鷹宮夕欐は準勇者である   作:唯尊

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第一話 神世紀300年、四国

 

 春、桜が舞う季節が人々に暖かさを運ぶ時期。

 

 四国の片隅に位置する小さな町で、赤色の髪の少女が猫を追いかけていた。

 

「待って〜!あなたの飼い主さんが捜してるんだよ〜!」

 

背格好からして中学生くらいだろうか。讃州中学の制服に身を包んだ勇者部所属の少女、結城友奈は本日の依頼である『迷子の猫探し』を請け負い、海辺から住宅街の中心まで様々な所を探し回り、ようやくここ、商店街のストリートで目的の黒猫を見つけたのだが……。

 

「ハァ、ハァ、お願いだから止まって〜!東郷さんから貰ったぼた餅あげるから〜!」

 

懐から親友のお手製であるぼた餅の入った袋を取り出し、振りかざすが、黒猫はまったくと言っていいほど興味を示さない。というか猫にぼた餅は厳禁である。

 

 いくら運動神経の良い友奈とて、猫の俊足には敵わない。さっきからずっと追いかけっこを繰り広げているが、一向に距離が縮まらない。このままでは先にこちらのスタミナが尽きてしまう。

 

 と、その時。逃走を続けていた黒猫の進路上に一人の男性が通りかかる。

 

 黒猫は驚いたのか、そのまま男性を踏み越えようと飛びかかる。

 

「あ、危ない!」

 

友奈が叫ぶが、男性は特に慌てる様子もなく、空中に躍り出る黒猫を両手でキャッチする。

 

「おっと、どうしたんだお前?」

 

まさかこうもあっさり捕まるとは思いもしなかったのか、黒髪はキョトンとしながら、文字通り借りてきた猫のように大人しくなる。

 

 やがて、息を切らした友奈が追いついてくる。

 

「す、すみません!大丈夫ですか?」

 

友奈は少し心配するように男性を見上げる。外見から20代前半の青年であり、やや長めの黒髪には紫のメッシュが入っている。背が高く、友奈の身長だと少し首を上に向ける必要があった。安物のジーンズとパーカーを着ている。

 

「この猫、お前のか?」

 

 相手が歳下の女の子だからか、やや物腰の柔らかい口調で話してくる。

 

「あ、いえ!私のじゃありませんけど、この子の飼い主さんが捜していたんです」

 

「ほ〜、じゃあ迷子なのか、お前」

 

青年は黒猫の方を見ると、黒猫はバツが悪そうに顔を伏せる。

 

「飼い主さんがお風呂に入れようとした時に、逃げ出しちゃったそうで…」

 

「あ〜、そういや猫とか犬って風呂が苦手なヤツが多かったか」

 

友奈の補足説明に納得すると、青年は友奈に視線を移す。

 

「…で?なんでお前は他人の猫をわざわざ捜していたんだ?そんな汗だくになってまで」

 

青年に指摘され、制服姿の友奈は自分が思った以上に汗に塗れている事に気付く。年頃の少女としては、少しはしたない格好かもしれない。

 

「アハハ…、実は私、勇者部の活動でその猫を捜していたんです」

 

「『勇者部』?」

 

聞き慣れぬ単語に、青年は思わず首を傾げる。

 

「あ、聞きたいですか!?」

 

 興味を持ったと思われたのか、赤髪の少女は目をキラキラと輝かせる。よっぽど誰かに聞いてもらいたかったのだろう。イキイキと語る友奈の解説によれば、『人々のためになることを勇んで実施する』を目的とした讃州中学の部活動であり、『幼稚園での交流会』や『猫の里親探し』などといったボランティア活動が中心らしく、友奈の先輩に当たる上級生の少女が設立者だという。

 

「へ〜……、なんか立派だな」

 

「そうでしょう!?『勇者』って言葉も風先輩が作ったんです!本当に素敵な先輩で------」

 

「あぁ、いや…、その先輩だけじゃなくて、お前も立派だって意味だ」

 

「…え?」

 

 友奈は目をパチクリと瞬かせる。

 

「他人の為に、頑張ってコイツを捜していたんだろ?それも街中を散々駆け回るくらいだ。相当な根性と、誰かを思い遣る強い気持ちがないと、普通はそこまでやれないんだよ。だからお前は立派だ」

 

