君が親父の愛人か腹違いの兄妹だとしても   作:紫糸ケイト

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君のために

 

 この第一大陸は、悪魔に支配された絶望の地だ。

人間がまともに住める場所なんて、このテイテオとアグアタぐらいしかないし、お隣の第二大陸に至ってはもう人間の生き残りすら存在しない。

 

 もしここに救援が来るとしたら、第四大陸のアメア=ローフィンからになるだろうが、そもそもこの絶望的な事態を海を越えて伝えに行くことすら不可能だ。

つまり、俺達が奇跡的に助かるなんて事は、まずないと思った方がいい。

 

「……どうなってんだよ、これ」

 

 ロスと母さんが警戒を続け、悪魔に襲われている人々を助けながら街の奥へと進むと、そこにはこの世の終わりのような光景が広がっていた。

 

 人の形をした巨大な悪魔たちが、人間を『調理』して食べているのだ。

真っ黒な体に裂けたような口。到底人とはかけ離れた異形の存在が、不気味に人の真似事をして、人間を焼いて皿に乗せ、貪り食っている。

 

 その光景を直視してしまった俺は、たまらない吐き気に襲われ、胃から込み上げてくるものを無理やり喉の奥へと押し込むのに必死だった。

 

「ルー君、大丈夫?」

 

「母さん、あれって……」

 

「私達が食材をそのまま食べないように、悪魔だって生肉のまま食べる訳じゃない。まあ、ああやって焼いたり皿に乗せたりしてるのは"知能持ち"だろうから、今は手は出さないようにね。色々と面倒くさいから」

 

 俺の問いに答えたのは、母さんではなくロスだった。

二人はこの地獄絵図を見慣れているのか、街の中央で繰り広げられている狂気の食事会を一瞥しただけで、まだ崩れていない家屋の影を見つけ、俺についてくるよう顎でしゃくった。

 

「それで、これからどうするの?」

 

「可能なら街の人はなるべく助けたいが、一番気にするべきはレイアの奴……コホン、レイア様の安否ですね」

 

「レイア様なら大丈夫よ、あの人は神様なんだから」

 

「……そうだといいんですけどね」

 

 廃墟に身を隠し、母さんとロスが今後の作戦について話し始めている。

だが、俺の耳には二人の声がうまく入ってこない。

正確には声は鼓膜を揺らしているはずなのに、外から聞こえ続ける人々の断末魔、肉が潰れる湿った音、そして何より、鼻を突く肉が焼ける匂いが脳にこびりついて、思考をぐちゃぐちゃに邪魔してやがる。

 

「ルイサ、大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ。大丈夫だ……」

 

 震える声で強がった俺の顔を、ロスがまっすぐに覗き込んできた。

その白髪の間から覗く瞳は、ひどく静かで、どこか見透かすような色を帯びていたような気がする。

 

「恥ずかしがらないで、そして、見栄を張らずに答えて下さい」

 

 ロスの声が、ふっと柔らかくなる。

 

「……今、怖いですか?」

 

「俺は」

 

 一瞬だけ見栄を張ろうと考えた。

だが、彼女の笑顔の前で嘘はつきたくなかったし、何よりも格好つけてやろうとする心が、今の俺には殆どなくなっていた。

 

「怖い、いろいろ考えたけど怖くてたまらない」

 

「ルイサは初めて悪魔と戦って、複合魔術を成功させて、いろいろ頑張ってたもんね」

 

 ロスは俺の肩に引っ付くぐらいの近さで、隣に座った。

 

「どんな英雄だって、最初はみんな怖がってたって話は知ってる?」

 

「知らないけど、多分そうなんだろうなとは思うよ」

 

「そうなんです!」

 

 ロスの左手がビシッと音を立てるかのようにまっすぐと動き、何もない空間を指差した。

 

「転生者クォーツは仲間に任せて自分は隠れていたし、魔術師タリラは襲われないように仲間をオトリに使って戦っていた、みんな最初は怖くて当たり前、だからルイサは間違ってない」

 

 そして、彼女は俺の頭を撫でだした。

俺の恐怖を肯定し、名のある英雄達と同じだと言って励まそうとしてくれているのが伝わってくる。

 

