朝起きたら儒烏風亭らでんになっていた。なお、本物は今日も普通に配信している   作:好きな性癖発表ドラゴン

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第20話 会ったあとに残る音

 

 

 家の玄関が見えた時、ようやく息を吐けた。

 

 出発した時と同じ家。

 

 同じ玄関。

 

 同じ表札。

 

 同じ門灯。

 

 なのに、帰ってきた場所が少しだけ違って見えた。

 

 理由は分かっている。

 

 俺が、今日、あの人たちに会ったからだ。

 

 ぺこさんの耳。

 

 ニコさんの笑いかけた口元。

 

 ハジさんの膝の上の「走るな」メモ。

 

 スウさんが名前を呼ばれて、少しだけ安心した顔。

 

 画面の向こうにあったものが、本当に同じ部屋にあった。

 

 その事実が、まだ身体のどこかで鳴っている。

 

 父親が車を停めた。

 

「着いたぞ」

 

「うん」

 

「降りられるか」

 

「大丈夫」

 

 そう答えたのに、シートベルトを外す手が少し遅れた。

 

 父親は急かさなかった。

 

 それがありがたかった。

 

 玄関を開けると、母親がすぐに出てきた。

 

「おかえり」

 

 その声を聞いた瞬間、肩から力が抜けた。

 

「ただいま」

 

 言えた。

 

 ただいま。

 

 今日も帰ってこられた。

 

 それだけのことが、こんなにも大きい。

 

 母親は俺の顔を見て、少しだけ表情を緩めた。

 

「会えた?」

 

「うん」

 

「怖かった?」

 

「怖かった」

 

「でも?」

 

 母親は、続きを待つように俺を見た。

 

 俺は少し黙ってから、言った。

 

「……行ってよかった」

 

 母親は、ほっとしたように息を吐いた。

 

 父親が靴を脱ぎながら言う。

 

「帰ってきたからな」

 

「うん」

 

「そこが一番大事だ」

 

 それは、昨日から何度も言われていたことだった。

 

 会いに行って、帰ってくる。

 

 俺はちゃんと帰ってきた。

 

 その事実が、今になって胸の奥に落ちてくる。

 

 部屋に戻ると、全身の力が抜けた。

 

 ベッドに倒れ込みたい。

 

 でも、なぜか机の前に座っていた。

 

 膝の上に置いていた対面ルール案を広げる。

 

 裏側は白紙だった。

 

 気づけば、ペンを持っていた。

 

 書き始める。

 

 ぺこさん。

 

 耳が本当に動く。感情にかなり正直。先輩っぽさが漏れると本人が強く否定。家族の補助あり。

 

 ニコさん。

 

 笑えた。スウさんへの距離感が近い。怖い時ほど喋るが、現実でも笑いに変換しようとする。今日は自然に笑えた。

 

 ハジさん。

 

 番長呼びで止まった。本人は不本意。身体反応がチャットより強い。メモは有効。

 

 スウさん。

 

 名前を呼ばれると明確に落ち着く。ニコさんの言葉を受け取りやすい。視線には弱い。

 

 そこまで書いて、手が止まった。

 

「……またまとめてる」

 

 父親に言われたのに。

 

 今日はまとめに行くんじゃない。

 

 確認しに行くんだ。

 

 そう言われたばかりなのに、帰ってきてすぐこれだ。

 

 でも、今日のこれは少し違う気がした。

 

 誰かのために資料を作ろうとしているわけじゃない。

 

 担当Aに提出するためでもない。

 

 忘れたくなかった。

 

 今日見た顔も、声も、空気も。

 

 文字の向こうにいた誰かが、現実になった感覚も。

 

 それを、明日になって薄れさせたくなかった。

 

 だから書いている。

 

 そう思うと、少しだけ胸が落ち着いた。

 

 スマホが震えた。

 

 避難所。

 

 最初の報告は、ぺこさんだった。

 

『帰った』

『耳、無事』

『母親にストール外された』

『ただいまって言ったら耳が下がった』

『見ないでって言ったら、見なくても分かるって言われた』

『耳、正直すぎる』

 

 ニコさん。

 

『帰宅』

『家族にどうだったって聞かれた』

『笑えたって言った』

『そしたら、よかったねって言われた』

『なんか普通に泣きそうになった』

『笑えない』

 

