男の進む軌跡   作:泡泡

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孤児院

 空中に浮いたままの青年は、そのままの姿勢で二人の男女がいなくなるまで少しの時間留まっていた。それから音を立てることもなく飛び立った時と同じように降り立った。それでもそこには小さな気配があった。それに青年がいた空より高くにも小さな気配が一つ・・・。

 

 「あのー・・・・・・」

 

 「何か?」

 

 後ろからかけられた声にも振り返ることなく返事を返した。『ヒッ』と怯えたような声を聞こえてきたがどうしようもない。(青年)は基本、人間が嫌いなのだ。・・・ただ例外は存在するが。

 

 「さっきはどうもありがとうございましたっ」

 

 腰が折れるんじゃないかと思うぐらい、90度ほど曲げてお礼を述べる少女がいた。それは倒れそうになった少女を青年が助けたことについて言っているのだろう。

 

 

 「別に・・・」

 

 「あっ、あのー。何かお礼がしたいんですけれども・・・」

 

 青年の感情がこもっていない発言に恐れをなしたのか、尻すぼみになっていく少女の声。いかんいかんと思いながらも突き放すような言葉だけが自分から零れてくる。

 

 「何かお礼を貰うことを期待して助けたわけじゃないから、それを君が気にすることはない。要件はそれだけか?」

 

 「・・・・・・・・・」

 

 「それならば失礼する」

 

 ――もう声はかけないでくれよ・・・――

 

 しかしそれはある意味叶わない事だった。その少女がとある老婆と似ていてポジティブだったからだ。今となってはその時気にせず、声をかけてくれたことは青年にとっての転機だったのかもしれない。

 

 「あなたが気にしなくても、わたしが気にするんですっ!!」

 

 顔を地面に向けていたので諦めたかと思っていたのに、駆け足で寄って来て青年の前に回り込みそう告げた。その少女の口からは出てくることのないものだと思っていたので、それはそれは驚きそして立ち去る機会を失った。

 

 「・・・分かった。君が満足するまで君と一緒に行動するよ・・・・・・」

 

 半ば諦めがかかっていた返事だったが、少女は表情をぱあっと輝かせて喜んだ。どうしてそこまで喜んだのかと後で聞いてみたかった。それでもそれは願わなかった。上空を飛んでいた鳥がけたたましく鳴いたからだ。

 

 「ピューィッッ!!」

 

 「っ。あ、ちょっと先を急ぎますね。・・・えーっとここで待って頂けますか?すぐに戻りますので」

 

 嬉しそう表情から一転、しかめっ面をしてT字路の森側へとかけていった。横にある看板には『マーシア孤児院』とかすかに読めた。

 

 「なぁ、どうして君のご主人は走っていったのかね?」

 

 左腕を目の高さまで上げ、それから上空にいる異変を知らせた()に声をかけた。すると彼はすぐさま青年の左腕に羽音とバサバサと立たせながら止まった。止まった時に、腕に彼の爪が少し刺さったがそれでも加減してくれたのだろう。

 

 『ピューイピュイピュイピュイ。(あのねあのね、子供に危険が迫ったの。)ピュ(声分かる)?』

 

 「ふむ、危険が・・・?あぁ、心配しなくても君の声は聞こえているよ。大丈夫さ」

 

 『ピュピュピューッッ?(あ、あなたがッッ?)

 

 「落ち着いて・・・な?あと君の飼い主には俺の正体言わないでくれよ?」

 

 『ピューイ(勿論よ)ピュイピュイ(クローゼのとこ行くね)

 

 「ああ、またあとでな?」

 

 嬉しさを羽でバサバサと音を出して表現し、それから青年の腕から離れて上昇する。みるみるうちに姿は小さくなり、少女の元へと急いでいった。

 

 「まったく・・・・・・。人間(・・)じゃなかったら俺も甘いもんだ」

 

 そう、青年の腕にいたのは人間ではなかった。羽音を立てている事や、人とは別の声を出している時点でわかっているだろうが腕にいた彼女は鳥だった。それからしばらくしてから慌てた様子の少女が来て一緒に来て欲しいと頼まれた。約束を反故にする事は、青年の理念に反しているので嬉しさを隠しきれない少女に着いていった。

 

 「ほぅ・・・・・・」

 

 森の中にあったのはこじんまりとしていながら、アットホーム的な雰囲気を醸し出しているほんわか暖かい建物だった。読みづらくなっていた看板に書かれていた孤児院が少女の目的地だったようだ。そこで少女の名前を知ることが出来た。クローゼ・リンツと言うらしかった。

 

 「あのーあなたの名前はなんですか?」

 

 「私の?私はファーブラ・イニティウム・ドラコと言う。親しい人はファーと呼ぶよ」

 

 「そ、そうですか?ではファーさんとお呼びいたしますね」

 

 「うむ・・・・・・。それにしてもこの家から複数の気配がするんだが・・・数人は子供で、あとはさっきの男女か・・・・・・」

 

 気配を探ると、先ほど出会い頭にぶつかりそうになったエステルと疑いの目を向けてきた少年の気配を含め幼い子供たちがいることを()た。

 

 「ファーさんは気配を探るのがとても上手なんですね?何かされていたのですか?」

 

 「うむ、長年の経験が身に付いたのでな・・・。それよりもクローゼとやら・・・畏まった話し方をしなくとも・・・年齢相応の話し方などはしないのか?」

 

