ちなみに拙作の龍郎くんは気持ち表情が穏やかでほんわかしている地味めな達也くんを思い浮かべてもらえれば良いです。
満月に照らされる夜の海を一隻のボートが全速力で駆けていた。
それぞれ四葉、七草の人員が乗っており、誰も彼もが戦意を張らせていた。
「虱潰しに拠点を潰して回ったが、今のところ空振りだな」
「ええ。残すは本部と後一つです」
七草弘正の言葉に龍郎救出隊に選出された黒羽重蔵が返す。その隣には俯く深夜が腰掛けており、不安を紛らわせるように手を組んでいた。
崑崙法院のアジトを見つけ次第潰して回り、気が付けば龍郎拉致から三日が経っていた。深夜たちの焦りが強くなるのも無理はない話だろう。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「……大丈夫です。この程度で諦めていたら龍郎さんに示しがつきません」
膝の上で握り拳を作りながら深夜は俯いていた顔を上げる。なるほどそれは確かに四葉を担う者の顔だと重蔵は得心した。
「──さて。見えてきたな……弘正様。ご準備を」
「分かっている」
弘正が鋭い目で視界に収まる崑崙法院の拠点を睨む。
やがてボートは岸辺に到着し、そこから深夜と弘一、重蔵と弘正、他四葉と七草の戦闘魔法師一名ずつの計六名が降り立った。
「ではこれまで通り、職員らは尋問の後に滅殺、研究成果は破棄だ」
弘正の言葉に皆が頷き、それぞれ二人一組に分かれる。一つ息を吐き出した弘正は自身に注目を集めさせ、囮とする為に真正面から拠点に乗り込んだ。
「なっ、誰だ貴様!?」
「待て、こいつ七草の──」
警備員たちが言葉を終えるより早く、その首が吹き飛ぶ。
その手には特化型CADが握られており、弘正は死亡した警備員たちを冷淡に踏み越える。
「未来ある若者を弄び、潰そうとした己の浅はかさを呪うがいい」
七草弘一は天才だと誰もが言うだろう。
実際、彼のサイオン量とあらゆる系統魔法への適性を考えればその評価になるのも納得のいくものだ。
しかしそれは弘一が才能に胡座を掻き自惚れていたということでは決してない。
彼は人一倍の努力をし、その才能に見合わぬ男であり続けた。
『弘一って凄い努力家なんだな』
初めて会った時の親友に言われたその一言を弘一は今でも覚えている。
幼心ながらに大人びていると自覚していた弘一にしてみれば、その純粋な賛辞は青天の霹靂の如く感じられただろう。
尤もその親友に体術という面においては完敗しているのだけど。
『……俺が努力家?』
『じゃないのか? だってそれだけの魔法を使えるんならそれは努力した証拠だろう』
当時は幼かった故に一人称が“俺”だったという恥ずかしい過去もありつつ、龍郎のその言葉はやはり驚きに値するものだった。
出来て当たり前。何故なら七草なのだから。
そう思い続けてきた弘一の考えを一蹴するかのように龍郎はそれを『才能』ではなく『努力』と言ってのけたのだ。
(まったく……無知だったんだがそうじゃないんだか……)
自分の親友はよく分からない奴だと今でも思う。とはいえそんな龍郎の事を好ましく思っていて、事あるごとに自慢していたのも事実だ。
だからこそ、そんな親友に傷を付けた崑崙法院の連中は血祭りに上げるべきなのだ。
「逃がすと思うか?」
──ドライ・ブリザード
遠方に見える白衣を纏った男たちが逃げ惑うその背中目掛けてCADを向け、精製された三発のドライアイスを撃ち出した。静かに放たれた音速の氷塊は的確に男たちの背を撃ち抜き昏倒させる。
『ドライ・ブリザード』は収束・発散・移動系の系統魔法だ。それゆえに工程も多く発動するまでに相応の時間を必要とする。しかし弘一はそれらを考慮して尚、『ドライ・ブリザード』による一撃を選んだ。何故か?
