壊れる前の音を、君は知らない   作:シュユ

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第18話 異物

――龍園翔視点

 

 面白くなってきやがった。

 

 林の奥で葛城と契約書を交わした後、俺はしばらくその場に残っていた。

 

 夜の無人島は暗い。

 

 だが、暗いからこそ見えるものもある。

 

 昼間は体裁や言葉で誤魔化していた連中も、夜になれば本音が漏れる。

 

 疲れた足取り。

 

 浅い息。

 

 小さな舌打ち。

 

 抑えた不満。

 

 それをどう使うかで、勝負は変わる。

 

 Aクラスは強い。

 

 それは認めてやる。

 

 だが、強いクラスほど、壊し方はある。

 

 上にいる奴らは、自分たちが上にいる理由を信じている。

 

 だから、そこを揺らせば面白い音がする。

 

 葛城は分かりやすい男だ。

 

 堅い。

 

 重い。

 

 正しいことを言う。

 

 全員を管理しようとする。

 

 そういう奴は、壊すのが楽だ。

 

 正しさを守ろうとすればするほど、周囲の不満は溜まる。

 

 守るべきものが多い奴ほど、首にかけた鎖はよく締まる。

 

 俺は最初、葛城に長い鎖をかけるつもりだった。

 

 生徒一人につき毎月二万プライベートポイント。

 

 卒業まで。

 

 AクラスがCクラスに払い続ける。

 

 それだけで十分な意味がある。

 

 金額だけじゃねえ。

 

 支払い続けるという事実が、葛城を食う。

 

 Aクラスの中で疑問が生まれる。

 

 なぜCクラスに支払うのか。誰が決めた。何と引き換えにした。

 

 その声が出れば、葛城派は勝手に削れる。

 

 坂柳がいなくても、坂柳の望む形に近づく。

 

 いや、坂柳がいねえからこそ、葛城はより分かりやすく削れる。

 

 そう思っていた。

 

 だが、葛城は契約前に条件を変えてきた。

 

 卒業までの支払いを拒みやがった。

 

 短期に切り替え、その代わり月額を上げる。

 

 物資の量を減らし、不足分はAクラスの試験中ポイントで補う。

 

 情報は確定ではなく候補扱い。

 

 鎖を短くした代わりに、重くする。

 

 悪くねえ。

 

 葛城にしては、面白い判断だ。

 

 あいつ一人でそこまで辿り着いたのか。

 

 それとも、誰かが余計なことを言ったのか。

 

 思い当たる顔は一つある。

 

 白峰奏。

 

 あいつだ。

 

 初めて見た時から、妙な奴だった。

 

 脅しても揺れねえ。

 

 挑発しても乗らねえ。

 

 怯えているわけじゃない。

 

 強がっているわけでもない。

 

 ただ、こちらの圧に対して、普通の反応を返さない。

 

 そういう奴は嫌いじゃねえ。

 

 壊し方を考える楽しみがある。

 

 だが、白峰はそれとも少し違う。

 

 あいつは周りを支配しているわけじゃない。

 

 作戦を組んでいるわけでもない。

 

 駒を動かしているわけでもない。

 

 なのに、あいつがいると、周りが一瞬だけ止まる。

 

 それが気に入らねえ。

 

 葛城の契約もそうだ。

 

 あいつは俺の条件を全部見抜いたわけじゃないだろう。

 

 俺がどこまでAクラスを縛るつもりだったか。

 

 契約書を後からどう使うか。

 

 橋本をどこまで動かすか。

 

 そこまで読める奴なら、もっと違う動きをする。

 

 だが、あいつはおそらく、葛城の迷いを拾った。

 

 葛城が俺の言葉を持ち帰る前に、何かを引っかけた。

 

 結果、葛城は首輪の長さに気づいた。

 

 勝たせたわけじゃねえ。

 

 助けたわけでもねえ。

 

 ただ、首を出す角度を変えやがった。

 

 面白い。

 

 そして、邪魔だ。

 

 俺は契約書の控えを指先で弾いた。

 

 三か月間の高額支払い。

 

