朝起きたら儒烏風亭らでんになっていた。なお、本物は今日も普通に配信している   作:好きな性癖発表ドラゴン

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第18話 対面確認準備

 

 担当Aから届いた文章を、俺は何度も読み返していた。

 

『希望者限定で、小規模な対面確認の場を検討します』

『場所は非公開』

『家族同意がある方のみ』

『移動支援あり』

『本家タレント本人との接触ではありません』

『実体化者同士の安全確認が目的です』

『参加の可否を、各自ゆっくり考えてください』

 

 実体化者同士の対面確認。

 

 その言葉だけで、胸の奥がざわついた。

 

 今まで、避難所のみんなは文字の向こう側にいた。

 

 ぺこさんの耳も。

 

 ニコさんの笑えない笑いも。

 

 ハジさんの先に動く身体も。

 

 スウさんの見つけてほしい気持ちも。

 

 全部、画面の中の言葉として読んできた。

 

 でも、それは現実にある。

 

 耳も、声も、身体も、不安も、家族との距離も。

 

 俺と同じように、誰かの部屋にある。

 

 同じ空気の中に立つかもしれない。

 

 同じ部屋で顔を合わせるかもしれない。

 

 それは、怖かった。

 

 怖いのに、少しだけ会ってみたいと思った。

 

 その気持ちが、一番厄介だった。

 

 同じ実体化者なら、分かってくれるかもしれない。

 

 でも、同じ実体化者だからこそ、見抜かれるかもしれない。

 

 俺がどれだけ佐伯悠真でいられていないのか。

 

 俺の中にどれだけ“らでんっぽさ”が混ざっているのか。

 

 それを、文字ではなく目の前で見られる。

 

 そう思うと、会いたい気持ちと同じくらい、逃げたい気持ちが強くなった。

 

 避難所を開くと、担当Aから追加の概要が共有されていた。

 

 条件はいくつもあった。

 

 本人が希望していること。

 

 家族か、信頼できる同伴者の同意があること。

 

 写真も動画も撮らないこと。

 

 会場の場所を誰にも言わないこと。

 

 本家コンテンツを直前に見ないこと。

 

 どれも当然だった。

 

 当然なのに、ひとつひとつ読むたびに、これは本当に“会う”ための準備なのだと思い知らされる。

 

 ニコさんが、真っ先に反応した。

 

『条件が完全に秘密作戦』

 

 ぺこさん。

 

『オフ会じゃなくて作戦』

 

 ハジさん。

 

『安全確認会だろ』

 

 俺も打つ。

 

『オフ会ではありません』

 

 ニコさん。

 

『ラさんが一番オフ会って言われたくなさそう』

 

『当然です』

『これは支援と安全確認の場です』

 

 ぺこさん。

 

『ほら、強い意志』

 

 スウさん。

 

『でも、オフ会と言われると少し気持ちが軽くなる部分もあります』

 

 ハジさん。

 

『いや軽くしすぎるな』

 

 ニコさん。

 

『実体化者安全確認会』

『字面が重い』

 

 ぺこさん。

 

『ただいま窓口オフライン版?』

 

『だからオフではありません』

 

 ニコさん。

 

『ラさん、絶対そこ譲らない』

 

 譲れない。

 

 いや、もちろん言葉遊びなのは分かっている。

 

 でも、今の世論の状況で「オフ会」なんて言葉を使えば、一気に危うくなる。

 

 俺たちは遊びに行くわけじゃない。

 

 会うこと自体がリスクなのだ。

 

 それでも、会う必要があるかもしれない。

 

 テキストでは分からないことが増えている。

 

 耳の動き。

 

 身体の反応。

 

 声の通り方。

 

 口調の漏れ。

 

 視線を受けた時の変化。

 

 実体化者同士が近くにいる時、何が起こるのか。

 

 それは、文字だけでは測れない。

 

 俺はスマホを持って、一階へ降りた。

 

 父親と母親はリビングにいた。

 

 父親は新聞を読んでいるふりをしていた。

 

 たぶん、俺が来るのを待っていた。

 

 母親は洗濯物をたたんでいる。

 

「話がある」

 

