朝起きたら儒烏風亭らでんになっていた。なお、本物は今日も普通に配信している   作:好きな性癖発表ドラゴン

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第3話 同じですよね

第3話 同じですよね

 

 その投稿を見た瞬間、指先から血の気が引いた。

 

『写真の端に写っている者です』

『帽子のあなた。見ていたら、固定を見てください』

『たぶん、あなたも同じですよね』

 

 同じ。

 

 何が。

 

 そう思いたかった。

 

 でも、分かってしまった。

 

 この言葉は、俺に向けられている。

 

 写真に写った“らでんっぽい誰か”に向けて。

 つまり、俺に。

 

「……いや、怖すぎるだろ」

 

 声が震えた。

 

 俺のアカウントが特定されたわけじゃない。

 住所が割れたわけでもない。

 名前を呼ばれたわけでもない。

 

 ただ、公開された写真のリプ欄で、知らない誰かが呼びかけているだけだ。

 

 それだけなのに、心臓がうるさい。

 

 俺はそのアカウントを開いた。

 

 アイコンは初期設定。

 

 表示名は、

 探さないで

 

 ユーザー名は適当な英数字。

 

 プロフィール欄には短い一文だけ。

 

『見つけたいわけじゃない。確認したいだけ。』

 

「怪しすぎる……」

 

 思わず呟く。

 

 いや、今の俺も人のことは言えない。

 

 帽子にマスクにフードで外を歩き、SNSに「現実らでん」とか言われている時点で、怪しい人間ランキングがあればかなり上位だ。

 

 それでも、怖いものは怖い。

 

 固定投稿を見る。

 

 そこには、長い文章があった。

 

『同じ状況の人へ』

 

 その一行で、呼吸が止まりかけた。

 

 俺はスマホを握り直し、ゆっくり読み進める。

 

『直接この投稿に返信しないでください』

『写真や動画を送らないでください』

『本名、住所、家族構成、職場や学校の情報も言わないでください』

『誰かに見られている可能性があります』

『以下に当てはまる人だけ、捨てアカウントから連絡してください』

 

 そこから先を読んだ瞬間、背筋が冷えた。

 

・朝起きたら姿が変わっていた

・元の自分の記憶がほとんどない

・スマホや生活動作はできる

・画面の中に、自分と同じ姿のVTuberがいる

・そのVTuber本人は今も普通に活動している

・自分は中の人になったわけではないと思っている

・声や口調、身体の感覚が、画面の中の存在に引っ張られる

 

 全部。

 

 全部、当てはまっていた。

 

 手の中のスマホが重くなる。

 

 俺だけじゃない。

 

 そう思った瞬間、少しだけ息ができた。

 

 けれど同時に、もっと怖くなった。

 

 俺だけじゃないなら。

 

 これは夢じゃない。

 

 俺一人が寝ぼけているわけでも、頭がおかしくなったわけでもない。

 

 現実に、何かが起きている。

 

 固定投稿の最後には、短い合言葉が書いてあった。

 

『合言葉:画面の向こうに、自分がいる』

 

「……」

 

 俺はしばらく、その文字を見つめた。

 

 打てば、たぶん繋がる。

 

 俺と同じように、朝起きて、知らない姿になって、スマホで自分と同じ姿を見つけた誰かに。

 

 でも、これは罠かもしれない。

 

 ホロリスの悪ふざけかもしれない。

 写真を撮った人間の釣りかもしれない。

 マスコミかもしれない。

 公式関係者かもしれない。

 警察に繋がっている可能性だって、ゼロではない。

 

 そもそも、本当に同じ状況だったとしても、相手が信用できるとは限らない。

 

 俺は画面を閉じかけた。

 

 その時、ドアの向こうから声がした。

 

「お粥持ってきたよ」

 

「……っ」

 

 母親。

 

 タイミングが悪い。

 

 いや、タイミングが良かったことなんて今日一度もない。

 

「置いといて」

 

「今度はちゃんと顔見るからね」

 

「寝てる」

 

「喋ってるでしょ」

 

 鋭い。

 

 この家の母親、回避不能攻撃が多い。

 

 俺は慌ててスマホを伏せ、帽子を深くかぶった。

 マスク。眼鏡。フード。

 部屋のカーテンを閉め、電気も消す。

 

 暗くすれば少しはごまかせる。

 

 たぶん。

 

 この“たぶん”をそろそろ信じるのが怖い。

 

 布団を肩までかぶり、ドアの近くへ行く。

 

「開けるよ」

 

「待って」

 

