今日から受け持つクラスの副担任となり、教室で生徒達に挨拶を済ます。生徒からの「神樹様に、拝」の号令で朝のSHRが終了すると、早速授業が始まる。自分が教鞭を取るのは数学だ。果たして自分に務まるのかは甚だ疑問だったが、コレでも一応、仕事は真面目にする方だ。
「---------よし、ここまでで何か質問あるか?」
「はい先生!先生はロリコンだって噂ですけど、本当なんでしょうかッ!」
黄色の長髪の少女が死ぬほど人聞きの悪い事を聞いてくる。まともに取り扱ってられないので、いつも通り飄々とした調子で返す。
「子供は好きだぜ」
「お〜!ならアタシとかどうですかッ?この身に纏う女子力のオーラを------」
「よし、じゃあ次の問題を解いてくれ」
「------って、聞いてくださいよ!」
「女子力が高けりゃ楽勝だろ」
「そんな都合よく学力が上がってたまるか〜!」
女子力とて万能ではない。頭を抱えて悶える三年生の少女を前に、思わず苦笑してしまう。どうにも彼女は『女子力』が口癖らしい。
----------なんか、球子を思い出すな…。
あの子にも似たような口癖があった。不意に懐かしい顔を思い浮かべながら、未だに悶え続ける少女の名前を覚える。
-------犬吠埼風、か……。
*
午後の授業が終了し、放課後になる。勇者部が部室として利用する家庭科準備室を訪れると、扉の前で一旦立ち止まる。
これから会う少女達は、人類の命運を背負う可能性がある勇者候補生だ。バーテックスという最悪の敵に対し、終わりのない戦いを挑む事となる。
だが、それを自分の口から直接伝えるのは、彼女達が"当たり"だった場合のみだと指示を受けている。勇者部の真実を知っているのは、部活内では自分と、部長である三年生の女子生徒のみだと聞いている。
つまり、自分はこれから、何も知らないフリを通しつつ、彼女達と接する必要がある--------。
バーテックス襲来までの間、自分はこれから無垢なる少女達を騙して、表では顧問の顔を貼り続けなければならないのだ。
自分に出来るのだろうか?西暦での戦いで、ともに死闘に身を投じた勇者達の悲劇を知ってる自分が、同じ立場に置かれるかもしれない者達を前に、ボロを出さずにいられるのだろうか?
今更引く事などできない。軽く深呼吸をして心を落ち着けると、扉を3回ノックする。「どうぞー!」と快活な声が聞こえると、覚悟を決めて扉を開き、入室する---------。
「「「ようこそ!我らが讃州中学勇者部へ!!」」」
パン、パパンッ------!とクラッカーが弾ける軽快な音とともに、こちらに向けて紙吹雪が飛んでくる。
「な------」
「まさか鷹宮さんが私達の学校の先生になるなんて!しかも顧問だなんて、すごく嬉しいですッ!」
呆然と反応できずにいると、友奈が喜びを全開にして駆け寄ってくる。彼女の背後には、同じくクラッカーを手にした少女が3人。『勇者部顧問、大歓迎!!』という横断幕を掲げてこちらを出迎えていた。どうでもいいが、どうして風だけが仮装用の髭と丸眼鏡を着けているのだろうか?
