』

『恐怖と同時に、少し楽しさがある』

『これが自分の感情か、表層反映かは不明』

 

 スウさん。

 

『短くなりました』

 

 ニコさん。

 

『やればできる』

 

 ぺこさん。

 

『先生、要約できた』

 

 先生ではない。

 

 その後、避難所に新しい相談が届いた。

 

 緊急ではない。

 

 でも、少し不安そうな文面だった。

 

『自分の姿が誰なのか分かりません』

『部屋にあったグッズや配信履歴で調べています』

『どう確認すればいいですか』

『本家を見るのが怖いです』

 

 俺はすぐに返信しようとした。

 

『まず、情報確認には一次情報と二次情報を分ける必要があります』

『たとえば美術品の鑑賞でも、作品そのものを見ることと、解説文を読むことは――』

 

 ニコさん。

 

『始まった』

 

 ぺこさん。

 

『美術館に連れて行かれる』

 

 ハジさん。

 

『相談者置いていくな』

 

 スウさん。

 

『ラさん、要点だけ』

 

 俺は額に手を当てた。

 

 まただ。

 

 また文化講座になりかけている。

 

『要点だけ言うと、公式プロフィールを見てください』

『本家配信は長時間見ないでください』

『身体特徴・声・口調・持ち物・配信履歴を照合してください』

『不安が強い場合は担当Aさんへ繋ぎます』

 

 ニコさん。

 

『最初からそれ』

 

 それは本当にそう。

 

 ただ、そこで終わりにしない方がいい気がした。

 

 新しい相談者が、何を確認すればいいのか分からず怖がっている。

 

 なら、誰でも使える形にした方がいい。

 

 俺はメモを作り始めた。

 

 項目を並べる。

 

 長すぎず。

 

 でも足りなくならないように。

 

 実体化者セルフチェック項目。

 

 一、外見特徴。

 二、声・口調の変化。

 三、身体能力の変化。

 四、感情で動く部位があるか。

 五、本家配信・音声を見聞きした時の反応。

 六、家族への状況。

 七、SNS目撃・撮影の有無。

 八、すぐ必要な支援。

 

 俺はそれを避難所に貼った。

 

 ニコさん。

 

『おお』

『急に実用的』

 

 ぺこさん。

 

『耳項目あるの助かる』

 

 ハジさん。

 

『身体能力欄、重要』

 

 スウさん。

 

『これ、新しい人に分かりやすいです』

 

 担当Aからも反応が来た。

 

『このチェックリストは初期対応に有効です』

『安全連絡窓口でも使用したいです』

『必要に応じて、公式側で文面を調整します』

 

 俺は画面を見つめた。

 

『俺の説明癖が公式資料になった』

 

 ニコさん。

 

『おめでとう、ラさん』

『文化講座から実務資料へ』

 

 ぺこさん。

 

『ラさんの長話、たまに役立つ』

 

『たまにって言いました?』

 

 ぺこさん。

 

『今のは褒めた』

 

 ハジさん。

 

『たまにでも役に立つなら強い』

 

『フォローになってますか?』

 

 スウさん。

 

『とても助かっています』

 

 スウさんの一文で、少しだけ救われた。

 

 夕方。

 

 また本家らでんの切り抜きが流れてきた。

 

 見るつもりはなかった。

 

 担当Aからも、しばらく控えるようにと言われている。

 

 でも、タイトルが目に入ってしまった。

 

『らでん、今日も謎の違和感?』

 

 俺は開かなかった。

 

 開かなかったが、避難所でニコさんが内容を要約してくれた。

 

『本家らでんさんが配信中に』

『今日、なんだか話そうと思ったことが、先に誰かに説明されたような気がするんですよね』

『って言ったらしい』

 

 俺はスマホを持つ手を止めた。

 

 先に誰かに説明されたような。

 

 今日、俺は避難所で説明した。

 

 窓口のこと。

 

