朝起きたら儒烏風亭らでんになっていた。なお、本物は今日も普通に配信している   作:好きな性癖発表ドラゴン

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第2話 初外出、即終了

 

 

 スマホを伏せたはずなのに、結局また手に取っていた。

 

 見ない方がいい。

 

 絶対に見ない方がいい。

 

 そう思えば思うほど、指は勝手に画面を開く。

 

 トレンド欄には、さっき見たばかりの言葉がまだ並んでいた。

 

 #ホロメン実体化

 #現実ホロメン

 #推しが三次元に出てきた件

 

 夢なら、もう少し遠慮してほしい。

 

 朝起きたら知らない女の子の姿になっていて、しかもその姿がホロライブのタレントにそっくりで、社会人なのに仕事も休むしかなくて、家族には声が違うことを疑われている。

 

 普通、ここまでで十分だ。

 

 なのに世界は、なぜか追加でSNS炎上イベントまで乗せてくる。

 

「……いらないんだよ、そういう盛り合わせ」

 

 呟いた声は、やっぱり俺のものじゃなかった。

 

 それだけで少し胃が沈む。

 

 画面をスクロールする。

 

『人外勢は外出したら即バレだろ』

『ぺこらっぽい子の耳、あれ作り物じゃなくね?』

『狐耳のやつ、動画消されてる?』

『いやホロメン実体化とか都市伝説すぎる』

『でも現実にいたら一番隠れやすいのReGLOSS説ある』

『らでんは普通に街に紛れてそう』

『美術館行ったら会える?』

『茶碗置いといたら釣れるだろ』

 

「釣れると思うな」

 

 反射でツッコんでから、俺は口を押さえた。

 

 危ない。

 

 今のは危ない。

 

 なぜか妙に腹が立った。

 

 茶碗で釣れると思われていることに、俺は今かなり本気で苛立った。

 

 いや、気になるけど。

 

 茶碗は気になるかもしれないけど。

 

 それはそれとして、人を珍獣扱いするな。

 

 俺は返信欄を開きかけて、寸前で止めた。

 

 だめだ。

 

 ここで書いたら終わる。

 

 俺は今、全世界に向けて「本人っぽいツッコミ」を投げられる立場じゃない。

 

 というか、本人ではない。

 

 いや、この姿は本人っぽいけど、俺は俺で、でもその俺が誰なのか分からなくて――

 

「やめよう。考えると死ぬ」

 

 スマホをベッドに投げた。

 

 跳ねたスマホが布団の上で止まる。

 

 同時に、ドアの向こうで足音がした。

 

「薬持ってきたよ」

 

 心臓が跳ねた。

 

 母親だ。

 

 たぶん、母親。

 

 この“たぶん”にも、そろそろ慣れたくない。

 

「置いといて」

 

「顔見せなさい」

 

「今、寝起きでひどいから」

 

「いつもひどいから大丈夫」

 

 やめろ。

 

 その自然な毒舌はたぶん家族としての距離感なんだろうけど、今の俺には刺さり方が強い。

 

「本当に大丈夫だから」

 

「大丈夫な人はドア越しにそんな必死にならない」

 

 正論が多い家だった。

 

 俺は部屋を見回した。

 

 帽子。

 

 マスク。

 

 パーカー。

 

 一応、顔は隠している。

 

 でも完全ではない。

 

 鏡の前に立てば、そこにはまだ“儒烏風亭らでんっぽすぎる女の子”がいる。

 

 自分で思うのも変だが、目元だけでもだいぶ危ない。

 

 このまま開けたら終わる。

 

 でも開けなければ、もっと怪しまれる。

 

 俺は布団を頭からかぶり、帽子をさらに深く押さえ、マスクをつけたままドアへ向かった。

 

 ゆっくり開ける。

 

 ほんの少しだけ。

 

 隙間から手を出す。

 

 ドアの向こうから薬の袋が差し出された。

 

「……手、白くない?」

 

 手首を見られた。

 

 終わりかけた。

 

「血色が悪いんだと思う」

 

「指、細くなってない?」

 

「むくみが取れた」

 

「そんな都合よく?」

 

 母親の観察眼が鋭すぎる。

 

 俺は薬袋を掴み、即座に引っ込めようとした。

 

 その瞬間、ドアの隙間から母親の視線が入ってくる気配がした。

 

