壊れる前の音を、君は知らない   作:シュユ

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第19話 水場の足音

――橋本正義視点

 

 面倒なことになった。

 

 水場周辺の確認。

 

 言葉だけなら、ただの雑用だ。

 

 だが、葛城がわざわざ俺を指名した時点で、ただの雑用ではない。

 

 それも、単独行動は禁止。

 

 同行者は二人。

 

 白峰奏。

 

 町田浩二。

 

 なるほど。

 

 葛城も、少しは疑い始めたらしい。

 

「橋本」

 

 隣を歩く町田が、低い声で言った。

 

「あまり先に行くな。葛城さんに報告する必要がある」

 

「はいはい。分かってるって」

 

「分かっているなら、距離を空けるな」

 

「真面目だねえ、町田は」

 

「試験中だ」

 

「そういうとこ、葛城っぽいよな」

 

「葛城さんの指示だからな」

 

 町田は淡々と返した。

 

 面白みはない。

 

 だが、こういう奴が一番面倒な時もある。

 

 戸塚なら扱いやすい。

 

 少し茶化せば噛みつく。

 

 感情が前に出るから、動きが読みやすい。

 

 だが、町田はそうではない。

 

 余計なことは言わない。

 

 必要なことだけを拾う。

 

 葛城さんの指示を疑わず、かといって戸塚ほど熱くもならない。

 

 つまり、こちらの軽口が滑りにくい。

 

 しかも、もう一人が白峰だ。

 

 白峰は少し後ろを歩いている。

 

 特に急ぐでもなく、遅れるでもなく、木々の隙間を見ながら、時々足を止める。

 

 それがまた嫌だった。

 

 あいつは、見ているのか聞いているのか分からない。

 

 こちらの動きを監視しているようには見えない。

 

 けれど、ふとした瞬間に、こちらが見られている気がする。

 

 いや、見られているというより。

 

 聞かれている。

 

 そんな気がする。

 

「白峰」

 

 俺は振り返った。

 

「そんな後ろで大丈夫か? 置いてくぞ」

 

「うん。大丈夫」

 

「いや、大丈夫って距離じゃなくない?」

 

「聞こえるから」

 

「何が?」

 

「足音」

 

 町田が少しだけ白峰を見る。

 

「足音で何か分かるのか」

 

「少しだけ」

 

「もっと具体的に言え」

 

 白峰は少し考えてから、前方の地面を指さした。

 

「この辺り、誰かが通ったと思う」

 

「なに?」

 

 町田がしゃがみ込む。

 

 俺も視線だけを落とした。

 

 確かに、草が少しだけ倒れている。

 

 土の柔らかい部分には、薄い足跡が残っていた。

 

 ただし、はっきりとしたものではない。

 

 見落としてもおかしくない程度。

 

「足跡は二つ……いや、三つか。一人は荷物を持っていた可能性がある。沈み方が少し違う」

 

 町田が言う。

 

「へえ。よく見るね」

 

「見るように言われている」

 

 その横で、白峰は少しだけ首を傾げていた。

 

「どうした?」

 

 町田が聞く。

 

「変だなと思って」

 

「足跡がか」

 

「うん」

 

「何が変だ」

 

「『見つけてほしい』みたいに聞こえる」

 

 町田が黙った。

 

 俺は笑った。

 

「白峰、それ説明になってないって」

 

「でも、そう聞こえた」

 

 見つけてほしい足跡。

 

 その言葉に、俺は内心で舌打ちした。

 

 龍園の仕掛けか。

 

 水場に近い場所へ、わざと足跡を残す。

 

 こちらに見つけさせる。

 

 警戒させる。

 

 見張りを増やさせる。

 

 手間を増やす。

 

 葛城なら、放置はしない。

 

 町田は記録する。

 

 白峰は引っかかる。

 

 そして俺は、それを分かった上で、分かっていない顔をしなければならない。

 

 面倒だ。

 

「見つけてほしい足跡ねえ」

 

 俺は肩をすくめる。

 

「それ、ただの偶然じゃない?」

 

「そうかも」

 

「じゃあ記録しなくていい?」

 

「それは、町田くんが決めると思う」

 

 白峰が町田を見る。

 

 町田は少し考えてから、手帳に書き込んだ。

 

「記録する」

 