「なんで?」

 

「……眩しい」

 

「部屋、暗いけど」

 

 しまった。

 

 俺は一瞬、言葉に詰まった。

 

「体調悪いと、暗くても眩しい時ある」

 

「それ病院行くやつじゃない?」

 

「違う」

 

「何が違うの」

 

 正論で殴るな。

 

 俺はドアをほんの少しだけ開けた。

 

 お盆が差し出される。

 

 白いお粥。

 小皿。

 水。

 追加の薬。

 

 ありがたい。

 

 ありがたいけど、今はそれどころじゃない。

 

 俺はお盆を受け取ろうと手を出した。

 

 その瞬間、母親の視線が手元に落ちる。

 

「やっぱり手、変じゃない?」

 

「やつれた」

 

「一日で?」

 

「風邪って怖い」

 

「風邪のせいにしすぎじゃない?」

 

 俺もそう思う。

 

 でも他に使える言い訳がない。

 

 母親はドアの隙間から中を覗こうとした。

 俺はお盆を持ったまま、身体を横に滑らせる。

 

 また速い。

 

 しかも、お粥をこぼさない。

 

 妙に体幹がいい。

 

 怖い。

 

「今、避けた?」

 

「ふらついた」

 

「さっきからふらつき方が俊敏なのよ」

 

 何も言えない。

 

 俊敏なふらつき。

 

 新概念すぎる。

 

 母親はしばらく黙っていた。

 

 その沈黙が怖い。

 

 でも、最終的には小さくため息をついただけだった。

 

「夕方までにちゃんと顔見せなさい」

 

「……うん」

 

「それでも変だったら、病院連れて行くから」

 

 病院。

 

 その単語に、背筋が凍る。

 

 今の俺が病院に行ったら終わる。

 

 保険証の名前。

 身分証の性別。

 顔。

 身体。

 説明できるものが一つもない。

 

「分かった」

 

 分かっていない。

 

 何一つ。

 

 足音が遠ざかる。

 

 俺はドアを閉めて、鍵をかけた。

 

 お盆を机に置き、その場に座り込む。

 

 夕方。

 

 それまでに、どうにかしなければならない。

 

 家族に言えない。

 職場にも行けない。

 SNSでは探されている。

 公式にも連絡できない。

 自分が誰かも分からない。

 

 なら。

 

 同じ状況の人と話すしかない。

 

「……やるしかないか」

 

 俺はスマホを手に取った。

 

 本アカウントは使えない。

 

 それが本当に俺のものなのかすら、ちゃんと思い出せない。

 まして今の状況で動かすなんて自殺行為だ。

 

 俺は新しいアカウントを作ることにした。

 

 表示名。

 

 最初に浮かんだのは、

 違います

 

「いや、逆に怪しいだろ」

 

 自分で却下する。

 

 次。

 

 らでんじゃないです

 

「もっと怪しいわ」

 

 危ない。

 

 今の俺、センスが終わっている。

 

 いや、元からかもしれない。記憶がないから分からない。

 

 しばらく迷った末に、無難な名前にした。

 

 部屋の中

 

 ユーザー名も適当な英数字。

 

 アイコンは初期のまま。

 

 プロフィールは空白。

 

 できたアカウントを見て、俺は思った。

 

 怪しい。

 

 結局、何をしても怪しい。

 

 でも、これ以上はどうしようもない。

 

 俺は固定投稿に戻り、DM画面を開いた。

 

 入力欄に指を置く。

 

 合言葉。

 

『画面の向こうに、自分がいる』

 

 打った。

 

 送信ボタンの上で、指が止まる。

 

 送ったら、戻れない。

 

 相手が本物なら、俺は初めて“同じ何か”と繋がる。

 

 相手が偽物なら、俺は自分から罠に飛び込む。

 

 どっちが怖い?

 

 分からない。

 

 でも、今のまま一人でいる方が、たぶんもっと怖い。

 

 送信。

 

 画面に一文が表示された。

 

『画面の向こうに、自分がいる』

 

 既読はつかない。

 

 一分。

 

 二分。

 

 三分。

 

 長い。

 

 長すぎる。

 

 俺はお粥に手を伸ばしかけて、やめた。

 喉が通らない。

 

 送信を取り消したい。

 

 でも取り消したら、何かを失う気がした。

 

 スマホが震えた。

 

 心臓が跳ねる。

 

『あなたは写真の帽子の人ですか』

『答えたくなければ、答えなくていいです』

 

 丁寧。

 

 慎重。

 

 それだけで少しだけ安心した。

 