 ハジさん。

 

『帰った』

『走らなかった』

『座った』

『メモ効いた』

『不本意』

 

 スウさん。

 

『帰りました』

『名前を呼ばれるの、画面越しと現実では違いました』

『少し怖かったです』

『でも、嬉しかったです』

 

 俺は画面を見つめた。

 

 みんな、帰った。

 

 ちゃんと家に戻った。

 

 それだけで、胸の奥がじんわり温かくなる。

 

『俺も帰宅しました』

『今日は、会えてよかったです』

 

 送信すると、すぐにニコさんから返ってきた。

 

『ラさん、今日は短い』

 

『疲れました』

 

 ぺこさん。

 

『分かる』

『耳も疲れてる』

 

 ハジさん。

 

『耳も疲れるのか』

 

 ぺこさん。

 

『疲れる』

『精神的に』

 

 ニコさん。

 

『耳、精神ある?』

 

 ぺこさん。

 

『ある気がしてきたからやめろ』

 

 少し笑った。

 

 家の中で、一人で。

 

 でも、さっきまでの一人とは少し違う。

 

 画面の向こうに、今日会った人たちがいる。

 

 その事実だけで、部屋の空気が少し変わっていた。

 

 しばらくして、ハジさんが書き込んだ。

 

『帰宅後、階段を二段飛ばししかけた』

 

 俺は反射的に打っていた。

 

『番長、座ってから移動してください』

 

 送ってから、固まる。

 

 まただ。

 

 また、自然に出た。

 

 しかも文字で。

 

 会場で言った時とは違う。

 

 今はチャットだ。

 

 それなのに、俺の指は迷わず「番長」と打っていた。

 

 ハジさんから返信が来る。

 

『また効いた』

『文字でも効くの嫌なんだが』

 

 ニコさん。

 

『ReGLOSSライン残ってる』

 

 ぺこさん。

 

『関係値バグ』

 

 スウさん。

 

『でも、止まれたならよかったです』

 

 ハジさん。

 

『よかったけど嫌だ』

 

 俺はスマホを握ったまま、しばらく動けなかった。

 

 現実で会ったから強まったのか。

 

 それとも、前からあったものが見えるようになったのか。

 

 分からない。

 

 でも、チャットだけだった頃よりも、明らかに表に出ている。

 

 ニコさんとスウさんのやり取りも、すぐにそれを示した。

 

 スウさんが、ぽつりと送ってきた。

 

『少し寂しくなっています』

『会えたのに、帰ってきたら一人になった感じがします』

 

 その文を見て、俺は返信を考えた。

 

 でも先に、ニコさんが打った。

 

『帰ってきた報告できた時点で満点』

『寂しいのは減点じゃない』

『むしろ、会えたから寂しいんじゃない?』

『それって、ちゃんと会えたってことじゃん』

 

 少し間が空いた。

 

 ニコさんが続ける。

 

『……また自然に出た』

 

 スウさん。

 

『受け取りやすいです』

『ありがとうございます』

 

 ニコさん。

 

『なんで俺、スウさんには急にいいこと言えるの?』

『普段もこれでいきたい』

 

 ぺこさん。

 

『普段は事故る』

 

 ニコさん。

 

『否定できない』

 

 それを見て、少しだけ笑った。

 

 怖い。

 

 でも、救いでもある。

 

 ニコさんの言葉が、スウさんに届きやすい。

 

 ハジさんは、俺の「番長、座って」で止まれる。

 

 ぺこさんは、場が不安定になると自然に先輩っぽく振る舞う。

 

 中身は知らない。

 

 でも表層は、関係性を覚えている。

 

 それは自分たちの意思を越えていて怖い。

 

 でも、今日みたいな場では、その関係値に助けられた瞬間もあった。

 

 ぺこさんが送ってきた。

 

『とりあえず水飲んで寝るぺこ』

『考えるのは明日でいいぺこ』

『……今の誰?』

 

 ニコさん。

 

『ぺこ先輩』

 

 ぺこさん。

 

『やめろ』

 

 ハジさん。

 

『先輩っぽかった』

 

 ぺこさん。

 

『やめろって』

『俺は一般人』

『耳以外』

 

