壊れる前の音を、君は知らない   作:シュユ

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第6話 輪郭のない助言

――堀北鈴音視点

 

 理解できない人間はいる。

 

 価値観が違うとか、考え方が合わないとか、そういう次元の話ではない。

 

 単純に、行動原理が掴めない。

 

 そういう相手は、対処が面倒だ。

 

 白峰奏という男子は、まさにその典型だった。

 

「――つまり、Cクラス側は次の試験で、人数差や配置を利用してくる可能性が高いわけね」

 

 放課後の教室。

 

 特別試験に向けて、私は数人のクラスメイトと情報を整理していた。

 

 机の上には、現時点で分かっている各クラスの動向を書き出したメモが広げられている。

 まだ断片的な情報ばかりだが、何もないよりはましだ。

 

 私はふと、隣に立つ綾小路君へ視線を向けた。

 

「その場合、事前に相手の行動パターンを予測する必要があるわ」

 

「そうだな」

 

 綾小路君は、いつものように気のない返事をする。

 

 聞いていないわけではない。

 むしろ、こういう時の彼は意外と要点を外さない。

 

 ただ、それを表に出さないだけだ。

 

「でも現状、龍園君の動きが読めない以上――」

 

 そこで、私は言葉を切った。

 

 教室の入口。

 

 開け放たれた扉の向こうに、見覚えのある男子生徒が立っていたからだ。

 

 Aクラスの白峰君。

 

 淡い色の髪。

 静かな立ち姿。

 こちらの教室にいることが不自然なはずなのに、本人だけはまるで違和感を覚えていないようだった。

 

 なぜ他クラスの教室前に、この人がいるのか。

 

 しかも、妙に自然体で。

 

「何か用?」

 

 私がそう聞くと、白峰君は少し笑った。

 

「通りがかっただけ」

 

「用がないなら、そこに立たないでくれる? 邪魔よ」

 

「手厳しいな」

 

 そう言いながらも、動じた様子はない。

 

 綾小路君が隣で、小さく白峰君を見る。

 

 二人にどの程度の面識があるのかは知らない。

 少なくとも、白峰君の方は綾小路君の存在を特別気にしているようには見えなかった。

 

 私はため息をつく。

 

「……で、本当にただ通りがかっただけ?」

 

「半分は」

 

「残り半分は?」

 

 白峰君は教室内を一瞥し、机の上に広げられたメモへ視線を落とした。

 

 ほんの一瞬。

 

 見た、というより、そこにある言葉の並びから何かを拾ったような間だった。

 

「龍園君の行動を読みたいなら、正面から読むのはやめた方がいい」

 

 一瞬、空気が止まる。

 

 私は眉をひそめた。

 

「……どういう意味?」

 

「彼は、読まれる前提で音を鳴らすタイプだから」

 

「音?」

 

「反応を見ている。自分が何をすれば、相手がどう動くか」

 

 白峰君はそれだけ言うと、まるで世間話でも終えたかのように軽く肩をすくめた。

 

「じゃあね」

 

「待ちなさい」

 

 思わず呼び止める。

 

 白峰君は足を止めて振り返った。

 

「何?」

 

「今の話、詳しく聞かせて」

 

「詳しくも何も、そのままだよ」

 

「説明になっていないわ」

 

 当然だ。

 

 断片だけ投げて理解しろという方が無理がある。

 

 だが白峰君は、困ったように笑うだけだった。

 

「堀北さんなら分かると思ったんだけど」

 

「買い被らないで」

 

「買い被ってはないよ」

 

 その曖昧な物言いが癇に障る。

 

 私は机から一歩前へ出た。

 

「中途半端な助言をするくらいなら、最初から口を出さないで」

 

「中途半端かな」

 

「ええ、中途半端よ。あなたはいつもそう」

 

 白峰君が、少し目を瞬かせる。

 

 私は構わず続けた。

 

「必要な時に少しだけ情報を落とす。けれど最後まで責任は持たない。協力するのかしないのかも曖昧」

 

