壊れる前の音を、君は知らない   作:シュユ

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第2話 信用の置き場

――葛城康平視点

 

 Aクラスに所属しているからといって、全員が同じ方向を向いているわけではない。

 

 そんなことは、入学してすぐに理解した。

 

 坂柳有栖。

 

 あの女を中心に集まる生徒たちと、俺の考えに賛同する生徒たち。

 

 表立って対立しているつもりはない。

 少なくとも、俺はそのつもりだ。

 

 だが、見えない主導権争いが常にクラス内に存在していることは、否定できない事実だった。

 

 本来であれば、この時期に内部で足を引っ張り合っている余裕などない。

 

 Aクラスという立場は絶対ではない。

 下位クラスからの追い上げは、いずれ必ず来る。

 

 それに備えるためにも、クラス全体を一つにまとめる必要がある。

 

 頭では理解している。

 だが、現実は思うようにいかない。

 

 その一因となっている存在を挙げるなら――。

 

「白峰」

 

 昼休み。

 

 図書室の奥、ほとんど人のいない窓際の席で本を読んでいた白峰奏に声をかけた。

 

 白峰は本にしおりを挟み、静かに顔を上げる。

 

「葛城くん」

 

 相変わらず穏やかな顔だ。

 

 敵意も、警戒もない。

 かといって、こちらを歓迎しているようにも見えない。

 

 誰に対しても同じ温度で接しているように見える。

 だからこそ読みづらい。

 

「少し時間はあるか」

 

「うん」

 

 短い返事を受け、俺は向かいの席へ座った。

 

 こうして正面から見ると、こいつは本当に隙がない。

 

 身構えているわけではない。

 むしろ、必要以上に力が入っているようには見えない。

 

 それなのに、踏み込ませない空気を持っている。

 

 人当たりは柔らかい。

 声も穏やかだ。

 

 だが、その穏やかさが壁のようにも感じられる。

 

 俺は単刀直入に切り出した。

 

「お前の力を借りたい」

 

 白峰がわずかに瞬きをした。

 

「珍しいね」

 

「茶化すな。真面目な話だ」

 

「分かってるよ」

 

 分かっているのなら、その曖昧な笑みをやめてほしいものだが、言っても無駄だろう。

 

 俺は声の調子を落とし、続ける。

 

「次の特別試験に向けて、クラス内の意見をある程度まとめる必要がある。お前は周囲をよく聞いている。誰がどちらへ傾いているかも、ある程度は把握しているはずだ」

 

「まあ、それなりには」

 

「その情報が欲しい」

 

 白峰は否定しなかった。

 

 しかし、すぐに肯定もしない。

 

 数秒、沈黙が落ちる。

 

 図書室特有の紙の匂い。

 遠くでページをめくる小さな音。

 椅子を引くわずかな軋み。

 

 白峰はそうした音に耳を傾けているようにも見えた。

 

 やがて、白峰が口を開く。

 

「葛城くんは、クラスをまとめたいんだよね」

 

「当然だ」

 

「坂柳さんごと?」

 

 その一言に、言葉が詰まる。

 

 無論、理想を言えばそうだ。

 

 Aクラス全体が一つになれば、盤石になる。

 無駄な内部対立を避け、下位クラスに隙を見せずに済む。

 

 だが、現実には難しい。

 

 坂柳が俺に従うとは思えない。

 俺もまた、あの女のやり方を全面的に認める気はなかった。

 

「……できるなら、だ」

 

 そう答えると、白峰は少しだけ目を細めた。

 

「正直でいいね」

 

「何が言いたい」

 

「別に。ただ、葛城くんは嘘が下手だと思って」

 

 からかわれているわけではない。

 

 それは分かる。

 

 分かるが、どうにも調子が狂う。

 

 白峰は机の上で指を軽く組んだ。

 

「クラスをまとめるって言っても、実際には坂柳さんに主導権を渡したくない気持ちもある」

 

「……」

 

「違う?」

 

 違わない。

 

 だからこそ否定できなかった。

 

 白峰は責めるでもなく、淡々と続ける。

 

「別に悪いことじゃないよ。人をまとめるって、綺麗事だけじゃ無理だから」

 

「なら、協力してくれるのか」

 

「少しは」

 

 また曖昧だ。

 

「少し、とは何だ」

 

「必要な時に、必要なことは言う」

 

「それでは足りない」

 

「全部は無理かな」

 

 俺は思わず眉をひそめた。

 

「なぜだ」

 

 白峰はそこで初めて、わずかに視線を窓の外へ逃がした。

 

 外では風が木の葉を揺らしている。

 音は小さく、すぐに図書室の静けさへ溶けていった。

 

「どちらか一方に立つ気がないから」

 

 やはりそうか。

 

 予想していた答えではあった。

 だが、実際に聞かされると胸の内に重いものが残る。

 

 こいつは敵ではない。

 

 少なくとも、俺にはそう見える。

 坂柳に肩入れしているわけでもない。

 クラスを混乱させたいようにも見えない。

 

 むしろ必要な場面では、的確な言葉を落とすことすらある。

 

 それなのに。

 

 決定的なところで、自分の立場を明かさない。

 

「お前はAクラスをどうしたい」

 

 問いかけると、白峰は少し考えた。

 

 本当に考えているのか。

 それとも、いつもの間なのか。

 

 俺には分からない。

 

「どうもしなくていいかな」

 

「何?」

 

「君たちが、自分で進めばいいと思う」

 

 さらりと言ってのける。

 

 俺は息を吐いた。

 

 呆れか。

 諦めか。

 自分でも分からない。

 

「無責任だな」

 

「そうかもね」

 

 否定もしない。

 

 そこに悪びれた様子もない。

 だが、不思議と不快感だけは残らなかった。

 

 こいつは無責任だ。

 

 間違いなく、当事者意識も薄い。

 少なくとも、俺や坂柳のようにクラスの行く末を自分の問題として抱えてはいない。

 

 それでも完全に切り捨てられないのは、要所で役に立つことを知っているからだろう。

 

 そして、もう一つ。

 

 白峰の言葉には、私情の濁りが少ない。

 

 誰かを陥れようとする音ではない。

 誰かに取り入ろうとする響きでもない。

 

 ただ、聞こえたものをそのまま置いていく。

 

 だからこそ信用したくなる。

 

 だからこそ、信用しきれない。

 

「……必要な時には声をかける」

 

 立ち上がりながら、そう告げる。

 

 白峰は小さく頷いた。

 

「うん」

 

「来るか来ないかは、お前次第だ」

 

「分かった」

 

 その軽い返事を背に、図書室を出る。

 

 廊下を歩きながら、俺は小さく息を吐いた。

 

 扱いづらい男だ。

 

 敵なら切れる。

 味方なら頼れる。

 

 だが、白峰奏はそのどちらにも収まらない。

 

 こちらへ手を貸しているようで、決して体重は預けてこない。

 助言はするが、責任までは背負わない。

 踏み込んでいるようで、最後の一歩だけは必ず残している。

 

 善人にも見える。

 誠実にも見える。

 

 それでも、肝心な部分を誰にも渡していない。

 

 信用はできる。

 

 少なくとも、嘘で人を陥れる類の人間ではない。

 

 だが。

 

 信用を置ききることはできない。

 

 それが白峰奏という男への、現時点での結論だった。

 

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