四葉からは逃げられない   作:シャケナベイベー

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四葉継承編、ご覧になった方も多いと思います。主題歌、良かったよね……


デートⅠ

「はよー「あ、司波が来たぞ!」うぇっ!? なんだなんだ!?」

 

 夏休み真っ只中の登校日。

 ガラリと教室の扉を開けた瞬間、クラスメイト達が一斉に龍郎に群がってくる。

 その異常事態に目を白黒させながら龍郎は手近な男子をとっ捕まえて事情を聞くことにした。

 

「おいどうなってるんだ?」

「いやあ、昨日お前ん家に停まったなんか長くて黒い車からお前が出てきたって鈴木から聞いてさー」

 

 なるほど、四葉家から帰ってきたときの場面を見られていたらしい。

 小学生ともなればそういう話題に食いつくのも仕方ないことだ。子供らしくて大変よろしい。

 

「ちょっと色々あっただけだよ。ほら散った散った! 暑苦しい!!」

「えーケチ!」

「教えてくれても良いじゃん!」

 

 ワイワイガヤガヤと文句を垂れながらもクラスメイトが離れていく。

 龍郎は息を吐き出して自分の机に向かうと椅子に腰掛けて身体を伸ばした……中々筋肉痛が取れないのだ。

 

「お疲れ様、司波くん」

 

 と、隣の席からそんな労いの言葉が掛けられた。

 目線だけをそちらに向けた龍郎は片手を上げてそれに応える。

 

「どうも古葉さん。でもその如何にも“私気になります”っていう表情を隠せてたらもっと良かったかな」

「あっ……えへへ」

 

 隣の席ということもあってちょくちょく話すようになった少女ーー古葉小百合は照れたように笑って頬を掻く。

 

 それを見て小さく笑った龍郎は、教室の扉を開けてやってきた教師の声に耳を傾けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

『こんばんは龍郎さん』

「こんばんは真夜」

 

 夜。

 自宅の自室でテレビ電話のスクリーンの前に立っている龍郎は画面の向こうで手を振ってきた真夜に手を振り返した。

 人懐っこい少女である……その少女があんな悲劇を経験するのだからやり切れない。やはり大漢は滅べ。

 

 と、真夜が何やらニヤニヤしながら自分の後ろを向いた。

 

『ほら姉さん。龍郎さんに挨拶しなくていいの?』

わ、分かってるわよ! でも心の準備が……!

 

 聞く限りどうやら真夜の背に深夜がいるようだ。しかし龍郎にその声は聞こえないので“やっぱりまだ警戒されてるのかな?”と少し残念な気持ちになる……少し前までは四葉と関わりたくないなんて思っていたのに中々の心境の変化だと龍郎は自分に苦笑した。

 

 やや間を置いて真夜の背中から深夜がひょっこり顔を出す。

 

『えっと……こんばんは龍郎さん。良いお天気ですね……あ』

「こんばんは深夜。ああ、星がよく見える良い空だ」

 

 自分の言葉選びを間違えたと思ったのか耳まで真っ赤にした深夜を龍郎はそれとなくフォローする。

 それを見て真夜は手を叩いて喜んだ。楽しそうで何よりだ。

 

「それで、突然どうしたんだ?」

『ああ、そうでした……龍郎さん、今度の土曜日に遊びに行きませんか?』

「遊びに?」

『えぇ! デートですよ!』

 

 満面の笑みで真夜から放たれた一言に龍郎と深夜は揃って驚愕の声を上げた。

 

『ま、真夜!? 貴女何言って……!』

『あら、姉さんだって楽しみでしょう?』

『それとこれとは話が別よ!!』

 

 ギャーギャーと言い合い(と言うか深夜が真夜に突っかかっているだけだが)を繰り広げる姉妹を眺めながら、龍郎の脳内では先ほどの真夜の一言がグルグルと渦を巻いていた。

 

(デート、デート……デートってあのデート? 恋人同士が一緒に出かけたりするあれ?)