 ニコさん。

 

『耳以外』

 

 俺は笑いながら、同時に少しだけぞっとしていた。

 

 会ったあとに残っている。

 

 声も。

 

 距離感も。

 

 呼び方も。

 

 会場で終わらなかった。

 

 現象は、家に帰ってからも続いている。

 

 夜。

 

 リビングで、母親がテレビをつけていた。

 

 ニュース番組のあとの、短いエンタメコーナー。

 

 俺はソファに座り、水を飲んでいた。

 

 父親は横で新聞を読んでいる。

 

 今日はもう何も起きないでほしい。

 

 そう思っていた。

 

 テレビから、短い音楽が流れた。

 

 数秒だけ。

 

 たぶん、ホロライブ関連の楽曲紹介だった。

 

 映像はほとんど見ていない。

 

 曲名も分からない。

 

 誰の声かも分からない。

 

 でも、音が流れた瞬間、身体が反応した。

 

 呼吸が変わる。

 

 背筋が伸びる。

 

 足先が、小さくリズムを取る。

 

 曲の展開を、身体が先に知っている。

 

 ここで入る。

 

 ここで前に出る。

 

 ここで揃う。

 

 そんな感覚が、言葉より先に走った。

 

 歌う側というより、舞台に立つ側の緊張。

 

 照明の熱。

 

 観客の気配。

 

 音に合わせて、表に出る身体。

 

 俺は反射的に顔を背けた。

 

「父さん」

 

 父親は一瞬でリモコンを取った。

 

 音が消える。

 

 部屋が静かになった。

 

 母親が驚いた顔でこちらを見る。

 

「今の?」

 

「たぶん」

 

 父親がテレビを消したまま言う。

 

「本家映像じゃなくても反応するのか」

 

「音だけで、少し」

 

「どんな感じだ」

 

「身体が、曲の先を知ってる感じ」

 

 言ってから、自分の腕を押さえた。

 

「立たなきゃいけない、みたいな。前に出る準備をしてる感じ」

 

 父親は眉を寄せた。

 

「危ないな」

 

「うん」

 

 母親が小さく言う。

 

「音楽もだめなの?」

 

「だめかどうかは分からない。でも、反応はした」

 

 画面だけじゃない。

 

 音も。

 

 その事実が、じわじわ怖くなってくる。

 

 避難所に報告しようとスマホを開くと、すでに通知が流れていた。

 

 ニコさん。

 

『やばい』

『家族が音楽番組つけた』

『FLOW GLOWっぽい曲が一瞬流れた』

『身体が勝手に前に出た』

『笑う準備じゃなくて、出る準備だった』

『怖い』

 

 スウさん。

 

『私も反応しました』

『名前を呼ばれた時とは違います』

『もっと、前に出なきゃ、みたいな感覚でした』

『怖いけど、少し身体が覚えている感じがしました』

 

 ハジさん。

 

『曲で身体が動く』

『危ない』

『座っててよかった』

 

 ぺこさん。

 

『こっちはホロ曲っぽいイントロで耳が立った』

『先輩面しそうになった』

『何で?』

 

 俺は短く打った。

 

『俺も音で反応しました』

『映像なし、数秒の楽曲だけです』

『音楽もリンク因子かもしれません』

 

 ニコさん。

 

『リンク因子、また単語増えた』

 

 ぺこさん。

 

『専門用語増やすな』

 

 ハジさん。

 

『でも分かりやすい』

 

 スウさん。

 

『音は避けきれないので、少し怖いです』

 

 確かにそうだ。

 

 動画なら開かなければいい。

 

 SNSなら見なければいい。

 

 本家配信なら再生しなければいい。

 

 でも、音楽は街にある。

 

 テレビにある。

 

 店内BGMにある。

 

 誰かのスマホからも流れる。

 

 完全に避けるのは難しい。

 

 担当Aに共有すると、しばらくして返信が来た。

 

『報告ありがとうございます』

『映像だけでなく、音声・楽曲・関係値・対面経験がリンクを強める可能性があります』

『特に、ユニット単位の楽曲や、本家同士の関係性を想起させる要素には注意してください』

『ただし、音楽を完全に避けることは現実的ではありません』

『反応が出た場合は、再生を止め、時刻と内容を記録してください』

 