「真面目だなあ」

 

「必要だと思った」

 

「白峰の変な感覚を?」

 

「足跡があるのは事実だ。加えて、白峰が違和感を覚えた。それも報告する」

 

「葛城に?」

 

 町田は俺を一瞥してから、手帳を閉じた。

 

「橋本、お前も見ただろう」

 

「見た見た。ちゃんと見たよ」

 

「なら、報告時に確認する」

 

「俺の証言まで必要?」

 

「必要だ」

 

「信用ないなあ」

 

「信用の問題ではない。記録上の問題だ」

 

 だから面倒なんだよ、お前は。

 

 俺は笑ったまま、内心でそう呟いた。

 

 白峰一人なら流せる。

 

 足音が変だ。

 

 見つけてほしい足跡。

 

 そんな曖昧な言葉は、いくらでも軽口で薄められる。

 

 だが、町田がいると違う。

 

 町田は白峰の言葉を信じているわけではない。

 

 理解しているわけでもない。

 

 ただ、事実として残す。

 

 足跡があった。

 

 白峰が違和感を覚えた。

 

 橋本も確認した。

 

 その三つが記録になる。

 

 記録は軽くない。

 

 俺の苦手な重さだ。

 

「先へ進むぞ」

 

 町田が言った。

 

「はいはい」

 

 俺は歩き出した。

 

 水場へ近づくにつれて、空気が少し湿ってくる。

 

 木々の間から水の流れる音が聞こえた。

 

 小さな流れ。

 

 Aクラスにとっては生命線の一つ。

 

 ここを押さえられれば、配給の負担を少し減らせる。

 

 逆に、ここを揺さぶられれば、葛城は動かざるを得ない。

 

 龍園はそれを分かっている。

 

 だから見える場所に足跡を残した。

 

 隠すためではなく、見せるために。

 

 白峰が言ったことは、たぶん当たっている。

 

 それがまた、面白くない。

 

「橋本くん」

 

 後ろから白峰が呼んだ。

 

「何?」

 

「今の返事、少し早かったね」

 

「は?」

 

 町田がこちらを見る。

 

「返事?」

 

「うん」

 

 白峰は俺の足元ではなく、俺の顔を見ていた。

 

「考える前に、もう出口を決めてたみたいだった」

 

「いやいや。返事が早いだけでそこまで分かるわけないだろ」

 

「そうかもしれない」

 

「またそれかよ」

 

「でも、さっきまでより少し楽そうだった」

 

 町田が俺を見る。

 

「橋本、何か気づいたのか」

 

「いや別に。白峰の気のせいだろ?」

 

「そうか」

 

 町田はそう言っただけだった。

 

 だが、完全には納得していない。

 

 記録するほどのことではない。

 

 けれど、頭のどこかには残した。

 

 そんな顔だ。

 

 白峰は追及しない。

 

 それがまた嫌だった。

 

 問い詰められた方が、まだ楽だ。

 

 証拠はあるのか。

 

 何を見た。

 

 誰と繋がっている。

 

 そう聞かれれば、いくらでも返せる。

 

 だが、白峰はそこを聞かない。

 

 ただ、

 

 今、早かったね。

 

 そう言うだけだ。

 

 まるで、こちらが自分で言葉の出どころを見るのを待っているみたいに。

 

「白峰」

 

「うん」

 

「お前、ほんとムカつくな」

 

「ごめん」

 

「謝るのもムカつくって、前にも言った気がする」

 

「うん」

 

「覚えてるならやめろよ」

 

「それは、少し難しい」

 

「何がだよ」

 

「橋本くんがムカつくことを言わないのが」

 

「開き直ったな?」

 

 白峰は首を傾げた。

 

 町田が小さく息を吐いた。

 

 呆れているのか、単に先を急ぎたいのかは分からない。

 

「二人とも、話は後にしろ。水場を確認する」

 

「はいはい」

 

 水場に着くと、既にAクラスの見張りが二人いた。

 

 葛城派が一人。

 

 坂柳派が一人。

 

 なるほど。

 

 葛城も露骨なことをする。

 

 片方だけに任せない。

 

 どちらにも見える場所に置く。

 

 不満を消すのではなく、互いに監視させる。

 

 その発想自体は悪くない。

 