 

 ついぞ自分には嫌な思い出しか残らなかったあれであろう。

 前世の時、嘘告されること四回、付き合っても『なんかつまらないし普通』と振られること二回……実に苦々しい記憶ばかりだ。

 

 そしてそれに反するように周りの知り合いが次々に結婚報告を送ってくるものだからすっかり打ち拉がれてしまったのだ……

 

『──さん。龍郎さん?』

「……ん?」

『大丈夫? お疲れかしら?』

 

 呼び声に顔を上げれば二人が心配そうな顔をして呼び掛けてきていた。どうも考え過ぎていたらしい。

 

「ああ、ごめん。少し考え事をね」

『考え事ですか?』

「うん。デートって言うのには全く縁がなかったから。正直に言うと結構嬉しいんだ」

 

 なにせ前世の時は女性とあまり長続きしなかった男である。

 それが子供ゆえの純粋な提案だとしてもとても嬉しいのだ……“なんか割と最低と考えだな俺……”と龍郎は若干落ち込んだ。

 

『姉さんったら顔真っ赤ね』

『……うるさいわ』

 

 龍郎の混じり気のない言葉に深夜は顔を紅潮させ、真夜はそんな深夜をからかう。

 

 龍郎のことになると面白いくらいに反応してくれるのでこれからも龍郎には深夜に構ってほしいと思う真夜なのだった。

 

「そういえば、どこに遊びに行くんだ?」

『最近長野に新しく出来た遊園地があるそうなのでそこにしませんか? 弘一さんも是非にと言ってましたし』

「あそこか。分かった、楽しみにしてるよ」

 

 真夜の提案に快く頷いた龍郎は下の階から母の呼ぶ声を聞いて“そろそろ回線切るか”と二人に別れを告げることにした。

 

「じゃあ深夜、真夜。母さんが呼んでるからここまでで良いか?」

『ええ、分かりました。それじゃあ今度の土曜日に』

『当日は迎えの者を寄越しますから』

「分かった。楽しみにしてる……じゃあまたな」

 

 そう告げて、龍郎はテレビ電話を終える。

 何にせよお出かけ……それも俗に言う“ダブルデート”というやつである。ヘマをしないように気を付けようなんて考えながら龍郎は晩御飯の為に階段を降りていった。

 

 ーーその後、降りてきた息子を見た母が“龍郎が変な顔してる”と慌てたのはここだけの話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして当日。

 

「姉さん、準備出来た?」

「ま、待って。どれを着ていくか決めていないから……!」

「まだ悩んでるの?」

「貴女が早く決め過ぎなのよ!」

 

 鏡の前で“あれでもないこれでもない”と服を変える深夜に真夜を、真夜は足をプラプラさせながら眺めていた。

 真夜は水色のワンピースにルビーのネックレスを下げたカジュアルな服装なのだが、深夜は何やら服を決めあぐねているようだ。

 

 なぜ深夜がそんなに服選びに真剣なのかを理解している真夜はニコニコと深夜が右往左往する様を眺めているのだが。

 

「こ、これはどうかしら……?」

「黒だと熱が籠もっちゃって暑いわよ。白が良いと思うわ」

 

 「これとか」、と真夜は深夜に白のワンピースを手渡す。

 

 それが一年前、龍郎と初めて出会った時のものと同じデザインだと即座に理解した深夜はバッと真夜を見つめた。

 そしてその服につばの広い白帽子を被せれば一年前の服装の出来上がりである。真夜はサムズアップした。

 

「こうすれば龍郎さんとの会話も広がるでしょう?」

「愛してるわ真夜」

「私もよ〜」

 

 感激しているらしい深夜を余所に真夜は窓の外から見える夏空を見上げる。お出かけには相応しい日だろう。

 

 その時、部屋の扉がコンコンとノックされ、扉越しに使用人の声が聞こえた。

 

「深夜お嬢様、真夜お嬢様。そろそろ出発のお時間でございます」

「分かったわ……真夜」

「ええ、行きましょう」

 

 二人は忘れ物が無いか確認し、頷き合うと扉を開けて部屋を出る。使用人の先導に従って階段を降り、父のいる居間に足を踏み入れた。

 

「お父様。行ってきます」

「気を付けるんだぞ。弘一くんと龍郎くんに失礼の無いように」

「はいお父様」

 

 それがからかい混じりの言葉だと知っているために深夜と真夜も笑って頷く。

 

 居間には、穏やかな朝の空気が流れていた。

 

