壊れる前の音を、君は知らない   作:シュユ

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第21話 借り物の声

――戸塚弥彦視点

 

 Cクラスは、一夜で消えた。

 

 朝になれば、浜辺にいたはずの連中はほとんど姿を消していた。

 

 残っていたのは、使い潰された物資の痕跡と、荒れた砂と、昨日まで確かにそこに誰かがいたという気配だけだった。

 

 負けを認めた。

 

 試験を捨てた。

 

 そう片づけられれば、どれほど楽だっただろう。

 

 だが、葛城さんはそう見なかった。

 

 白峰も、そうは聞かなかった。

 

 Cクラスは降りたのではない。

 

 降りたことにした人間がいる。

 

 その言葉が、頭の中で何度も引っかかっていた。

 

 それだけではない。

 

 物資の引き渡し時に、龍園は他クラスのリーダー候補情報を渡してきた。

 

 あくまで候補情報。

 

 確定ではない。

 

 契約書にも、そう記されている。

 

 その時は、少しでも情報が得られるなら意味があると思った。

 

 葛城さんも、そう判断した。

 

 だが、今なら分かる。

 

 龍園がこちらへ売ったものと、龍園が最後まで握っているものが同じとは限らない。

 

 むしろ、同じだと思う方が甘い。

 

 あいつは候補を売っただけだ。

 

 答えを売ったわけじゃない。

 

 そして、その答えの中に、俺の名前が入っているかもしれない。

 

 Aクラスのリーダー。

 

 戸塚弥彦。

 

 その事実が、昨日よりも重くなっていた。

 

 俺は洞窟の外に出た。

 

 夕方の空気は湿っている。

 

 木々の間から差し込む光は弱く、地面の凹凸を曖昧にしていた。

 

 少し離れた場所では、町田が手帳を開いている。

 

 水場の見張り交代。

 

 物資の使用状況。

 

 橋本の移動。

 

 Cクラスの残した痕跡。

 

 必要なことを、淡々と記録している。

 

 あいつは騒がない。

 

 余計なことを言わない。

 

 葛城さんに報告するときは丁寧で、橋本や俺には遠慮しない。

 

 だからこそ、今のAクラスに必要な人間に見えた。

 

 それが、悔しかった。

 

 俺より役に立っている。

 

 そう思ってしまう自分が、余計に情けなかった。

 

「何をしている」

 

 背後から声がした。

 

 振り返ると、葛城さんが立っていた。

 

「……少し、外の空気を吸っていました」

 

「一人で離れるな」

 

「……すみません」

 

「責めているわけではない」

 

 葛城さんは俺の隣に立った。

 

 いつも通りの落ち着いた声。

 

 だが、何も感じていないわけではないはずだ。

 

 Cクラスの一斉リタイア。

 

 龍園の狙い。

 

 候補情報という名の不完全な取引。

 

 橋本の曖昧な立ち位置。

 

 坂柳派の視線。

 

 それらを全部見たうえで、顔に出していないだけだ。

 

「葛城さん」

 

「何だ」

 

「俺が、もっと上手くやれていれば……」

 

「その先を言う必要はない」

 

「でも」

 

「言う必要はない」

 

 葛城さんの声は強かった。

 

 俺は口を閉じる。

 

「お前が何を考えているかは分かる。自分がリーダーであること。洞窟占有時の動き。俺の近くにいすぎたこと。Cクラスに見抜かれる可能性。そのすべてを自分の失敗だと思っているのだろう」

 

 何も言えなかった。

 

 その通りだった。

 

「ですが、実際に俺の失敗です」

 

「違う」

 

 葛城さんは即答した。

 

「お前だけの失敗ではない」

 

「でも、俺の責任ではあります」

 

 自分でも驚くほど静かな声だった。

 

 葛城さんも、わずかにこちらを見る。

 

「……そうだ」

 

 そう言われて、胸の奥が痛んだ。

 

 否定してほしかったわけではない。

 

 だが、肯定されると、やはり重い。

 

「お前はリーダーだ。隠すべき立場でありながら、クラスの点に直結する存在でもある。その責任はある」

 

「はい」

 

「だが、責任があることと、すべてを背負い込むことは違う」

 

「分かっています」

 

「本当に分かっているか」

 

 答えられなかった。

 

 分かっている。

 

 そう言いたかった。

 

 だが、言えなかった。

 

 葛城さんは浜辺の方へ視線を向ける。

 

「龍園の狙いは、俺たちに誰か一人を責めさせることでもある」

 

「誰か一人を……」

 