「だから最初は楽しい事を考える余裕は……ないと思うけど、それが一番なんだよ! バルトロスだって恐怖に飲み込まれそうになった時はいつもシアコトルさんと、ルイサの事を考えてたって聞いてるもん!」

 

「親父が……恐怖に飲み込まれそうになる事って、あんのか?」

 

 あのガサツで大雑把な親父が恐怖に飲み込まれそうになるとか、とてもじゃないが考えにくいぞ。

悪魔と戦いに行く時だって、魔王を討伐するために出ていった時でさえ笑っていたんだから、どうやってもそんな姿がイメージできない。

 

「いや、ないない、あの親父だぞ?」

 

 俺が首を降って答えると、ロスは笑顔で続ける。

 

「魔王と戦ってた時、本気で死ぬかもしれないって恐怖に襲われて動けなくなって……クォーツに助けられなきゃ一番最初に死んでいたのは多分、バルトロスだったと思うよ」

 

「クォーツって、確か転生者だっけ? 親父が恐怖するレベルなのによく動けたな」

 

「多分怖くて一瞬だけ力を使ったんだろうけどね……じゃなくて! 今のバルトロスでさえ恐怖する事はあるし、最初こそ魔王に恐怖したけれど、そこからは家族の事を考えて恐怖に打ち勝って、魔王と戦ってたの!」

 

 お、おう。

そんなに肩を掴まなくてもいいのに。

親父の話になると本当にロスは……ハァ。

ったく、親父も勘弁してくれよな。

アンタの魔王と戦った時の話を越える話なんて、今の俺には用意できねぇっての。

 

「だから、楽しい事とかなんでもいいの、恐怖に負けたら足が動かなくなって殺されちゃうんだから、生きるためにも恐怖に負けちゃダメ!」

 

「楽しい事とか、なんでも……か」

 

「もちろん最初からできるわけがないし、バルトロスだってできるようになったのは実戦経験を積んでからしばらくしてからだけどね」

 

 ロスは立ち上がり、俺に手を伸ばした。

一人で立ち上がる事はできるけれど、まるでこの手は"俺は一人じゃない"って励ましてくれているかのように。

 

「最初は怖くて当たり前、だけどルイサは逃げずにここにいる。私やシアコトルさんを見捨てず、まだ戦う意志を宿しているって、私は信じてるよ」

 

 そして、俺に"恐怖に打ち勝つ方法"を授けているように見えた。

俺が複合魔術を成功させたのも、ロスを守るためだったし、さっきまで恐怖に押し潰されそうになっていたのに、今はロスで頭がいっぱいだ。

強ばっていた関節や筋肉が不思議と動く。

 

「ありがとな、ロス」

 

 なるほど、つまり……。

 

「気にしないで、私はルイサの役にたてて」

 

「俺、ロスの事を考えるようにするよ」

 

「……へ?」

 

 ロスを守るために戦う。

ロスにカッコいい所を見せるため、惚れてもらうために恐怖に屈したりしない。

これだ、これだよ!

普通なら家族を守るためだとか、人々を助けるとか崇高な思いを胸に立ち上がるんだろうが、俺には絶対無理だろうし。

ロスの事を考えている時だけは、恐怖に負けない自信がある。

 

「ありがとな、ロス」

 

「ふぇ!? ちょ、ルイサ? いきなり抱きついてきて……」

 

 俺よりも体は小さく、年も下。

こんなにも可愛くて、壊れてしまいそうな彼女を俺が守らずに誰が守るんだ?

どこかで瀕死になってる親父には不可能で、俺しかいないじゃねぇか。

 

「お前の事を守れるぐらい、強くなってみせるから」

 

「お前何バカな事言ってるんだ、まったくこれだから……」

 

「あらロスちゃん、ルー君に抱き締められて顔真っ赤じゃない、ルー君もなかなか大胆ね」

 

 俺がロスを解放すると、確かに彼女の顔は真っ赤になっていた。

親父の言葉以外でも、ロスに響いたみたいでそれがとても嬉しかった。

 

「ち、違う! この少女の体が勝手にドキドキしてるだけだ!」

 

「それはドキドキしてるって認めるのね?」

 

「違わないけど……違うんだよぉ!」

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