 大きな窓から差し込む夏の日差し。

 

 整えられた調度品。

 

 静かに控える使用人達。

 

 そんな中で、元造は新聞を畳みながら二人の娘を見た。そして──

 

「……ほう」

 

 小さく目を細める。

 

 深夜が着ているのは白いワンピースにつばの広い白帽子。

 一年前、龍郎と初めて会った時とよく似た装いだった。元造はすぐに気付いた。

 

 一方、真夜はにこにこしている。

 完全に確信犯だった。

 

「真夜」

「はいお父様」

「お前、また面白がっているな?」

「なんのことでしょう?」

 

 にっこり。

 実に良い笑顔だった。

 深夜はそんな二人の会話を聞きながら、ほんの少しだけ帽子のつばへ触れる。

 

 ──落ち着かない。

 

 凄く落ち着かない。

 

(変じゃないかしら……)

 

 白は似合っているだろうか。

 子供っぽ過ぎないだろうか。

 龍郎はどんな反応をするだろう。

 

 そんなことばかり考えてしまう。すると──

 

「深夜」

「っ、はい!」

 

 元造に呼ばれ、深夜はぴしりと背筋を伸ばした。

 

 だが、元造の目はどこか柔らかかった。

 

「楽しんでくるといい」

「…………」

 

 その言葉に深夜は少しだけ目を見開く。

 

 四葉の当主としてではなく父親として向けられた言葉だった。

 

「……はい」

 

 小さく頷く。その表情は、少し嬉しそうだった。

 一方、元造は内心で苦笑していた。

 

(あの深夜がな)

 

 服選びで一時間近く悩み、鏡の前で何度も帽子の角度を確認し、真夜へ“変じゃないかしら”を繰り返す。

 

 以前なら考えられなかった。

 

 四葉深夜は幼い頃から完成され過ぎていた。

 感情を抑え、立場を理解し、“四葉”として振る舞う少女だった。

 

 だが今は違う。

 年相応に浮かれている。

 

 その変化が、元造には少しだけ嬉しかった。

 

「それにしても」

 

 元造がぽつりと呟く。

 

「龍郎君も随分と大変そうだな」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 

「お父様」

 

 深夜の声が低くなった。元造は吹き出しそうになる。

 

「いや、何。お前達二人に挟まれる弘一君と龍郎君には同情するが」

「弘一さんなら大丈夫でしょう?」

「それもそうだ」

 

 実際、弘一は楽しんでいる側だ。

 むしろ絶対面白がっている。

 

「……でも」

 

 深夜がぽつりと零す。

 

「龍郎さん、楽しみにしてくれていたわ」

 

 その瞬間、真夜が『にやぁ……』と笑った。

 

「姉さん、ずっとそのこと考えてるの?」

「っ!」

 

 図星だった。

 深夜の顔が一瞬で赤くなる。

 

 以前ののテレビ電話。

 

『正直、結構嬉しい』

 

 龍郎がそう言った時のことを、深夜はずっと思い出していた。

 

 ──嬉しかった。

 

 龍郎が、自分達との外出を楽しみにしてくれている──その事実だけで、胸がいっぱいになった。

 

「姉さん本当に分かりやすいわねぇ」

「……うるさい」

 

 だが否定はしない。

 出来なかった。

 

 その時、再び使用人が静かに頭を下げる。

 

「お車の準備が整いました」

「ええ」

 

 深夜は小さく息を吸った。

 胸がどきどきする。

 

 遊園地。

 

 お出かけ。

 

 そして、龍郎と過ごせる日。

 

(……楽しみ)

 

 その感情を自覚した瞬間、深夜は少しだけ頬を緩めた。

 一方、そんな姉を見た真夜は、完全に面白がっていた。

 

(今日は絶対楽しい日になるわね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

「龍郎ー! 迎え来たわよー!」

 

 階下から母の声が響いた。

 

「はーい!」

 

 龍郎は慌てて返事をしながら鏡の前に立つ。

 

 白いシャツ、紺色の薄手ジャケット、動きやすい黒のズボン。

 

 前世基準で言えばかなり良い服だった。なお全部、母親と父親に着せられた。

 

『初めてのお出掛けなんだからちゃんとしなさい!』

 

