鷹宮夕欐は準勇者である   作:唯尊

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序章 準勇者・鷹宮夕欐

 

 西暦、2018年---------。

 

 人類の天敵である『バーテックス』の襲来から3年あまりが経過した今、人類は絶滅の危機に瀕していた。

 

 3年前、西暦2015年の夏---------。後に『7・30天災』と呼ばれた一連の出来事は、瞬く間に人類文明を壊滅させた。天の神が人間を粛清する為に遣わした存在---------『バーテックス』の脅威は、それまでの常識を覆すような不可解な力で、人類を滅亡寸前まで追い詰めた---------。

 

 生き残った者たちは日本の四国地方へ逃げ延び、土着の神々の集合体・『神樹』による結界の内側でかろうじて生存を保っていた。

 

 それから3年後、四国の国防と神樹の管理を任された超法規的組織『大社』によって育成され、神と精霊の力を修めた少女・『勇者』と、異なる性質の力を得た『準勇者』によるバーテックスとの戦いが始まった。

 

 初戦こそバーテックスを食い止め、連勝を重ねていたが、それも永くは続かなかった。

 

 勇者であろうと、準勇者であろうと、全てが完璧なままでいられる保障など、最初からどこにもないのだ-----------。

 

 

 

 

 

勇者・準勇者の初陣から数ヶ月後----------。

 

「チク……ショウッ…!」

 

 樹海----------神樹がバーテックス襲来時に四国を守るため発動する防御結果の中で、準勇者・鷹宮夕欐(たかみやゆうり)は吐き捨てるように呟くと、手にしていた大剣を力なく落とし、その場に倒れ込む。

 

「…ッ!夕欐!!」

 

勇者達を纏めるリーダー格の少女、乃木若葉が血相を変えて駆け寄ってくる。年齢は自分より5歳も離れているというのに、その芯の強さには度々驚かされた。まだ中学生だというのに、いい歳した大人(といってもまだ19だが)である自分よりも、責任感と使命感に燃えた彼女は本当に立派な勇者であり、強くて優しい女の子だと思う。

 

「しっかりしろ!いま助けてやるッ」

 

「ぐッ………ガハッ!」

 

若葉に抱え起こされた直後、身体の内側から妙なモノが込み上げてくる感覚を覚え、思いっきり吐き出す。

 

「…ゆ、夕欐…!」

 

若葉がそんな様子を目の当たりに絶句する。視線を向けると、たった今自分が吐き出したのは、ドス黒い色をした血の塊だった。

 

 呼吸が苦しい……。血を失いすぎたのか、段々と意識が朦朧としてくる。だがくたばる前に、確かめておかなければならない事があった。

 

「若葉……、友奈は…?」

 

全神経を総動員して口を動かし、言葉を紡ぐと、若葉は悔恨の表情で唇を噛み締める。

 

「生きてはいるが……とても危険な状態だ…」

 

若葉の視線を追うと、そこには全身から血を噴き出して昏倒している高嶋友奈の姿があった。

 

「友……奈…」

 

 数刻前、仲間の勇者である土居球子と伊予島杏を目の前で殺された事により、怒りに駆られた友奈と夕欐は、危険な切り札を解禁し、強大な完成体バーテックスの討伐に成功した。

 

 しかし、友奈は大社から使用を禁じられていた強力な精霊『酒呑童子』を宿した事により、全身がバラバラに分解しかけていた。

 

 また、自分も禁断の攻撃手段を用いた事により、その身は限界を迎えていた……。

 

 先程まで夕欐が手にしていた刃渡り2mの大剣が、徐々に崩壊を始めていた。極黒の厚い刀身から黒い金属片が剥がれ落ちていく。

 

 それと同時進行するかのように、夕驪の身体にも異変が起こる。

 

「ゆ、夕欐!?足がッ…!」

 

若葉の声に、自身の足に目を向けると、足の先端が無機質な石へと変わっていく。石化だ。やがてソレは、下半身から上半身へと症状が進んでいき、若葉達とよく似た趣きの鎧ごと侵食していく。

 

 若葉は信じられないといった様子でその光景を見つめていたが、夕欐はこの現象が準勇者にのみに齎される特有の"呪い"である事を自覚していた。

 

「ハ、ハハ……、せっかく球子と杏子の仇を取ったってのに……。クソッタレ、ここまでかよ…」

 

「夕欐…!」

 

自然と自嘲するような笑いが込み上げてくる。自分には分かるのだ。コレが最期なのだと…。既に足の感覚は消失しつつある、おそらくあと数分程度で、自分は大して面白みもない石のオブジェと化すだろう。

 

 準勇者の末路----------『人造邪神』の力を利用した代償として、己の肉体を酷使した者は、生命を失うか、生命以外の全てを奪われる"呪い"を刻まれる。その症状のパターンは様々だが、この様子だと自分は後者らしい。

 

「こんな……なんとかならないのか!」

 

若葉が必死に解決策を模索するが、夕欐は諦めた様子で緩く首を振る。

 

「無駄だ……もう手遅れだよ…」

 