 物資量は制限。

 

 リーダー情報はあくまで候補。

 

 Aクラスの試験中ポイントは削れる。

 

 契約書は残る。

 

 俺が完全に損をしたわけじゃねえ。

 

 むしろ、十分だ。

 

 それに、Aクラスのリーダーはもう見えている。

 

 戸塚。

 

 葛城の後ろで吠えている犬。

 

 分かりやすいにも程がある。

 

 橋本からの裏付けもある。

 

 拠点での動き。

 

 キーカードの扱い。

 

 葛城の立ち回り。

 

 これだけ揃えば十分だ。

 

 リーダーは葛城ではない。

 

 隠したつもりのものほど、隠している奴の近くで目立つ。

 

 葛城はそれに気づくのが遅れた。

 

 いや、気づいたのは白峰か。

 

 まあどちらでもいい。

 

 手間を増やしたのが白峰なら、やはりあいつは邪魔だ。

 

「龍園さん」

 

 背後から声がした。

 

 後ろにウチの生徒が立っていた。

 

 俺が橋本との接触に使った奴だ。

 

「橋本からの情報、追加です」

 

「ああ?」

 

「Aクラスは今朝、物資と契約について一部を共有したようです。契約があること自体は隠していません。ただし、詳細な金額までは全員に話していないと」

 

「ほう」

 

 隠すだけじゃなく、見せる場所を選んだか。

 

 葛城らしい。

 

 いや、それも白峰の影かもしれねえ。

 

「それと、水場の見張りを増やしています。坂柳派の生徒も混ぜたようです」

 

「橋本は?」

 

「水場周辺の確認に回されています。ただ、単独ではありません」

 

「誰がついてる」

 

「白峰と、もう一人です」

 

 俺は小さく笑った。

 

 葛城の野郎、橋本を疑い始めたか。

 

 遅えが、気づかねえよりはましだ。

 

 それにしても、橋本に白峰をつけるとはな。

 

 偶然か。

 

 それとも、白峰が何か拾ったのか。

 

 橋本は軽い。

 

 ああいう奴は、どこにでも行ける。

 

 どちらの側にも顔を出せる。

 

 だが、軽さを見られると動きづらくなる。

 

 白峰はたぶん、それをやる。

 

「面倒くせえな」

 

 俺は呟いた。

 

「白峰が、ですか」

 

「ああ」

 

「潰しますか」

 

 ソイツは当然のようにそう言った。

 

 俺は鼻で笑った。

 

「簡単に潰せる奴なら、もう潰してる」

 

「ですが、Aクラスの中でも目立った力はないはずです」

 

「だから面倒なんだよ」

 

 目立った力がある奴は扱いやすい。

 

 強い奴は騙せばいい。

 

 賢い奴は折ればいい。

 

 怖がる奴は脅せばいい。

 

 欲がある奴は餌を撒けばいい。

 

 だが、白峰は違う。

 

 あいつは勝ちたいように見えねえ。

 

 誰かを支配したいようにも見えねえ。

 

 守りたいものを大声で叫ぶわけでもねえ。

 

 なのに、気づいた時には相手の選び方が少し変わっている。

 

 そういう奴は、盤面に置かれると厄介だ。

 

 駒じゃねえ。

 

 駒なら取ればいい。

 

 あいつは盤面の傷だ。

 

 歩く先に小さく刻まれた傷。

 

 普段は見えない。

 

 だが、そこを踏んだ奴だけが足を止める。

 

「今は放っておく」

 

 俺は言った。

 

「白峰は?」

 

「あいつは自分から勝負に出てこねえ。なら、まずは周りを動かす」

 

「Aクラスのリーダー看破ですか」

 

「それもある」

 

 戸塚。

 

 そこは確定でいい。

 

 Aクラスは戸塚を隠すために葛城を前に出した。

 

 だが、葛城が前に出すぎた。

 

 隠しているものは、光の後ろで浮く。

 

 洞窟の件も、橋本の情報も、全部そこへ繋がっている。

 

 あとは、試験の終盤に正解を出せばいい。

 

