「気持ちのいい風……」
思わず、と言ったように深雪は呟いた。本土とは違い確かに日差しは強いものの、海風が漂うこの場所ではほんの少しだけその日差しも和らいだ。
「深雪、あんまり先に行かないでね」
と、そんな深雪に追いついた深珠が呆れながらも妹の額を弾く。その後ろからはゆったりとした足取りで晴夜と達也もやってきた。
「あ、申し訳ありません……」
「良いのよ〜! ゆったりしてる男二人が悪いんだもの」
「横暴じゃないか深珠」
「俺たちには俺たちのペースがあるんだよ姉さん」
「お黙り。可愛い可愛い妹のためよ。我慢なさいな」
それに男二人は押し黙る。深雪を味方にするのは違くないかと非難の目を向けるが深珠はどこ吹く風。深雪はオロオロしていた。
「そんなのだからいつまで経っても湊くん*1に告白できないんじゃないか」
「はあ!? なんでそこでアイツの話が出るのよ!!」
「良いじゃないか。ツンデレは需要あるって僕の友達も言ってたよ」
「何処のどいつよ!」
「おいおい、ぶつかっといて詫びの一言もねぇのか?」
そんな声が四人の鼓膜を叩く。声のした方に目を向ければ、大柄な三人の男が達也や深雪と変わらないだろう歳の少女を取り囲んでいた。
少女の方は銀色の長髪を背に流し、黒いワンピースを着て日傘を差している。マリンブルーの目が凪ぐように男たちを見つめていた。
「ぶつかってきたのはそっちでしょう」
「ああ? おいおい、ガキだからって舐めた口聞いてんじゃねぇぞ」
男たちの粗暴な態度に深雪がはっきりと眉を顰める。深珠は晴夜にこっそり耳打ちした。
「あの連中、もしかして
「多分ね。素行が悪い人たちが多いから注意するようにガイドブックにもあっただろ?」
困ったように笑う晴夜は鋭い目で男たちを見据えている。
ああ、父譲りの見捨てられなさが顔を出したなと深珠はため息を吐いた。
「すみません、何かありましたか?」
「あ? なんだ坊主、見せもんじゃねぇぞ」
突然やってきた晴夜に男たちは鬱陶しそうな目を向ける。そんな視線も物ともせず晴夜は男たちと少女の間に割り込んだ。
「寄ってたかって年端もいかない少女を恫喝するのは如何なものかと」
「恫喝ぅ? 人聞き悪ぃなおい」
「そうだそうだ。俺たちは謝ってもらいたいだけなんだからな」
「だったら大の大人三人で取り囲む必要はないですよね?」
さも聞き分けのない子供を諭すように言葉にした晴夜に男たちの額に青筋が浮かぶ。
「おい、あんま調子に乗るなよ小僧」
「それはこっちの台詞だ。軍人が一般人に凄んで楽しいか?」
「──ッ!」
先頭に立っていたスキンヘッドの男が拳を振るう。それに深雪は目を閉じ、深珠と達也は呆れたようにため息を吐いた。
「なっ…!?」
「父さんのよりはずっと遅いな」
その拳は軽々と掌で受け止められていた。手加減していたとはいえそれなりの速度と力を込めた拳を受け止められ、スキンヘッドの男は目の前の少年に対する評価を改めた。
即座に下がり、感覚を整える。
「やるじゃねぇか。舐めてたぜ」
「暴力は嫌いなんです。大人しくこの子に謝って引き下がってくれたほうがお互いの為になると思いますけど」
「言ってくれるじゃねぇ……かッ!!」
フェイントを二度挟み、本命の一撃を向ける。いくら先の一撃を止められたとはいえ所詮は子供。この一撃を避けられる筈が──
「ふっ…!」
気が付けば、三度の衝撃と痛みが男を襲っていた。呻き声を上げ、その場に崩折れる。
何が起きた?目の前の小僧は踏み込んだだけ。それだけだと言うのにいつの間にか三回殴られていた。魔法を使った?いや、そんな兆候は微塵もなかった。
「がっ…はっ…!!」
「お、おいジョー!」
「嘘だろ……」
蹲る仲間を前に他の二人が唖然としたように晴夜を見る。あり得ない何かを見る目。