 まずい。

 

 俺は反射的に身体を引いた。

 

 速かった。

 

 速すぎた。

 

 たぶん普通なら、少し後ろに下がる程度の動きだった。

 

 でも今の身体は、軽く床を蹴っただけで、すっと一歩以上後ろへ逃げた。

 

 母親が不審そうに言う。

 

「今、動き変じゃなかった?」

 

「ふらついた」

 

「ふらついた人の動きじゃなかったけど」

 

 見ないで。

 

 お願いだから、そこまで見ないで。

 

「午後には顔見せて。会社にもちゃんと連絡した?」

 

「した」

 

「本当に?」

 

「したって」

 

「じゃあ、お粥持ってくるから。あとで部屋入るね」

 

 あとで。

 

 またあとで。

 

 この家の“あとで”は殺傷能力が高すぎる。

 

「寝てるかも」

 

「寝てても入る」

 

「それはちょっと」

 

「何隠してるの?」

 

 全部。

 

 全部隠している。

 

 知らない女の子の姿になったことも、声も、髪も、ホロライブのタレントそっくりになっていることも、二十五歳社会人なのに自分の職場すら思い出せないことも、全部。

 

「……部屋が散らかってる」

 

「いつもでしょ」

 

 また何も言えない。

 

 たぶん事実だから。

 

 母親の足音が遠ざかったあと、俺はドアを閉め、その場で膝をついた。

 

 危なかった。

 

 いや、まだ危ない。

 

 午後には入ると言われた。

 

 薬とお粥という善意を盾に、母親が部屋へ侵攻してくる。

 

 俺は薬袋を机に置き、鏡を見た。

 

 黒髪をまとめ、帽子をかぶり、マスクをつけ、パーカーを着込んだ少女がいる。

 

 怪しい。

 

 かなり怪しい。

 

 でも、何もしないよりはマシだ。

 

 ただ、足りない。

 

 帽子は手持ちのもので浅い。

 

 髪も完全には隠せていない。

 

 マスクの替えも少ない。

 

 眼鏡もない。

 

 風邪設定を押し通すには、喉スプレーや追加の薬も欲しい。

 

 そして何より。

 

 この身体で、外に出られるのか。

 

 それを知らないと、ずっとこの部屋に閉じこもるしかない。

 

 スマホを見る。

 

 SNSでは、知らない誰かがまだ勝手に推理を続けていた。

 

『らでん実体化してたら絶対隠れてるだろ』

『本人慎重そう』

『家から出られなそう』

『でも間違った美術ネタ見たらツッコミに出てきそう』

 

「出てこないわ」

 

 出てこない。

 

 出てこないからな。

 

 俺はスマホを伏せた。

 

 当てるな。

 

 勝手に俺の心理を読むな。

 

 でも、その投稿を見た瞬間、逆に決まった。

 

 このままだと部屋の中で詰む。

 

 出るしかない。

 

 最低限の買い物をして、戻ってくる。

 

 声を出さない。

 

 人と目を合わせない。

 

 絶対に走らない。

 

 絶対に目立たない。

 

 行ける。

 

 たぶん。

 

 この“たぶん”に命を預けたくはないが、今は他にない。

 

 俺は変装を整えた。

 

 黒いキャップを深くかぶる。

 

 マスク。

 

 パーカーのフード。

 

 長い髪は後ろでまとめ、できるだけ服の中へ入れる。

 

 鏡を見る。

 

「……不審者では?」

 

 どう見ても不審だった。

 

 顔を隠しすぎている。

 

 体調不良の社会人男性というより、何かから逃げている女の子だ。

 

 いや、実際に逃げている。

 

 世界から。

 

 SNSから。

 

 家族から。

 

 自分の顔から。

 

 俺はスマホのメモアプリを開いた。

 

『喉が痛いので声が出ません』

 

 よし。

 

 これを見せれば、最低限なんとかなる。

 

 財布を掴む。

 

 鍵を取る。

 

 ドアを少し開け、廊下を確認する。

 

 誰もいない。

 

 俺はそっと部屋を出た。

 

 階段へ向かう。

 

 一段目。

 

 二段目。

 

 静かに、静かに。

 

 そう思った。

 

 思っただけだった。

 

 足が軽い。

 

 軽すぎる。

 