 俺は返信する。

 

『そうです』

『たぶん、あなたが写真の端の人ですよね』

 

 少し間が空く。

 

『そうです』

『声は出さない方がいいです』

『撮られます』

 

 その一文で、相手も本気だと分かった。

 

 これは遊びじゃない。

 

 少なくとも、相手は遊んでいない。

 

『あなたも、朝起きたら姿が変わっていましたか』

 

 打ってから、言い方が直球すぎることに気づく。

 

 でも送ってしまった。

 

 返信はすぐに来た。

 

『はい』

『自分の部屋でした』

『家族もいます』

『記憶がありません』

『でもスマホは使えます』

『手続き記憶という言葉で合ってますか』

 

 俺は画面を見つめた。

 

 同じだ。

 

 あまりにも同じだ。

 

『たぶん合ってます』

『俺もです』

『名前とか昨日のこととか、ほとんど思い出せません』

『でもスマホは使えました』

『パスコードも指が覚えてました』

 

『私もです』

『顔認証に拒否されました』

 

 その一文を見て、思わず小さく笑った。

 

 笑える状況じゃない。

 

 でも、初めて少し笑えた。

 

『俺も拒否されました』

『スマホの判断は正しいと思いました』

 

『分かります』

 

 たったそれだけのやり取りで、胸の奥に溜まっていたものが少しだけ緩んだ。

 

 俺だけじゃない。

 

 同じことで困っている人がいる。

 

 同じことで、少しだけ笑っている人がいる。

 

 それは、想像以上に大きかった。

 

 会話は慎重に続いた。

 

 本名は言わない。

 住所は言わない。

 家族構成も言わない。

 職場や学校も言わない。

 写真も送らない。

 

 それでも、分かることはあった。

 

 相手も元の自分のエピソード記憶がほとんどない。

 性自認だけ、ぼんやり残っている。

 ホロライブを見ていた痕跡がスマホや部屋にある。

 画面の中に、自分と同じ姿のVTuberがいた。

 その人は今も普通に活動している。

 つまり、本人になったわけではない。

 

 同じ。

 

 ほとんど同じ。

 

 ただ、相手には相手の“引っ張られ方”があるらしい。

 

『変なことを言ってもいいですか』

 

『どうぞ』

 

『誰かに見つけてほしい気持ちがあります』

『でも見つかったら終わるので、隠れたいです』

『矛盾してます』

『SNSを見ると、投稿したくなります』

『でも怖いです』

『あと、なぜか食べ物を見ると少し落ち着きます』

 

 俺はスマホを見ながら、さっき店の前で目が合った小柄な人を思い出した。

 

 見つかりたくない。

 でも、見つけてほしい。

 

 あの空気。

 

 そして、ホロライブの知識がぼやけている俺でも、ひとつの名前が浮かびかける。

 

 水宮枢。

 

 たぶん。

 

 いや、“水宮枢になった人”。

 

 その方が近い。

 

『あなたは、たぶん水宮枢ですか』

 

 送ってから、少し失礼だったかもしれないと思った。

 

 しばらく返信が止まる。

 

 やらかしたか。

 

 俺はスマホを握ったまま固まった。

 

 数十秒後、返信が来た。

 

『たぶん、そうです』

『画面の中にいました』

『水宮枢さんが』

『私と同じ姿で』

『でも、私は水宮枢さんではないです』

『中の人でもないです』

『言ってて意味が分からないです』

 

 俺は深く息を吐いた。

 

 同じだ。

 

 そこも、同じ。

 

『俺もです』

『俺は、たぶん儒烏風亭らでんです』

『でも本人じゃないです』

『中の人でもないです』

『画面の中の本物は、普通にいました』

 

 送信。

 

 指が少し震えた。

 

 文字にすると、急に現実味が増す。

 

 俺は儒烏風亭らでんです。

 でも本人ではありません。

 

 意味が分からない。

 

 でも、それ以外の言い方がない。

 

 相手から返信が来る。

 

『やっぱり』

『写真を見た時、そうだと思いました』

『でも声を聞いたわけじゃないので、確信はありませんでした』

『呼びかけてすみません』

『怖かったら、ここで切ってください』

 

 俺は少し迷って、返した。

 

『怖いです』

『でも切りたくないです』

 

 また少し間が空いた。

 

『私もです』

 

 その短い返事に、胸が詰まった。

 

 お粥の湯気が、机の上で薄く消えていく。

 

 部屋は暗い。

 

 ドアの向こうには、俺のことを心配している家族がいる。

 