 だが、疲れるやり方だ。

 

 常に誰かが誰かを見ている。

 

 Aクラスらしい。

 

 見張りの生徒が町田に状況を説明する。

 

 特に異常はない。

 

 ただ、午前中に少し離れた場所で人の気配があった気がする。

 

 直接姿は見ていない。

 

 足音だけ。

 

 町田はそれを記録する。

 

 白峰は水辺ではなく、見張りの立っていた位置と、林の奥へ続く踏み跡を交互に見ていた。

 

「何かあるか?」

 

 俺が聞く。

 

「水場じゃなくて、こっち」

 

「こっち?」

 

 白峰は、見張りの生徒たちが立っていた場所から少し離れた地面を指さした。

 

「足跡が、見張りに近づきすぎてない」

 

「どういう意味?」

 

「本当に水を取りに来たなら、もっと水辺に近づくと思う」

 

 町田が近づき、地面を確認する。

 

「確かに、水辺よりも林側に踏み跡が多い。水を汲んだ跡は見えない」

 

「Cクラスか?」

 

 見張りの一人が聞く。

 

 町田は即答しなかった。

 

「断定はできない」

 

「白峰は?」

 

 俺はわざと話を振った。

 

 白峰は少しだけ沈黙した。

 

「水を取りに来た人の足音じゃなかったんだと思う」

 

「また足音かよ」

 

「うん」

 

「なら何しに来たんだ?」

 

「見に来たんだと思う」

 

「水場を?」

 

「水場と、見張りと、僕たちがどう動くか」

 

 町田の手が止まった。

 

 見張りの生徒たちも白峰を見る。

 

 俺は笑う。

 

「それ、かなり大げさじゃない?」

 

「そうかもしれない」

 

「便利だな、その言い方」

 

「うん」

 

「褒めてない」

 

「分かってる」

 

 白峰は林の奥へ視線を向けた。

 

「でも、ここは見られてると思う」

 

 町田が手帳に書き込む。

 

「白峰の所感として記録する」

 

「町田、全部記録する気?」

 

「必要だと判断したものだけだ」

 

「それ、白峰の言葉に引っ張られてない?」

 

「引っ張られているかどうかも含めて、葛城さんが判断する」

 

 淡々としている。

 

 だからこそ、橋本は笑うしかない。

 

 この場で町田を崩すのは難しい。

 

 感情の隙間が少ない。

 

 白峰は白峰で、こちらを責めない。

 

 ただ置く。

 

 町田は拾う。

 

 俺はその間で、軽く流すしかない。

 

 思ったより動きづらい。

 

 葛城にしては、いい配置をした。

 

 いや。

 

 葛城だけの判断か?

 

 白峰自身がこの位置にいることで、俺の動きが制限されている。

 

 それを本人が狙ったようには見えない。

 

 狙っていないから厄介なのかもしれない。

 

「周辺をもう少し見てくる」

 

 俺は言った。

 

 半歩、横へずれる。

 

 その瞬間、町田の声が飛んだ。

 

「橋本。一人では動くな」

 

「すぐそこだって」

 

「一人では動くな」

 

「分かったよ。じゃあ町田も来る?」

 

「三人で動く」

 

「徹底してるねえ」

 

「葛城さんの指示だ」

 

 またそれだ。

 

 町田は葛城の指示を盾にしている。

 

 だが、戸塚のように葛城の名前で押しているわけではない。

 

 ただ、基準として使っている。

 

 そこが違う。

 

 白峰が言うなら、町田の声は軽くも重くもなく、ただ真っ直ぐなのだろう。

 

 実務役。

 

 記録役。

 

 そういう意味では、葛城にとって使いやすい生徒だ。

 

 俺にとっては使いにくい。

 

 三人で水場の周囲を回った。

 

 途中、木の根元に折れた枝があった。

 

 折れ方は新しい。

 

 誰かが踏んだのか、手で折ったのか。

 

 町田は枝を確認し、周囲の足跡と位置を記録する。

 

 白峰は少し離れた場所で、林の奥を見ている。

 

「白峰」

 

 町田が声をかける。

 

「今の違和感は記録するか」

 

「うーん」

 

 白峰は少し考える。

 

「まだ、しなくていいと思う」

 

「理由は」

 

「本当に隠れてる音なら、もっと沈むと思うから」

 

