朝起きたら儒烏風亭らでんになっていた。なお、本物は今日も普通に配信している 作:好きな性癖発表ドラゴン
第14話 ただいま窓口、試運転
翌朝、避難所には妙な名前が固定されていた。
ラさんシート。
「……だから、その名前はやめませんか」
俺は画面に向かって呟いた。
もちろん、呟いたところで消えるわけではない。
避難所の固定欄には、昨日俺が作った実体化者セルフチェック項目が貼られている。
外見特徴。
声・口調の変化。
身体能力。
感情で動く部位。
本家配信を見た時の反応。
家族への状況。
SNS目撃の有無。
すぐ必要な支援。
必要だから作った。
確かに、必要だった。
でも名前がよくない。
ラさんシート。
軽い。
あまりにも軽い。
そして、もう馴染んでいるのが一番よくない。
担当Aからメッセージが届く。
『昨日共有いただいたセルフチェック項目について、文面を調整したうえで、仮運用したいと考えています』
『佐伯さんの許可をいただけますか』
俺は画面を見つめて固まった。
俺の説明癖が、ついに公式側の資料になるらしい。
何だこの出世。
望んでない。
避難所に共有すると、即座にニコさんが反応した。
『公式採用おめでとうございます、ラ先生』
『先生ではないです』
ぺこさん。
『ラさんシートのおかげで耳項目あるの助かった』
『耳の存在、初期確認で絶対いる』
『耳は生活を変える』
ハジさん。
『番長欄まだ?』
『番長欄は作りません』
『身体が先に動く欄は実質番長欄』
それは少し否定しづらい。
スウさんが、いつもの柔らかい文で送ってくる。
『でも、分かりやすくて助かると思います』
『怖い時は、自分の状態を順番に言葉にするだけでも少し落ち着くので』
その一文で、俺は返信欄に置いた指を止めた。
そうだ。
これは俺の説明癖の産物だ。
でも、ただの長話ではなく、誰かが自分の状態を見失わないための手順にもなる。
怖い時、人は何から話せばいいか分からなくなる。
今どこにいるのか。
何が変わったのか。
何が危ないのか。
何をしてはいけないのか。
それを順番に並べるだけで、少しだけ足場ができる。
俺は担当Aに返信した。
『文面調整のうえであれば、使用して大丈夫です』
『ただし、避難所メンバーの個別情報が入らない形でお願いします』
担当Aからすぐに返事。
『承知しました』
『個別情報は含めません』
『また、皆様に対応義務を負わせるものではありません』
『負担を感じた場合は、すぐにこちらへ引き継いでください』
対応義務ではない。
その言葉には、少し救われた。
避難所にも同じ内容を共有する。
ニコさん。
『対応義務なし、助かる』
『義務になった瞬間、俺は笑えなくなる』
ぺこさん。
『俺も耳対応だけなら経験者として話せる』
『耳対応って何?』
『自分で言って怖くなった』
ハジさん。
『逃走衝動対応なら少し分かる』
『走るなって言えばいい』
スウさん。
『不安な人の話を聞くくらいなら、できるかもしれません』
俺はその流れを見て、自然と役割を整理しようとしていた。
『では、初期対応の流れを整理しましょう』
送った瞬間、ニコさん。
『来るぞ』
『まだ来てません』
『もう前置きの気配がした』
ハジさん。
『短めで』
ぺこさん。
『三行で』
スウさん。
『ラさん、ゆっくりで大丈夫ですが、短めだと助かります』
味方からも包囲されている。
俺は一度、深呼吸した。
『役割を簡単に分けます』
『俺:情報整理と担当Aさんへの引き継ぎ』
『スウさん:不安が強い人への声かけ』
『ニコさん:パニック時の空気緩和と自爆投稿防止』
『ハジさん:走るな、突っ込むな、外に出るな係』
『ぺこさん:耳や感覚過敏、人外外見の実体験共有』
ニコさん。
『ぺこさんの役割:耳の先輩』
ぺこさん。
『嫌な先輩すぎる』
俺は少し笑った。
『でも実際、耳に関する実体験は貴重です』
ぺこさん。
『真面目に言われると逃げ場がない』
『耳の先輩、就任します』
『嫌だけど』
ハジさん。
『俺の係、命令が雑じゃないか』
