四葉からは逃げられない   作:シャケナベイベー

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目次

①『勝成君は強くなりたい』
新発田勝成(16)が龍郎に体術の稽古をつけてもらうお話

②『ドタバタ四葉の日』
一高入学を控えた深夜と真夜のお話

③『晴夜の受難』
晴夜、お見合いをする


番外編Ⅰ:短編集からは逃げられない

『勝成君は強くなりたい』

 

 

 

「カッ──」

 

 何度目か分からない背中への強い衝撃に肺から空気が吐き出される。ゴホッゴホッ…と咳き込み、何とか膝に手を付きながら立ち上がる。

 

「馬鹿だなぁ勝成君は。もっと相手の動きの出を注視しながら攻撃を仕掛けないと簡単に返されるぞ」

 

そんなどこぞの青狸の幻影が見えそうな顔で言ってきた龍郎に、馬鹿はそっちだと声を大にして言い返したいのをグッと堪え、不意打ち気味に蹴りを放つが虫を払うかのように叩き落とされ、逆に腹に掌底を食らう。何度目かも分からないその繰り返し。

 ゴロゴロと床を転がり、天井を見上げる形になった新発田家の嫡男たる勝成はこうなった経緯を思い返していた。

 

 

 

 

 

 ───今の一族内で体術が一番強いのは誰か?

 

 よく晴れた春の日、勝成は新発田家の当主である父にそう問うた。息子の言葉を訝しむ父に対し、自分は魔法は出来ても体術はまだまだだ、と力説した。それはもうとてもとても。四葉本家と分家も含めた中で勝成程の体術使いもそういないが、その探究心を認め、父は本家の姫君の婿たる龍郎を紹介し、引き合わせてくれた。

 勝成は父があそこまで誰かを掛け値なく褒めるのを初めて見た。曰く体術で彼に敵う者は無く、魔法においても唯一無二なのだと。

 

 そうして実際に彼と会ってみて、父の言っていたことは紛れもない真実だったのだと思い知らされた。

 短く切り揃えられた黒髪に星が小さく瞬く夜空を思わせる黒の瞳。背は180程あるだろうか、すらりとした印象を与えるが立ち居振る舞いからして圧倒的強者のそれだった。

 

『は、はじめまして。新発田勝成と申します』

 

 少し声が上擦りながらも自己紹介をすれば彼は笑みを浮かべて応えてくれた。そして父の打診もあり、勝成は龍郎と体術の稽古をすることになったのだが……

 

「さて、どうする勝成君。まだやるか?」

 

 結果はご覧の有様である。情け容赦も何もない、純粋なまでの蹂躙であった。勝成が手抜きを望まなかったというのもあるが。

 ズキズキと身体の至る所が痛む。骨が折れていないのが不思議なくらいだ。これでいて龍郎本人は息一つ乱していないのだからとんでもない。

 

 正直もう降参したい気持ちしかないが、自ら頼み込んだ手前そんなことは許されない。震える足に喝を入れて立ち上がり、再度構えを取る。

 

「良いか勝成君。まず相手の動きをよく観察すること。どこに体の重心が動いて、相手の目線がどこにあるか。それらを余すことなく視界に叩き込むんだ」

「ッ、はい……!!」

「うん、良い返事──」

 

 その瞬間、不意打ち気味に腹に蹴りが突き刺さる。トラックが爆速で突っ込んできたのかと言いたくなるほどの衝撃が勝成を襲う。内臓が激しく揺れ、喉からなにかが迫り上がってくるのを気合で飲み戻し突き刺さった足を腕を回して掴むとその身体ごと投げ飛ばした。

 

「お」

 

 龍郎が感心したような声を漏らし、そのまま壁に叩きつけられる──かと思いきや龍郎はくるりと身体を反転させて壁に足をつけ、そのまま床に苦もなく着地した。

 

「今のは良かった。俺も吹っ飛ぶだろうと思っていたから耐えられて投げられたのは驚いた」

「……その割には簡単に対応されましたがね」

 

 悔しさを滲ませながら呟く勝成に「そりゃそうそう負けてやるわけないだろ」と龍郎は笑った。そして、瞬きの間に龍郎は勝成の目の前に立っていた。あまりにも埒外の速度、魔法も使わずにここまでの芸当が出来るものなのかと固まっている勝成を余所に、彼の肩に龍郎が手を置いた。

 

「思考に没頭しすぎだ──重いのいくぞ」

 

 拳が迫る。速すぎていっそスローモーションにすら見えるそれを、本能のまま勝成は全力で逸らした。

 

「っ゛………!!!」

 

 ただ逸らしただけだというのに腕にとんでもない痺れが襲い来る。それでも何とかその軌道を逸らすことに成功し、龍郎の拳は勝成の顔面スレスレを通り過ぎていった。拳圧により頬が薄く切れる。

 

 しかしそれがいけなかったのだろう。龍郎の双眸とかち合う。訓練前と違い光の消えた、ブラックホールのように全てを呑み込む黒の目と。

 