「リーダーが見抜かれた時、責任の所在を巡ってクラスは揺れる。俺を責める者もいるだろう。お前を責める者もいる。坂柳派は、それを利用する」

 

 坂柳。

 

 その名前が出た瞬間、胸の奥が熱くなった。

 

 あの女ならやる。

 

 葛城さんを失脚させるためなら、Aクラスの失点すら利用する。

 

 俺はそれが許せなかった。

 

 だから、葛城さんの側に立ってきた。

 

 葛城さんを支える。

 

 葛城さんを守る。

 

 そう思っていた。

 

 でも。

 

 俺は本当に、隣に立っていたのか。

 

 それとも、葛城さんの後ろで、葛城さんの名前を借りて声を大きくしていただけなのか。

 

「戸塚」

 

「はい」

 

「俺の名を使って周りを押し返すな」

 

 その言葉が、胸に刺さった。

 

 以前なら、反射的に言い返していたかもしれない。

 

 違います。

 

 俺は葛城さんのために。

 

 Aクラスのために。

 

 そう言っていたはずだ。

 

 だが、今は言えなかった。

 

 白峰の言葉を思い出す。

 

 守る声というより、押し返す声に聞こえた。

 

 あの時は腹が立った。

 

 今でも腹は立つ。

 

 でも、完全には否定できない。

 

「俺は……葛城さんの邪魔をしていましたか」

 

「邪魔ではない」

 

 葛城さんは言った。

 

「だが、お前の声が大きくなるたびに、周囲は俺ではなく、お前を見る」

 

「……はい」

 

「それは時に有効だ。だが、今は危うい」

 

 俺が目立てば、俺がリーダーだと見られる。

 

 俺が葛城さんのそばにいればいるほど、俺が重要な役割を持つと読まれる。

 

 そんなこと、少し考えれば分かったはずだ。

 

 だが、俺は考えなかった。

 

 葛城さんのそばにいることが、正しいと思っていた。

 

 葛城さんの言葉を大きくすることが、支えることだと思っていた。

 

 違ったのかもしれない。

 

 いや。

 

 全部が違ったわけではない。

 

 でも、足りなかった。

 

「葛城さん」

 

「何だ」

 

「俺は、どうすればいいですか」

 

 言った瞬間、自分で気づいた。

 

 また、聞いている。

 

 答えを求めている。

 

 葛城さんの後ろに立とうとしている。

 

 葛城さんもそれに気づいたのだろう。

 

 少しだけ沈黙した。

 

 その沈黙が怖かった。

 

「それを俺に聞くうちは、まだ後ろにいる」

 

 息が止まった。

 

 怒られたわけではない。

 

 突き放されたわけでもない。

 

 けれど、今までで一番重い言葉だった。

 

「……すみません」

 

「謝るな」

 

「ですが」

 

「謝罪ではなく、お前自身が考えろ」

 

 葛城さんは静かに言った。

 

「俺の指示に従うだけなら誰でもできる。お前が俺の隣に立つというなら、お前自身の判断を持て」

 

 隣。

 

 その言葉が、胸の奥に沈んだ。

 

 俺は葛城さんの隣に立ちたかったのか。

 

 それとも、ただ葛城さんの後ろで、強くなった気でいただけなのか。

 

 分からない。

 

 分からないが、分からないままでは駄目だ。

 

「少し、考えます」

 

「ああ」

 

 葛城さんはそれ以上何も言わなかった。

 

 俺はその場を離れた。

 

 一人になるなと言われたばかりだが、洞窟の入口から見える範囲だ。

 

 完全には離れていない。

 

 木の根元に腰を下ろす。

 

 土が少し湿っていた。

 

 遠くで、誰かが荷物を動かす音がする。

 

 Aクラスの生徒たちは、表面上は落ち着いている。

 

 だが、空気は重い。

 

 Cクラスは消えた。

 

 龍園は候補情報だけを売った。

 

 その先にある答えは、まだあいつの手元にあるかもしれない。

 

 そして、その答えが俺なら。

 

 Aクラスは失点する。

 

 葛城さんは責められる。

 

 坂柳派が動く。

 

 俺は、葛城さんの足を引っ張る。

 

「隣、か」

 

 小さく呟いた。

 

 その時、足音が近づいた。

 

 振り返らなくても分かった。

 

 白峰だ。

 

 あいつの足音は、うるさくない。

 

 気配がないわけでもない。

 

 ただ、こちらが構える前に、いつの間にか近くにいる。

 

「ここ、座ってもいい?」

 

「勝手にしろ」

 

「うん」

 

 白峰は隣ではなく、少し斜め前に座った。

 

 真正面でも、真横でもない。

 