 俺はその文を何度も読んだ。

 

 映像だけじゃない。

 

 音声。

 

 楽曲。

 

 関係値。

 

 対面経験。

 

 名前。

 

 呼び方。

 

 場所。

 

 世界のあちこちが、こちらと向こうを繋ぐ扉になり始めている。

 

 そう考えると、部屋の中の静けさまで少し怖くなった。

 

 翌日。

 

 父親と買い出しに出た。

 

 外出は必要最低限。

 

 人の少ない時間帯。

 

 大きめの上着とマスク。

 

 車移動。

 

 それでも、外に出るだけで緊張する。

 

 昨日、対面確認会で外出できたからといって、もう平気になったわけではない。

 

 むしろ、一度外に出たことで、外の視線が前より具体的に怖くなった。

 

 スーパーには寄らなかった。

 

 ぺこさんの件が頭をよぎるからだ。

 

 父親は、人の少ないドラッグストアと小さな店だけ選んだ。

 

 その帰り道。

 

 車の窓から、あるポスターが見えた。

 

 近くの文化施設に貼られている企画展の案内。

 

 江戸の器と現代工芸展

 語る器、残る手触り

 

 その文字を見た瞬間、身体がそちらを向いた。

 

 音楽の時とは違う。

 

 もっと静かで、深い。

 

 行きたい。

 

 見たい。

 

 語りたい。

 

 いや、語りたいだけじゃない。

 

 そこへ行けば、自分の中にある“らでんっぽさ”が何なのか、少し分かる気がした。

 

 器。

 

 手触り。

 

 展示空間。

 

 光。

 

 余白。

 

 説明文。

 

 見ること。

 

 語ること。

 

 誰かに伝えること。

 

 それらが、俺の中で一気に繋がった。

 

 父親が気づく。

 

「どうした」

 

「……行きたい」

 

 自分でも驚くほど、素直に出た。

 

 父親はポスターを見る。

 

「展示か」

 

「うん」

 

「今は無理だ」

 

「分かってる」

 

「本当にか」

 

「分かってる。でも、行きたい」

 

 言ってしまった。

 

 父親はしばらく黙っていた。

 

 怒るわけでも、すぐ否定するわけでもなかった。

 

「行きたい理由は」

 

「見たいから」

 

「それだけか」

 

「……たぶん、それだけじゃない」

 

 俺はポスターを見つめた。

 

「そこに行ったら、俺の中にあるものが何なのか、少し分かる気がする」

 

 父親はハンドルを握ったまま、短く息を吐いた。

 

「だから危ない」

 

「うん」

 

「でも、必要かもしれないんだな」

 

「……うん」

 

「なら、勝手には行くな。担当Aに相談しろ」

 

「分かってる」

 

「今のは、本当に分かってる顔だな」

 

「たぶん」

 

「そこは言い切れ」

 

「分かってる」

 

 車はそのまま通り過ぎた。

 

 ポスターは後ろへ流れていく。

 

 でも、文字だけが頭に残った。

 

 語る器、残る手触り。

 

 残るもの。

 

 今日の俺にも、たくさん残っている。

 

 会ったあとに残った声。

 

 音。

 

 距離感。

 

 呼び方。

 

 そして、行きたいという衝動。

 

 帰宅後、俺は担当Aに連絡した。

 

『美術館・博物館・落語会など、らでんさんの表層と関連が強い場所に反応する可能性があります』

『今日、企画展のポスターを見て、強い誘引を感じました』

『危険は承知しています』

『ただ、管理された環境で確認する価値はあるかもしれません』

 

 送信してから、少し不安になる。

 

 自分から危険な提案をしているようにも見える。

 

 でも、言わない方が危険だ。

 

 美術館に行きたい。

 

 その気持ちが勝手に膨らむ前に、言葉にして外へ出しておく必要があった。

 

 担当Aから返事が来る。

 

『現時点で一般施設への訪問は推奨できません』

『ただし、場所・文化的対象への反応は重要です』

『オンライン画像や音声を使わず、資料・写真・言葉だけで反応を見る低刺激検証から検討します』

『勝手な訪問は避けてください』

 

 当然だった。

 

 でも、完全に否定されなかった。

 