(あ、まず──)

 

 そう考えが浮かんだときには既に勝成の全身に衝撃と痛みが走り、何度目かの天井を見上げることになった。

 

「がふっ──」

「……あ、やりすぎた」

 

 間の抜けた声の後、ワタワタ慌てる龍郎の姿を最後に勝成の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 その後、目を覚ました勝成が客間に向かった先で土下座する龍郎と爆笑する父を見ることになるのはまだもう少し先の話。

 


 

『ドタバタ四葉の日』

 

 

 

「真夜、変じゃないかしら…?」

「その確認もう何度目よ姉さん……」

 

 オロオロと不安がる深夜を真夜はジト目で見つめる。紫を基調とした着物に身を包む姿はよく似合っているのだが当の本人は不安だそうだ。

 

「だって龍郎さんはこういう色は苦手かもしれないし……」

「じゃあ普段の服は全滅じゃないの」

 

 婚約者のことになるとこの姉は途端にポンコツになるのだから困ったものだ。まあそれも仕方ないのかもしれない。なにせ将来の義兄様は人当たりも良いので周りに異性が多いのだ…当の本人は深夜しか見ていないだろうけど。

 そんな真夜を深夜はジト目で見つめる…正確には、妹のとある一つの部位を。

 

「……双子なのに私より胸が大きいのは不公平だと思うわ」

「昔もそんな事を言ってたわね…別に大きくても肩が凝るだけだし…そもそも姉さんだって私と遜色ないでしょ」

「それとこれとは話が別よ!」

「ちょっ…!?」

 

 着物を着ているのもお構いなし。その胸寄越せと言わんばかりに飛び掛ってきた姉に押し倒され、真夜は抵抗を試みた。

 

「あのねぇ! 今更どうこう言ったってしょうがないでしょ!」

「姉より優れた胸を持つなんて傲慢よ!!」

「ああもう酷い偏見!!」

 

 取っ組み合いながらも二人の顔には笑みが浮かんでいる。そうして攻防を続けることしばらく。前触れなく扉が開いた。

 

「深夜お嬢様、真夜お嬢様。旦那様がお呼びに──」

 

 やってきた人物、四葉家に仕える葉山忠教は扉を開けた瞬間に姉妹が組み合う姿を目にした。その場を奇妙な沈黙が支配し、ややあって思考停止から立ち直った葉山が口を開く。

 

「申し訳ありません、お取り込み中とは露知らず…終わり次第お知らせください」

「「待って葉山さん違うのよ!!?!!?」」

 

 扉を閉めて立ち去ろうとする葉山に二人のそんな声が響いた。

 

 

 

 

 

「全く貴女たちと来たら! 四葉の者としてなんと情けない……!」

 

 広間に四葉夢女の叱咤が飛ぶ。座布団で正座させられている深夜と真夜は揃って気まずそうに目を逸らした。そんな二人を哀れに思ったのか、状況を静観していた元造と英作が妹に声を掛けた。

 

「夢女、何もそこまで怒らなくとも……」

「子供のしたことだ、目くじらを立てず穏便にだな──」

「お二人は甘いのです! この子たちとて今年の四月には高校生だというのに…四葉としてこんな醜態があってなりますか! そもそも昔から兄様達は──」

「「ええ……」」

 

 俺等にも飛び火するのか…と遠い目になった元造と英作は妹の覇気に負けて正座する。そこから四人纏めての説教となった。

 

「元造兄上、龍郎くんたちからそろそろ着くと連絡が──失礼します」

 

 扉を開けて部屋に足を踏み入れた元造たちの末弟たる四葉元輔は夢女の剣幕を見て即座に撤退を選択した。この時の姉上には逆らわず意見も言わないことが賢明なのだと幼い頃の兄達を見て知っていたからだ。

 「裏切り者め……」と相手を呪わんばかりの四対の目が元輔を射抜くがそれよりも姉の剣幕が恐ろしい元輔は知らぬふりで部屋の扉を閉めた。

 

 

 

 その後、やってきた龍郎と弘一はそれぞれの婚約者に泣きつかれたことで目を回すことになるのだがそれはまた別の話。

 


 

『晴夜の受難』

 

 

 

「お見合い?」

 

 中学最初の夏休み。たくさんの宿題にひーこら言いつつ、初日で六割を片付けた晴夜は冷房の効いた父の書斎でそんな事を言われた。

 

「そう見合い。婚約、許婚とか色んな意味もあるが」

「いや別に意味は分かるから良いんだ。でもなんで僕に?」

「お前は深夜が当主の座を退いた後の次期当主候補の一人。そんなお前に縁談が来るのは何もおかしい事じゃない」

 

 作業用のPCを脇に退かし、龍郎はそんな事を言う。それは分かっているが唐突すぎやしないかと晴夜は父をジト目で見つめる。

 気持ちは分かる、と父も苦笑を浮かべた。

 