 いつもの感覚で下りようとしたら、身体が勝手に一段飛ばした。

 

 いや、一段どころではない。

 

 気づいた時には三段ほど下にいた。

 

 死んだ。

 

 そう思った時には、もう着地していた。

 

 ほとんど音がしない。

 

 膝も痛くない。

 

 足の裏が床を捉え、腰がすっと落ち、何事もなかったみたいに立っている。

 

「……忍者か」

 

 いや、違う。

 

 落語家じゃないのか。

 

 俺は心の中でツッコみながら、残りの階段を慎重に下りた。

 

 玄関までは数メートル。

 

 リビングからテレビの音がする。

 

 台所に人の気配。

 

 母親だ。

 

 通れる。

 

 今なら通れる。

 

 俺は廊下を抜け、靴を履いた。

 

 元の自分のスニーカー。

 

 少し大きい。

 

 でも歩けないほどではない。

 

 鍵を開けようとした瞬間、背中から声が飛んだ。

 

「どこ行くの?」

 

 硬直。

 

 ゆっくり振り向く。

 

 母親が台所の入口に立っていた。

 

 エプロン姿。

 

 表情は、心配半分、不審半分。

 

 俺は声を出さず、スマホのメモを見せた。

 

『薬買ってくる。喉痛くて声出したくない』

 

「薬なら私が買ってくるのに」

 

 メモを打つ。

 

『ついでに外の空気吸いたい』

 

「熱あるんじゃないの?」

 

『ない。たぶん』

 

「たぶんばっかりね」

 

 返す言葉がない。

 

「帽子、そんな深くかぶると怪しいよ」

 

 分かってる。

 

 でも浅くかぶったら人生が終わる。

 

『すぐ戻る』

 

「無理しないでね。あと、声出ないなら店員さんにちゃんとメモ見せるんだよ」

 

 心配の方向性が正しい。

 

 そして痛い。

 

 俺は小さく頷いて、玄関を開けた。

 

 外の空気が入ってくる。

 

 朝の光。

 

 住宅街の静けさ。

 

 遠くを走る車の音。

 

 何も変わっていないはずの世界が、まるで初めて見る場所みたいだった。

 

 一歩、外へ出る。

 

 風が髪の端を揺らした。

 

 慌ててフードを押さえる。

 

 外だ。

 

 外に出てしまった。

 

 当たり前のことなのに、心臓がうるさい。

 

 周囲の家。

 

 電柱。

 

 アスファルト。

 

 ゴミ捨て場。

 

 近所の犬の鳴き声。

 

 全部普通。

 

 普通すぎる。

 

 その普通の中に、今の俺だけが明らかに異物だった。

 

 歩く。

 

 歩幅が分からない。

 

 目線の高さも違う。

 

 体が軽い。

 

 少し早歩きしただけで、景色の流れが速くなる。

 

「落ち着け……」

 

 声に出してから、慌てて口を閉じる。

 

 誰もいない。

 

 たぶん。

 

 角を曲がったところで、近所のおばさんらしき人とすれ違いかけた。

 

 俺は反射的に会釈した。

 

 なぜか、妙に綺麗な会釈になった。

 

 背筋が伸び、首の角度が決まり、指先まで無駄に整う。

 

 おばさんが少し振り返った。

 

「あら、今の子……?」

 

 終わるな。

 

 そこで興味を持つな。

 

 俺は早歩きした。

 

 早歩きのつもりだった。

 

 でも、明らかに速い。

 

 地面を蹴るたび、身体がすっと前に進む。

 

 息は上がらない。

 

 足も重くない。

 

 怖い。

 

 逃げ足の性能に感動している場合ではないのに、ちょっと感動してしまう。

 

 数分で、駅前のドラッグストアに着いた。

 

 自動ドアが開く。

 

 店内の空気。

 

 薬品と日用品の匂い。

 

 蛍光灯の明るさ。

 

 普通の店。

 

 普通の客。

 

 普通の店員。

 

 俺だけが普通じゃない。

 

 買うものは決めてある。

 

 マスク。

 

 喉スプレー。

 

 風邪薬。

 

 ヘアゴム。

 

 飲み物。

 

 ゼリー。

 

 できれば伊達眼鏡。

 

 声を出さない。

 

 店員と目を合わせない。

 

 セルフレジを使う。

 