 俺が言うと、父親は新聞を下ろした。

 

「対面の件か」

 

「うん」

 

 俺は担当Aからの概要を見せた。

 

 父親は、一つ一つ条件を読んだ。

 

 母親も横から覗き込む。

 

 しばらく黙ってから、父親が言った。

 

「行く理由はあるのか」

 

 当然の質問だった。

 

 俺は少し息を吸う。

 

「テキストだけだと分からないことが増えてる」

 

「例えば」

 

「身体反応とか、実体化者同士の距離感とか。誰かと近くにいた時に、リンクが強まるのか、逆に落ち着くのか。あと……」

 

 言葉が詰まる。

 

 父親がじっと俺を見る。

 

「あと?」

 

「会えば、自分だけじゃないって実感できるかもしれない」

 

 母親の手が止まった。

 

「会いたいの?」

 

 俺はすぐには答えられなかった。

 

 会いたい。

 

 怖い。

 

 確認したい。

 

 逃げたい。

 

 それが全部、同じ場所にある。

 

「怖い」

 

 まず、それを言った。

 

「でも、会いたい気持ちもある」

 

 父親はしばらく黙っていた。

 

 その沈黙が、少し怖かった。

 

 やがて、父親が言う。

 

「行くなら俺が同伴する」

 

「え」

 

 思わず変な声が出た。

 

 父親は当然のように続ける。

 

「一人で行かせるわけないだろ」

 

 母親が少し困ったように笑う。

 

「私も行きたいけど、人数制限があるならお父さんかな」

 

「いや、まだ行くって決めたわけじゃ」

 

「だから、行くならだ」

 

 父親は俺を見る。

 

「それと、勘違いするな」

 

「何を?」

 

「お前はまとめ役になりに行くんじゃない」

 

 胸の奥を突かれた気がした。

 

「……分かってる」

 

「本当にか?」

 

「たぶん」

 

「分かってない返事だな」

 

 父親はため息を吐く。

 

「お前は自分の確認に行くんだ。他人の世話をしに行くんじゃない」

 

 その言葉が、思ったより深く刺さった。

 

 自分の確認。

 

 俺は佐伯悠真なのか。

 

 ラさんなのか。

 

 儒烏風亭らでんの姿をした何かなのか。

 

 その答えはまだ分からない。

 

 でも確かに、俺はいつの間にか避難所の対応や資料作成のことばかり考えていた。

 

 誰かを落ち着かせること。

 

 担当Aに引き継ぐこと。

 

 トレンドを整理すること。

 

 相談者のログをまとめること。

 

 それは必要だ。

 

 でも、それだけやっていると、自分のことを後回しにできてしまう。

 

 怖いから。

 

 自分のことを考えるのが怖いから。

 

「……分かった」

 

 今度は、たぶんを付けなかった。

 

 父親は小さく頷いた。

 

「まず担当Aに詳しい条件を聞け。それから判断する」

 

「うん」

 

 母親が静かに言う。

 

「会うなら、無理しないでね」

 

「うん」

 

「それと、会いたいって思ったことも、悪いことじゃないと思う」

 

 俺は母親を見た。

 

「そうかな」

 

「怖いだけじゃなくて、会いたいもあるなら、それも今の悠真の気持ちでしょ」

 

 今の悠真。

 

 その言い方が、少しだけ胸に残った。

 

 部屋に戻り、避難所に送る。

 

『佐伯家は、父親同伴なら参加可能になりそうです』

『ただし、詳細条件を確認してから判断します』

 

 ニコさん。

 

『父さん参戦』

『強い』

 

 ぺこさん。

 

『保護者同伴、安心だけど緊張する』

 

 ハジさん。

 

『俺も家族に言うか』

 

 スウさん。

 

『一人では怖いので、家族に相談します』

 

 担当Aからも補足が来た。

 

『参加希望や同伴者情報は、避難所ではなく個別窓口で確認します』

『住所・本名・移動経路などを避難所に書かないでください』

『参加可否も、無理に避難所で共有する必要はありません』

 

 俺もすぐに補足する。

 

『避難所に住所や本名は書かないでください』

『参加可否も、無理にここで言わなくて大丈夫です』

『個別窓口で担当Aさんと確認してください』

 