穏やかな笑みを浮かべる青年に賞賛され、友奈は顔を赤くする。素直に嬉しいと感じたが、同時に照れくさくもあった。

 

「あ、ありがとうございます…」

 

 はにかむ友奈を前に、青年は彼女が純粋に良心と厚意で動く人間だと判断する。正直、最初はこの猫を預けるべきか迷ったが、この子ならば猫に危害を加えたり、無責任なマネはしないだろうと信用する。

 

 その時---------。

 

「誰かー!その人を捕まえてッ、ひったくりよー!」

 

突如、友奈の背後から悲鳴が聞こえる。見れば、初老の女性が商店街の路上で倒れている。女性の目線の先には、外見から明らかに似つかわしくない女物のバッグを抱えて全力疾走する男の姿が確認できた。おそらくアレがひったくり犯で間違いないだろう。

 

「は、早く取り返さないと…!」

 

普段から身近な人達に『勇敢』と称される友奈は、無謀にもひったくり犯を捕らえようと突っ込もうとする。そんな彼女の肩を掴み、引き留めたのは紫メッシュの青年だった。

 

「お前はコイツを頼むッ」

 

「え?ひゃッ…!」

 

引き戻された友奈が何か言う前に、青年から黒猫を投げ渡され慌てて受け止める。

 

 直後、青年が目にも留まらぬ速さで飛び込んでいき、男の進路上に立ちはだかる。

 

「ッ…!どけぇぇぇぇ!!」

ひったくり犯の男は構わず突進するが、青年は身体を半身に捻って強烈な体当たり(チャージ)を躱すと、同時に足払いをかけて男を転倒させる。

 

「ぐぁッ!?」

 

 慣性の法則が働き、男は顔面からダイブするかのように一回転する。ゴロゴロと転がっていく男を一瞥し、転倒した弾みで手放したバッグを拾い上げる。

 

「パス!」

 

「え!?おおっと…ッ!」

 

 かけ声と共に、奪い返したバッグを友奈の方に放ると、彼女は見事に反応し、片腕で黒猫を抱き抱えたまま、空いたもう片方の手でキャッチしてみせる。

 

「クソ…!舐めたマネしやがって…!

 

 やがて、無様に転がされた男は立ち上がると、憎々しげな眼差しで青年を睨みつける。

 

「…どうした?やる気があるならかかってこい」

 

「ッ!ぶっ殺してやる!!」

 

青年の小馬鹿にするような挑発に逆上した男は、ポケットから刃渡り7cmはあるナイフを抜く。周囲を取り囲む群衆から悲鳴が上がり、流石の友奈も事態の危険度を悟り、顔が青褪める。

 

「ダメッ!逃げてください!!」

 

友奈が必死に叫ぶが、青年はその場から動こうとしない。恐ろしいほどに冷静な彼の姿は、まるで月の光を反射する湖のように静寂で、落ち着き払っていた。

 

「死にやがれェッ!!」

 

男が渾身の力を込めてナイフを突き出すが、青年はいとも容易くナイフを躱す。

 

「え…!?」

 

友奈は驚きのあまり絶句した。その後も男はがむしゃらにナイフを振り回すが、全ての攻撃をヒラリヒラリと避けられ、当たる気配すらない。多少なりとも武術の心得がある友奈からしてみれば、その動きはあまりにも洗礼された、完璧なものだったのだ。おそらく友奈の師である親でも絶対に敵わないだろう。なにせ、余計な動きが全くない上、一つ一つの動作が速すぎて目で追えないのだから。

 

「ハァ、ハァ……クソッ…」

 

スタミナが尽きてきたのか、男の息が荒くなる。対照的に、青年は息一つ上がっておらず、汗もかいていない。むしろ退屈そうに見えた。

 

「なんだ、もう終わりか?だらしない野郎だな」

 

「…ッ!!この野郎ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」

 

 

 青年が飄々とした調子で言うと、男は堪忍袋の緒が切れたのか、獣の如き咆哮を上げながら飛びかかってくる。刺し貫かんばかりに放たれたナイフが青年の脇腹を狙うが、青年が身を捻った事により、ナイフはそのまま青年の背後へと抜けていく。瞬間、青年は足を跳ね上げ、振り上げた腕を下ろし、膝と肘の間でナイフを持った手首を挟むように粉砕する。

 

