早朝。
携帯端末の地図アプリに記された場所を目指して、鷹宮夕欐は歩を進める。今日から大赦が指名した施設で勤務するとの事だが、どんな場所かまでは聞かされていない。
暫く歩き続けていると、やがて目的地へと辿り着く。が-------。
「……まさか、ここか?」
夕欐が行き着いた先は、どう見ても何の変哲もない、ごく普通の公立中学であった。
「どうなっているんだ、これ…」
予想外の事態に思わず途方に暮れていると、校門の傍に『市立讃州中学校』と書かれているのに気付く。聞き覚えのある学校名だと思っていたら、背後から驚いたような少女の声がかけられる。
「…あれ?鷹宮さん!?」
振り向いてみると、赤髪の見知った少女が校門の前に立っていた。昨日初めて会った時と同じワンピースタイプの制服を着込み、背中には学生鞄を背負っている。声で分かってはいたが、やはり友奈だった。
現在、彼女は黒髪の少女が腰掛ける車椅子を両手で押しており、どうやら二人で一緒に登校してきた模様だ。
「よぅ、昨日ぶりだな。結城友奈」
「あ、はい!昨日はお世話になりました……って、そうじゃなくて、どうしてここにいるんですかッ?」
現在の夕欐の格好は、比較的落ち着いた色のスーツ姿だ。前回の安物で固めたコーディネートと比べると、だいぶ印象が変わるのかもしれない。
「友奈ちゃん、この人と知り合いなの?」
ふと、友奈に押される形で車椅子に座っていた少女が、朝から元気いっぱいの少女に疑問を投げかける。
「うん!昨日の猫探しで助けてくれた人。あとすごく強くて、商店街でひったくりを捕まえてたんだよ!」
「あぁ、この人が…」
何事か納得した様子で頷いた少女は、友奈の補助から離れ、自分の両手で車椅子を動かしながらこちらに寄ってくる。
「はじめまして。私は友奈ちゃんの親友で、東郷美森と言います。友奈ちゃんがお世話になりました」
穏やかな笑顔で手を差し出してくる。なんだか大昔の海軍元帥みたいな名字だった。
「鷹宮夕欐だ。よろしくな」
こちらも握手で応じる。
「昨日、友奈ちゃんからお話を聞きました。まるで本物の勇者みたいにカッコよかったって」
「そうでもないぜ?昔取った杵柄が偶然役に立っただけさ」
美森は礼儀正しく、物腰が柔らかい態度で接してくるが、目が笑っていない。彼女からは思春期の少女特有の警戒心が感じ取れた。初対面の男に対する反応としては当然かもしれないが、どちらかといえば、親友である友奈に近付こうとする悪い虫として認識されてる様だ。
「…それより、誰か職員室に案内してくれないか?今日からこの学校で働く事になったんだが、どうにも事情が分からない部分が多い」
「え、働くって……私達の学校でですか!?」
友奈が再び驚いた表情を向けてくる。
「そうらしいんだが……なんか聞いてた話と違うんだよ。俺の再就職先」
佐熊の話によれば、自分は大赦の関係機関で勤務するとの説明を受けていたが、本当にここがそうなのだろうか。とても大赦と関係があるようには見えない。
「あ!なら私が案内を---------」
「大丈夫よ、友奈ちゃん。私が鷹宮さんを案内するから」
友奈と自分を二人きりにするのが不安なのか、美森が案内役に名乗りを上げる。もしかしたら彼女は、自分が真っ昼間の学校で唐突に発情し、勇者願望の純粋無垢女子中学生に襲い掛かるような変態野郎とでも思っているのかもしれない。
「で、でも……」
「そんなに心配しなくてもいいから。このくらいなら私一人でも出来るよ」
友奈は一瞬、不安そうな表情を浮かべるが、自らの親友を信用しているのか、案内役を任せて一礼し、その場から立ち去る。
「じゃあ!先に教室行ってるから、東郷さんお願いね!」
「うん、また教室でね」
二人は手を振って別れると、美森は改めて此方に向き直る。
「それじゃあ、行きましょうか」
「あぁ、頼む」
車椅子の少女に先導されながら、夕欐は校内へと入っていく---------。
*
職員室にて、安芸と名乗った眼鏡の女性教諭と対面した夕欐は、その後人気のない空き教室へと移動し、そこで改めて仕事の説明を受けた。
「----------以上が、鷹宮様の大赦におけるお務めでございます」
大赦の関係者だという安芸から一通りの話を聞き終えた夕欐は、少し間を開けた後、やがて小さく溜息を吐く。