 ニコさん。

 

『ラさん、個人情報守護神』

 

 ぺこさん。

 

『ラさんシールド』

 

『変な名前を増やさないでください』

 

 ハジさん。

 

『守護神はちょっと強い』

 

 ニコさん。

 

『じゃあ個人情報の門番』

 

『やめてください』

 

 スウさん。

 

『でも、言ってもらえると安心します』

 

 安心に繋がるなら、多少の変な呼び名は我慢する。

 

 多少なら。

 

 その後、避難所にはそれぞれの準備が流れ始めた。

 

 最初に具体的だったのは、ぺこさんだった。

 

『担当Aさんから移動用の服装案来た』

『大きめフード』

『ストール』

『耳の輪郭を崩す布』

『移動は車』

『人目の少ない時間帯』

『完全に怪しい』

 

 ぺこさんの家では、母親が手伝っているらしい。

 

 文面だけなのに、その場の様子が少し想像できた。

 

 鏡の前で、ぺこさんは何度もフードをかぶり直しているのだろう。

 

 隠したい耳。

 

 でも、完全には隠れない耳。

 

 その横で、母親がストールを選んでいる。

 

 それを想像すると、胸が少しだけ温かくなった。

 

『鏡の前にいる』

『耳がでかい』

『知ってた』

『母親がストール持ってきた』

『こっちの方が自然じゃない?って言われた』

『自然かな?』

『少なくとも耳そのままよりは自然って』

『基準が低い』

 

 ニコさん。

 

『自然の基準、耳丸出しよりマシ』

 

 ぺこさん。

 

『マシを積み重ねて生きてる』

 

 スウさん。

 

『お母さんが一緒に考えてくれているの、少し安心しますね』

 

 ぺこさんの返信は、少し間があった。

 

『うん』

『受け入れたかは分からない』

『でも隠す方法を一緒に考えてくれてる』

『それだけで、ちょっと帰ってきた感じする』

 

 帰ってきた感じ。

 

 その言葉が、ぺこさんらしくなく静かで、余計に胸へ残った。

 

 ぺこさんは続けた。

 

『これで行くぺ……行く、って言った』

『母親に、今の出た?って聞いた』

『出たわよ、って言われた』

『聞かなかったことにしてって言った』

『努力するって言われた』

『努力でどうにかなるんか』

 

 ニコさん。

 

『家族、強い』

 

 ハジさん。

 

『努力するの優しいな』

 

 俺もそう思った。

 

 完全に理解していなくても、努力してくれる。

 

 それだけで、ずいぶん違う。

 

 次に、ニコさんの報告が来た。

 

『家族に話してる』

『むずい』

 

 しばらくして、追加。

 

『ちょっと実体化者の安全確認会に行ってくる、って言った』

『何それ、って言われた』

『俺も何それって思ってる、って返した』

『会話終わりかけた』

 

 ぺこさん。

 

『説明が雑すぎる』

 

 ハジさん。

 

『それで伝わるわけないだろ』

 

 ニコさん。

 

『分かってる』

『でも真面目に言うのが怖かった』

 

 画面の空気が少し変わる。

 

 ニコさんは、たぶん今、笑わずに話そうとしている。

 

 それがどれだけ難しいことなのか、避難所にいる俺たちはもう知っている。

 

 ニコさんは続けた。

 

『途中でちゃんと言った』

『怖いんだよって』

『画面の向こうだけなら平気だった』

『でも本当に同じような人がいるなら、一回会ってみたいって』

『笑えるか分からないけどって』

『そしたら、場所と相手が確認できるならって言われた』

『帰ってくるならって』

『許可出そう』

 

 スウさん。

 

『よかったです』

 

 ぺこさん。

 

『ニコさん、ちゃんと話せてる』

 

 ニコさん。

 

『笑えなかった』

『でも、たぶんそれでよかった』

 

 俺は、少しだけ頷いた。

 

 ニコさんが笑えない時、それはたぶん本当に怖い時だ。

 

 でも、その怖さをそのまま言えた。

 

 それは大きい。

 

 ハジさんの準備は、少し方向が違った。

 