『実際、最初に必要なのは止まることなので』
『それはそう』
スウさん。
『私は、話を聞く係ですね』
ニコさん。
『スウさんは安心供給係』
スウさん。
『その言い方は少し恥ずかしいです』
ニコさん。
『じゃあ安心インフラ』
『もっと恥ずかしいです』
避難所に、少しだけ笑いが生まれる。
その時だった。
担当Aから通知が届いた。
『ただいま窓口の仮運用を開始します』
『公式側で確認した実体化者のうち、本人が希望した場合のみ案内します』
『最初の相談者を、避難所へ接続してもよろしいでしょうか』
画面の空気が変わった。
試運転。
いきなり来た。
俺は全員に確認する。
『無理な人は抜けてください』
『見ているだけでも大丈夫です』
『対応が難しければ、すぐ担当Aさんへ戻します』
スウさん。
『大丈夫です』
ニコさん。
『行ける』
『たぶん』
『いや、たぶんで行くなって話だけど』
ハジさん。
『見てる』
ぺこさん。
『耳関係なら出る』
俺は担当Aに返した。
『接続してください』
『ただし、必要ならすぐ引き継ぎます』
数十秒後。
新しい参加者が表示された。
表示名は、帽子じゃない。
『起きたら帽子がありました』
『いや、帽子っていうか、これ生きてる気がします』
『外れません』
『ツノっぽく見えるけど、たぶん帽子です』
『あと、見られてる気がします』
『これ何系ですか』
避難所全員の手が止まった。
角。
帽子。
生きてる気がする。
外れない。
見られている気がする。
情報量が、多い。
ニコさんが最初に反応した。
『帽子が生きてる、情報量が多い』
ぺこさん。
『耳より怖くない?』
ハジさん。
『帽子外れないのは普通に詰み』
スウさん。
『無理に外そうとしない方がよさそうです』
俺もすぐに打つ。
『まず確認ですが、その“帽子”を無理に外そうとしないでください』
『痛みはありますか』
『帽子側が動く、反応するなどの感覚はありますか』
『家族には見つかっていますか』
『SNSに出ましたか』
帽子じゃないさんから返事が来る。
『もう引っ張りました』
『痛くはないです』
『でも帽子側が嫌がった気がします』
『帽子側って何』
『自分で言って怖いです』
『家族にはまだ見つかってません』
『SNSも出てないと思います』
ニコさん。
『帽子側』
ぺこさん。
『耳側みたいな言い方やめて』
『いや耳側はないけど』
ハジさん。
『帽子が嫌がるって何だ』
スウさん。
『怖いと思いますが、今は触らないでおきましょう』
帽子じゃないさん。
『触らない方がいいのは分かるんですけど』
『めっちゃ視線を感じます』
『頭の上から見られてる感じ』
『あと、少し重いです』
『でも重さに身体が慣れてるのが怖いです』
俺はラさんシートを開く。
いや、セルフチェック項目。
ラさんシートではない。
『確認します』
『答えられる範囲で大丈夫です』
『外見特徴:帽子状の存在』
『そのほか、尻尾や羽などの特徴はありますか』
『声・口調の変化はありますか』
『身体能力に変化はありますか』
『感情で帽子が反応する感覚はありますか』
『今すぐ必要な支援はありますか』
帽子じゃないさんは、少しずつ答えた。
『外見特徴:帽子状の何か。ツノっぽく見える部分あり』
『尻尾は今のところ分かりません』
『羽もたぶんないです』
『声は少し高いです』
『口調は、なんか強気になりそうです』
『でも中身はビビってます』
『感情で帽子が動く感じは少しあります』
『怖いと思うと、頭の上がそわっとします』
『必要な支援:これを帽子として扱っていいのか知りたいです』
最後の一文で、避難所の空気が一瞬だけ変な方向に行きかけた。
ニコさん。
『帽子として扱っていいのか』
『人生で初めて見る相談』
ハジさん。
『帽子じゃないって名前なのに』
ぺこさん。
『でも気持ちは分かる』
『耳を耳として扱っていいのか最初分からなかった』
スウさん。
『まずは“身体に近いもの”として扱った方がよさそうですね』
俺は頷きながら打つ。
『現時点では、無理に衣服として扱わない方がいいと思います』
