やかましく囀る少女達がやっと大人しくなった所で、風が「それじゃあ、アタシは鷹宮先生とオトナの話があるから、少し待ってて♡」と、またもやあらぬ誤解を招きそうな発言を残して、夕欐を部室の外へと連れ出す。
一日の授業課程が終わっても、放課後の校内は部活に励む生徒で溢れており、空き教室からは吹奏楽部の演奏、グラウンドからは野球部やサッカー部といった体育会系特有の大声が聞こえてくる。自分にもああいった時期はあったものだと、ふと感傷に浸る。実際には数百年もの月日が流れているというのに、石化した当時が二十歳前だったせいか、学生時代の思い出は割と最近の記憶のように錯覚する。しかし、肉体の時間は止まっても、心の時間はそれなりに経過してるらしく、どうにも達観した調子が根付いてる気がした。
「先生、コッチに…」
風に導かれ、近くの資料室へと入ると、風は内側から鍵を閉め、室内に誰もいない事を確認する。
「こんな所に連れ込んで、何する気だ?」
夕欐が尋ねると、風は妖しく笑みを浮かべる。
「フフフ……、期待しちゃってます?」
挑発するような目で此方に迫って来る風、腕を組んで少し考えてみる。
「う〜ん………………………………………………ないな」
熟考の末、導き出された答えに風がコケそうになる。
「ちょっと!美少女と二人きりなんですから、もう少しこう……トキめいたりとかしないんですかッ!」
こちらの反応が気に入らなかったのか、風が地団駄を踏みながら憤慨してくる。
「うむ、ないな」
「今度は即答ッ!?」
胸を張り、自信を持って答えたのだが、風はショックを受けた様子でガックリと項垂れる。
「まぁ、取り敢えずバカな話はこの辺にするとして------------本当は何の用なんだ?大赦からの使者であるお前が」
後半のフレーズを口にした瞬間、風の身に纏う雰囲気が打って変わる。先程までの弛んだ空気が消失し、代わりに瞳から剣呑な光が差し込む。
「……やっぱり、知っていましたか」
「大赦の方から聞かされたんだよ。勇者部が設立された本当の目的も、お前が何者なのかもな……」
肩を竦めながら答えると、風は落ち着き払った態度で話を続ける。
「鷹宮先生が、アタシ達の教官を務める事になるかもしれない………とは伝えられていました」
「まぁ、大筋で言えばその通りだ。もっとも、まだ次の勇者が決まってない以上、他の勇者候補生の所に異動させられる可能性はあるけどな…」
そうなった場合、友奈には悪いが、早々に自分は勇者部から離れる事になるだろう。
「そうですか…………。あの、聞いてもいいですか?」
「ん?」
「どうして……、勇者の育成・管理をしようと思ったんですか?」
改めて、この仕事に就いた理由を聞かれる。
「どうしてって………友人の勧めでこの学校に案内されたら、いきなり勇者の教官やれって言われただけだからな。特に理由はないし、なんなら具体的に何するかも聞かされていなかったぞ?」
「……………もしかして、先生ってその場の勢いで判断しちゃう人?」
呆れた視線を向けられて、夕欐は頭髪を掻く。
「ぐ……べ、別になんだっていいだろ。それより、友奈達に伝えなくていいのか?確定してないとはいえ、もしそうだった時は---------」
「分かっています」
強い口調で返される。
「伝えるべき時が来たら、アタシから皆んなに直接伝えます。けど、不必要にあの子達を不安がらせたくもありません。本当に何もなかったのなら、今の日常が続く事をアタシは望みます」
「……そうか」
曇りのない眼差しを前に、これ以上自分から何か言う必要もないと判断する。
「………先生は、話すべきだと思いますか?」
「いいや?お前がアイツらを大切に想っているのは伝わるし、それでいいと思ってる。現代において、バーテックスに対抗できるのは勇者しかいないから、誰かが戦うのは避けられない---------それはお前も分かってるだろ?」
「………………」
「……『瀬戸大橋跡地の合戦』」
「…ッ!」
小さく呟いた瞬間、風の表情が凍りつく。
「2年前、お前と樹の両親が事故死した要因となったバーテックスとの戦闘………。以来、お前はバーテックスを憎悪している」
「どうしてそれをッ…!」
「俺も大赦に雇われた身だ。同業者の素性くらい簡単に調べられる」
大赦の神官である安芸から受け取った情報には、風がどういった経緯で大赦と関わるようになったのか----------。その詳細が事細かに記されていた。
「風、お前………両親の仇を討ちたいんじゃないのか?」
「……………」
夕欐の問いかけに風はしばし沈黙し、やがて重々しく口を開く。
「確かに、アタシの内にそういった感情はあります。けど……それはあくまでアタシ個人の感情です!他の誰かを巻き込むつもりはありませんし、ましてや---------」
「樹や友奈達を戦いに駆り立てたくはない----------か?」
風は黙ったままコクリと頷く。
「ならそれでいいだろ。お前は復讐心よりも、友奈達の身を案じている………俺はその優しい心が、結構好きなんだよ」
あっけらかんとした物言いに、風は驚いたように目を見開く。
「だから、お前がアイツらに対して罪悪感を感じる必要はない。秘密にするのは、仲間の為だって事を俺は知っている。その事を話せば、友奈達だって納得するだろ」
「でも、あの子達はそれで傷つくかも……」
「その時は、向こうが納得するまで話し合えばいい。真の絆で結ばれた仲間なら、いくらでも話し合える機会はある筈だ。勿論、俺も一緒に頭を下げるぞ?真実を知っていた上で沈黙を選んだのは、俺も同じなんだからな。……そうやって風が誰かを思い遣っている内は、俺が必ず味方になる。こんなでも一応教師だ。辛い時は、俺が隣で支えてやる。だから………そんな不安そうな顔するな」
「……ッ!」
一瞬、風の目元に熱が込み上げるが、すぐさま後ろを向いて手で拭うと、振り返った時には、歯を見せて笑ってくる。
「も〜!なんですかその恥ずかしいセリフ〜!先生ってやっぱり歳下好き?守備範囲広すぎなんじゃないの?」
「だから違うって言ってんだろッ!」
----------まだそのネタを引き摺るのかッ?
