――龍園翔視点
気に食わねぇ奴ってのはいる。
見てるだけでムカつく奴。
喋ってるだけで腹が立つ奴。
理由なんざ、後からいくらでも付けられる。
だが、白峰奏って男に関しては少し違った。
あいつは別に、俺へ突っかかってくるわけじゃねぇ。
喧嘩を売ってくるわけでも、見下してくるわけでもねぇ。
むしろ表面上は穏やかで、人当たりも悪くない方だろう。
なのに、妙に癇に障る。
理由は簡単だ。
反応が薄い。
人間ってのは、脅せば怯える。
煽れば怒る。
追い詰めれば、顔色が変わる。
少なくとも、何かしら揺れる。
だが、あいつは違う。
こっちが何を投げても、まともに跳ね返ってこねぇ。
殴った手応えのないサンドバッグみてぇで、余計に苛つく。
そのくせ、たまにこっちの腹の底を聞き分けたみてぇな顔をしやがる。
それが気味悪かった。
「逃げずに来たか」
放課後、校舎裏。
人気のない場所へ呼び出した白峰は、いつもの調子で首を傾げた。
「呼ばれたからね」
「素直じゃねぇか」
「来ない方がよかった?」
「勘違いすんな。逃げたら逃げたで、そっちの方が面白かっただけだ」
白峰は少しだけ考えるようにしてから、
「それは少し困るな」
と、あまり困っていない声で言った。
俺は舌打ちしながら、壁にもたれる。
「単刀直入に聞く。お前、Aクラスで何考えてる?」
「何って?」
「葛城の犬でもねぇ。かといって、Aクラスの連中と群れてるわけでもねぇ。くせに、他クラスの奴らともそこそこ話す。立場が見えねぇんだよ」
白峰は「ああ」と小さく頷いた。
まるで、今初めて理解しました、みてぇな顔をする。
芝居臭ぇ。
「立場、か」
「とぼけんな。お前みてぇなのが一番信用ならねぇ」
「龍園くんに信用を語られるとは思わなかったな」
「……あ?」
白峰が、初めて先に棘を出した。
声は穏やかなまま。
だから余計に鼻につく。
俺は壁から背を離し、一歩踏み出した。
「喧嘩売ってんのか」
「別に」
「ならその澄ました面やめろよ。反吐が出る」
白峰は逃げない。
身構えもしない。
ただ、そこに立っている。
この状況で、普通そこまで無防備でいられるか?
ビビってねぇのか。
舐めてんのか。
どっちにしろムカつく。
「お前、自分が安全圏にいると思ってるだろ」
「安全圏?」
「傍観者気取りで好き勝手眺めてる。だがな、この学校はそういう中途半端な奴から先に踏み潰される」
脅しとしては十分な言葉だ。
少なくとも、並の生徒なら顔色の一つも変える。
だが白峰は、数秒黙った後、ふっと息を吐くように笑った。
「龍園くんって」
「……何だ」
「音が大きいね」
「は?」
「隠してない。怒りも、苛立ちも、相手を壊そうとする感じも」
意味の分からねぇことを、淡々と言いやがる。
「何言ってやがる」
「でも」
白峰は続けた。
「ただ大きいだけじゃない気がする」
「……」
「鳴らす場所を選んでる。誰に聞かせるかも、多分、見てる」
空気が一瞬だけ止まった。
無意識に舌打ちする。
「知ったような口きいてんじゃねぇよ」
「知ってるわけじゃないよ」
「じゃあ黙ってろ」
「ただ、そう聞こえただけ」
その言い方が、気に食わなかった。
断定しているわけじゃない。
勝ち誇っているわけでもない。
挑発としても弱い。
なのに、耳障りだ。
こいつの言葉は、こっちが無視したい場所に妙に引っかかる。
俺はさらに距離を詰めた。
「おい、白峰ぇ」
今度こそ胸ぐらを掴む。
白峰の体が少し揺れた。
それでも表情は崩れねぇ。
至近距離で見ても、怯えがない。
怒りもない。
媚びもない。
この状況で、普通そんな目ができるかよ。
「てめぇ、自分が何言ってるか分かってんだろうな」
低く吐き捨てる。
白峰は俺を見返したまま、静かに言った。
「龍園くんの音って、勝ちたいっていうより……確かめたい、に近い気がする」
「あ?」
「相手がどこで折れるのか」
手に力が入る。
「どこまで鳴らせば、ちゃんと壊れるのか」
「……てめぇ」
胸の奥がざわつく。
意味が分からねぇ。
こいつは何を聞いてそう言ってる?
何を知ったような口きいてやがる?
ムカつく。
殴りてぇ。
今すぐその余裕ぶった顔を歪ませてやりてぇ。
なのに。
――どこを殴ればいい?
そんな感覚が先に来た。
こいつは、怒らせれば怒るタイプじゃねぇ。
脅せば怯えるタイプでもねぇ。
殴ったところで、何かを勝ち取った気にはならない。
むしろ、こっちの苛立ちだけが浮き彫りになる。
それがまた、死ぬほど気に食わねぇ。
「……チッ」
俺は舌打ちして手を離した。
白峰は乱れた制服を軽く整える。
怒るでもなく。
睨むでもなく。
ただ、いつもの顔だ。
それがまた腹立たしい。
「今日は見逃してやる」
「優しいね」
「殺すぞ」
「それは困る」
全然困ってねぇ声だった。
俺は踵を返す。
背中越しに、白峰の気配はほとんど動かない。
それも気に食わねぇ。
廊下へ戻る途中、苛立ちを抑えきれず壁を蹴った。
クソが。
何なんだあいつは。
びびらねぇ。
怒らねぇ。
媚びねぇ。
そのくせ、こっちが鳴らしたくねぇ音だけ、勝手に拾っていきやがる。
一番タチが悪い。
殴れば済む相手の方が、よほど楽だ。
白峰奏。
ああいう手合いは嫌いだ。
本能的に分かる。
――あいつは、気味が悪い。