君が親父の愛人か腹違いの兄妹だとしても   作:紫糸ケイト

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蛇の魔術師 シアコトル

 

 

 ロスは淡々と、俺を親父に会わせる事のできない理由を教えてくれた。

どうやら親父の居場所はとても危険な場所で、人間が生きてそこを通る事すら珍しいらしく。

 

「少なくとも、私に勝てないようじゃ連れて行くなんて不可能」

 

 俺が親父に会う事は、俺の死に直結するし、親父も殺す事になると言われてしまった。

だが、これでわかった事もある。

ロスは今、親父も死ぬ事になるとハッキリ言った、つまり親父は伝言のとおり、瀕死の状態で間違いない。

 

「足手まといってか」

 

「言葉を選ばずに言えばそうなるが……実戦経験はどれだけ積んでいるのですか?」

 

 ……確かに俺は別に強くない。

対人戦なら経験はあるし、母さんから人の殺し方は学んできた。

だが、悪魔と戦った経験がない。

母さんはそもそもこの街の外に行く事を禁止しているし、学校だって同様で、街を守る兵士も俺みたいなガキが悪魔どものエサにならないように止めてくる。

 

「悪魔とは一回も戦った事はない」

 

「この壁の外に出たら嫌でも戦うんだぞ? やれるのか? ま、悪い事は言わないからやめておけ」

 

 しかし、しかしだ。

ここで黙ってわかりましたと頷く息子がいると思うか?

自分の父が瀕死になっているとわかって、助けに行こうとせず黙って待つだけなんて、そんな心無い選択がとれると思うのか?

いいや、そんな息子はいないだろう。

 

「実戦なら道中に積めばいいだろ」

 

「それはそうかもしれないが……そこまで余裕があるかどうかわからないし……」

 

「母さんも学校も外に行くなって言うけどよ、ここで動かなきゃいつ動くんだよ! だから俺は行くぞ、たとえお前が俺を連れていかないと言ったとしても、母さんが俺を止めたとしても行く!」

 

「まて、君は母にしてバルトロスの妻、蛇の魔術師シアコトル様の決定に逆らおうって言うのか?」

 

「ああ!」

 

 多分、めちゃくちゃ怒るだろうな。

昔、一度だけ約束を破った時は大蛇で体を縛られて、そのままボコボコにされた事もあったし……いやいや、何びびってんだよ、母さんは置いといていいはずだ。

 

「それに母さんだって、親父を連れてくれば絶対に喜ぶだろ?」

 

「そうかもしれないが、シアコトルに逆らうのは流石に」

 

「うるさい! 俺ももう17だぞ、母さんが怖くてやってられっか!」

 

「あ、あわわ……」

 

 ロスの奴、いきなりあたふたして……本当に可愛いな。

なんだろうか、体についた傷が歴戦の銃士である事を証明しているのに、どこか子供っぽいって言うか……フフッ。

つーかなんて顔してんだよ、むちゃくちゃ驚いて……驚いてるよな、コイツ。

待て、まさか、まだ仕事の終わる時間帯じゃないからあり得ないけれど、まさか!

 

「ルー君、なんで学校サボったの?」

 

「か……母さん!?」

 

 ロスの可愛さに気を取られて気付かなかったが、母さんが帰ってきてやがった!

 

「学校サボって、女の子を部屋に連れ込んで……そういうのはまだルー君には早いと思うんだけど」

 

 鋭い眼差しで俺を睨む母親、シアコトル。

彼女の足元から、何もなかった場所から蛇が二匹現れて、ソレらも俺を睨んでやがる。

転生者の言葉に、"蛇に睨まれてカエル"だったかそんな言葉があったよな、家で蛇に睨まれたらどこに帰ればいいんだろうか。

 

「誤解だ誤解、何もしてねぇよ」

 

「ふーん……ならいいんだけど」

 

 蛇がシャーと威嚇しているのに、ここでロスに銃を突きつけてましたなんて言おうもんなら、また毒耐性をつけるためだとか言われて毒蛇に噛まれる可能性大!

