壊れる前の音を、君は知らない   作:シュユ

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第7話 目的の見えない男

――綾小路清隆視点

 

 人を観察するのは嫌いじゃない。

 

 正確には、観察せざるを得ないと言った方がいいかもしれない。

 

 この学校では、人間関係一つがそのまま勝敗に直結する。

 誰が誰と繋がり、何を考え、どこで動くのか。

 

 把握しておいて損はない。

 

 だからオレは、普段から意識的に周囲を見るようにしている。

 

 その中で、早い段階から妙に目につく人間がいた。

 

 Aクラスの白峰奏。

 

 最初に印象へ残ったのは、中庭でピアノを弾いている姿だったと思う。

 

 学校の備品を日常的に使う酔狂さもそうだが、問題はそこじゃない。

 

 あいつは目立っているくせに、印象が定まらない。

 

 一之瀬や櫛田が話しかけている場面に遭遇したことがある。

 龍園が、あいつを相手に明らかに苛立っていたことも知っている。

 

 他人との接点は少なくない。

 

 だが、どのコミュニティにも属していない。

 

 誰かの味方という印象もなく、明確に敵対している様子もない。

 

 情報だけ見れば、ただの八方美人だ。

 

 だが、そう断じるには違和感があった。

 

 八方美人は、好かれようとする。

 嫌われないように振る舞い、相手の望む反応を選ぶ。

 

 白峰には、それがない。

 

 好かれようとも、嫌われまいともしていない。

 結果として人当たりがいいだけだ。

 

 そこが妙だった。

 

「また見てるね」

 

 不意に声が飛んできて、顔を上げる。

 

 中庭。

 

 夕方。

 

 件の白峰奏が、ピアノの前からこちらを見ていた。

 

 どうやら、視線に気づかれていたらしい。

 

「たまたまだ」

 

「綾小路くんのたまたまは、頻度が高い」

 

 否定しづらい指摘だ。

 

 オレはベンチから立ち上がり、ピアノの方へ歩み寄る。

 

「お前の方こそ、よくここにいるな」

 

「落ち着くから」

 

「クラスの会議とかには参加しなくていいのか」

 

「参加してるよ。一応」

 

 “一応”で済ませる辺り、あまり熱意はないのだろう。

 

 オレはピアノの縁に軽く手を置いた。

 

「聞きたいことがある」

 

「どうぞ」

 

「お前は何をしたい」

 

 単刀直入に投げる。

 

 普通なら少しは言葉を選ぶ質問だが、白峰相手には遠回しにしても意味がない気がした。

 

 白峰は鍵盤へ軽く指を置いたまま、少し考える素振りを見せる。

 

「難しいこと聞くね」

 

「簡単な質問のつもりだ」

 

「そう?」

 

 単音が一つ鳴る。

 

 軽い音だった。

 強くも弱くもない。

 ただ、こちらの問いをそのまま空気に置いたような音。

 

 白峰は少し笑った。

 

「特に何も」

 

 予想外ではない。

 

 だが、予想以上に曖昧だった。

 

「Aクラスにいて、何もないわけがないだろ」

 

「そうかな」

 

「クラス内でも特定の誰かに付いているようには見えない。だが、必要な時には口を出す。他クラスとも接点がある。完全な無関心にも見えない」

 

「観察されてるなあ」

 

 白峰は否定しない。

 

「それで、何が目的だ」

 

 白峰は数秒黙り込む。

 

 夕方の風が、譜面台に置かれた紙をわずかに揺らした。

 紙の擦れる音がして、それから静けさが戻る。

 

 やがて、白峰は静かに言った。

 

「目的がないと変?」

 

 オレは少し眉をひそめる。

 

「普通は何かある」

 

「勝ちたいとか、負けたくないとか?」

 

「少なくとも、この学校ではな」

 

 白峰は「そっか」と小さく頷いた。

 

 その反応が妙に軽い。

 

 まるで他人事だ。

 

「僕はたぶん、そこまで切実じゃない」

 

「Aクラスなのにか」

 

「Aクラスだから、かな」

 

 意味深な言い方だ。

 

 だが、わざと説明を省いているわけではないらしい。

 本人の中では、本当にそれで完結しているのだろう。

 

 オレはそこで、一つの可能性に至る。

 