それは偏に崑崙法院へ報いを与えるためだと。
より速く、よりコンパクトに相手を仕留める魔法などいくらでもある。当然弘一もそういった魔法は習得しているしCADにインストールも済ませていた。
しかし今回、弘一はそんなものよりも敵の恐怖を助長させ、一秒でも長く恐怖を味合わせるためにわざわざ発動工程の多い『ドライ・ブリザード』による攻撃を実行した。
それほどまでに龍郎に…七草弘一最高の友を害し、拉致した崑崙法院への恨みが深かったというだけの話なのだ。
惨たらしく死ね遺言など欠片も残さずただ只管に醜く喧しい断末魔を響かせながら死んでいけいいから死ね……弘一の心境はまさにそんなところであった。殺意一色。同情も哀れみも何もない殺意のみが今の七草弘一という男を突き動かしていた。
今の弘一を見れば多くの大人が笑うだろう。感情を律し静謐である事こそ当主に必要なものだというのに何を情に動かされているのかと。そんな連中の事など鼻で笑ってやるが。
そしてもし龍郎がその場にいたならこんなことを呟いただろう。
……お前ら四葉を見てそれ言えんの?と。
(尤も今の僕より深夜の方が怒り心頭だろうけど)
思考を中断した弘一は隣を走る深夜に視線を向ける。その目は鋭く研ぎ澄まされており、四葉の姫君としての圧を遺憾無く知らしめていた。
「深夜」
「何かしら」
「殺したい気持ちは分かるけど、今は駄目だ」
「……分かってるわ」
深夜からしてみれば愛しい妹と婚約者が害されかけたのだ、そうもなろうと弘一も納得していた。それこそ崑崙法院の連中を血祭りに上げかねないほどに。
しかしそれを弘一は良しとしない。蝶よ花よと育てられ、大事にされてきた彼女の両手を血に染め上げるなどあってはならない……四葉の人たちがどう思うかは別として弘一としては許容出来るものではなかった。
手を汚すのは自分と、同伴する大人たちだけできっと充分なのだ。
「こちらが最後の部屋になります」
前方を走っていた重蔵の言葉に二人は気を引き締める。数秒もしない内に扉を蹴破るようにして破壊した彼らはその中に飛び込み──
台に四肢を固定され、今にも腕を斬り落とされそうになっている龍郎を目撃してしまった。
「──殺す」
冷えた声が実験室に響き渡る。それが自身の声だと弘一が自覚するのに数秒…それより早くCADを操作して任意の位置に銃座を設定、構築しそこからドライアイスを撃ち出す『魔弾の射手』によって研究者四名の心臓にドライアイスによる銃弾をぶち当たるのに二秒。驚異的な速さである。
「龍郎!!!」
「龍郎さん!!!」
研究者たちが『魔弾の射手』に撃ち抜かれると同時に殆ど飛び出すようにして弘一と深夜は台に張り付けにされた龍郎の下に向かう。病院着らしき布を纏っただけの龍郎の露出した腕の至る所には注射痕のようなものがいくつもあり、顔には青痣や切り傷、軽い火傷痕も見受けられた。
「その声……弘一と深夜、か……眩しっ」
弘一が龍郎の口と目を覆っていたガムテープを引き剥がせば掠れた声と、どこか焦点の合わない黒い瞳が顕になった。
「龍郎…お前、目が……!」
「いや、一時的な失明だ…そのうち治る……」
『お前』なんて懐かしい呼び方だな、と朗らかに笑う龍郎の姿に安堵すると同時、やはりもっと凄惨に殺してやろうかと研究者たちを睨む弘一。
そんな弘一の横で、深夜は龍郎のこの三日間で削げてしまった頬に掌を這わせ、優しく撫でる。
「……龍郎さん、私よ」
「ああ、深夜か。無事でよかった…けど、どうして深夜が?」
「龍郎さんが拐われたのに本邸で大人しく、なんて出来ないもの」
「嬉しいけど…出来れば安全な場所にいて欲しかったな……」
「それは私の台詞」
頬を膨らませた深夜はもう片方の手で龍郎の髪を梳く。多分端から見たら随分滑稽な光景なんだろうと察した龍郎はしかし、止めさせるようなことはしなかった。
その震える指先から、どれだけ心配をかけたのかを理解してしまったから。
「……心配してくれたんだな」
「当たり前よ。むしろ心配しないとでも?」
「君や弘一たちはともかく、大多数の四葉の人たちは俺の救出の為に動くことを渋るだろうと思ってたからな…最悪、切り捨てられることだって覚悟してたよ」
「前から思っていたけど、龍郎は自己評価が妙に低いな…っと」
言いながら、弘一は龍郎の腕を自身の肩に回すと立ち上がらせて連れ立って歩こうとする。しかし立ち上がってすぐに龍郎の膝が崩れたので慌てて深夜も空いている腕を肩に回し龍郎を支えた。
「おっと…悪い。どうも自力で歩けなくなるような薬を投与されたみたいでな」
「逃走防止か屑共め」
弘一が吐き捨てる。倒れ伏す研究者たちを見る目はもはや道端の石ころ以下である。
「龍郎殿。ご無事で何よりです」
「その声…重蔵さんか。いやとんだご足労をお掛けしまして……」
穏やかに声を掛けてくる重蔵に龍郎は申し訳なさそうに頭を下げる。社畜根性が抜けていないのだろう、可哀想だね。