 妙な位置だった。

 

「何だよ」

 

「真正面だと、話しにくいかと思って」

 

「気を遣ったつもりか」

 

「たぶん」

 

「たぶんって何だよ」

 

 白峰は困ったように笑った。

 

 その笑い方にも腹が立つ。

 

 でも、以前ほどではなかった。

 

「葛城くんと話してたね」

 

「聞いてたのか」

 

「全部じゃないよ」

 

「どこからだ」

 

「隣、って言葉の少し前くらい」

 

「十分聞いてるじゃねえか」

 

「ごめん」

 

「だから、すぐ謝るな」

 

「うん」

 

「頷くな」

 

 白峰は素直に黙った。

 

 それがまた調子を狂わせる。

 

 俺は膝の上で拳を握った。

 

「お前、前に言ったよな」

 

「うん」

 

「俺の声が、葛城さんを支える声じゃなくて、周りを押し返す声だったって」

 

「うん」

 

「……まだ、そう聞こえるか」

 

 聞いてから、後悔した。

 

 何でこいつに聞いているんだ。

 

 葛城さんに聞くのと同じじゃないか。

 

 誰かに答えをもらおうとしている。

 

 だが、白峰はすぐには答えなかった。

 

「答えた方がいい?」

 

「は?」

 

「戸塚くんが、本当に聞きたいなら言う」

 

「……言えよ」

 

「うん」

 

 白峰は少しだけ視線を落とした。

 

「押し返す感じは、少し減ったと思う」

 

「本当か」

 

「うん。でも、怖いのを隠そうとして、息が浅くなる時がある」

 

 胸が詰まった。

 

「怖いに決まってるだろ」

 

「うん」

 

「俺が見つかったら、Aクラスが失点する。葛城さんが責められる。坂柳が調子に乗る。俺が……俺が、全部台無しにするかもしれない」

 

 言葉が止まらなかった。

 

 自分でも驚いた。

 

 白峰は何も言わない。

 

 だから、余計に言ってしまった。

 

「俺は葛城さんを支えるつもりだった。でも、俺がリーダーになったせいで、逆に足を引っ張るかもしれない。葛城さんの近くにいたせいで、目立ったのかもしれない。龍園が持ってる答えに、もう俺の名前が入ってるかもしれない」

 

 口にした瞬間、喉が固まった。

 

 言ってしまえば、本当にそうなる気がした。

 

 白峰は少しだけ目を伏せる。

 

「候補と答えは、違うんだよね」

 

「……ああ」

 

「でも、候補を買った側が安心できないなら、売った側はもっと嫌なものを持ってるのかもしれない」

 

「分かってる」

 

「うん」

 

「だから怖いんだよ」

 

 白峰は責めなかった。

 

 慰めもしなかった。

 

 ただ、少しだけ間を置いた。

 

「戸塚くん」

 

「何だよ」

 

「それ、全部一人で持つには大きいよ」

 

「持たなきゃいけないだろ」

 

「うん。持つ必要はあると思う」

 

 慰めではなかった。

 

 それが、少し意外だった。

 

「でも、潰れるために持つわけじゃないと思う」

 

「……どういう意味だよ」

 

「責任って、沈むための重りじゃなくて、立つ場所を決めるための重さなんじゃないかな」

 

 俺は白峰を見る。

 

 何を言っているのか、全部は分からない。

 

 けれど、不思議と耳に残った。

 

「お前の言い方、やっぱり分かりにくい」

 

「ごめん」

 

「謝るな」

 

「うん」

 

「頷くなって言ってるだろ」

 

「難しいね」

 

「何がだよ」

 

「戸塚くんと話すの」

 

「こっちの台詞だ」

 

 思わずそう返していた。

 

 白峰は少しだけ笑った。

 

 俺は息を吐いた。

 

 笑う気にはならない。

 

 でも、喉の詰まりは少しだけ薄くなっていた。

 

「俺は、葛城さんの隣に立てると思うか」

 

 また聞いてしまった。

 

 だが、今度は少し違った。

 

 答えを求めるというより、自分の中で言葉にしたかった。

 

 白峰は首を傾げる。

 

「立てるかどうかは、僕には分からない」

 

「だろうな」

 

「でも、後ろにいるだけなら、そんなこと聞かないと思う」

 

 俺は黙った。

 

 白峰は続けない。

 

 その言葉だけを置いて、黙る。

 

 こいつのそういうところが、本当に腹立たしい。

 

 足りない。

 

 でも、足りないから、自分で考えなければならなくなる。

 

「俺は……」

 

 口を開く。

 

 何を言うかは決まっていなかった。

 