 こいつは何かを隠しているわけじゃない。

 

 隠しているように見えるのは、こちらが勝手に“裏があるはずだ”と思い込んでいるだけなのかもしれない。

 

 実際には違う。

 

 白峰奏は、ただ他人と欲の波長が噛み合っていない。

 

 だから読みにくい。

 

 競争心で動く相手なら誘導しやすい。

 承認欲求で動く相手も扱いやすい。

 恐怖で動く相手なら、なおさらだ。

 

 だが、こいつはそのどれとも少し違う。

 

 勝敗に強く執着しているようには見えない。

 人間関係にも、必要以上の執着は薄い。

 

 それでいて、無関心ではない。

 

 無視するには、少し引っかかる。

 

「綾小路くんは?」

 

 白峰が不意にこちらを見る。

 

「何だ」

 

「君は、何をしたいの」

 

 心臓が一拍だけ遅れる。

 

 表情には出していない。

 

 はずだ。

 

「質問を返すな」

 

「だめ?」

 

「だめだ」

 

 白峰はくすっと笑った。

 

 追及してくる気配はない。

 こちらの答えを無理に引き出そうとする様子もない。

 

 それでも一瞬、内側へ踏み込まれた感覚が残る。

 

 この男は、無自覚に人の懐へ触れる。

 

 そこに悪意がない分、余計にやりづらい。

 

「一つだけ言っておく」

 

 オレは白峰から目を逸らさず言った。

 

「傍観者でいられると思いすぎない方がいい。この学校はそのうち、見てるだけじゃ済まなくなる」

 

 白峰は少しだけ目を細めた。

 

「そうかもね」

 

 否定しない。

 

 だが、危機感も薄い。

 

 まるで、その時が来たら来たで構わないと言わんばかりだ。

 

 オレは小さく息を吐く。

 

 白峰奏。

 

 能力はある。

 頭も切れる。

 観察眼も鋭い。

 

 ただ、現時点で警戒すべき相手かと聞かれれば、判断に迷う。

 

 こいつは行動原理が薄い。

 

 いや、正確には――他人が理解しやすい形の原理を持っていない。

 

 だから予測が立てづらい。

 だから誘導もしにくい。

 

 盤面に乗せれば面倒な相手になる可能性はある。

 だが、自分から盤面の中心へ進んでくる気配は薄い。

 

 なら、今は観察対象の一人でいい。

 

「何?」

 

 白峰がこちらを見る。

 

 どうやら、無意識に見つめていたらしい。

 

「いや」

 

 オレは踵を返す。

 

「お前みたいなのは、少し面倒だと思っただけだ」

 

 背中越しに、白峰の小さな笑い声が聞こえた。

 

「ひどいな」

 

 本当にひどいのはどっちだ。

 

 そう思いながら、中庭を後にする。

 

 目的の見えない人間ほど、対処しづらいものはない。

 

 白峰奏は、少なくとも今のオレにとって、そういう種類の人間だった。

 




高度育成高等学校学生データベース

氏名:白峰奏
クラス:1年Aクラス
学籍番号:S01T00XXXX
誕生日:2月24日

評価
学力:A
知性:A
判断力:B+
身体能力:C+
協調性:B-


面接官からのコメント
筆記試験において非常に高い成績を記録。特に国語、英語、数学における理解力と応用力は同年代の中でも上位に位置する。面接時の受け答えも落ち着いており、質問の意図を正確に把握した上で、過不足のない回答を行った。
一方で、本人の積極性や競争意識は大きく確認できない。対人能力は低くないが、他者との距離の取り方に独特の間があり、協調性については継続観察が必要。
音楽分野、特にピアノにおいて高い技能を有する。
総合的にはAクラス配属が妥当と判断する。ただし、本人の意志や目的意識が読み取りづらく、今後のクラス内での立ち位置については注意深く観察する必要がある。


担任メモ
能力値だけを見ればAクラスに置くべき生徒であることは間違いない。学力、理解力、観察力はいずれも高水準。身体能力は平均をやや下回る程度であり、運動面での貢献は限定的と予想される。
問題は、本人に強い上昇志向や支配欲が見られない点。競争環境に置かれた際、自分から前に出て結果を取りに行くタイプではない。
ただし、必要な場面で発する一言が、周囲の判断や感情に影響を与える可能性がある。
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