 「こ、これが私の話し方なんです。・・・学友からは『堅い』とか言われますけれども・・・砕けた言い方をすることができないんです。やっぱり私って変・・・ですか?」

 

 孤児院の敷地に入ってから、両脇に畑があるところをゆっくり歩きながらクローゼと話す。

 

 「クローゼはクローゼ・・・だろ?話し方が他と違っていてもクローゼにはクローゼなりの考えがあってその話し方を選んだ・・・。それでいいじゃないか?」

 

 「そ、そうですね。ありがとうございます」

 

 「あー、クローゼお姉ちゃんが男の人とお話してるーっ」

 

 いつまで経っても来ないクローゼを心配した子供の一人が扉を開けて出てくる。それに連れられて年配の女性も出てきた。

 

 「あらあら、もう一人お客さんですか?」

 

 「はい、私が転ぶのを助けてくれたファーさんです。お礼がしたくて無理に誘っちゃいました。ファーさんこちらに来てください」

 

 「暖かそうな雰囲気の良い家だ。きっと幸せ一杯に暮らしているんでしょうな?」

 

 「ふふっ、分かっちゃいますか?あなたも不思議な方ですね」

 

 「???」

 

 「ねーねー、早くクローゼ姉ちゃんの作ったお菓子が食べたいー」

 

 それをきっかけに数人の子供たちが騒ぎ出す。それを収めようとしながらも、どこか嬉しそうな表情を浮かべている年配の女性。彼女の名はテレサと言い、テレサと亡夫ジョセフによって開設されたルーアン地方にある孤児院だった。そこには四人の子供たちがおり、テレサと共に暮らしていた。

 

 「おじゃまします」

 

 「「あなたはさっきの!!」」

 

 椅子に座っていたのはやはり新米遊撃士の二人だった。少年の方は少し警戒心を持ちつつこちらを見、少女のほうは興味津々な様子でこちらを見ていた。

 

 ――あれが私を最初に変えた子か・・・・・・――

 

 気づかれないように横目で確認してみるが、近くで見て確信した。あの子は私が百日戦役で助けた母親の子供。あれから随分と経っていたが男勝りなところは変わっていなかった。釣りが好きなところやスニーカーのコレクターである時点で変わり者と言えるかもしれない。

 

 「ねぇ、あなたとあたし・・・どこかで会った事ない?」

 

 ――聞いてくるか?――

 

 「私は旅をしているからどこかですれ違ったりしているかもしれないな。君はどうしてそんなことを聞くんだい?」

 

 「んーっと・・・昔助けてもらった事があるんだけれども、その人に似ていたからよ」

 

 「そうなのか?私としては思い出すことができないよ(認識阻害アーツは半分ぐらい成功しているようだ。無理もない。ゼムリア時代のアーツを引っ張ってきたからな。成功率50%でも高いぐらいか?)」

 

 当事者以外では何の話をしているのか、分からない話を繰り返しながら甘い物をご馳走になった。例えば黒髪の少年がしつこく移動方法について聞いてきたり、クローゼがエステルと何かを張り合っていたり、孤児院の子供たちが青年に懐いたり・・・と有意義な時間を送ることができた。

 

 楽しい時間というものは早くすぎるもので、新米遊撃士の二人がルーアンのギルドに顔を出さなければならないのを思い出したのをきっかけにそろそろ・・・と言ってそれぞれ解散することになった。

 

 クローゼは遊撃士に着いて行ってルーアンに行くようだ。ファーもあてもない旅を再開しようとしていたが、漂う不穏な空気を察知していたのかテレサに思わせぶりな発言を残していた。

 

 「もし・・・もしあなたたちの身に何かあったらこれを」

 

 「?なんですかこれは・・・・・・」

 

 差し出したのは手のひらサイズの結晶体。光を当てるとキラキラと輝いて綺麗だった。

 

 「これはいざという時のアナタの助けに必ずなるはずです・・・」

 

 「どうしてここまでしてくれるのですか?」

 

 「初めて会ってみて思うところがあります。それはあなたが本当に大事に子供たちを守っていると言う事です。だから私もそれに加担したいと思ったんです。それに・・・」

 

 「それに・・・?」

 

 「あなたの作ったお菓子はとても美味しかった。その恩に報いなければ・・・と思いました。と言うのは建前でして、私も子供の将来は潰したくないんです。これが理由では駄目・・・ですか?」

 

 「・・・・・・」

 

 「もっと理由をあげるとすれば、私は人間が嫌いです。信用できないというか、生理的に受け付けません。しかしそれでも数人は信用に値するとみなして上手く付き合って来ました。あなたもその一人になると直感で思ったからです。その信用が足りないとみなした場合はこちらから切り捨てますので・・・。」

 

 テレサ院長は目を数回まばたきをしてから、表情を緩めて答える。

 

 「いいえ、ファーさんがここまでしてくださることにただただ感謝するだけです。願わくばこれが使われないことを願います」

 

 「どうぞ。それは私からあなたへの信頼と感謝の印です。使われなければそれでいいのですがここ数日の間が勝負となるでしょう。あなたの周りが嫌になるぐらい騒々しい雰囲気ですから・・・」

 

 その願いも虚しく結晶体は使われるのであった。それが結果として命を救うことになるのはこの時点で、ファーしか知らないことである。




 2ヶ月ほど更新が途絶えてしまって申し訳ありません。これからは一ヶ月に一度でも更新したいと思います。

 さて、この話で出てきたオリ主の名前「ファーブラ・イニティウム・ドラコ」ですがラテン語で「神話・発端・竜」となっております。

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