ニシシ……とニヤニヤしていた風は、やがて小さく溜息を吐くと、改めて此方を見据えて来る。先程よりも比較的表情は晴れていた。
「----------ありがとうございます、鷹宮先生。おかげで少し、気分が晴れました」
そう言うと、風は居住まいを正して礼をする。普段は大雑把でも、相手に感謝の念をしっかり伝える所を見るに、やはり根はしっかり者なのだろう。
「なら良かった。風は笑顔が似合うから、いつもその調子でいてくれ」
「アレ?やっぱりもしかしてアタシのこと好き?勇者部の中だと一番タイプだったりします?」
ニマニマと此方ににじり寄って来る。
「皆んな可愛いから安心しろ」
「何ソレ子供扱い!?」
「大して変わりないだろ」
「いやいや!中3の発育だって相当なモンですよ?スタイルだって………胸は東郷に負けるかもだけど、身長も足の長さもアタシの方が上ですよッ」
「確かに中学生であの胸は驚異だな………胸囲だけに」
「うわッ、サイテー」
「覚えておけ。俺に限らず、世の大多数の男は胸がデカくて若い女に目がないんだ」
開き直る夕欐に対し、風の視線の温度が下がる。
「もっとも、流石に歳が離れすぎているからな。手を出すようなマネはしない」
「離れすぎてるって…………鷹宮先生まだ若いし、10歳も離れていないんじゃ…」
「フフン、若く見えるだろうが、俺はこれでも300歳は超えているんだ」
「……クスッ、なんですかソレ」
冗談だと思ったのか、風は可笑しそうに笑う。
「-------なんだか不思議な人ですね、鷹宮先生って……。最初に先生の事を大赦から聞かされた時は、『どんな人が来るんだろう…』って、少し不安でもあったんです。何せ、"四国で唯一、精霊と勇者システムを調整できる人間"だって言われていましたから。正直、どんな人なのか想像もつきませんでした」
「…………」
「鷹宮先生が何者なのか、アタシには分かりません。けど、昨日の一件で友奈から聞いた話や、こうしてアタシを励ましてくれる先生を見ていると、悪い人ではないと思うんです」
「……東郷は違うようだがな…」
露骨な反感こそ示してはこないが、あの不審者を監視する鳶のような視線は正直に言って居心地が悪い。夕欐がボヤくと、風は笑みを零しながら首を横に振る。
「別に嫌ってはないと思いますよ?ただ、東郷って"箱入り"なので、あまり若い大人の男の人に慣れてないんですよ。だから接し方が分からず、困ってるだけです」
果たしてそうなのだろうか………?雰囲気こそ自分が知る巫女である上里ひなたに似ているが、自分には美森の思惑がよく分からない。
「まぁ、取り敢えず最初の目標は、東郷を中心にアイツらの警戒心を解く事だな…」
小さく呟くと、風が「おお!」と変な声を上げる。
「『目指せギャルゲー主人公、勇者を目指す女子中学生達でハーレムを作れッ!』---------ですか?」
「そんなモンは知らん。あとなんだよギャルゲー主人公って……。誰がどいつを攻略するんだ?」
「もちろん!最終的にはメインヒロインであるアタシを-------」
「よし、そろそろ戻るか」
「---------って!だから少しは話に乗ってくださいよッ」
「あーすまんすまん。えっと…………『エロマンガ島で世界中のエロマンガを独占する魔王を打ち倒して戦利品のエロマンガの山から"神樹様に認められた究極のエロマンガ"を手に入れる計画』---------だったか?」
「もはや何一つ聞いてないッ!?」
資料室の扉を開き、廊下を歩きながら部室へと戻る。背後からの風の猛抗議を軽く受け流しながら、どこか懐かしく感じる校内の空気をかき分け、これからの新しい日常に、微かに胸を高鳴らせる。
全てを失った自分にもまだ、こんな感情が残っていたのだなと、少し意外に思いながら---------。