しかし当の晴夜本人は自身の拳を開いたり閉じたりしながら小さくため息を吐いた。
「やっぱり父さんみたいにはいかないや…父さんなら今ので七発は打ち込めた──「宇宙の彼方に飛び出してる人と比べてどうすんのよ」痛っ」
改めて父への尊敬を高める晴夜の頭を深珠が後ろから小突く。
「いい加減父さんと自分を比べるのはやめなさいよ。心が折れるわよ」
「でもやっぱり父さんは凄いよ。そうだろ?」
「そこは疑わないわよ」
言いたいのはそういうことじゃないのよねぇ…と深珠は額に手を当てるが、兄のこういうところはいつものことなのですぐに切り替えた。なぜならスキンヘッドの仲間二人がこちらに襲い掛かってきそうだから。
「よくもジョーをやってくれたな」
「たっぷり礼をしてやるぜ」
まだ懲りないのかと呆れる晴夜と深珠は達也に深雪と少女を任せて迎え撃とうと一歩踏み出し──
「あらぁ、ようやく見つけたわよ
そんな、場違いなほど明るい声が聞こえたと思ったら、男たちの後ろからヌッと影が伸びる。
恐る恐る振り返る先にいたのは、ニコニコと笑みを浮かべる黒髪を撫でつけ、チャーミングな笑みを浮かべる巨漢の姿だった。
「えっ」
「もう、勝手にどっか行っちゃ駄目でしょ」
絶句する男たちの脇をすり抜けて少女の下に歩いていったその男は腕を組んでため息を吐いている。
そのあまりにもインパクトのある見た目と口調のギャップに宇宙を背負いながらも晴夜は声をかけることにした。
「えっと…もしかしてこの子のご家族の方ですか…?」
「あら! ひょっとして貴方たちが星羅ちゃんを守ってくれたの? ありがとう!!」
「ヒェッ」
見た目に反して羽毛のような柔さで両手を包まれ、その顔面が間近に迫ったことで晴夜は素っ頓狂な声を上げながらも為すがままになっていた。
と、そんな晴夜を見かねたのか少女がひょっこりと顔を覗かせた。
「クリス、その人怖がってる」
「え? あらやだごめんなさいね私ったらもう!」
晴夜の引き気味の顔に気付いたのかクリスと呼ばれた巨漢はパッと身体と手を離して申し訳なさそうに笑う。
(クリス? どう見てもボビーとかそこら辺の名前のほうが似合ってるんじゃないのか?)
そんな本人に聞かれたら失礼極まりない事を考えながら、兎にも角にも知り合いが来たらしい事に晴夜は安堵する。
そしてクリスは未だ唖然としているレフト・ブラッドの三人に目を向けた。
「それで? この子が何かしたのかしら」
「い、いや何も…な?」
「あ、ああ…おい、いくぞジョー!」
「ば、化け物……」
「誰が化け物よ!?」
とんでもない早さで去っていった三人に目を見開いていた達也は、まあこんな人が来たら尻尾を巻いて逃げるか、と納得していた。俺だって逃げたい。
「まったく…まあ良いわね。貴方たち、星羅ちゃんを助けてくれてありがとう! 私はクリス。ただの乙女よ」
「乙女という言葉を百回くらい辞書で読み直したほうがいいと思うけど」
「深珠、シッ!」
妹の口を慌てて塞ぐ。これで目の前の巨漢が暴れでもしたらどうしてくれる。嫌だぞゴリラの相手なんて。
「それで星羅ちゃん、この子たちにお礼は言ったの?」
「……言ってない」
「もう、ちゃんとお礼は言わないと駄目じゃない」
化けも……クリスに促され、星羅が達也たちの前に歩いていき、ペコリと頭を下げた。
「助けてくれてありがとう。あのままだったら何かされてたかもしれない」
「助けられて良かったわ。怪我はない?」
「大丈夫」
歳が近そうということで親近感が湧いたのか深雪が微笑みながら星羅の手を取る。なんだかこの二人の間でマイナスイオンが漂っているような気がしたので、晴夜たちはありがたく涼むことにした。
「ほら星羅ちゃん。そろそろ行かないと大変よ」
「分かった。それじゃあ、助けてくれてありがとう」