「お、おう。俺もまさか友奈がいる部活の顧問になるとは思ってなかったよ」
「それよりも早く!今日は先生の歓迎会の為にケーキとぼた餅を用意したんですから!」
中学の部室でそんな物を持ち込むのは如何なものかと思ったが、満面の笑顔で部室内に引っ張り込んでくる風を見て、注意する気力が失せてしまった。
テーブルクロスのかけられた机の上には、クリームがたっぷりと盛られた丸形のケーキと、小皿に等分されたぼた餅が置かれていた。この二つの組み合わせには、どういった趣旨があるのだろうか。
「今日の調理実習で作ったんです。あ、ぼた餅は東郷さんのお手製で、すごく美味しいので是非食べて下さい!」
「へ、へ〜…」
百歩譲って、ケーキは大丈夫だとしても、ぼた餅は作り手が自分の事を良く思っていないので、口にするのは少し不安だった。チラリと美森の方を見ると、車椅子に腰掛けながら穏やかな笑みをこちらに向けていた。悪意や害意は一切感じないが、温厚な表情とは裏腹に、やはり警戒しているのか、こちらの一挙手一投足を見逃さぬよう凝視されている気がして肌がピリピリとひりつく感覚を覚える。
「あ、あの!コレどうぞッ」
妙に緊張した声がすると、隣から黄色の短髪の少女が切り分け用のナイフを差し出してくる。
「ありがとう、えっと……君は…」
「樹です。犬吠埼樹、一年生です」
「アタシの世界一可愛い妹です!」
いつの間にかおもしろ眼鏡と髭を外した風が背後から樹を抱きしめる。
「お、お姉ちゃん…!恥ずかしいからッ…」
「ほー、確かに可愛いな。素直で優しそうだし」
「え、えぇえ!?」
突然『可愛い』などと言われて、樹が顔を真っ赤にすると、風がジト目で見てくる。
「ちょっと先生ー、いくら樹が可愛いからって、大事な妹に手を出さないでくださいねー?」
しねぇよ。
「にしても、風先輩から急に『今日から顧問が着く事になったからよろしく〜』って言われた時は流石に驚いたわ。今まで顧問の先生なんていなかったから」
「え……そうなのか?」
美森の呟きに、思わず聞き返す。
「はい。元々は設立者である風先輩が『生徒が自主的に世の為、人の為に活動し、神樹様の教えである"人に優しく”を実施していく』を目的とした非公認の部活動なんです。だから今までの運営は私たち生徒だけで行い、顧問の先生は置かれませんでした」
「あぁ、なるほど…」
そういう経緯だったのか、と黒髪の少女の説明に相槌を打ちながら、渡されたナイフでケーキを等分していく。
「いや〜!やっぱり日頃の勇者部の活動を見ていると、どうしても
皿にケーキを載せていくと、いの一番に風が皿を掻っ攫っていく。
「確かに!最近は活動の幅も広がって、忙しくなる事も多いですもんね!」
続いて友奈が皿を取り、美森の分の皿も取って車椅子の親友へと手渡すと、嬉々とした表情で同意を示す。
「うむ!今となっては、我らが讃州中学勇者部の偉業は香川全土に轟いているわ。今後の精力的な部活動の為にも、新たな人員---------もとい、"顧問"という名の大人が必要なのよッ!」
ドドンッ!---------とでも効果音が出そうな勢いで、勇者部・部長の少女が力説する。
「鷹宮先生みたいな頼れる人が来てくれたら、これからもっと勇者らしく活躍できますもんね!」
「フフフ、このような逸材を見つけ出し、勇者部へと引き抜いた我が才能……やはり恐ろしいものを感じるわ」
そんな事実は、どこにも存在しない。
顔に掌を翳しニヒルな笑みを浮かべる風と、それにキャッキャと盛り上がる友奈を見て、思わず苦笑する。取り敢えず自分の分のケーキにフォークを差し、口へと運ぶ。スポンジの柔らかさと生クリームの甘さが口腔に広がっていく。
中々に美味い、特にトッピングのマスカットが爽やかな潤いを齎し、クリームで甘ったるくなった口内には最適だった。
「お味はどうですか?」
「ンブッ…!?」
突然、背後から車椅子に乗った美森が迫って来てケーキを吹き出しそうになる。両手には1.5Lサイズのオレンジジュースのボトルが持たれていた。テーブルに置かれていた紙コップに内容物を注ぐと、こちらへと差し出してくる。表情はニコニコとしていた。
「どうぞ」
「あ、ありがとう……。気が効くな…」
「いえいえ♪」
大和撫子然とした清純な立ち振る舞いで、美森は友奈の元へと戻っていく。同じようにジュースを注がれ「ありがとう〜」とお礼を言う友奈に見せる笑顔は、自分に向けるものと比べて、一層自然な振る舞いに見えた。彼女の腹の内が読めない事に、微かな恐怖にも似た感情を抱えていると、チラと視線を手元に落とす。受け取った紙コップのジュースに何かよからぬモノが混入されてる気がしてきた。
いやいや、流石に考えすぎだ……。とは思いながらも、いざ紙コップの端に口を着けようとすると、猛烈な悪寒と共に大量の冷や汗が滝のように流れ出る。300年以上生きてきた人生の中で、たかがジュースを飲む事にここまで抵抗を感じた日など、これが初めてであった。
自身のジュースを飲み干し「プハ〜!」とおっさんくさい感嘆を漏らす風を横目に、思い切って杯を煽る。妙に甘さの強いオレンジの香りを嚥下し終わると、ドッと肩から力を抜く。毒酒を飲んだ気分だったが、取り敢えず身体に異常はなさそうだった。
「…?どうしましたか?そんな疲れた顔して…」
友奈がこちらの挙動を不審に思ったのか、首を傾げてくる。
「い、いや…、なんでもない……。それより、このケーキよく出来てると思うぞ。すごく美味い」
「ホントですか!?やったッ!」
「頑張った甲斐があったわね。友奈ちゃん」
感想を口にすると、友奈と美森は揃って喜ぶ。
「特にトッピングのマスカットが良かったな。レシピはお前たちで考えたのか?」
「いかにも!先輩として、私の隠れたパティシエの才能を伝授して------」
「お姉ちゃん、味見以外なにもしてないよ……」
ドヤ顔で鼻を伸ばす風を傍に、隣から樹の冷静なツッコミが入る。
「授業で習ったレシピ通りに作っただけですよ。それより………」
美森がテーブルに残されたぼた餅の皿を指差す。
「ぼた餅……お嫌いですか?」
部室にいる全員の視線がこちらに注がれる。
「…先生」
不意に、友奈が潤んだ瞳で見つめてくる。
「好き嫌いはよくありませんよ?それに、せっかく東郷さんが思いやりを込めて作ったのに…」
----------ゔッ…!