 とのこと。

 

(初めてのお出掛けって……)

 

 なんか言い方が幼稚園児みたいである。

 とはいえ龍郎自身、少し緊張していた。

 

 遊園地。

 

 ダブルデート。

 

 前世では縁遠かったイベントだ。

 

 しかも相手は四葉深夜。

 未来では“忘却の川の支配者(レテ・ミストレス)”などと呼ばれる女性。

 

 ……なのだが。

 

 最近の彼女を思い出すと、その二つ名に全く実感が湧かない。

 

 顔は真っ赤になるし、真夜とのやり取りでは年相応な一面を見せている。

 

(いや、可愛いんだけどさ)

 

 そこまで考えて龍郎はハッとした。

 

「……何考えてんだ俺」

 

 自分で言って少しダメージを受ける。

 前世では恋愛面でボコボコにされ続けた男である。今更こんな感情を抱くとは思っていなかった。

 

「龍郎?」

 

 不思議そうな声。

 気付けば母親が部屋の入口からこちらを見ていた。

 

「……なんか今、凄く変な顔してたわよ?」

「母さんそれ前も言った」

「だって本当なんだもの」

 

 母はくすくす笑いながら部屋へ入ってくる。

 そして──

 

「似合ってるじゃない」

 

 そう言って、龍郎の襟元を軽く整えた。

 

「そうか?」

「ええ。深夜様達、喜ぶんじゃない?」

 

 その名前が出た瞬間、龍郎の耳がほんの少し赤くなる。

 

 母は見逃さなかった。

 

「……へぇ?」

「なんだよその顔」

「別にぃ?」

 

 絶対面白がっている。

 龍郎はジト目になった。

 

 だが、母はふっと優しい笑みを浮かべる。

 

「楽しんでおいで」

「…………」

 

 その言葉に龍郎は少しだけ目を細めた。

 

 前世では“楽しんでこい”なんて言葉を向けられる機会は少なかった。

 

 仕事。責任。義務。

 

 そんなものばかりだったから。

 

 だからこそ──

 

「……ああ」

 

 自然と笑みが零れる。

 

「楽しんでくる」

 

 その瞬間、下の階から車の到着を告げる音が聞こえた。

 龍郎は窓の外を見る。

 停まっていたのは、当然のように黒塗りの高級車だった。

 

(やっぱりこれなんだよなぁ……)

 

 もう少し普通の車は無かったのか。いや、四葉に普通を求める方が間違っている。

 

 龍郎は諦めた。

 

「じゃ、行ってくる」

「ええ。深夜様たちを泣かせちゃ駄目よ?」

「なんでそうなるんだよ!?」

 

 母の爆弾発言へ抗議しながら、龍郎は階段を降りていく。

 その背中を見送りながら母はぽつりと呟いた。

 

「……青春ねぇ」

 

 一方、当の龍郎は玄関の扉を開けた瞬間、固まっていた。

 

「…………」

 

 車の前。

 

 白いワンピース。つばの広い白帽子。

 

 夏の日差しの下で立っていた深夜が、あまりにも綺麗だったからだ。

 

「……深夜?」

 

 名前を呼ばれた瞬間、深夜の紅い瞳が、ぱっと揺れる。

 

「っ、お、おはようございます龍郎さん」

 

 少し緊張した声。炎天下の中、わざわざ車から降りて待っていたのだろう。車内から見える真夜と弘一はニコニコしているから。

 

 だが龍郎はそんな彼女を見つめたまま、小さく笑った。

 

 

 

「その服、よく似合ってるよ」

 

 その瞬間、深夜の顔が嬉しいような、残念なような、複雑な表情になった。

 

(なんで……?)

 

 何か言葉選びをミスったのだろうかと龍郎があれこれ考えている内に、「とにかく乗りなよ」との弘一の一言で深夜と共にリムジンに乗り込む。

 それぞれ龍郎と深夜、真夜と弘一が隣り合い、向かい合う形で座るとリムジンは目的地に向けて動き出した。




深夜様:初めて出会った時の服だと気づいてもらえなかったのは残念だけど褒めてもらえたのでヨシ!!

龍郎くん:深夜は可愛いなぁ(思考放棄)


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