「とにかくここを脱出いたしましょう。先程弘正様からの連絡で残っていた人員や研究成果などは破棄したと知らされましたので」
「分かりました。龍郎さん、支えるから頑張ってちょうだい」
「がんばる……」
どこか気の抜けるような声で龍郎が応える。そんな龍郎と共に一行は研究所を脱出した。
□
「兄上。重蔵からの報告で龍郎くんが救出されたそうだ」
「そうか……良くやってくれた」
弟の英作の言葉に元造はほんの僅かに肩の力を抜く。痛々しい傷はあれど無事であることに安堵した。そして視線を鋭く這いつくばる馬鹿者たちに向けた。国際魔法協会アジア支部の職員たちだ。
「さて、弁明があれば聞こうか」
「わ、我々はただ脅されただけで……」
「そのような世迷言で言い逃れられるとでも思ったか」
元造の言葉は冷たい。ヒッ…と声を上げた職員が這いつくばって逃げ出そうとするのを、英作がその腕を踏み潰して留めた。
「もう一度聞く。なぜ、崑崙法院と結託し我らに手を出した?」
「そ、それは…脅されていて……」
「馬鹿の一つ覚えだな。世迷言だと言っただろうに」
侮蔑と共に吐き捨てる。それでもなお藻掻いていた男たちは結局観念したのかポツポツと語り始めた。
昨年、崑崙法院から行き詰まった研究に関する資金提供があった事。
友好の証だと言うので有り難く使わせてもらった事。
崑崙法院が提示した『核開発を抑止する為の実験体』として引き渡しを要求してきたのが四葉の人間か『司波龍郎』であったこと。
これまでに多大な資金提供を受けていたため断れず、それどころか子供一人使えばさらなる資金提供を約束してくれたこと。
「……なるほど。つまりお前たちは私利私欲の為に我が娘たちに傷を付け、あまつさえその婚約者の未来を潰そうとしたわけか」
「ゆ、許してください……わ、私たちは決してその犠牲を無駄にしようとしていたわけでは──」
「もう良い黙れ」
英作が聞くに堪えないとばかりに精神干渉を発動させて全員を黙らせる。男の腕から足を退けた元造はため息を吐いたあと、憂いを帯びた顔を見せた。
「崑崙法院の目的は、初めから龍郎くんだったというわけか」
「深夜たちの話を聞く限り、崑崙法院は深夜と真夜を欲しがったそうだが、幽寂と名乗る男は龍郎くんを拉致した…と」
「しかしなぜあの子を? 確かに龍郎くんはサイオン量が多いがCADが普及している昨今、それほど重要視されてはいない筈だが……」
「もしかすると、彼の潜在能力に目を付けたのかもしれない」
「『ブラックホール』…しかしあれは理論上のものだろう。英作、お前が解析した段階でもそうだった筈だな?」
「ああ」
元造の言葉に英作は頷く。初めて会ったあの日、龍郎の魔法演算領域を解析したことで明らかになった『魔法によるブラックホール発動の可能性』。しかしそれは限りなく確率が低く、よしんば成功したとしてもまともに発動するかすら怪しい魔法だったはずなのだ。
あれから二年、龍郎を鍛える中で加重系統魔法への適性が特化レベルで高かった為にそちらを伸ばす方向で鍛えていたのだが……
「戻ってきた龍郎くんに話を聞いてみた方が良いかもしれない」
「些か面倒だがそれしかないか……」
疲れたように元造がそう呟いた。とはいえ何よりもまずは龍郎自身の治療と精神のケアを優先しなければならない。重蔵からの報告で受け答えや会話は問題無いそうだが、内に溜め込んでいる場合もある。気を付けてあげなければならないだろう。
「おや。もう終わったのか?」
ふと第三者の声が上がった。元造と英作の視線の先、フロアの扉の前にスーツ姿の白髪混じりの黒髪を綺麗に撫で付けた男性がゆったりとした佇まいでそこに立っていた。
「遅かったな烈」
「これでも急いで来た方だ。老体は労ってもらわねばな!」
「何が老体だ現役の五十代のくせに」
歩み寄ってくる九島烈に元造が軽口を飛ばす。いやはや仲の良いことよ、と英作は肩を竦めた。
「それで? どうするつもりだ」
「どう、とは?」
「惚けずとも良い。深夜の婚約者の話は聞いた、潰すのかと聞いている」
「無論。我らは道具ではなくましてや家畜では断じて無い。我らは血の通う人間だ…ならば、我らが愛おしむものに手を出した報いを受けさせるまでのこと」
「それを本人は望まないとしてもか?」
「これは私怨だ。一人の男の、父親として娘に涙を流させた相手への報復だ。それ以上でも以下でもない」
烈はゆっくりと息を吐き出す。決意は相当に硬いらしい。止めても無駄だろう…止めるつもりもないが。
「……生きて帰れよ」
「ああ」
元造がコートの裾を翻しながら颯爽と部屋を出ていく。英作もまた烈に一礼し、兄と同様の眼差しで兄を追っていった。
「……儘ならんものだ」
携帯端末を取り出した烈は、床に転がる
ちなみに原作通り真夜か、もしくは深夜か弘一が拉致されていた場合、龍郎は自分のことなど度外視で助けに行きます。これも愛だね。なおその後の周りの情緒は考えないものとする
次回、大漢崩壊及び…『覚醒』