 Aクラスは敗北する。

 

 周りは葛城の判断を疑う。

 

 坂柳派は笑い、葛城を責める。

 

 ここまでは予定通りだ。

 

 ただ、白峰がいることで、戸塚が折れ切らない可能性がある。

 

 そこだけが気に入らねえ。

 

 戸塚みたいな奴は、普通なら折れる。

 

 葛城を信じて吠えていた犬が、自分のせいでリーダーを見抜かれたと知れば、簡単に潰れる。

 

 怒る。

 

 噛みつく。

 

 周りを敵にする。

 

 葛城の負担になる。

 

 そこまで行けば、Aクラスの内側はもっと荒れる。

 

 だが、白峰が戸塚に何かを言っている。

 

 橋本からの話でも、戸塚の態度が少し変わったらしい。

 

 怒鳴る前に止まる。

 

 葛城の名前だけで押し切らない。

 

 自分の言葉を探す。

 

 馬鹿馬鹿しい。

 

 だが、それが事実なら厄介だ。

 

 白峰は勝たせていない。

 

 葛城も戸塚も、結局は失点する。

 

 だが、負けた後の壊れ方が変わる。

 

 それは俺の好みじゃねえ。

 

 負けるなら、きっちり壊れろ。

 

 立ち直るなら、その前に這わせろ。

 

 中途半端に踏みとどまられると、次の手が鈍る。

 

「龍園さん」

 

「何だ」

 

「Aクラスへの接触を増やしますか」

 

「いや」

 

 俺は即答した。

 

「今、余計に触れば、葛城がさらに警戒する。白峰も反応するかもしれねえ」

 

「では?」

 

「見る」

 

「見る、ですか」

 

「ああ。白峰が()()()()()を見る」

 

 自分で言って、少し笑った。

 

 ”音”か。

 

 なぜ奴はそういう言い方をするのかは知らねえ。

 

 だが、白峰はたぶん、場のわずかなズレを拾う。

 

 なら、こちらはそのズレを作ってやればいい。

 

 誰が反応するか。

 

 誰の足が止まるか。

 

 白峰がどこへ顔を向けるか。

 

 そこを見れば、あいつの使い方も壊し方も分かる。

 

「Aクラスに直接圧をかける必要はねえ」

 

 俺は続けた。

 

「水場の近くに少し足跡を増やせ。見つかる程度でいい」

 

「誘うんですか」

 

「ああ。警戒させるだけで十分だ」

 

 葛城は慎重になる。

 

 見張りを増やす。

 

 橋本の動きを制限する。

 

 白峰を使う。

 

 そうすれば、Aクラスの手間は増える。

 

 物資を得て落ち着いたはずの空気に、また緊張が戻る。

 

 点数も削れる。

 

 情報も揺れる。

 

 焦れば戸塚が反応する。

 

 それを白峰が拾う。

 

 その時、白峰が何を言うか。

 

 見てやる。

 

「分かりました」

 

 生徒が頷く。

 

「それと、橋本への次の接触は?」

 

「……しばらく待て」

 

「待つんですか」

 

「あいつに白峰がついてるなら、今動かすのは雑だ」

 

 橋本は使える。

 

 だが、軽い奴は足元を見させられると動きが鈍る。

 

 白峰が近くにいる間は、余計な動きをさせない方がいい。

 

 橋本自身が勝手に動きたくなるまで待つ。

 

 軽い奴は、止められると逆に動きたくなる。

 

 その時が使い時だ。

 

「行け」

 

「はい」

 

 生徒が林の奥へ消えていく。

 

 俺は一人になった。

 

 波の音が遠くから聞こえる。

 

 夜とは違う、昼の島のざわめきがある。

 

 無人島試験。

 

 表向きはサバイバル。

 

 実際は、人間の動き方を見る試験だ。

 

 水が足りない時、誰が焦るか。

 

 食料が減った時、誰が不満を言うか。

 

 誰が隠し、誰が暴き、誰が裏切り、誰が黙るか。

 

 ポイントなんざ、ただの数字だ。

 

 大事なのは、その数字を守るために誰が何を捨てるか。

 