『俺は参加するなら、身体が勝手に動かないかが怖い』

 

 ハジさんはそう書いた。

 

『移動中に走り出さないか』

『誰かの気配に反応しないか』

『会場で初対面なのに距離詰めすぎないか』

『全部ありそうで嫌だ』

 

 担当Aから対策案が届いた。

 

『移動中は同伴者と一緒に行動してください』

『会場では最初に座ってください』

『身体反応が出そうな場合は、手を上げて申告してください』

『突発的に動きそうになったら、「止まる」と声に出してください』

『必要であれば、注意カードを用意します』

 

 ニコさん。

 

『走るなカードほしい』

 

 ハジさん。

 

『いらん』

 

 ぺこさん。

 

『いやいるでしょ』

 

 俺も送る。

 

『有効だと思います』

 

 ハジさん。

 

『ラさんまで』

 

 スウさん。

 

『視覚的な合図があると落ち着くかもしれません』

 

 ハジさんは少し間を置いてから、

 

『自分でメモ作る』

 

 と送ってきた。

 

 そして数分後。

 

『走るな。まず座れ。』

 

 ニコさん。

 

『名言』

 

 ぺこさん。

 

『これは貼った方がいい』

 

 ハジさん。

 

『貼らない』

 

 俺は少し笑った。

 

 でも、そのメモはたぶん必要だ。

 

 身体が先に動くなら、言葉で先に釘を打っておく。

 

 それは、かなり現実的な対策だった。

 

 スウさんは、ずっと迷っていた。

 

『会いたいです』

『でも、見られるのが怖いです』

『矛盾しています』

 

 その文を見た時、俺はすぐに返した。

 

『矛盾していても大丈夫です』

『会いたい気持ちと、怖い気持ちは同時にあります』

 

 少しして、スウさんから返事が来た。

 

『画面越しじゃなくて、名前を呼ばれたらどうなるのか知りたいです』

『怖いです』

『でも、少しだけ、知りたいです』

 

 スウさんは、会いたいと言った。

 

 でも、見られるのが怖いとも言った。

 

 その二つを同時に抱えたまま、明日の服を選んでいるのかもしれない。

 

 誰かの前に出るための服。

 

 でも、見つかりすぎないための服。

 

 その矛盾を身にまとって、会場へ来ようとしている。

 

 ニコさんが送る。

 

『俺も怖い』

『怖いけど、会ったらちょっと笑えるかもしれない』

 

 ぺこさん。

 

『耳見て笑ったら怒る』

 

 ニコさん。

 

『笑わない』

『いや、笑ったらごめん』

『でも馬鹿にする笑いじゃない』

 

 ぺこさん。

 

『それなら許すかもしれない』

『でも耳は笑うな』

 

 ハジさん。

 

『難しい条件だな』

 

 スウさん。

 

『少し安心しました』

『怖いのが自分だけじゃないなら、行けるかもしれません』

 

 その文で、避難所の空気が少しだけ柔らかくなった。

 

 怖いのは、自分だけじゃない。

 

 それを知るだけで、少し進める時がある。

 

 俺は、その流れを見ながら、またメモを作っていた。

 

 対面確認会のルール案。

 

 一、写真・動画撮影禁止。

 

 二、本名・住所を聞かない。

 

 三、本家タレント本人の詮索をしない。

 

 四、外見特徴を無断で触らない。

 

 五、口調漏れを笑いすぎない。

 

 六、体調が悪くなったら即申告。

 

 七、無理に自己紹介しない。

 

 八、途中退出自由。

 

 九、参加しない人を責めない。

 

 十、これはオフ会ではなく安全確認。

 

 避難所に貼ると、ニコさんが即座に反応した。

 

『最後、ラさんの強い意志を感じる』

 

 ぺこさん。

 

『オフ会ではない、三回書いとく?』

 

『必要なら書きます』

 

 ハジさん。

 

『書くな』

 

 担当Aからも反応が来た。

 

『ルール案は有用です』

『ただし、参加者の心理的負担にならないよう文面を柔らかくします』

 

 俺は少し引っかかった。

 

『俺の文章、硬いですか』

 

 ニコさん。

 