『身体の一部か、身体に強く連動する外見特徴として考えましょう』
『引っ張る、外す、押し込むなどは避けてください』
『家族に見つかっていないなら、今は部屋から出ず、担当Aさんへ引き継ぎます』
帽子じゃないさん。
『分かりました』
『頭の上の存在を尊重します』
ニコさん。
『頭の上の存在』
俺は担当Aへ引き継ぎ情報を送る。
『帽子じゃないさん』
『外見特徴:帽子状の存在。ツノ状に見える部分あり』
『本人の認識:帽子というより生きている気がする』
『無理に引っ張ったが痛みはなし。ただし帽子側が嫌がった感覚あり』
『家族未発見』
『SNS目撃なし』
『声:やや高い』
『精神性:強気になりそうだが本人は怯えている』
『緊急度:中』
『対応:外そうとしない、触りすぎない、部屋から出ない』
担当Aから返事。
『ありがとうございます』
『こちらで個別対応します』
『該当するタレントの公式上の衣装・設定と照合します』
『帽子状の存在が身体に連動している可能性があるため、無理な接触を避けるよう伝えてください』
俺はそのまま帽子じゃないさんへ伝えた。
帽子じゃないさんは、担当Aへ引き継がれていった。
最初の対応は、たぶんうまくいった。
そう思った数分後。
次の相談者が来た。
表示名、声量バグ。
『声がデカいです』
『普通に話したつもりなのに家族が起きました』
『喉は痛くないです』
『むしろ声が通りすぎる』
『これどうしたらいいですか』
俺は自分の喉を押さえた。
刺さる。
俺も声が通る。
説明が乗ると、さらに通る。
かなり他人事じゃない。
ニコさん。
『声量バグって名前がもう強い』
ハジさん。
『体育館向き』
スウさん。
『本人は困っていると思います』
ニコさん。
『ごめん』
『でも名前が強い』
俺は短く返す。
『まず声を出さないでください』
『家族には、喉に違和感があるので筆談すると伝えてください』
『小声で話そうとすると逆に調整が難しい場合があります』
『メモアプリを使ってください』
『水分を取って、喉に痛みが出る場合は報告してください』
声量バグさん。
『分かりました』
『筆談します』
『声が出すぎるの怖いです』
スウさんがすぐに送る。
『怖いですよね』
『でも、話さない方法を決めておけば少し安心できると思います』
声量バグさん。
『ありがとうございます』
『メモ作ります』
ニコさん。
『声を封印するの、RPGっぽい』
ハジさん。
『茶化すな』
ニコさん。
『はい』
でも、少しだけ空気が緩んだ。
避難所は、忙しくなり始めていた。
帽子じゃない。
声量バグ。
ぺこさんの耳生活報告。
ハジさんの「走るな」係。
ニコさんの茶化しと謝罪。
スウさんの安心供給。
担当Aの業務連絡。
通知が鳴る。
また鳴る。
さらに鳴る。
支援窓口って、こんなに通知が鳴るものなのか。
いや、普通の支援窓口はたぶん五人の実体化者が同時に耳と帽子と声量について相談しない。
俺は混乱しながら、テンプレ返信を作った。
『まず、公開SNSに書かないでください』
『写真・動画・本名・住所は送らないでください』
『今いる場所が安全なら、移動しないでください』
『声を出さなくて済むなら、テキストでやり取りしてください』
『以下の項目だけ、答えられる範囲で教えてください』
その後に、ラさんシートの短縮版を続ける。
担当Aに送ると、すぐに返信が来た。
『非常に有用です』
『初期返信テンプレートとして仮採用します』
俺は画面を見たまま、少しだけ遠い目になった。
『ラさんテンプレも生まれた』
ニコさんが言う。
『名前を増やさないでください』
ぺこさん。
『ラさんシート、ラさんテンプレ、次はラさんマニュアル』
『増やさないでください』
ハジさん。
『ラさんマニュアル、語感はいい』
『よくありません』
スウさん。
『でも、助かっている人は多いと思います』
その言葉で、少しだけ救われる。
部屋の外で足音がした。
母親がドアを軽く叩く。
「悠真、大丈夫? 通知すごいけど」