「分からない」

 

「うん」

 

「だが、記録しないという判断は記録しておく」

 

「それ、結局記録するんじゃん」

 

 俺が言うと、町田は真顔で頷いた。

 

「そうだ」

 

「真面目すぎるだろ」

 

「必要だ」

 

 白峰が少しだけ笑ったように見えた。

 

 町田はその変化に気づいていない。

 

 俺は気づいた。

 

 そして、気づいたことが少し嫌だった。

 

 白峰の表情の変化まで拾ってどうする。

 

 俺は俺で、白峰に間を見させられている。

 

 馬鹿馬鹿しい。

 

 だが、そう思った時点で、既に面倒な場所へ踏み込んでいる。

 

 水場の確認を終え、俺たちはAクラスの拠点へ戻ることにした。

 

 帰り道、町田は記録を見返していた。

 

「足跡三名分。うち一名は荷物所持の可能性。水場周辺に踏み跡複数。見張りが人の気配を報告。白峰は、見つけさせるための痕跡と所感」

 

「町田、それ全部葛城に言うの?」

 

「そうだ」

 

「細かいなあ」

 

「そこを曖昧にする必要はない」

 

「白峰の感覚まで?」

 

「ああ」

 

「信じてるんだ?」

 

「信じるかどうかは葛城さんが決める」

 

「じゃあ町田はどう思ってる?」

 

「俺は見たものを報告する」

 

「白峰の言ったことは見たものじゃないだろ」

 

「白峰がそう言ったことは、俺が見た事実だ」

 

 俺は思わず黙った。

 

 なるほど。

 

 こいつは面倒だ。

 

 白峰の曖昧さを曖昧なまま信じるわけではない。

 

 ただ、発言そのものを事実として扱う。

 

 だから流せない。

 

 白峰の言葉は証拠ではない。

 

 だが、町田の記録に残れば、後から葛城が判断材料にできる。

 

 それが橋本の動きを縛る。

 

 白峰と町田。

 

 思ったより嫌な組み合わせだ。

 

「橋本くん」

 

 白峰が横に並んだ。

 

「何?」

 

「丁寧に笑うね」

 

「は?」

 

「軽く笑ったんじゃなくて、軽く見せたみたいだった」

 

「白峰、お前さ。俺の足音だけじゃなくて笑い方まで聞くの?」

 

「うん」

 

「怖すぎるだろ」

 

「ごめん」

 

「謝るなって」

 

 町田がこちらを見る。

 

「橋本、何か誤魔化したのか」

 

「いやいや、違う違う。白峰が変なこと言うからだって」

 

「そうか」

 

 町田はそれ以上追及しない。

 

 だが、こいつもこいつで面倒だ。

 

 疑っているわけではない。

 

 決めつけているわけでもない。

 

 ただ、情報として置いておく。

 

 そういう顔をしている。

 

 白峰はそれ以上何も言わなかった。

 

 だが、沈黙が残る。

 

 俺は軽く笑って、前を向く。

 

 足元の土が少し柔らかい。

 

 湿った地面。

 

 残る足跡。

 

 消えない記録。

 

 そこに自分の足跡も混ざっていることに気づく。

 

 ああ、ムカつく。

 

 白峰は本当にムカつく。

 

 何かを暴いたわけではない。

 

 止めたわけでもない。

 

 ただ、返事や笑い方を意識させる。

 

 それだけで、人は少し遅くなる。

 

 俺が拠点へ戻ると、葛城はすぐに報告を求めた。

 

 町田が前に出る。

 

「葛城さん、報告します」

 

「ああ」

 

 町田は手帳を開き、淡々と説明する。

 

 足跡の数。

 

 位置。

 

 水場の踏み跡。

 

 見張りの証言。

 

 白峰の所感。

 

 橋本の確認。

 

 俺の名前まで出す必要ある?