 口にしていて、自分でも少し驚いた。

 

 思っていた以上に、苛立っていたらしい。

 

 白峰君は怒るでもなく、ただ静かにこちらを見ている。

 

 その落ち着きが、さらに腹立たしかった。

 

「能力があるなら、最初から明確に動けばいいでしょう」

 

「堀北さんはそうする?」

 

「当然よ」

 

「どうして?」

 

「どうしてって……クラスの勝利のために決まっているでしょう」

 

 白峰君は数秒黙った。

 

 その沈黙が、私の答えを否定しているようで気に入らない。

 

 けれど実際には、彼は否定も肯定もしなかった。

 

 ただ、ほんの少しだけ首を傾げる。

 

「真面目だね」

 

「褒め言葉として受け取っておくわ」

 

「うん。褒めてる」

 

 その言い方が、まるで子供をあやしているみたいで、私は思わず眉間に皺を寄せた。

 

「話を逸らさないで。あなたはどうなの」

 

「僕?」

 

「ええ。あなたは勝ちたいと思わないの?」

 

 白峰君は、廊下の窓から差し込む夕日を一度見た。

 

 その横顔は穏やかだった。

 

 けれどその穏やかさは、熱がないというより、どこか音が遠い。

 

「勝てるなら、勝った方がいいね」

 

「なら――」

 

「でも」

 

 そこで、私の言葉を遮る。

 

 白峰君はいつもの柔らかい顔のまま、淡々と言った。

 

「勝ちたい人が多いから、僕は別にいいかな」

 

 意味が分からない。

 

 本気で言っているのか、この人は。

 

「何それ」

 

「そのままだよ」

 

「理解できないわ」

 

「知ってる」

 

 さらりと返され、私は言葉を失った。

 

 理解されないことを前提にしている。

 

 いや、そもそも理解してもらおうとしていない。

 

 この人の厄介さはそこだ。

 

 協力しないわけではない。

 役に立たないわけでもない。

 

 むしろ助言は鋭い。

 

 だから無視できない。

 

 なのに、決してこちらの枠組みに入ってこない。

 

 使える駒ですらない。

 盤面の外から、小石だけを投げてくる観客みたいなものだ。

 

「……本当に面倒な人ね」

 

 思わず本音が漏れた。

 

 白峰君は少し笑う。

 

「よく言われる」

 

 まるで褒められたみたいな顔をしているのが、また腹立たしい。

 

「もういいわ。行って」

 

「はいはい」

 

「その返事、やめなさい」

 

「分かった」

 

 あまり分かっていなさそうな声だった。

 

 白峰君は軽く手を振り、教室の前から去っていく。

 

 その背中を見送りながら、私は深く息を吐いた。

 

 綾小路君が隣で、ぼそりと言う。

 

「珍しく熱くなってたな」

 

「誰のせいだと思っているの」

 

「白峰のせいだろうな」

 

 即答され、私は否定できなかった。

 

 そう、あの人のせいだ。

 

 能力はある。

 観察眼もある。

 情報も持っている。

 

 なのに、当事者になろうとしない。

 

 一番質が悪い。

 

 無能なら切り捨てれば済む。

 敵なら警戒すればいい。

 

 だが、有能なくせに傍観者を決め込む人間は扱いに困る。

 

 白峰奏。

 

 ああいう人種が、私は一番苦手かもしれない。

 

 そう思いながら、私は机の上のメモに視線を戻した。

 

 龍園君は、読まれる前提で動く。

 

 白峰君の言葉は中途半端だった。

 けれど、無視できるほど軽くもない。

 

 私はペンを取り、メモの端に短く書き加える。

 

 ――正面から読まない。

 

 たったそれだけの言葉。

 

 それでも、考える価値はある。

 

 腹立たしいことに、あの人の助言はいつもそうだった。

 

 邪魔で、曖昧で、輪郭がない。

 

 なのに、完全には捨てられない。

 

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