 だが、言わなければならない気がした。

 

「俺は、葛城さんが間違えるとは思ってなかった」

 

「うん」

 

「いや、違うな。思いたくなかった」

 

 自分で言って、胸が痛んだ。

 

「葛城さんは正しい。葛城さんについていけばAクラスは守られる。そう思ってた。だから、葛城さんに逆らう奴が許せなかった」

 

「うん」

 

「でも、それは……葛城さんを信じてたんじゃなくて、葛城さんに預けてただけだったのかもしれない」

 

 白峰は何も言わなかった。

 

 その沈黙が、肯定にも否定にも聞こえなかった。

 

 だから、続けられた。

 

「俺が考えなくていい理由にしてた」

 

 声が掠れた。

 

 悔しい。

 

 情けない。

 

 自分で自分を殴りたいくらいだった。

 

 俺はAクラスの人間だ。

 

 下位クラスとは違う。

 

 そう思ってきた。

 

 なのに、自分は何をしていた。

 

 葛城さんの名前を借りて、声を大きくしていただけじゃないのか。

 

「戸塚くん」

 

「何だよ」

 

「怒鳴らなかったね」

 

「……今、それ言うか?」

 

「うん」

 

「最悪だな、お前」

 

「ごめん」

 

「でも」

 

 俺は拳を緩めた。

 

「怒鳴ったら、また誤魔化すことになる気がした」

 

 白峰は小さく頷いた。

 

「それなら、たぶん大丈夫」

 

「何がだよ」

 

「戻ってないから」

 

「分かりにくい」

 

「ごめん」

 

「謝るな」

 

 俺は呆れて、少しだけ笑いそうになった。

 

 笑わなかった。

 

 でも、息は軽くなった。

 

 その時、町田が近づいてきた。

 

「戸塚、白峰」

 

「何だよ」

 

「葛城さんが呼んでいる。今後の見張りの配置を確認するそうだ」

 

「分かった」

 

 俺は立ち上がる。

 

 町田は俺を見て、少しだけ目を細めた。

 

「体調は問題ないか」

 

「何だよ急に」

 

「顔色が悪かった」

 

「……問題ない」

 

「そうか」

 

 町田はそれだけ言って、手帳を閉じた。

 

 白峰が立ち上がる。

 

 俺は洞窟の方へ歩き出しかけて、足を止めた。

 

「町田」

 

「何だ」

 

「お前、記録してるんだよな」

 

「必要なことはな」

 

「水場のことも、橋本のことも」

 

「ああ」

 

「なら、俺のことも記録しとけ」

 

 町田が初めて、少しだけ驚いた顔をした。

 

「何をだ」

 

「俺がリーダーとして、何をしたか」

 

「……分かった」

 

「変な顔するな」

 

「いや」

 

 町田は手帳を開いた。

 

「必要だと思っただけだ」

 

 俺は鼻を鳴らした。

 

「そうかよ」

 

 白峰は何も言わなかった。

 

 でも、後ろで小さく息を吐いたのが聞こえた。

 

 俺たちは洞窟へ戻った。

 

 葛城さんは地図代わりの紙を広げ、数人の生徒に指示を出していた。

 

 橋本は少し離れた場所にいる。

 

 いつものように笑っている。

 

 だが、その笑い方はどこか丁寧だった。

 

 白峰が前に言っていた意味が、少しだけ分かった気がした。

 

 あいつは、逃げ道を残している。

 

 どこにでも行けるようにしている。

 

 それは悪いことなのか。

 

 分からない。

 

 ただ、俺とは違う。

 

 俺は、今までどこにも行けなかった。

 

 葛城さんの後ろにいることで、自分の場所があると思っていた。

 

 でも、違う。

 

 場所は借りるものじゃない。

 

 立つものだ。

 

「戸塚」

 

 葛城さんが俺を呼んだ。

 

「はい」

 

「見張りの配置を確認する。お前の意見も聞く」

 

 以前なら、俺はすぐに「葛城さんの判断に従います」と言っていた。

 

 それが正しいと思っていた。

 

 だが、今は違う。

 

 俺は紙を見た。

 

 水場。

 

 洞窟。

 

 物資管理。

 

 見張り。

 

 橋本の位置。

 

 町田の記録。

 

 白峰の移動範囲。

 

 候補情報を受け取った後の、各クラスへの警戒。

 

 すべてが複雑に絡んでいる。

 

 俺に全部が読めるわけじゃない。

 

 でも、何も考えないわけにはいかない。

 

「水場の見張りは、増やしすぎない方がいいと思います」

 

 俺は言った。

 

 葛城さんがこちらを見る。

 