「また縁があったら会いましょう!」
「漢女は御免よ」
「深珠、シッ!」
手を振って去っていく二人を見送る。なんだか得も言われぬ空気になってしまい、晴夜は帰宅を提案するのだった。
「お帰り…なんかあったのか?」
「……漢女は偉大なんだよ」
「????????」
□
「それにしてもまさかあの子たちと会うなんてねぇ」
強い日差しに目を細めていると隣からそんな声が上がった。十中八九先程の四人の事を言っているのだろう。
「どうだった? 例のあの子をその目で見てみて」
「規格外、の一言よ。あれで完成されていないというのが恐ろしいくらい」
「素直ねぇ。いつものあなたなら適当にはぐらかしたでしょうに」
「父親の方には会えなかったのは残念」
「機会なら幾らでもあると思うわよ」
そんな会話をしながらも二人は目的地である邸宅に到着した。玄関を開けてリビングルームに行けば、予想通り全員揃っていた。
「お帰りなさいませお嬢様。クリス様、お嬢様を見つけてくださりありがとうございます」
「あら美嘉ちゃん! ぜーんぜん気にしないでいいのよ。私も面白いものを見れたんだもの!」
「なんや、えらい気色悪いもんでも見たんか?」
「失礼ね叢雲」
クラシカルなメイド服に身を包んだ、星羅と同い年くらいだろう白髪に桜色の目をした少女が紅茶を注いでいた手を止めて恭しく頭を下げるのをやんわりと押し留めればそれに被せるように和装を着込み、腰に刀を下げた茶髪の青年──叢雲がケラケラと笑う。
そしてそんな中で一人優雅に紅茶を飲んでいた黒髪の青年が茶器を置き、ふぅ、と一息ついた。
「無事で何よりだ、星羅嬢。ぬしに何かあっては我らがボスに合わせる顔がなくなるというもの」
「逢魔は気にしすぎ。あの人は少し困らせた程度なら気にしない」
「ふ、幼子には未だ難しいか」
思わず星羅の額に青筋が浮かぶが、こと目の前の男に至っては嘲りも何もなくただ単に『つまらない話だったならごめんね』という類のものであるというだけの話だ。
「それで? なんや嬢ちゃんえらいご機嫌みたいやけどなんかあったん?」
「司波家の子供たちと会ったのよ」
「『星屑の魔王』の子らにか? なんとも僥倖であったか」
「当の司波龍郎には会えなかった、残念」
「会ったら会ったで俺らは殺されそうで嫌やわー」
叢雲がげんなりしたように肩を竦める。そんなに危ない人なのだろうか、と少し疑問に思う。『父』に伝え聞く限りでは優しい人なのだそうだけど。
「そういえばクリス。大亜の方はどうなっておるのだ?」
「良い感じに突いたらその気になってくれたから近い内に沖縄に攻め込んでくるんじゃないかしら。彼らの良い起爆剤になればそれで良いわけだしね」
「で、俺らの任務は魔王の足止めなわけやろ? 死ぬんかな、遺書とか遺しといた方がええかな」
「縁起でもないことを仰らないでください叢雲様」
来たる未来を想起して既に諦めムードに入っている叢雲を美嘉が窘める。とはいえクリスも口に出さないだけで叢雲と意見は一致している。足止めとは言うがそれでどれだけ時間稼ぎ出来るか、という話だ。
クリスはこの中で最も実力の高い男へと視線を向けた。
「……流石に我一人では無理だぞ」
「知ってるわ…だから困ってるのよねぇ」
やるしか無いのだけど。せめて五体満足で帰りたいものだとクリスは遠い目になった。
晴夜、深珠、達也、深雪:とんでもないものを見た。しばらくは夢に出てきそう
龍郎:漢女って何????
星羅:あれが『父』の言っていた人たち…とちょっと興味を持った。特に鋭い青い目の彼に一番目を惹かれた
美嘉:お嬢様が元気そうで今日もニコニコ
クリス、叢雲、逢魔:魔王の足止め?ふざけんな馬鹿
新キャラたちの詳しい説明はまた後ほど。今回は顔見せ程度、ということで。