 でも俺は、その家族の名前も顔もちゃんと思い出せない。

 

 スマホの向こうの知らない誰かだけが、今の俺に一番近かった。

 

『家族が怖いです』

 

 相手から、ぽつりとメッセージが来た。

 

『嫌いとかじゃないです』

『たぶん、大事な人なんだと思います』

『声を聞くと、身体は安心します』

『でも名前が出てこないです』

『どう話していたかも分からないです』

『心配されるのが、つらいです』

 

 俺は返せなかった。

 

 同じだったから。

 

 母親らしき人の声。

 

 味噌汁の匂い。

 

 薬を持ってくる足音。

 

 全部、たぶん俺の日常だった。

 

 それなのに、思い出せない。

 

 心配されればされるほど、自分が空っぽだと突きつけられる。

 

 俺はゆっくり文字を打った。

 

『俺もです』

『母親っぽい人がいます』

『心配してくれてます』

『でも俺は、その人をちゃんと思い出せない』

『たぶん、優しい人です』

『だから余計に怖いです』

 

 送ったあと、視界が少し滲んだ。

 

 泣きそうだった。

 

 でも鏡の中の顔で泣くのは嫌だった。

 

 俺のものじゃない顔で、俺が泣く。

 

 それが怖くて、ぐっと堪える。

 

 スマホが震えた。

 

『直接、会いませんか』

『無理なら大丈夫です』

『でも、文字だけだと限界がある気がします』

 

 会う。

 

 その二文字だけで、身体が固まった。

 

 危険すぎる。

 

 さっき外に出ただけで写真を撮られた。

 SNSに上げられた。

 タグまでできかけている。

 

 また外に出たら、今度こそ正面から撮られるかもしれない。

 

 相手が罠の可能性もまだある。

 本当に同じ状況でも、会ったことで相手を巻き込むかもしれない。

 家族にバレるかもしれない。

 職場の問題もまだ何も解決していない。

 

 断るべきだ。

 

 どう考えても。

 

 そう思った瞬間、次のメッセージが来た。

 

『ひとりだと、怖くないですか』

 

 俺は動けなくなった。

 

 怖い。

 

 めちゃくちゃ怖い。

 

 部屋にいても怖い。

 外に出ても怖い。

 SNSを見ても怖い。

 家族と話しても怖い。

 自分の声を聞くだけでも怖い。

 

 ずっと怖い。

 

 だからこそ、たぶん俺は今、スマホを手放せない。

 

 俺はゆっくり返信した。

 

『怖いです』

 

 少し置いて、続ける。

 

『会いましょう』

『でも人が少ない場所で』

『本名は言わない』

『写真は撮らない』

『危ないと思ったら逃げる』

『お互い、顔を見せるのは最後で』

 

 相手からすぐ返事が来た。

 

『分かりました』

『明日の朝はどうですか』

『人が少ない時間に』

 

 場所を考える。

 

 駅前は論外。

 店もだめ。

 公園は人がいるかもしれない。

 完全な密室は危険。

 

 逃げ道があって、人目が少なくて、それでも何かあれば外へ出られる場所。

 

『河川敷の東屋』

『朝六時』

『人がいたら中止』

『お互い少し離れて確認』

 

 送信。

 

『分かりました』

『明日の朝六時』

『河川敷の東屋で』

『無理だと思ったら来なくていいです』

『私も、無理なら行きません』

 

 その文面に、少しだけ安心した。

 

 強制じゃない。

 

 逃げていい。

 

 そう言ってくれる相手だった。

 

『分かりました』

 

 それを最後に、会話はいったん止まった。

 

 俺はスマホを伏せる。

 

 会う。

 

 会ってしまう。

 

 危ないに決まっている。

 罠かもしれない。

 もっと大きな騒ぎになるかもしれない。

 

 それでも、胸の奥に少しだけ息が通った。

 

 俺だけじゃない。

 

 その事実だけで、今は立っていられた。

 

 その時、下の階から声がした。

 

「明日も仕事、休むの?」

 

 俺は固まった。

 

 そうだった。

 

 仕事。

 

 現実は、ちゃんと追いかけてくる。

 

 スマホには、別の通知が浮かんでいた。

 

 #らでんを探すな

 

 タグを開かなくても分かる。

 

 誰かが俺の写真の拡散を止めようとしている。

 でも、その言葉自体がまた、俺を探す目印になっていく。

 

 探すな。

 

 本当に探すな。

 

 なのに明日、俺は自分から、俺と同じ何かに会いに行く。

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