 完璧だ。

 

 そう思っていた。

 

 売り場を歩いている途中、ふと棚の横に貼ってあったチラシが目に入った。

 

 地域の小さな工芸展。

 

 陶器の写真。

 

 余白を使った配置。

 

 派手ではないが、妙に目を引く。

 

 足が止まった。

 

「……いや、見るな」

 

 今は見るな。

 

 その釉薬の色味がどうとか、器の縁の薄さがどうとか、展示レイアウトの余白がどうとか、そういうことを考えている場合じゃない。

 

 なのに頭が勝手に言葉を並べ始める。

 

 この器は、たぶん光を受けた時の影がいい。

 

 写真より実物の方がいい。

 

 展示するなら低めの台で――

 

「だから見るなって」

 

 俺は強引に視線を外した。

 

 怖い。

 

 美術でも工芸でも、知っている記憶はない。

 

 でも、見れば言葉が出てくる。

 

 それが自分の中から出てきているのか、この身体に混ざった“らでん”の何かなのか、分からない。

 

 買い物かごに必要なものを放り込む。

 

 セルフレジへ向かう。

 

 バーコードを読み取る。

 

 順調。

 

 完璧。

 

 そう思った矢先、喉スプレーのバーコードがうまく通らなかった。

 

 エラー音。

 

 やめろ。

 

 店員が近づいてくる。

 

「すみません、こちら確認しますね。袋いりますか?」

 

 声を出すな。

 

 俺はスマホを出し、メモを見せた。

 

『喉が痛いので声が出ません。袋ください』

 

 店員は一瞬だけ俺を見た。

 

 マスク。

 

 帽子。

 

 フード。

 

 完全に怪しい客。

 

 しかし買い物かごの中には風邪薬、喉スプレー、ゼリー、飲み物。

 

 説得力だけはある。

 

「大丈夫ですか? お大事にしてくださいね」

 

 俺はこくこく頷いた。

 

 助かった。

 

 薬のおかげで助かった。

 

 風邪設定、意外と強い。

 

 会計を終え、袋を持って店を出る。

 

 外の光が少し眩しい。

 

 ここまで来れば、あとは帰るだけ。

 

 誰にもバレていない。

 

 声も出していない。

 

 買い物もできた。

 

 いける。

 

 そう思った時だった。

 

 店の前の歩道で、妙に目立つ人がいた。

 

 いや、目立つと言っても、派手なわけじゃない。

 

 帽子を深くかぶっている。

 

 マスクをしている。

 

 小柄。

 

 服装は地味。

 

 でも、髪の色が少しだけ普通じゃない。

 

 隠しきれていない毛先が、光を受けて不自然に明るく見えた。

 

 その人はスマホを握りしめ、周囲を警戒するように立っていた。

 

 見つかりたくない。

 

 でも、誰かに見つけてほしい。

 

 そんな矛盾した空気があった。

 

 俺は足を止めかけた。

 

 相手も、こちらを見た。

 

 一瞬。

 

 本当に一瞬だけ、目が合った。

 

 胸の奥が冷たくなった。

 

 普通じゃない。

 

 あの人も、たぶん普通じゃない。

 

 今の俺が言えたことではないけど。

 

 声をかけるか。

 

 いや、無理だ。

 

 ここは店の前だ。

 

 人もいる。

 

 防犯カメラもある。

 

 何より、俺は声を出せない。

 

 相手も動かなかった。

 

 ただ、こちらを見ている。

 

 お互いに何かを察した。

 

 でも、何も言えなかった。

 

 俺は視線を外し、歩き出した。

 

 振り返るな。

 

 関わるな。

 

 今は帰ることだけ考えろ。

 

 そう自分に言い聞かせた。

 

 その直後、背後から小さな声が聞こえた。

 

「今の人、らでんに似てない?」

 

 心臓が止まりかけた。

 

「え、どこ?」

 

「ほら、あの帽子の人」

 

 歩く速度が上がる。

 

 だめだ。

 

 走るな。

 

 走ったら目立つ。

 

 でも、ゆっくり歩くのも無理だ。

 

 フードの中で髪が少しずれる。

 

 風が吹く。

 

 マスクの端が浮く。

 

 横顔を見られた気がした。

 

 スマホのカメラ音は聞こえない。

 