「理由は」

 

「Cクラスの足跡は、水場を奪うためというより、こっちに意識させるためのものだった可能性があります。増やしすぎれば、向こうの思い通りになる」

 

「続けろ」

 

「ただ、減らすのも危険です。見張りは現状維持。ただし、交代時に誰がどこを見たか、町田に記録してもらうべきです」

 

 町田が手帳に目を落とす。

 

「記録は可能だ」

 

「橋本は物資側に置いたままでいいと思います。でも、完全に外すんじゃなくて、報告役として使う。あいつは軽いけど、見えるところにいれば使えます」

 

 橋本が眉を上げた。

 

「ひどくない?」

 

「事実だろ」

 

「戸塚に言われると腹立つな」

 

「俺も言ってて腹立つ」

 

 数人が小さく笑った。

 

 葛城さんは笑わなかった。

 

 だが、止めもしなかった。

 

「それと」

 

 俺は息を吸った。

 

「龍園から受け取った候補情報は、使うべきです。でも、信じ切るべきじゃありません」

 

 葛城さんの目がわずかに鋭くなる。

 

「理由は」

 

「龍園が売ったのは候補です。答えじゃない。あいつが最後に使う情報と、こっちに渡した情報が同じだとは思えません」

 

 口にしながら、背中に冷たいものが走った。

 

 俺自身の名前も、龍園の答えの中にあるかもしれない。

 

 それでも、言わなければならなかった。

 

「だから、候補情報で他クラスを見るのはいい。でも、その情報を根拠に安心するのは危険です。特に、Aクラス自身のリーダー情報が守られていると思うのは……甘いと思います」

 

 周囲が静かになった。

 

 自分で言っていて、怖かった。

 

 俺は自分の首を絞めるようなことを言っている。

 

 だが、今のAクラスに必要なら、言うしかない。

 

 葛城さんはしばらく黙っていた。

 

 そして、低く言った。

 

「採用する」

 

 心臓が一つ、大きく鳴った。

 

「水場は現状維持。交代記録を町田が取る。橋本は物資側に置き、報告役として使う。候補情報は参考にするが、判断の根拠にはしすぎるな。白峰は違和感があれば、町田か俺に伝えろ」

 

「分かりました」

 

 町田が答える。

 

「了解」

 

 橋本が軽く手を上げる。

 

「うん」

 

 白峰が頷く。

 

 俺は、少し遅れて返事をした。

 

「はい」

 

 葛城さんが俺を見る。

 

「戸塚」

 

「はい」

 

「今の判断は、お前のものだ」

 

 胸が詰まった。

 

 嬉しいわけではない。

 

 怖さが消えたわけでもない。

 

 だが、逃げる場所が一つ減った気がした。

 

 それは不安だった。

 

 でも、不思議と嫌ではなかった。

 

「責任を持て」

 

「はい」

 

 今度の返事は、さっきよりも少しだけ真っ直ぐ出た。

 

 夜が深くなる。

 

 Cクラスの浜辺は静まり返っている。

 

 島のどこかに龍園がいるかもしれない。

 

 伊吹や金田が、どこかで動いているかもしれない。

 

 橋本が何を考えているかも分からない。

 

 坂柳派がこの結果をどう使うかも分からない。

 

 分からないことばかりだ。

 

 でも、全部を葛城さんに預けることは、もうできない。

 

 俺はリーダーだ。

 

 隠れなければならない。

 

 だが、隠れているだけではいけない。

 

 葛城さんの後ろではなく。

 

 隣に立てるかは、まだ分からない。

 

 でも、少なくとも。

 

 後ろから声を大きくするだけの自分には、戻りたくなかった。

 

 洞窟の奥で、誰かが小さく咳をした。

 

 外では、風が木々を揺らしている。

 

 その音の中で、白峰がふと呟いた。

 

「戻らなかったね」

 

 俺は振り返る。

 

「何がだよ」

 

「さっきの戸塚くん」

 

「……分かりにくいんだよ」

 

「うん」

 

「でも、まあ」

 

 俺は前を向いた。

 

「戻る気はねえよ」

 

 白峰はそれ以上、何も言わなかった。

 

 それでよかった。

 

 言葉はもう、十分だった。

 

 俺は洞窟の入口に立ち、暗くなった浜辺の方を見た。

 

 Cクラスは消えた。

 

 龍園の狙いは、まだ見えない。

 

 そして、見えないものの中に、俺の名前があるかもしれない。

 

 最終日、何が起こるかは分からない。

 

 けれど、俺はもう、葛城さんの後ろに隠れるだけではいられなかった。

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