哀しそうな、非難がましい視線に、思わず呻く。正直、許されるのなら食べたくはない。他のメンバーの手が加わっているケーキはともかく、自分をケダモノか何かだと思っている女の作ったおやつなど、『何が入っているか分からない』という宇宙的恐怖が付いて回る。
しかし、曲がりなりにも教師の身である自分が教え子の作った料理を食えないなどと抜かした暁には、根本的な威厳を損なうハメになる。今後、彼女達との信頼関係を構築するにあたって、それはかなり避けたい状況だ。
仕方なく、皿に載せられたぼた餅をフォークで差し、口元まで持っていく。餅を全体的に包み込むようにまぶされたこし餡は、深い絶望に満ちた暗闇のような色で、『
----------そういや、ぼた餅って『半殺し』とか『皆殺し』とか言うんだったか……。
厳密には、米のつき具合を指す日本各地のユニークな方言である------。確かひなたにそう教えてもらった気がする。
この黒さは、もしかしたら美森の自分に対する殺意の濃さなのかもしれない。視線だけを移すと、美森は何食わぬ顔でこちらをジッと見ている。もしそうだとしたら、彼女には稀代のサイコパスの素養があるに違いない。
もはや逃げ場はない。退くという行動が選択肢から外れた以上、腹を括るしかなかった。
皆に見守られる中、何度か深呼吸を繰り返した後、目を閉じ覚悟を決め、『南無三ッ!』と心の中で叫ぶように唱えると、思い切って口に放り込む。
「「「おおお〜〜〜」」」
周囲から感嘆の声が漏れる中、当の本人の反応を待つ---------。
「…………………死ぬほど美味い」
信じられなかった。筆舌に尽くし難いこの美味、賞賛すべき言葉が見つからない。今までぼた餅とおはぎの区別すらつかなかった自分でも、中学生の少女が作り上げたこのぼた餅だけは、まったくの別物に思えた。
「そうでしょそうでしょ!?先生も気に入ると思ったんです!」
「もう、友奈ちゃんはしゃぎすぎよ?けど……」
美森がこちらを向く。
「喜んで貰えて嬉しいです。また機会があれば、今度から鷹宮先生の分も追加で作りますね」
その時に自分に向けられた表情は、本心からの笑顔に見えた。美森が見せた咲き誇るような笑みに、思わず見惚れてしまう。かつての戦場での経験が、いつの間にか自分を神経過敏にしてしまったのかもしれない。まだ彼女との間に壁はあるのだろうが、自分が想定していたほど、嫌われていないのだろうか---------。
やがて、ケーキとぼた餅を平らげると、風が軽く咳払いを済まして、よく通る声で周囲の視線を集める。
「全員注目!これより、記念すべき讃州中学勇者部初代顧問に着任された、鷹宮夕欐先生の歓迎会を開催します!それではまず自己紹介から----------と言っても、東郷と友奈はもう済ましてるみたいだし、あたしと樹だけかしらね……。では改めて、勇者部・部長の犬吠埼風です。ピチピチの中学3年生で、家庭性と女子力に溢れまくっていますッ」
ビシィッと華麗に決めポーズをするが、どうにも中二病臭さがキツイ。まぁ、そういう年頃なのだろうが、他の教師陣からの評判は悪くないので、根は真面目でしっかりしているのだろう。………食い散らされたケーキとぼた餅を見る限り、中々の大食いのようだ。
「あ、じゃあ私からも改めて、妹の犬吠埼樹です。歌が好きで、趣味と特技は『占い』です。タロット占いとかできます。これからよろしくお願いします」
豪快な姉と比べて、控えめにペコリとお辞儀をする小柄な少女。
「風に樹、友奈と………東郷、か?」
目配せするように美森に視線を送る。
「はい、私もそのように呼んで貰えたら嬉しいです」
どうやら、彼女は自分の苗字を相当に気に入ってるらしい。『親友』を語っているにも拘らず、友奈が何故名前で呼ばないのかと疑問に思っていたが、そういった事情だったのかと納得する。