「………つまり、『勇者部』は単なるボランティア部じゃなくて、実際は次のバーテックス襲来に備える為、大赦がいくつか用意した"勇者適正のある少女"を集めたグループの一つであり。万が一、彼女達が『勇者』に選ばれた場合、最前線でバーテックスと殺し合う事になる。当然、勇者達が勝つには戦闘能力を高める為の訓練が必要だから、俺にその教官をやれ---------と?」
「その通りでございます」
「ついでに、勇者達が実動不能になったり、普段の日常生活に支障をきたしたりしないよう、色々と面倒を見ろ---------か?」
「おっしゃる通りです」
「……………ハァ」
今一度、深く溜息を吐く。佐熊め、よりにもよって一番面倒で嫌な仕事を押し付けやがった。
「繰り返すようですが、
「分かってる。そもそも俺は
だが、問題はそこではない。夕欐が一番気に入らないのは、年端もいかない少女達を絶死の戦場に送り出し、ただ自分は守られてるだけの立場だという事だ。
共に戦う事もできず、守る事も許されない----------。ただ、神樹の防御結界の内側で何もせず、戦いを誰かに押し付け、安全圏から呑気に高みの見物をしろだなんて、到底納得できない。
かつて、守りたいものの為に戦ってきた自分が……必死に己を鍛え、凡ゆるもの犠牲にし、最期は無様にも全てを失った自分にとって、それは耐え難い程の屈辱であり、戦うよりもずっと辛いだろう……。
既に戦う力も気力も、失ってとうに久しい。それでも、全てを賭けて樹海の戦場を仲間と共に駆け回り、力尽きる最期の瞬間まで戦い抜いた戦士としての矜持が、そんな自分の在り方を許せる筈がなかった。
「…勇者部の彼女達が、まだ勇者になると確定した訳ではございません。バーテックス襲来までは、誰が勇者に選ばれるのかは、誰にも知る事ができません」
「…仮に、ここの勇者部じゃなかったら?」
「勇者として覚醒した方々の元へ、貴方様を異動させ、同じお務めをお願い申し上げます」
「……結局、俺の役目は変わらないって訳か…」
夕欐は皮肉っぽく笑う。先程から安芸の口調は淡々としており、感情の抑揚が一切感じられない。そんな彼女の態度に、夕欐はどことなく苛立ちを覚え始めていた。
「鷹宮様は、西暦の時代において、初代勇者様の方々と共に戦われた猛者であり、我々にとっても英雄でございます。『準勇者計画』が中止され、廃棄となった件も含めて、鷹宮様が我々に不快感を持つのも仕方のない事だと理解しております」
瞬間、夕欐の瞳に憎悪が宿った。
「………よく言うぜ、『郡千景』の件、俺は今だって許しちゃいないぞ。この先、一生許す気もないッ。『勇者御記』への検閲も含めて、お前らが千景に行った仕打ち………断じて許容できねぇッ!!」
怒りが夕欐の全身を支配し、激情の赴くままに叫ぶ。空き教室内に夕欐の怒号が響き渡る中、安芸はただ静かに、植物のような佇まいで顔を伏せるだけだった。
「アイツはッ……郡千景は、周囲に自分を認めてもらおうと必死だった!その為に身を粉にして戦ったんだ!!俺や他の準勇者とは違う、まだ中学生で……!本当なら守られて当然の子供で……!14歳の女の子が、名前も顔も知らない連中の為に命を賭けて戦っていたんだぞ!!お前らの知らない樹海という名の戦場で!アイツは最期まで戦って、戦って、戦い抜いて死んだ!なのにお前らは、千景の存在を抹消しやがったッ」
「………それは、彼女が------」
「一般人に手を出したからかッ?知ってるさ!4年前、俺は自身の石化が解けた後、四国中を駆け回って情報を集めたんだからなッ」
あの日、自分が石化の呪いで事実上の仮死状態に陥った後、共に戦った仲間達に何があったのか----------。なぜ大社が"大赦"へと名前を改めたのか----------。
全ての真相を知った時、夕欐の内に残されたのは、大社と、戦友達の名誉を貶めた全ての人間への憎悪であり、絶望であり、そして---------孤独だった。
「お前らは知ってるのかッ!千景がどんな思いで戦っていたのかを!勇者になる前から、アイツは大勢の人間に傷つけられ、否定され、孤独と理不尽の中で押し潰されそうになりながら生きてきたッ。勇者としての自分なら、きっと認めて貰えると信じて、ずっと頑張ってきたのに………最後の最後で裏切られて、バーテックスに殺された!!」