「支援窓口の仮運用が始まった」
「仕事みたいになってない?」
「無給です」
ちょうど通りかかった父親が、廊下から言った。
「それは仕事にするな」
「分かってる」
母親が少し心配そうに言う。
「でも、困ってる人がいるんでしょう?」
「いる」
「じゃあ、休みながらね」
父親も続けた。
「まとめるのはいい。でも背負うな」
その言葉が、胸に残った。
まとめるのはいい。
でも背負うな。
たぶん、今の俺に必要な線引きだった。
「分かった」
「本当に分かってるか?」
「たぶん」
「その返事は分かってないやつだ」
父親の言い方が少しだけ呆れていて、俺は笑いそうになった。
夕方。
ただいま窓口の仮運用も、少し落ち着いてきた頃。
新しい相談者が来た。
表示名は、白い耳。
第一声から、今までの相談者と少し違った。
『はじめまして』
『おそらく、私も実体化者です』
『外見特徴は白い耳と尾』
『家族にはまだ見つかっていません』
『SNS目撃もありません』
『ただ、本家の声を聞いた際の反応が、他の方より強いかもしれません』
避難所の空気が、わずかに変わった。
落ち着いている。
落ち着きすぎている。
ぺこさん。
『耳仲間?』
『でも落ち着きすぎてる』
ニコさん。
『文章が強者』
ハジさん。
『慌ててないのが逆に怖い』
スウさん。
『大丈夫ですか?』
白い耳さん。
『大丈夫かどうかは分かりません』
『ただ、慌てると尾が動くので、慌てないようにしています』
ぺこさん。
『分かる』
『感情を部位で表示されるの本当に困る』
俺はセルフチェック項目を送った。
白い耳さんは、驚くほど簡潔に答えた。
『外見特徴:白い耳、尾』
『感覚変化:聴覚と嗅覚が鋭い』
『家族:未発見』
『SNS目撃:なし』
『身体能力:まだ不明』
『本家音声への反応:尾が動いた』
『本家の名前を見た時、胸の奥が引かれる感覚』
『危険度:外見隠蔽は困難。ただし現在は自室にいます』
『必要な支援:本家とのリンクについて確認したいです』
本家とのリンク。
俺は画面を見つめる。
白い耳さんは続けた。
『本家の配信を見た時、こちらが見ているというより、向こうにも見られているような感覚がありました』
『声を聞いた瞬間、耳だけでなく、意識の奥が引っ張られるような感覚がありました』
『ほかの方も同じですか?』
避難所が静まった。
俺は、本家らでんの切り抜きを見た時の感覚を思い出す。
言葉が繋がる感覚。
間を知っている感覚。
そして、本家側の「先に誰かに説明されたような気がする」という発言。
ぺこさんの耳が、本家の声で動いたこと。
これは、今までより一段強い。
俺は担当Aへ即座に共有した。
『新規相談者:白い耳さん』
『外見特徴:白い耳と尾』
『本家音声視聴時、尾が動く』
『本家配信を見た際、こちらが見ているだけでなく、向こうにも見られている感覚があったとのこと』
『意識の奥が引っ張られる感覚あり』
担当Aの返信は早かった。
『白い耳さんには、本家コンテンツ視聴を即時停止するよう伝えてください』
『本家側への影響の可能性もあるため、詳細を記録します』
『現在地が安全なら移動しないように』
『感覚が続いている場合は、画面・音声から離れ、刺激を減らしてください』
俺はそのまま伝えた。
白い耳さん。
『分かりました』
『画面は閉じています』
『音声も止めています』
『ただ、一つだけ気になることがあります』
俺は返信欄に指を置いた。
『何ですか』
白い耳さんのメッセージが表示される。
『配信を閉じた後も、声が残っています』
『音ではなく、呼ばれている感覚です』
『たぶん、向こうもこちらに気づき始めています』
避難所の会話が止まった。
ただいま窓口は、今日、確かに動き出した。
帽子が外れない人。
声が強すぎる人。
耳を持つ人。
俺たちは少しずつ、画面の外に現れた誰かを繋ぎ始めている。
でも、繋がっているのは、こちら側だけじゃない。
画面の向こう。
本物たちがいる場所。
その向こう側も、こちらへ手を伸ばし始めているのかもしれない。