鬱ゲーの破壊者はヒロインの脳も焼き尽くして破壊する 作:やみはか
鬱ゲー。
重々しい展開と、無数の悲劇に彩られながらも、その中で賢明に足掻くキャラクターの輝きを摂取するためのゲームだ。
あるいは、阿鼻叫喚と化した物語を第三者視点でニチャるためのゲーム。
あるいは、そんな鬱々とした展開に苦しむ新規勢を、既プレイヤーとして後方腕組みしながらニチャるためのゲーム。
それが鬱ゲーである。
要するに、鬱ゲーは他人事だからいいのであって、現実でそんなこと起きたらクソだよねって話。
だからもし、そんな鬱ゲー世界に転生してしまったら?
第三者でいられなくなってしまったら、どうする?
そんなの、考えるまでもなく最初から答えなんて決まってる。
ぶっ壊したほうが世のためだろ、常識的に考えて。
◯
鬱蒼と生い茂る木々を、断崖絶壁から見下ろす。
どこまでも吸い寄せられる闇が、木々の奥に垣間見える。
それから空はどこか前世のそれと比べると澱んで薄暗く見え、どことなくこの世界の陰鬱さを物語っているようだった。
「はあ……なんだってよりにもよって薄幸世界に転生せにゃならんのだ、俺は」
事故で命を落として、気がついたらこの崖の近くにいた。
崖から下を見下ろした時、木々の合間から色々と見えた前世じゃありえないようなモンスター。
俺はそれに見覚えがあった。
おそらくここは「薄暗闇に幸福を求めて」、通称薄幸と呼ばれるゲームの世界だ。
転生できたことは素直に不幸中の幸いと言えるだろうが、鬱ゲーと名高い薄幸世界に転生してしまったのはいただけない。
こんなクソの煮凝りみたいな世界で暮らすくらいなら、まだあそこで死んでた方がマシだったかもしれないな。
「まあ、言っても仕方ないか」
俺はそういって、崖の下から視線を逸らして立ち上がる。
よし、ここなら問題ないだろう。
俺は意識を自分の内側に集中させる。
すると、視界にあるものが広がった。
ステータス画面だ。
俺の貧弱……ってほどでもないステータスが表示されている。
レベルこそ1だが、ステータスは明らかにプレイアブルキャラのそれだ。
非戦闘要員はステータスが内部的には1で設定されてるとか聞いたことがある。
それを考えると、前世の特に運動とかしてない俺のステータスは全部1であるのが妥当なはず。
そうではないということは、転生で俺の体が戦闘に耐えうるものに変化したということ。
「というか、どう考えても若返ってるしな」
ステータス画面には今の俺の姿も映し出されているんだが、どう見てもこれは十代くらいの少年だ。
前世の面影を残しつつも、なんとなくイケメンになった気がする。
十代の頃なら身だしなみに気をつければ前世の俺もこんなもんだったか?
まぁ、なんでもいい。
「よし、それじゃあ早速やっていくか」
この世界に転生してから数時間。
最初のうちは天を仰いで項垂れていたものの、そんなことをしていても腹が膨れるわけではない。
どころか、魔物に襲われればどうなってしまうことか。
いくらステータスがつよつよになったからって、なんの心構えもなしに戦闘なんてできるはずもない。
まずは行動を起こさなくては。
そう心に決めて、俺はある魔物を探して森の奥へと入っていくのだった。
◯
俺は森の中をかけていた。
目指すは先程見つけた断崖絶壁。
後ろには、ぴょんぴょんと跳ねながら近づいてくる
当然ながら、一歩分の歩幅が大きく跳ねる速度は早い。
それでもこいつが俺に追いつけないのは、飛び跳ねるという移動方法の関係上、木々が非常に邪魔なのと――
「すごいな、この身体能力!」
俺の身体能力が、前世のそれと比べて格段に上昇しているから。
薄幸世界に存在する”マナ”と呼ばれるエネルギーが俺の体を満たしているからだろう。
これが体内に一定量存在するかしないかで、この世界で生存する難易度は大きく変わってくる。
マナが少なければ塵芥のように殺されてしまうのだ。
なお、マナの量が多いと尊厳を凌辱され尽くして塵芥のように殺されてしまうぞ。
後者のほうがクソじゃねぇか、ふざけんな!