気付けば、熱い涙が頬を伝って零れ落ちてくる。溢れ出す感情は濁流のように止まる所を知らず、次々と吐き出される。
「お前らは知っていた筈だぞ……。アイツが辛くてどうしようもなくて、泣いていた事を……。なのに、どうして誰も助けない?どうしてこんな、惨いマネができるッ?大赦にとって都合の悪い事実を削除した結果、千景は死んだ後も、ずっと孤独なままじゃないか……!それまでの生き様を、誰にも覚えてもらえないなんて、そんな巫山戯た話があるかよ。どうして!アイツは……千景は……何一つ報われないんだ……」
「……………」
「千景を殺したのは、バーテックスだけじゃない。人が、大社が、社会が………世界がよって集って、千景を苦しめて殺したんだッ…!」
だから自分は----------戦いを放棄した。
自分の大切な人を殺したのは、この世界そのものだ。そんなものの為に戦うなんて、二度と御免だった。無論、勇者らしく"誰かの為"だなんて嘯く気も毛頭ない。バーテックスの侵攻で世界と神樹が滅ぼうが、もはや知った事ではない。むしろ、心の底から『ざまぁみろ』と嘲笑したくなる。
それが、鷹宮夕欐の嘘偽りない本音だった。
「----------鷹宮様のお怒りは、ごもっともだと思います」
不意に、それまで黙っていた安芸が小さく口を開く。
「ですが、それでも我々は勇者様方と、貴方様に頼るしか道がないのです。例え、幾千幾万の罵声と侮蔑と憤怒をぶつけられようとも、
安芸は平身低頭の姿勢で頭を下げてくる。
「これまで、歴代の勇者様は多大な犠牲を払ってきました。我々も可能な限りのサポートを実施して参りましたが、やはり私どもでは限界があります。ですが、鷹宮様のお力添えがあれば、この先の勇者様が悲劇に終わる可能性を格段に減らせます。何卒、彼女達の為に、お力をお貸しください」
「ッ…………」
仕事を紹介してくれた佐熊の面子もある。彼には色々と恩があるし、仇で返す訳にはいかない。どのみちここで断れば、後の自分に待っているのは、ギリギリな状態で無駄に時間と金を消費するだけの惨めな生活だ。
今の自分には、後悔しか残されていない。
千景を勇者にした事も、石化の呪いで最後まで彼女を守れなかった事も………。仲間を失い、居場所を失い、恋人まで失った挙句、力すら失った自分には、他に何もないのだ。
この先ずっと、後悔と絶望をたった一人で背負って生きていく----------。ソレは耐え難いほどに辛く、厳しい余生だが、一筋の希望も抱けず、他にやる事もないので、自然と退廃的な生活を受け入れていた。
だが、300年前の戦場で、彼ら彼女らと一緒に生きていた事実は変わらない。自分が守りたいと願い、戦った理由は、もっとあの人達を見ていたかったからで----------。
そんな仲間達が、命を捧げて守り抜いた世界がここなのだ。自分がどれだけ嫌おうとも、望んだ未来とは程遠くとも、あの時代で自分達が信じていた希望や想いを、なかった事にしていいのか----------?
勇者として、理不尽な運命の渦中に放り込まれる少女達が救いを求めた時、自分は何もしないつもりなのだろうか----------。
刹那、実の母親の不倫が原因で、学校や村中で酷いイジメに遭っていた頃の千景を思い出す。
あの時の彼女は、自分には何の価値もないと、誰からも必要とされてないと本気で信じており、ひどく乾いた、荒んだ目をしていた。此方に心を開くようになるまで、本当に、相当な時間が掛かったと思う。
仮にもし、勇者達が、当時の千景と同じような目に遭っていても、知らぬ存ぜぬを通したとして、果たして自分は、それで納得するのだろうか?本当にそれでいいのだろうか?
時間が経つ事により、段々と冷静な思考を取り戻していく。目を瞑り、何度か深呼吸を繰り返す。
------------アイツらが必死に守った世界を、壊されてたまるか。
決意が固まり----------瞼を開いた。
「---------分かった……。いいぜ、やってやる。ただし、
「構いません。深く感謝申し上げます。……どうか新たな勇者様方を、よろしくお願い致します」
安芸は地面に額がつきそうな程に、深く礼をした。
こうして、それまで存在しなかった讃州中学勇者部の顧問教師には、鷹宮夕欐が置かれる事となり、新世代の勇者の育成・管理に、深く関わる事となった。