めちゃくちゃ痛いし、気持ち悪くなるし、毒蛇には何百と噛まれてきたけれどもうごめんだ!

 

「こんにちは、小さな銃士さん」

 

「シアコトル……」

 

「あら、私の事知ってるの?」

 

「そりゃ、世界一の美人で俺の……ハッ! と、とにかく美人だとバルトロスから聞いているので!」

 

 母さんは一瞬だけ、これまで見せた事のないような困惑の表情を見せてから、ボソッと何かを呟いた。

それが何だったかわからなかったが、ロスと俺を囲む毒蛇が大量に現れたので、すぐに理解できた。

 

「貴女は夫の……何ですか?」

 

「私はルイサ君に荷物を届けにきたバルトロスの……部下、いや仲間……うん、仲間です」

 

「荷物?」

 

「母さん、コレだよ」

 

 俺が金と銀の銃を手にとって見せると、予想外に母さんは一切驚く事はなく、まるで殺さんばかりの殺気を放ちながらロスを睨み続けている。

蛇が近づく音がこんなにも大きく聞こえ、自分の心臓の鼓動の音すらも聞こえてくるこの静寂と空気感……苦手だ。

 

「あの人が銃を預けたなんて……貴女、ずいぶん信用されているのね」

 

「ちょ、母さん」

 

 母さんの声は氷のように冷たかった。

普段なら"そうだったの"と微笑む場面でも、今はピクリとも笑っていない。

周囲を囲む毒蛇たちが、一斉に鎌首をもたげてロスに狙いを定めている。

 

「し、信用というか……その、私は仲間として、バルトロスの遺志……じゃなくて伝言を預かっただけでして!」

 

「へぇ……あのバルトロスがねぇ……」

 

 母さんの目がすっと細められる。

その視線は、ロスの白髪から、斜めの傷が入った可憐な顔、そして華奢な体つきまで、舐め回すように観察している。

母さんが昔から言っていた"人を殺すにはまず観察から"って言葉がここまで思い出したくない場面で思い出すとは……とにかくまずい。

ロスを、殺すつもりか?

 

「あの人は昔から、他人に自分の背中を預けるのは好きじゃなかった。ましてや、自分の半身とも言える"愛銃"を他人にポンと渡すなんて、絶対にあり得ないわ……よっぽど、特別な関係じゃない限りね」

 

「と、特別だなんて! 滅相もない! 私はただの仲間です!」

 

「私ですら、妻になってから触る事を許可されたのよ? あの人の部下や友も、手に取る事を許されてなかった……だから、貴女は異常な程あの人にとって特別なのよ」

 

「いやそれは格好つけてただけというか……なんというか……」

 

「六年間、どこであの人と何をしてたの?」

 

 低い、地を這うような声。

ロスは"ひっ"と小さな悲鳴を上げ、俺の背中に隠れるように一歩下がった。

 

 ……なんだこの状況。歴戦の銃士のような雰囲気を纏っているくせに、なんでうちの母さんにこんなにビビり散らしてるんだ?

……アレか、悪魔とは戦ってきたが人とは戦い慣れてないとか?

って、それはどうでもいい!