「まぁそうならないために……こうやって”稼ぎ”をしてるわけだが――」
言いながら、俺は崖の上へとたどり着く。
当然ながらここは行き止まり。
このまま行けば、後ろからやってきた兎に追いつかれてしまうだろう。
だが、問題ない。
俺は意を決して、速度を維持したまま崖から宙に向かって飛び出した。
「おおおおおっ! いっっけえええええ!」
当然のように襲いかかる重力。
落下を始める体。
しかし後方に、俺と同じように空中へ飛び出し落下する兎を認めると――俺はニッと笑みを浮かべる。
――かかった。
兎はもがくようにしながら、俺と同じように地面へ落下していく。
互いに、この高さで落下すればどう考えても助からない。
一瞬だけ恐怖で身が竦みそうになる。
しかし、同時にこうも思うのだ。
どうせすでに一度死んだ身、これでもう一回死ねるなら、この世界からおさらばできていいじゃないか――と。
まぁでも、やっぱり怖いから俺は――
空中で、もう一回ジャンプして落下の速度を殺すのだが。
――――薄幸はアクションゲームだ。
広大なフィールドを駆け巡り、魔物を倒して強くなる。
そしてアクションゲームというのは、得てして二段ジャンプと呼ばれるものがデフォルトで備わっている事が多い。
薄幸もその例にもれず、プレイアブルキャラは誰もが二段ジャンプを行うことが出来た。
これは足にマナを集中させ、空中のマナを蹴っているという理屈があるのだが、大切なのは現実になった薄幸世界で、俺という転生者もそれが可能だということ。
これができるようになるとどうなるかといえば、今まさに俺がやっている通り。
この時、経験値は魔物を攻撃した人間に入る。
俺はこの魔物を釣り出すために、小石を投げつけて挑発していた。
それによるダメージがあるため、落下して死んだ兎の経験値は丸ごと俺に入ってくるのだ。
これは、薄幸における代表的な稼ぎの方法である。
「よし、一気にレベルが四つ上がったぞ」
現在俺がいる場所は、ゲームの序盤終わり頃に訪れることのできる森。
当然、出てくる魔物はレベル1の俺では敵わない。
そして今はレベル5だが、当然それでも足りない魔物ばかり。
であればこうやって、落下死稼ぎによってレベルを上げるのがいいだろう。
元々ここは、ゲームでも序盤で使える安定の稼ぎ場だったからな。
ゲームだとうまい具合に崖の上にショトカする方法があったんだけど、流石にそれは使えないだろうからな。
とりあえずどっかでまたあの兎を引っ掛けながら、崖の上に戻るとしますか。
この世界はクソだけど、こうやって稼ぎができるのは結構たのしいなぁ。
なんて思いながら、俺は森の中を歩き出すのだった。
◯
――「薄暗闇に幸福を求めて」。
略称は薄幸。
時たま蔑称として発酵とも称されるこのゲームは、とにかく陰鬱で救いがない。
しかしその中にも人の命の輝きは確かにあり、何よりシナリオの出来は素晴らしかった。
結果、プレイヤーはその多くが苦しみながら、新規プレイヤーのプレイ動画や感想を漁る怪物と化していく。
そんなゲームだった。
そんな薄幸世界に、一人の転生者が現れた。
薄幸をプレイし、愛し、苦しみ、そして新規プレイヤーから栄養を摂取して生きてきたその生物は、転生したことで薄幸世界はクソだとはっきり自覚する。
そして、そんな世界をぶち壊すべく行動を開始したのだ――
ちょっと本人が思った以上に世界をぶち壊していることに、気付くこと無く。
具体的には今回の稼ぎが、森から魔物を根こそぎ排除してしまうこと。
それによって、サブイベントでこの森に迷い込み犠牲となるはずだった少女が、生き延びること。
しかしそのことに、今はまだ転生者――トオルは気付いていない。