 でも、今の時代、音なんてしない設定にもできる。

 

 撮られたかもしれない。

 

 撮られていないかもしれない。

 

 分からないのが一番怖い。

 

 俺は走っていない。

 

 たぶん。

 

 ただ、景色の流れ方がおかしい。

 

 住宅街へ戻るまでの道が、行きより明らかに短い。

 

 息はそこまで上がっていない。

 

 でも心臓だけがうるさい。

 

 家に着き、玄関を開ける。

 

 母親が廊下の奥から顔を出した。

 

「早かったね」

 

 見られてた。

 

 帰宅時間を見られてた。

 

 俺は買い物袋を掲げ、スマホのメモを見せる。

 

『買えた。寝る』

 

「本当に大丈夫? 歩き方、なんか変じゃない?」

 

『風邪でふらついた』

 

「ふらついてる人の速度じゃなかったけど」

 

 見てたのか。

 

 どこから。

 

 怖い。

 

 俺は返事の代わりに軽く頭を下げ、階段へ向かった。

 

「お粥、あとで持っていくからね」

 

 またあとで。

 

 もうやめてほしい。

 

 階段を上る。

 

 焦ると、一段飛ばしになりそうになる。

 

 必死に抑える。

 

 普通に。

 

 普通に上れ。

 

 人類らしく。

 

 どうにか二階へ戻り、自室に入ってドアを閉めた。

 

 鍵をかける。

 

 袋を床に置く。

 

 そのままベッドに倒れ込んだ。

 

「……いけた」

 

 いけた。

 

 たぶん。

 

 声は出していない。

 

 買い物はできた。

 

 家族にも、まだ顔は見られていない。

 

 外にも出られた。

 

 俺はまだ、見つかっていない。

 

 そう思いたかった。

 

 スマホが震えた。

 

 嫌な予感がした。

 

 見るな。

 

 でも見るしかない。

 

 SNSを開く。

 

 トレンド欄が更新されていた。

 

 #らでんもいた

 #現実らでん

 #駅前のらでんっぽい人

 

 視界が止まった。

 

「……嘘だろ」

 

 指が震える。

 

 投稿を開く。

 

 そこには、帽子とマスクをつけた人物の横顔が写っていた。

 

 完全な正面ではない。

 

 画質もそこまで良くない。

 

 でも、分かる。

 

 俺だ。

 

 フードから少し出た黒髪。

 

 目元。

 

 立ち姿。

 

 買い物袋を握る指。

 

 何より、妙に整った姿勢。

 

 コメントが流れている。

 

『これ、らでんじゃね?』

『似てるだけでは』

『いや雰囲気ガチすぎ』

『声聞きたい』

『声出したら確定』

『撮影場所どこ?』

『探すなって言ってるだろ』

『でもこれ本人じゃなくて実体化組では?』

『普通に怖い案件だろ』

『公式どうすんのこれ』

 

 俺はスマホを持つ手に力を込めた。

 

 見つかった。

 

 早すぎる。

 

 初外出で即終了。

 

 笑えない。

 

 笑えないのに、ネットの向こうでは半分以上が祭りみたいに盛り上がっている。

 

 俺は写真をもう一度見た。

 

 そして、画面の端で指が止まった。

 

 写っているのは、俺だけじゃなかった。

 

 ドラッグストアの前。

 

 写真の端。

 

 帽子を深くかぶった、小柄な誰か。

 

 顔はほとんど見えない。

 

 でも分かる。

 

 さっき、目が合った人だ。

 

 同じように、何かを隠していた人。

 

 同じように、普通の世界から浮いていた人。

 

 心臓が鳴った。

 

 さらにリプ欄を下へ流す。

 

 その中に、ひとつだけ妙な書き込みがあった。

 

『写真の端に写っている者です』

『帽子のあなた。見ていたら、固定を見てください』

『たぶん、あなたも同じですよね』

 

 俺はスマホを落としかけた。

 

 俺のアカウントが知られたわけじゃない。

 

 住所が割れたわけでもない。

 

 相手は、写真に写った俺へ向けて、公開の場で呼びかけているだけだ。

 

 それなのに、はっきり分かった。

 

 これは、俺に向けられた言葉だ。

 

 見つかった。

 

 でもそれは、世間にではなく。

 

 俺と同じ、何かにだった。

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