 不思議と、心は穏やかだった。コレから体感するのは、もしかしたら死よりも恐ろしい永遠の生き地獄かもしれないが、ここまでの戦いで凄惨な結末を迎えた仲間は多い。彼らの惨い最期を何度も見ているせいか、仲間が受けた苦しみや悲しみを思えば、この程度の恐怖など、大したものではなかった。

 

 自分は決して、死ぬ訳ではない---------それでも、後悔はたくさんある。

 

「---------乃木さん!高嶋さん!」

 

「千景!」

 

別の場所で戦っていた準勇者数人と共に、大鎌を携えた勇者、郡千景がこちらに走ってくる。長い黒髪をサイドで結った千景は、地面に倒れ伏した夕驪と友奈を見て、凍りついた。

 

「な、なんで…!」

 

「千景、そっちはどうだッ?」

 

動揺を隠せない千景に若葉が問う。

 

「雑魚はあらかた片付けたけど……それより、どうして二人がッ!」

 

「友奈が『酒呑童子』を使ったんだッ、夕欐も邪神の力を限界まで使って……!」

 

「そんな……土居さんと伊予島さんは!?」

 

「………」

 

若葉は悔しそうに目を瞑り、首を横に振る。

 

「……う、嘘よ。だってこんな!!」

 

同胞の死に、激しく取り乱す千景だが、夕驪の石化が下半身全体を蝕み、上半身まで呑み込もうとしている様に気付くと、千景は更に錯乱しそうになる。

 

「ゆ、夕欐…ッ!?」

 

「ち、かげ……」

 

「い、嫌……イヤァァァァァァァァァッ!」

 

『大葉刈』の霊力が宿る大鎌を捨て、飛びつくように夕驪の元に駆け寄る千景。既に石化により動かなくなっている夕欐の右手を握りながら、必死に叫ぶ。

 

「いや!嫌よッ!こんな……こんな別れ方なんて!絶対に認められないッ!!」

 

「千景……俺は…」

 

「許さない!ここで死ぬなんて、絶対に許さない!!約束したじゃないッ、私達と一緒に帰るって……ずっと私の傍にいてくれるってッ…!」

 

「千景……すまない。本当に、すまない…」

 

「…ッ!バカ……バカバカ!嘘吐き!なんで……どうしてッ!!」

 

千景は髪を振り乱し、喉が裂けんばかりに叫ぶ。しかし、その間にも石化は進んでいき、止まる気配はない。石化により身体の機能が停止しつつあるのか、体温が奪われ、夕欐は猛烈な寒さを感じる。

 

「お願い……いなくならないで、私を置いていかないで……ッ!」

 

涙をすすりながら、嗚咽を堪えるように懇願する千景。夕欐は最期の力を振り絞り、誰よりも愛おしい少女へと語りかける。

 

「千景、大丈夫だ…。お前には仲間が……友奈と若葉がいる。お前は決して一人じゃない。それを絶対に忘れるな…!」

 

「夕驪…!」

 

「あの日、お前をあのクソみたいな家から助け出せて、本当に良かったと思ってる。お前を助ける事ができて……お前に会えて、本当に良かった…!」

 

「…ッ!う、うぅ…!!」

 千景は夕欐の胸に顔を埋めながら大粒の涙を流す。その姿は、人類を守る偉大な勇者ではなく、かけがえのない大切な人に取り残され、寂しさのあまり泣き続ける普通の少女だった。できるのなら、その小さな頭を撫で、そっと抱きしめてあげたい。だが、もはや自分の身体は言う事を聞かず、指一本動かせない。そろそろ限界が近づいていた。

 

 続いて、若葉と準勇者の一人である灰村に視線を移す。

 

「若葉、灰村。仲間を……皆んなを頼む!友奈も千景も……生き残った全員を守ってくれ。ヤツらに奪われたものを……全部取り戻してくれッ!」

 

「……ッ!あぁ、必ずだッ」

 

 若葉は血が滲みそうなほど拳を握りしめながら、固く誓う。閉じられた双眸からは、熱い雫が流れ落ちる。

 

 最後に、もう一度千景に向かって想いを伝える。

 

「千景……」

 

「…なに…?」

 

千景は顔を上げる。涙で濡らした彼女の顔を見ると、胸が張り裂けそうになってしまう。それでも、自分は郡千景へ、己の愛を刻まずにはいられなかった。

 

 だから、ちゃんと言葉にして伝えよう。

 

「俺は------------お前が大好きだ。愛してる。これからもずっと…!」

 

 千景は目を見開き、悲哀と喜びが混じった表情になる。

 

「私も、愛してる。この世の誰よりも……一番…!」

 千景のその言葉が、哀しみの混じった笑顔が、夕欐が最期に見たこの世の光景だった----------。

 

「う、うぁぁ……ああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 夕欐が完全な石の塊と化し、千景の悲痛な慟哭が樹海内に響き渡った。この日、準勇者・鷹宮夕欐は事実上の戦死扱いとなり、表舞台から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、再び目を覚ました時には、全てを失っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鷹宮夕欐は、約束を守れなかった。

 

 

 

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