 本家リンクのこと。

 

 セルフチェックのこと。

 

 文化講座になりかけたこと。

 

 偶然かもしれない。

 

 配信者としてのただの言い回しかもしれない。

 

 でも、偶然にしては気持ちが悪かった。

 

 担当Aにも共有する。

 

『本家らでんさんが、先に誰かに説明されたような気がする、と発言した切り抜きが出ています』

『本日、私は避難所で説明やチェックリスト作成を多く行っています』

『関連は不明ですが共有します』

 

 担当Aから返信。

 

『本家側の違和感として記録します』

『佐伯さんは、本家らでんさんのコンテンツ視聴を一時的に控えてください』

『避難所メンバーも、関連切り抜きを不用意に共有しすぎないようお願いします』

 

 俺は短く返す。

 

『分かりました』

 

 ニコさん。

 

『ラさん、らでん断ち?』

 

 ぺこさん。

 

『禁らでん』

 

 ハジさん。

 

『言い方』

 

 俺は思わず返信する。

 

『言い方を何とかしてください』

 

 スウさん。

 

『でも、しばらく見ない方がいいと思います』

 

『はい』

 

 怖い。

 

 見たい気持ちもある。

 

 でも、今は怖さの方が勝っている。

 

 夜。

 

 俺はリビングで、両親に今日のことを話した。

 

 もちろん、避難所の詳細は伏せる。

 

 でも、自分の説明が新しい実体化者の確認に役立ったこと。

 担当Aからチェックリストとして使いたいと言われたこと。

 本家側とのリンクが少し強まっているかもしれないこと。

 

 父親は腕を組んで聞いていた。

 

 母親は、少し心配そうだった。

 

「説明が長くなるの、悪いことばかりじゃないんじゃない?」

 

 母親が言った。

 

「困ってる人に、順番をつけて話せるんでしょ」

 

「暴走するけど」

 

「暴走するなら止める」

 

 父親が言う。

 

「でも使えるなら使え」

 

 シンプルだった。

 

 父親らしいのかもしれない。

 

 俺には、まだ分からないけど。

 

 でも、その言葉は少し胸に残った。

 

 使えるなら使え。

 

 俺の中にある“らでんっぽさ”は、まだ怖い。

 

 語りたくなること。

 

 説明が止まらなくなること。

 

 美術や文化に言葉が伸びていくこと。

 

 それは、佐伯悠真が別の何かに侵食されている証拠のようにも思える。

 

 でも今日、それは誰かの役に立った。

 

 なら、全部を拒絶するだけでは進めないのかもしれない。

 

 俺は佐伯悠真でいたい。

 

 でも、今の俺に混ざっているものを全部拒絶したら、誰かを助けるための言葉まで捨てることになるのかもしれない。

 

 部屋に戻り、避難所を見る。

 

 固定欄には、俺が作ったチェックリストが貼られていた。

 

 実体化者セルフチェック項目。

 

 担当Aは「初期対応に有効」と言い、

 ニコさんは「ラさんシート」と呼び、

 ぺこさんは「便利」と言い、

 ハジさんは「番長欄が足りない」と文句を言った。

 

 俺は画面を見つめ、深く息を吐く。

 

『その名前、やめませんか』

 

 送信。

 

 ニコさんから即座に返事が来た。

 

『無理』

『もう定着した』

 

 ぺこさん。

 

『ラさんシート便利』

 

 ハジさん。

 

『番長チェック欄追加希望』

 

 スウさん。

 

『落ち着いて使えば、とても助かります』

 

 俺はもう一度、深く息を吐いた。

 

 怖い。

 

 俺の中にある“らでんっぽさ”は、まだ怖い。

 

 使えば使うほど、自分が変わっていく気がする。

 

 でも今日、それは誰かの役に立った。

 

 そして俺の説明癖は、どうやら今日から、避難所の備品になったらしい。

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