「俺も深夜と婚約したのは十歳の頃だったからな。色々と苦労はあった」

「外れ値の二人と比べられてもなぁ……」

「お前すごいあけすけに言うじゃん」

 

 息子の容赦ない物言いに龍郎は唖然とする。そんな父を余所に「仕方ないなぁ……」とばかりに肩を竦めた晴夜は片手を出した。

 

「ほら、どうせ縁談の紙とかあるんだから出しなよ」

「お前肝座ってるなぁ…一体誰に似たんだ」

「父さん以外に無いだろ」

 

 そんなことは…とブツブツ言いつつ、龍郎は引き出しに仕舞ってあった紙を晴夜に手渡した。

 

「どれどれ……」

「その子がお前との縁談を打診している家の子だ」

「へぇ」

 

 書類に貼られた写真に写っているのは烏の濡れ羽色の長髪が綺麗な少女だった。さて、どこの誰なのかと名前欄を見て目を見開いた

 

「東雲って…貢さんの奥さんの?」

「そうだ。この度本家の方に打診が来てな…どうする?」

「どうするって…決定事項じゃないの?」

「決めるのはお前だ。俺も深夜もお前が断ると言うならそれに従うさ」

 

 予想以上に慈愛に満ちた目を向けられ、晴夜はグッと言葉を詰まらせた。両親のこの顔に彼らの子供は弱いのだ。

 

「……まあ、会うだけ会ってみるよ。直接顔も見ずに断るなんて失礼だしね」

「そうか。なら昼すぎに本家に向かうから準備をしておけ」

「準備が早いなぁ……」

 

 龍郎の行動の速さを褒めるべきか呆れるべきか…両方だろうなと晴夜は遠い目をした。

 

 

 

 

 

「お初にお目にかかります。東雲菫と申します」

 

 その名の通り、菫色の目を光らせる少女は恭しく頭を下げる。そしてその面が上がった瞬間、晴夜を妙な感覚が包んだ。

 それが晴夜にとって慣れ親しんだ精神干渉の魔法であると察知した瞬間、予備動作もなくそれを防いでみせた。

 

「……あら」

 

 菫と、その横に座っていた彼女の父が驚きに目を見開く。こうも簡単に防がれるとは思っていなかったのだろう、それに対して龍郎は得意気に笑みを浮かべていた。

 

「お話に聞いていた通りですな…まさか菫の『魅了の魔眼(チャーム・アイズ)』を跳ね除けるとは……」

「私の息子は優秀ですから」

「いやそもそもなんで精神干渉を使ってくるのさ」

 

 晴夜が尤もな疑問を吐き出せば、それに答えたのは菫だった。

 

「貴方のご両親から頼まれたの。精神干渉に耐えうるかテストしてほしいと」

「そんな今更な……」

 

 晴夜は呆れ顔で父を見上げる。龍郎は素知らぬ顔だ、酷い。

 

「さて、本題に入らせていただいても宜しいですかな龍郎様」

「構いませんよ」

「では…この度は我が娘、東雲菫と四葉本家嫡男、四葉晴夜様のご婚姻を提案しに参りました」

「現四葉家当主、四葉深夜不在の為、彼女に代わって夫である私、司波龍郎がその申し出を承る。しかし大人のみで決めるのではなく、当人たちの意思こそを尊重していただきたい」

「もちろん」

 

 お互いに形式的な問答を終え、それぞれの子に目を向ける。お前たちが決めろと言うように。

 

「私、東雲菫は貴方に婚姻を申し込みます」

「……私、四葉晴夜はその申し出を承ります。よろしくね、菫さん」

「こちらこそ…それに“さん”なんて付けなくて良いわよ」

「そうかな? じゃあよろしくね菫」

「末永くお願いするわ私の未来の旦那様」

 

 初めて会ったとは思えないほど和やかに会話する子供二人に笑みを浮かべつつ、龍郎と菫の父は密かに退出し、場所を客間に移した。

 

「龍郎様、こちらがご所望のものでございます」

「感謝します。四葉の素体となった司馬空哉の記録は一向に見つからなかったのでその妻ならば…と思っていたがドンピシャだったみたいだ」

 

 渡された手記を開き、龍郎は微笑む。そうしてしばらく手記を捲ったところのあるページで手を止めた。

 

「“今日、空哉さんのお兄様である龍真さんとお会いした。空哉さんが慕っているのもよく分かるほど彼はあらゆる分野において天才だった”…以前、烈老師から俺の曽祖父についての話を聞いてもしやと思っていたが…因果なものだ」

 

 かつて崑崙法院で自身を攫った男…幽寂。何者なのかと調査を進めれば正体は四葉の素体であった司馬空哉の兄と来た。少なくともあの時点で百年近く生きている計算になる。だというのにあの若々しい姿…一体どうなっているのやら。




ちなみに勝成をボコった時の龍郎は打撃に重力を纏わせていないので一応配慮はしています
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