「よし、これで全員覚えたぞ。じゃあ次は俺だな------」
居住まいを正し、視線を巡らせて少女達を見渡す。
「今日からお前たちの顧問を務める事になった、鷹宮夕欐だ。よろしくな」
「「「「……………」」」」
沈黙を返される。まだ何か言えという事だろうか。
「担当教科は国語だが、歴史とかも好きだぞ。特に近代史」
「「「「……………」」」」
「あと一応、剣道が出来る。他にも徒手格闘ならそこそこ齧ってる」
「「「「……………」」」」
「…………何か質問とかあるか?」
「はい先生ッ!」
最初に手を挙げたのは友奈だった。元気よくビシッと手を伸ばす。
「先生は『勇者らしさ』ってなんだと思いますか?」
あまりに突拍子もない質問に聞こえるが、友奈にとっては大事な議題なのだろう。その表情は明るくも、至って真剣だった。勇者に憧れ、自分なりにその在り方を見つけようとしているのだろう。少し考える間を取った後、改めて質問に答える。
「そうだな、俺は……………"自分の大切な人達を、最後まで守りきる事"、かな……」
自分は結局、その使命と約束を果たせなかったが…。
「最後まで、守りきる……」
「そうだ。お前の家族や友人、この部活の仲間………友奈が想う大切な人達全てだ。その為には、たとえどんな困難があっても、その人達の傍から決して離れてはいけない。最後の最後まで共に戦い、全員で乗り越えるんだ。自分だけが途中でリタイアしたら、もう………終わりだ。全てを失う…」
「…………」
ふと、話の内容がどんどん重苦しくなってる事に気付く。ハッとして友奈の表情を伺うと、どこか不安そうに此方を見つめていた。
「------まぁ、あくまで俺はそう思うって話だ。取り敢えず参考程度に覚えておいてくれ……。よし、次。遠慮せずなんでも聞いていいぞ?」
暗い方向に傾きつつある空気を払拭すべく、あえて明るく振る舞う。すると、今度は樹が手を挙げる。
「あの、趣味とかはありますか?」
こちらは割と普通の、ありふれた質問であった。
「趣味は読書だな。あとゲームとかも好きだぞ。『S.T.A.L.K.E.R』とか得意だぜ?」
「「「「すとーかー?」」」」
全員が首を45度傾げる。まぁ、制作会社も
----------そういや、ゲーム関連で千景に勝った試しがなかったな……。
あの頃は、ゲーム好きな千景と一緒に様々なソフトをプレイしたものである。そんな懐かしい思い出に耽っていると、美森が「はい先生ッ」と唐突に挙手し、鋭い視線を向けてくる。
「そのげーむは、小さな女の子を家までつけ回したり、隙を見て背後から襲いかかるような変態的げーむでありますかッ?」
「ですが、"すとーかー"とはそういった意味では……」
「解釈が偏りすぎだ。普通のFPSだよ」
「えふぴーえす……?ハッ!まさか"ふれんどぺあれんつしゅーてぃんぐげーむ"ッ?」
「東郷、お前は俺が"友人の親を撃ち殺して喜悦に走る最低野郎"だと思っているのかッ?断じて違うぞ」
「では、幼児性愛者で"すとーかー"なのは認めるのですねッ?」
「揚げ足を取らないでくれるかッ?」
「あー!やっぱりロリコンなんだー!!変態ー!」
風が面白がって騒ぎ立てる。いい加減黙ってくれないだろうか…。
「ねぇ東郷さん、"ろりこん"って何?」
「フフフ、友奈ちゃんは一生知らなくていい事よ」
「お、お姉ちゃんに手を出したら、私が許しません!」
「いや待て誤解だッ。俺はストーカーでもロリコンでも変態ゲームマニアでもねぇ!全て事実無根だッ!」
風が愉快そうにニマニマと笑い、純朴な友奈が首を傾げ、東郷がそれを聖母の笑みで窘め、樹が淫魔から姉を守ろうと勇敢に立ちはだかる。状況が混迷を極め、最終的に全員を納得させて静めるまでに相当な時間を要した。自分の歓迎会の筈が、いつの間にか究極の拷問と化していた----------。