 それだけで、少し呼吸がしやすくなる。

 

『分かりました』

『勝手には行きません』

 

 そう返してから、避難所にも共有した。

 

 ニコさん。

 

『ラさん、美術館に吸われかける』

 

 ぺこさん。

 

『吸われるな』

 

 ハジさん。

 

『行くなら座ってから行け』

 

 俺は少し考えてから返す。

 

『移動中に座っています』

 

 ニコさん。

 

『真面目に返さないで』

 

 スウさん。

 

『でも、行きたい場所があるのは、少し分かります』

『怖いけど、自分のことが分かるかもしれない場所なんですよね』

 

『はい』

 

 短く返した。

 

 その通りだった。

 

 怖い。

 

 でも、知りたい。

 

 俺の中のらでんっぽさが、ただの侵食なのか。

 

 それとも、今の俺を支える何かなのか。

 

 そこに行けば、少しだけ分かる気がした。

 

 SNSでは、騒ぎがさらに広がっていた。

 

 対面確認会そのものはバレていない。

 

 それは救いだった。

 

 でも、実体化組の話題は止まっていない。

 

 新しい言葉が増えている。

 

 実体化組保護説

 

 公式施設にいる説

 

 リアルホロメン目撃チャレンジ

 

 推しを探すな

 

 目撃マップ炎上

 

 中には、まともな声もあった。

 

 探すな。

 

 撮るな。

 

 公式の注意を読め。

 

 本人かどうかも分からない一般人を晒すな。

 

 その言葉はありがたい。

 

 でも、その言葉が拡散されることで、また話題が広がる。

 

 善意でも注目が増える。

 

 悪意ならもっと増える。

 

 ぺこさんが避難所に書き込んだ。

 

『探すなって言ってくれる人がいるのはありがたい』

『でも、探すなって言葉でまた話題になるの怖い』

 

 俺は頷きながら打った。

 

『善意でも注目が増えることがあります』

 

 ニコさん。

 

『善意のバズ、扱いが難しすぎる』

 

 ハジさん。

 

『目撃チャレンジとか言ってるやつは論外』

 

 スウさん。

 

『見つけてほしい気持ちがある私でも、それは怖いです』

 

 その文が、少し重かった。

 

 見つけてほしいスウさんですら怖い。

 

 それくらい、世間の“探す”は乱暴なのだ。

 

 俺たちが始めた“探して”とは違う。

 

 俺たちが探しているのは、原因かもしれない。

 

 元の自分かもしれない。

 

 本家との距離かもしれない。

 

 でも、世間が探しているのは、見つけて消費するための対象だ。

 

 そこには大きな差がある。

 

 夜。

 

 白い耳さんから連絡が来た。

 

『今日、会場には行っていません』

『でも、皆さんが同じ場所にいた時間帯に、耳が反応しました』

『声ではありません』

『音でもありません』

『誰かが集まっている場所を、遠くから見ていた感覚です』

 

 俺は息を止めた。

 

 白い耳さんは、対面確認会には来ていない。

 

 場所も知らない。

 

 会場情報も共有されていない。

 

 それなのに、反応した。

 

 実体化者同士が集まること自体が、遠くにいる別の実体化者にも影響する可能性がある。

 

 白い耳さんは続けた。

 

『それと、ひとつ気になることがあります』

『探して、という言葉ですが』

『たぶん、探す対象は“原因”だけではありません』

『私たちが、互いを探し始めたこと自体に意味があるのかもしれません』

 

 その文を、俺は何度も読み返した。

 

 探して。

 

 その言葉を、俺たちは原因を探せという意味だと思っていた。

 

 元の自分を探せという意味かもしれないと思っていた。

 

 本家との安全な距離を探せという意味かもしれないと思っていた。

 

 でも、もしかすると。

 

 俺たちはもう、探し始めていたのかもしれない。

 

 画面の向こうにいた誰かを。

 

 同じ現実にいる誰かを。

 

 自分と同じように、名前と姿の間で揺れている誰かを。

 

 そして今日、俺たちは見つけた。

 

 そのこと自体が、何かを動かしてしまったのだとしたら。

 

 俺は伏せたスマホを見つめた。

 

 会ったあとに残る音は、まだ消えていなかった。

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