 

「母さん、落ち着けって! ロスはわざわざ親父の伝言を届けに来てくれたんだぞ? それに、親父は瀕死の重傷を負ってるって……!」

 

「ルイサは黙っていなさい。これは大人の、女同士の話よ」

 

「女同士って……」

 

「ねぇ、ロスちゃんと言ったかしら、貴女、おいくつ?」

 

 母さんが一歩、ロスに近づく。蛇たちがシュルシュルと舌を出しながら床を這い、俺とロスを包囲していく。

 

「じ、十四です! ルイサ君より三歳下で……!」

 

「十四……十四年前……あの人が"レイア様"と共に遠征に出て、半年帰ってこなかった時期ね……」

 

「へ?」

 

 母さんがボソリと呟いた言葉の意味が、俺にはよく分からなかった。

しかし、俺の背中に隠れていたロスは、突然雷にでも撃たれたようにビクンと体を震わせた。

 

「ち、違いますよシアコトル! いや、奥さん! 私は決してそんな……バルトロスの隠し子とか、そういうんじゃなくてですね! あの時は本当に教団に手こずっていただけで、浮気なんか……」

 

「……私、一言も"隠し子"だなんて言ってないわよね?」

 

 ピタリ、と。

部屋の空気が、完全に凍りついた。

母さんの背後に、これまで見たこともないほど巨大な大蛇の幻影が浮かび上がる。

 

「どうして貴女が、あの時の遠征の言い訳を知っているのかしら? まるで、あのバルトロス本人から直接聞いたかのように……あるいは、あのバルトロス本人であるかのように」

 

「あ、あわわわわ……!」

 

 ロスは完全にパニックを起こし、両手をバタバタと振っている。

俺は頭を抱えたくなった。

なんだこの美少女、めちゃくちゃポンコツじゃないか!

でも可愛いし、見捨てられない!

 

「母さん、言いがかりはやめてくれ! ロスが困ってるだろ!」

 

 俺はたまらず、ロスの前に立ちはだかって庇った。

親父の戦友であり、こんなに可愛い女の子を、理由もなく蛇の餌にするわけにはいかない。

 

 しかし、俺のその行動が、母さんの逆鱗にさらに触れてしまったらしい。

 

「……ルー君は会ったばかりのその娘を庇うの? お母さんよりも、父親の隠し子……いいえ、"愛人"かもしれない女なのよ?」

 

「愛人!? いやいや、十四歳だぞ!? 親父がそんな犯罪まがいのことするわけ……」

 

「あの男ならやりかねないわ! 昔から胸が大きければ誰にでも……いえ、この子は胸は小さいわね、ならなおさらタチが悪い、魔王討伐に行った時の仲間のタリラとかも小さかったし……とにかくロリコンに目覚めたのよ!」

 

「誰がロリコンだ! 俺はシアの豊かな胸が一番好きなんだよ!」

 

 ロスが思わず叫び、俺の腕を掴んで前に出た。

……ん? 今、なんて言った?

 

「……俺はシアの豊かな胸が一番好き?」

 

 母さんが、ポカンと口を開ける。

俺も、自分の耳を疑った。

ロスはハッと口元を手で覆い、"やってしまった"という顔で汗をダラダラと流している。

 

「あ……いや……その、これは……バルトロスがよく寝言でそう言っていたのを、つい真似してしまったというか……! いつも"シアの胸に顔を埋めて眠りたい"だとか、"シアを抱きたい"って……!」

 

「っ……!!」

 

 母さんの顔が、一瞬で茹でダコのように真っ赤に染まった。

怒りではない。完璧な羞恥だろう。

だが、止めてほしい。

息子として、両親のこういう話を聞かされている時が一番キツイんだよ。

 

「あ、あのバカ……! 若い娘の前でなんてことを……!」

 

 母さんは両手で顔を覆い、その場にしゃがみ込んでしまった。

周囲にいた毒蛇たちも、主人の動揺に当てられたのか、シュルシュルと消え去っていく。

 

「た、助かった……」

 

 ロスはへなへなとその場に座り込み、深く安堵のため息をつき、俺はただただ、このカオスな状況に立ち尽くすしかなかった。

 

 親父を助けに行くという俺の決意は、謎の美少女の爆弾発言と、母さんの赤面によって、見事に有耶無耶にされてしまったが……。

とりあえず、この白髪の美少女が"ただ配達しにきた親父の友"じゃないことだけは、確かなようだった。

 

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