 

 そう思ったが、口には出さない。

 

 葛城は最後まで黙って聞いていた。

 

「白峰」

 

「うん」

 

「見つけさせるための痕跡、と言ったな」

 

「うん」

 

「根拠は」

 

「本当に隠れたい人の足音じゃなかった」

 

「それだけか」

 

「うん」

 

「……そうか」

 

 葛城は少し考える。

 

「町田」

 

「はい」

 

「記録は残しておけ」

 

「分かりました」

 

「橋本」

 

「何?」

 

「お前はどう見た」

 

 来た。

 

 俺は笑みを浮かべる。

 

「誰かが水場を見に来たのは確かだろうな。でも、それがCクラスかどうかは断定できない。白峰の言う通り、見つけさせるためって可能性もある。逆に、ただ雑な偵察だった可能性もある」

 

「曖昧だな」

 

「曖昧なものを断定する方が危ないだろ?」

 

「それはそうだ」

 

 葛城は俺を見た。

 

 探る目だ。

 

 以前よりも少しだけ、こちらを疑っている。

 

 それを隠そうともしていない。

 

 やりづらい。

 

「水場の見張りは継続する。だが、人数を増やしすぎるな。Cクラスがこちらの反応を見るために痕跡を残した可能性がある」

 

「はい」

 

 町田が頷く。

 

「橋本、お前は午後、物資管理側に回れ」

 

「俺が?」

 

「ああ」

 

「水場はもういいの?」

 

「今はな」

 

「了解」

 

 軽く返す。

 

 内心では、少しだけ舌打ちした。

 

 物資管理側。

 

 動ける範囲が狭まる。

 

 橋本を水場から外す。

 

 単独行動もさせない。

 

 葛城は確実にこちらを見える場所へ移している。

 

 その判断に、白峰と町田の報告が使われた。

 

 気に入らねえ。

 

 だが、面白い。

 

 この程度で完全に止まるつもりはない。

 

 俺は橋本正義だ。

 

 どこにでも行けるようにしておくのが取り柄だ。

 

 一つの道を塞がれたくらいで、歩けなくなるわけじゃない。

 

 ただ。

 

 歩く前に、自分の返事の早さを気にしてしまう。

 

 笑う前に、その笑い方が丁寧すぎないか考えてしまう。

 

 それが少し、腹立たしかった。

 

 報告が終わると、町田はそのまま葛城の側に残った。

 

 白峰は洞窟の外へ出ていく。

 

 俺はその背中を追いかけるように声をかけた。

 

「白峰」

 

「うん」

 

「お前さ、俺のこと疑ってる?」

 

「ううん」

 

「ほんとかよ」

 

「疑ってるのは、葛城くんだと思う」

 

「じゃあ白峰は?」

 

「僕は、気になってるだけ」

 

「それを疑ってるって言うんじゃないの?」

 

「違うと思う」

 

「どう違うんだよ」

 

 白峰は少しだけ考えた。

 

「疑うのは、相手が何をしたかを探す感じ」

 

「うん」

 

「気になるのは、相手がどこへ行こうとしてるかを聞く感じ」

 

「分かりづらいって」

 

「ごめん」

 

 白峰は静かにこちらを見る。

 

「橋本くんは、どこにでも行けるようにしてるんだと思う」

 

「そりゃ、行き止まりよりはいいだろ」

 

「うん。でも、どこにでも行けるようにしすぎると、戻る場所が分からなくなる」

 

「それ、忠告?」

 

「たぶん」

 

「俺に?」

 

「うん」

 

 俺は笑った。

 

「……本当に変な奴だな」

 

「よく言われる」

 

「だろうな」

 

 俺は白峰の横を通り過ぎる。

 

 その瞬間、白峰が小さく言った。

 

「今日の橋本くん、少しだけ残ってたよ」

 

 俺は足を止めなかった。

 

 止めたら、負けた気がした。

 

 だから、そのまま歩いた。

 

 軽く。

 

 いつも通りに。

 

 けれど、洞窟の湿った地面を踏むたびに、自分の足音が少しだけ耳についた。

 

 最悪だ。

 

 白峰奏。

 

 あいつは俺を止めたわけじゃない。

 

 証拠を掴んだわけでもない。

 

 ただ、返事と笑い方と、行き先を聞いてきただけだ。

 

 それだけで、軽くしていたものが少しだけ重くなる。

 

 まったく。

 

 龍園も坂柳も、厄介なものに目をつけたもんだ。

 

 俺は笑った。

 

 軽く。

 

 いつも通りに。

 

 そう見えるように。

 

 けれど、その笑いがいつもより少しだけ丁寧になっていることに、自分でも気づいていた。

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