『硬い』

 

 ぺこさん。

 

『公式文書味ある』

 

 ハジさん。

 

『安全確認って感じ』

 

 スウさん。

 

『でも安心します』

 

 俺は複雑だった。

 

 硬い。

 

 でも安心する。

 

 なら、たぶん悪くはない。

 

 たぶん。

 

 準備をしている間にも、SNSは騒がしかった。

 

 トレンドには、まだ実体化組関連の言葉が残っている。

 

『実体化組、公式が保護してる?』

『リアルホロメン目撃マップ』

『スーパーぺこら続報求む』

『河川敷らでんはどこ?』

『偽物多すぎ』

『本物がいるなら会いたい』

 

 見ているだけで胃が重くなる。

 

 特に、目撃マップという言葉が嫌だった。

 

 世界は、俺たちを探し始めている。

 

 その世界の目を避けながら、俺たちは明日、互いを探しに行く。

 

 それがひどく矛盾していて、けれど今は、それしか方法がなかった。

 

 ぺこさんが避難所で荒れていた。

 

『目撃マップって何』

『俺たちはレアポケモンじゃない』

 

 ニコさん。

 

『実体化組GOやめろ』

 

 俺は思わず打った。

 

『冗談に聞こえないのでやめてください』

 

 ニコさん。

 

『ごめん』

『マジで嫌なやつだった』

 

 担当Aからも注意が入る。

 

『移動日時・場所は絶対に共有しないでください』

『対面確認会の存在も外部には出しません』

『万が一目撃された場合、反応せずスタッフの指示に従ってください』

『関連投稿を見つけても直接反応しないでください』

 

 世界は、俺たちを探し始めている。

 

 そして俺たちは、明日、誰にも見つからないように誰かに会いに行く。

 

 矛盾している。

 

 でも、今はそうするしかない。

 

 夕方、白い耳さんが参加について書き込んだ。

 

『私は今回は見送ります』

『会いたい気持ちはあります』

『ただ、対面によってリンクが強まる可能性があります』

『本家側への影響も考えると、今はオンライン観察の方が安全だと思います』

 

 ぺこさん。

 

『白い耳さん、会ってみたかったけど仕方ない』

 

 ニコさん。

 

『判断が冷静』

 

 ハジさん。

 

『無理に来るよりいい』

 

 スウさん。

 

『参加しない選択も大事ですね』

 

 帽子じゃないさんも続く。

 

『私も今回は見送ります』

『頭上の存在の反応が読めません』

『外出でどうなるか不安です』

『今回はログを送ります』

『帽子側も同意している気がします』

『同意とは?』

 

 ニコさん。

 

『帽子側の同意』

 

 ぺこさん。

 

『パワーワードが増える』

 

 俺は返した。

 

『参加しない選択も問題ありません』

『ログの共有だけでも十分重要です』

『安全を優先してください』

 

 帽子じゃないさん。

 

『ありがとうございます』

『頭上の存在にも伝えます』

 

 ニコさん。

 

『伝わるの?』

 

 帽子じゃないさん。

 

『分かりません』

『でも伝えないよりはいい気がします』

 

 それも、今の俺たちにはありなのかもしれない。

 

 分からなくても、声をかける。

 

 反応があるかもしれないから。

 

 最終的に、初回参加予定者は絞られた。

 

 俺。

 

 ぺこさん。

 

 ニコさん。

 

 ハジさん。

 

 スウさん。

 

 それぞれ同伴者つき。

 

 担当Aから連絡が来る。

 

『初回はこの人数で調整します』

『対面時間は短時間』

『体調確認を優先』

『交流は無理に行いません』

『入室後、すぐに全員が会話する必要はありません』

『途中退出可能です』

 

 ニコさん。

 

『交流は無理に行いません』

『初対面コミュ障に優しい』

 

 ぺこさん。

 

『耳見られるの怖いけど、みんなならまだマシかも』

 

 スウさん。

 

『少し安心しました』

 

 ハジさん。

 

『最初に座る』

 

 ニコさん。

 

『走るな。まず座れ。』

 

 ハジさん。

 

『それを俺以外が言うな』

 

 俺も少しだけ笑った。

 