 骨にヒビが入る感触と共に、激痛に耐えかねてナイフを落とした男の腕と奥襟を掴むと、そのまま腰に乗せて跳ね上げ、柔道の内股を極める。

 

「ガハッ…!?」

 

 路上のアスファルトに背中から叩きつけられ、男の肺から空気が絞り出される。そのまま膝を入れ、全体重をかけて鳩尾を押し潰す。

 

「ぐげぇッ」

 

轢き殺された蛙みたいな悲鳴を上げ、男は完全に戦闘能力を失い、最後は袈裟固めで青年に抑え込まれた。

 

「誰でもいい!警察を呼んでくれッ」

 

「わ、私が!」

 

友奈が携帯を取り出そうとするが、猫とバッグで両手が塞がっている事に気付き、結局別の通行人に頼む事にした----------。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひったくり犯は無事に確保され、駆けつけた警察に逮捕。パトカーに押し込まれる姿を確認すると、青年は一息吐く。

 

「ったく、散々暴れやがって…」

 

やれやれと首を振る青年に対し、バッグを取り戻した女性が深く頭を下げてくる。

 

「本当にありがとうございました。お二人のおかげです」

 

「い、いえ!このお兄さんが殆どやってくれたので…」

 

友奈は胸の前で両手を振る。幸い女性に怪我は無く、一応病院に行って検査を受けるとの事で、パトカーに乗せられていくのを二人で見送る。

 

 すると、隣に立つ友奈が突然表情を輝かせ、こちらを見つめてくる。

 

「お兄さん凄いですね!あんな達人みたいな動き、見たことありません!」

 

「そ、そうか?」

 

 なんだか興奮した様子の友奈に、ポリポリと頬を掻く。

 

「何かの武道でも習っているんですか?」

 

「ん………まぁ、多少な。それより、お前の方は大丈夫か?」

 

「はい!……あの!今日は本当にありがとうございました!お兄さんのおかげで、この子も無事に飼い主さんの所へ帰せます!!」

 

 ペコリとお礼をする友奈。

 

「いや、別に大した事は……。それに、あのひったくり野郎をとっ捕まえるのに、お前も協力してくれたからな。こっちも助かったぜ。えーと……」

 

 そういえば、自己紹介がまだであった。

 

「友奈です!結城友奈。讃州中学2年生で、趣味は押し花。好きな食べ物はうどんです!」

 

 元気よく己のプロフィールを口にする友奈である。

 

「………友奈、か…」

 

「はい!友達の『友』に奈良県の『奈』と書いて友奈です!」

 

「……………」

 

ふと、青年は妙な沈黙を返す。

 

「え、えっと…?」

 

黙り込む青年に対し、友奈は少し戸惑いを見せる。

 

「…!あぁ、すまん。鷹宮夕欐だ。職業はフリーター。趣味は料理で、好きな食べ物はうどん。よろしくな、友奈」

 

「はい!こちらこそッ。また会いましょう!夕欐さん!」

 

友奈と握手を交わした夕欐は、その場で彼女と別れた。去り際、明るい笑顔で手を振る友奈を見送りながら、ふと懐かしい気分に浸る。

 

------------そっくりだったな。名前も、容姿も、心の在り方も……。

 

 

 かつて、互いに背中を預け合いながら、ともに強敵に立ち向かった勇者の一人を思い出す。

 

 彼女もまた、明るく元気な性格で、いつも場を盛り上げるムードメーカーだった。あまりにも似ているせいで、思わず当惑してしまった。

 

 だが、彼女はもういない。自分が知るあのお人好しは、気が遠くなるほど昔に、この世の人ではなくなってるのだから---------。

 

 

 

 

 

 

 

 深夜。年季の入ったカフェに、夕欐の姿はあった。

 

 木製のテーブル席に座っていると、向かいで現金の整理をする50代前半の男からコーヒーを差し出される。小柄だが目付きが鋭く、筋肉質な太い手足は大工職人か何かを連想させる。スキンヘッドの頭にはバンダナが巻かれていた。

 

「ほらよ」

 

「どうも」

 

受け取ったコーヒーを口にする。ブラックの筈だが、妙に塩っぽい。ここのマスターはコーヒーの淹れ方がイマイチなのだろう。

 

「よし、全部で50万。ぴったりだな」

 