 葛城は長い鎖を捨て、短く重い鎖を選んだ。

 

 悪くねえ判断だ。

 

 だが、そのせいでAクラスは試験中のポイントを多く使う。

 

 物資も十分ではない。

 

 情報も確定ではない。

 

 つまり、まだ揺れる。

 

 いくらでも揺らせる。

 

 それに、リーダー看破はこっちが取る。

 

 Aクラスのリーダーは戸塚。

 

 Bクラスについても、おおよそ見えている。

 

 Dクラスは妙だ。

 

 堀北が前に出ている。

 

 平田も、それなりにクラスをまとめている。

 

 だが、それだけでは説明できねえズレがある。

 

 伊吹を入れた。

 

 中の様子も見せた。

 

 堀北がリーダーだという材料も掴ませた。

 

 それでも、どこか噛み合わない。

 

 あのクラスには、表に出ていない何かがいる。

 

 堀北の後ろか。

 

 平田の陰か。

 

 あるいは、誰の目にも留まらねえ場所か。

 

 まだ分からねえ。

 

 Dクラスの”何か”は、まだ形が見えねえ。

 

 だが、白峰は違う。

 

 見えている。

 

 Aクラスの中にいて、表にも出ている。

 

 それなのに、掴む場所がねえ。

 

 どちらも気に入らねえ。

 

 だが、今潰す順番があるとすれば、先に見えている方だ。

 

 まずはAクラスだ。

 

 葛城を削る。

 

 戸塚を当てる。

 

 橋本を使う。

 

 契約書を残す。

 

 坂柳が船の上でどんな顔をしているかは知らねえが、あいつもこの流れを楽しんでいるだろう。

 

 ただし、白峰のせいで、傷の入り方が少し変わった。

 

 それを坂柳がどう見るか。

 

 そこも少しだけ興味がある。

 

 俺は立ち上がった。

 

 木々の隙間から、Aクラスの拠点方向を見る。

 

 洞窟。

 

 葛城の城。

 

 湿った石の中に、Aクラスの連中が押し込められている。

 

 表面上は秩序がある。

 

 だが、秩序ってのは壊れる時が一番面白い。

 

「白峰奏、か」

 

 名前を口にしてみる。

 

 妙な響きだ。

 

 弱そうで、薄そうで、風に流されそうな名前。

 

 だが、実際には流されているようで、誰かの足を止めている。

 

 腹が立つ。

 

 面白い。

 

 どちらも本音だ。

 

 次に会う時は、もう少し強く押してみるのも悪くない。

 

 あいつの”音”とやらが、本当にどこまで聞こえるのか。

 

 正面から鳴らしてやれば分かる。

 

 その前に、まずは他クラスのリーダーを当てる。

 

 戸塚を刺す。

 

 葛城を沈める。

 

 橋本を泳がせる。

 

 白峰がその中で何を拾うかを見る。

 

 試験はまだ終わっていない。

 

 だが、局面はすでに傾き始めている。

 

 俺は笑った。

 

 無人島の暑さも、湿った空気も、腹を空かせた連中の不満も、全部まとめて利用すればいい。

 

 ここは教室じゃない。

 

 綺麗な言葉も、正しい方針も、疲労と空腹の前では簡単に腐る。

 

 葛城。

 

 一ノ瀬。

 

 鈴音。

 

 白峰。

 

 どいつもこいつも、鳴らせば音がする。

 

 なら、最後に一番大きな音を立てて崩れるのが誰なのか。

 

 それを見届けてやる。

 

 俺は林を抜け、Cクラスの拠点へ戻った。

 

 背後で、葉が揺れる。

 

 風か。獣か。人か。

 

 どうでもいい。

 

 見ている奴がいるなら、見ていればいい。

 

 俺は隠れるつもりなどない。

 

 隠れるのは、隠すものを持っている奴のすることだ。

 

 俺は奪う側だ。

 

 奪う側は、堂々と歩けばいい。

 

 そして、奪われる側が自分の影に怯え始めた時。

 

 その時が、一番面白い。

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