 明日、本当に会うのか。

 

 画面の向こうで笑っていた人たちと。

 

 怖がっていた人たちと。

 

 同じ現実にいることを、確かめるのか。

 

 夜。

 

 俺は机の上に、明日の持ち物を並べた。

 

 マスク。

 

 眼鏡。

 

 大きめの上着。

 

 目立たない靴。

 

 スマホ。

 

 充電器。

 

 生活ログ。

 

 そして、対面ルール案。

 

 気づけば、紙が何枚も重なっていた。

 

 ドアが軽く叩かれる。

 

「入るぞ」

 

「うん」

 

 父親が部屋に入ってきた。

 

 机の上を見て、眉を上げる。

 

「荷物、多くないか」

 

「必要なものだけ」

 

「資料が多い」

 

「必要です」

 

「お前は確認に行くんだ。配布資料を作りに行くんじゃない」

 

 俺は黙った。

 

 正論だった。

 

 父親は資料の山を見て、ため息を吐いた。

 

「でも、一枚だけなら持っていけ」

 

 俺は顔を上げる。

 

「いいの?」

 

「どうせないと落ち着かないんだろ」

 

 その言い方が、あまりにも普通だった。

 

 俺が緊張すると親指を握り込むことを、母親が知っていたように。

 

 俺が何かを紙にまとめると少し落ち着くことを、父親も知っているのかもしれない。

 

 記憶はない。

 

 でも、家族の方には残っている。

 

 佐伯悠真の形が。

 

「……ありがとう」

 

「礼はいい。寝ろ」

 

「寝られるかな」

 

「横になれ」

 

「また夢を見たら?」

 

「起こせ」

 

 父親は短く言った。

 

「それと、明日は必ず帰ってこい」

 

 俺は顔を上げる。

 

「会いに行くんじゃないの?」

 

「会いに行って、帰ってくるんだ」

 

 その言葉に、喉の奥が少しだけ詰まった。

 

「……うん」

 

「そこを間違えるな」

 

 父親はそう言って、部屋を出ていった。

 

 俺は資料を一枚だけ選んだ。

 

 対面確認会のルール案。

 

 硬い文面のままだ。

 

 でも、少しだけ書き直した。

 

 写真を撮らない。

 

 無理に話さない。

 

 触らない。

 

 笑いすぎない。

 

 つらくなったら出ていい。

 

 参加できただけで十分。

 

 最後に、一行だけ足した。

 

 同じ現実にいることを、まず確認する。

 

 それだけでいい。

 

 明日、何かを解決できるとは思っていない。

 

 元に戻る方法が見つかるわけでもない。

 

 本家とのリンクが切れるわけでもない。

 

 世論が静まるわけでもない。

 

 でも、同じ現実にいる誰かと会う。

 

 それは、今の俺たちには十分大きい。

 

 避難所を開く。

 

 画面には、それぞれの準備が並んでいた。

 

 ぺこさん。

 

『耳、どう隠しても不審』

 

 ニコさん。

 

『明日、笑えなかったらどうしよう』

 

 ハジさん。

 

『走るなメモ作った』

 

 スウさん。

 

『緊張して眠れません』

 

 俺は返信欄に指を置いた。

 

『無理にうまく会おうとしなくていいと思います』

『明日は、同じ現実にいることを確認するだけで十分です』

 

 送信。

 

 すぐに、ぺこさんから返ってきた。

 

『それなら、行けるかもしれない』

 

 ニコさん。

 

『同じ現実、か』

『急にいいこと言うな』

 

 ハジさん。

 

『まず座る』

 

 スウさん。

 

『少し安心しました』

 

 俺はスマホを伏せた。

 

 机の上を見る。

 

 マスク。

 

 眼鏡。

 

 大きめの上着。

 

 スマホ。

 

 生活ログ。

 

 そして、父親に一枚だけ許された対面ルール案。

 

 画面越しの誰かだった人たちが、明日、本当に同じ場所に来る。

 

 怖い。

 

 でも、会いたい。

 

 その二つが、胸の中で同じくらい強かった。

 

 明日、俺たちは初めて、文字ではなく現実で出会う。

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