納得した様子で頷くと、現金を封筒に入れ、鞄に仕舞い込む。彼の名は水鳥川佐熊(みどりかわさくま)。昔から色々と世話になっている友人であり、本職は宮大工である。大赦からの依頼で仕事をこなす場合も多かった。

 

 たった今、自分は佐熊から借りた金を全額返済した所だ。

 

「なぁ、いい加減腰を据えろよ」

 

突然、そんな事を言われる。

 

「なんだ藪から棒に」

 

 テキトーに返そうとするが、佐熊の表情は至って真剣だ。

 

「真面目な話だ。いつまでもフラフラしてないで、ちゃんとした職に就けよ」

 

「なんかコーヒーがしょっぱいぞ」

 

「誤魔化すなッ。いつまで続ける気だ、こんな借金生活」

 

「説教かよ…」

 

「そうじゃねぇ、お前の為に言ってやってるんだ」

 

傍たら見れば、老人が若造を叱りつける場面に見えるが、実年齢は夕欐の方が圧倒的に上である。……外見からだとまず分からないが。

 

「生憎と、就ける仕事がないんでね」

 

「せっかく教員免許持ってんだから、学校にでも勤めろよ」

 

「大学で運良く取れただけの資格だ。俺に教師なんか務まらねぇよ」

 

「なら大赦に……」

 

「論外だ」

 

佐熊の提案を一蹴する。スキンヘッドの宮大工は溜息を吐くと、静かに席を立つ。

 

「まぁ、お前が大赦を避けるのも無理はねぇよ。あんな事があれば、もう二度と関わりたくねぇだろうからな」

 

「……………」

 

佐熊はこの世で数少ない、夕欐の過去を知る人物の一人である。だからこそ、再び大赦に頼れとは言えなかった。

 

「だがな、俺だっていつまでもお前に付き合ってやる訳じゃない。悪いが金を貸すのはこれで最後だ。お前がこのまま破滅したきゃ好きにしろ。だがな、お前を大事に想ってくれていた人間が、それを望むと思うか?」

 

「……………」

 

「死んだ人間はどうにもならない。だがお前は生きている。ならもう一度やり直せ。今までとは違う人生を送って幸せを掴め。お前が守ろうとしていた連中も、同じ事を願ってるさ」

 

夕欐はしばし考える間を取る。確かにアイツらがこの場にいたら、今の自分の有り様を見て、本気で嘆くかもしれない。その内の一人からは、『何だその体たらくは!』と怒鳴られる気もする。

 

「………俺にどうしろと?」

 

 ようやく話を聞く気になった夕欐に、佐熊がニカっと笑みを浮かべる。

 

「よ〜し!やっとその気になったか。実はだな、今日はお前にピッタリの仕事を持ってきたんだ」

 

 早速、嫌な予感がしてきた……。夕欐は頭を抱える。

 

「おい勘弁してくれ佐熊。お前が持ってくる仕事なんて十中八九『大赦』絡みの案件に決まってんだろ」

 

 長年、仕事の関係で大赦との太い繋がりを持つ佐熊は、今まで耳を塞ぎたくなるような悍ましい案件をたんまりと寄越してきた。大赦という組織の性質上、決して表沙汰にはできない事案も数多くある。単に胸糞悪くなる話だけではなく、本当の意味で汚れ仕事を請け負うのだけはゴメンだった。

 

「贅沢言うんじゃねぇ!『大赦の関係者』、『口が固い』、『ある程度の真実を知っている』……まさにお前にとって、うってつけの仕事じゃねぇか。それに給料だって弾むぜ?それとも、この先ずっと、死ぬまで無職兼フリーターを続ける気か?」

 

「…………………」

 

大学を卒業して久しく、一般社会で役立つスキルなど大して持ち合わせていない今の自分にとって、今更就職した所で碌な結果は残せないだろう。

 

 もはや選択肢などなかった。

 

「あークソッ、わかったよ。やればいいんだろ?ただし、殺すとか戦うとかはナシだ!」

 

 夕欐の返答に、佐熊は満足そうに笑う。

 

「おっしゃ!これで決まりだな。早速だが、明日からキビキビと働いてもらうぜ。ニート準勇者ッ」

 

「誰がニートだッ」

 

 こうして、夜のカフェで鷹宮夕欐の再出発が決まった。

 

 

 

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