煌めく金と銀の銃は、俺の魔力を容赦なく吸い取っていく。
魔力で弾丸を作り、銃が俺の意思を勝手に反映して補助魔術を使う。
だから頭でどの魔術が適切で、残りの魔力的に弾丸の作製量を計算して……くそ、やるべき事だらけだ。
「ヤバくなったら私が助けに入るから、まずは実戦あるのみ! それでその、シアコトルさん……どうして私の首に蛇が巻き付いているのでしょうか」
「バルトロスの隠し子であれ、愛人であれ、貴女がいつ裏切るかわかりませんからね、あと普通に夫をたぶらかしそうなので」
「あはは、そんな事しませんよ! あと、この蛇ってヤバい猛毒の蛇だったと記憶してますけど、噛んだりしませんよね?」
「私が制御してる限りは大丈夫よ? ……多分」
「多分!? ちょっと、多分って何!?」
白と黒の銃を持つ少女ロスは母さんと何か話をしていて、こっちを助けてくれそうにない。
母さんはロスと話ながらも、俺を見てはいるが、手を貸してはくれないみたいだ。
母さんは蘇生の魔術が使えるとはいえ、あの親父ですら扱えないレベルの上位魔術だからな、死ぬギリギリには助けてくれるだろうが……。
「って、集中集中! しかしまぁ黒いね、おまけに口だけは黒く目立って……教科書どおりだが、なるほどコイツが悪魔ってやつか……」
この一体すら倒せないようじゃ、俺はロスについていく事なんてできやしない。
ロスも絶対につれていってくれないはずだし、母さんも認めてくれないだろう。
ロスが提示した足手まといにはならないことってのを、証明してやるんだ。
『俺はもうガキじゃねぇ! 実戦ぐらい、やって見せるし、戦えてたら俺も親父に会いに行くからな!』
ロスと母さんにそうやって言った以上、コイツを殺して俺の力を、親父とは違う俺だけの力を証明してやる!
しかしまぁ学校で学んだ事は、どうやら全てが無駄じゃないらしい。
目の前にいる黒色の人型の化物について、教科書や先生の話で聞いていた事もあり、思っていたよりもビビッていない。
冷静に、銃を構えて母さんの言っていたように"観察"ができている。
「よぉ、化物」
「……」
言葉は話さない、いや伝わってないか?
知能無し、だから魔術を使ってこないだろう。
そうとわかれば、気を付けるべきは……。
腹部と顔の部分にある、巨大な二つの口だけだ。
人の形を持つのに、開いた口から見える歯は人が持つにはあまりにも鋭利で、食事というより武器として発達しているような……口が開く度に、威圧感がすごい。
「まずは距離を取って……」
少しづつ、しかし相手から目を逸らさずに後ろに下がる。
近づかれた時の為の剣は腰にあるし、魔術の威力と精度を上げる為の、補助用の杖はすぐに取り出せるように魔術で収納してある。
俺に抜かりはないはずだ。
こんな普通の悪魔なんかに、ビビってたまるか。
「俺の経験の糧となりやがれ」
銃を構えると、悪魔は目が無いはずなのに、まるで俺が持つコレを"銃だと知っている"かのように、近くにあった岩をおもいっきり殴って土煙と手頃なサイズの石や砂に変えやがった。
……不気味だな、怖いとかじゃなくて、俺が持つのが銃であり、魔術のように目で見ずとも当てられる物ではなく、目視で捉え続けないといけないって事を知っているかのような……。
「……知能無しでも目潰しはしてくんのか?」
「ルー君! 観察しろとは言ったけど、撃てるタイミングで撃たなきゃダメ!」
母さんに言われて射撃をしようとした瞬間、目に細かな砂が入った。
たまらずいたはずの場所を、感覚だけを頼りに撃ち抜いてからすぐに噛みつかれないように、距離を詰められないように攻撃魔術で壁を作る。
「チッ! "弾丸増殖(バレットウォール)"!」
左手に握る銀の銃を空に掲げ、弾を一発だけ撃って魔術を展開する。
一発の弾が空中で砕け、数千の鉛の雨となって敵の進路を塞ぐ、親父が得意な攻撃魔術だが……無数の弾丸を全て敵にむけてコントロールして敵に当てるなんて事は親父レベルにならなきゃできやしないし、そもそも何も見えてない今じゃ、銃と魔術の組み合わせはこれが限界だ。
「"バックブースト"! "オールリセット"!」
牙が届かない程度、剣を踏み込んで振ったとしても当たらない程度に距離を取るために、後ろに下がる魔術と、衣服と皮膚についた汚れを落とす魔術を使って視界を取り戻す。
目の痛みは少し残るが、さっきまでとちがって瞼は簡単に開いて視界がもどってくる。
よし、こんどこそ撃ち殺して……。
「あっ」
目の前には、牙があった。
大きく開いた口と、糸を引く鋭利な牙。
それが、俺を喰おうと……。
何で、弾の雨を降らせて近づかれないようにしたはずだよな?
「そういう事かよ」
この化物め。
人間相手なら、弾を恐れて突っ込んでくるなんて事はしないだろう。
だけど、目の前のコイツは恐怖で足を止めなかったんだ。
肩や頭に数発の弾がめり込んでいるけれど、死ぬ事はないと判断して真っ直ぐに距離を詰めてきやがった!
そして、後ろに飛んだし、常人なら魔術を使わなきゃこの距離をこんな一瞬で詰めてくる事なんてできないはずだと思っていたけれど。
これだって、相手が人間ならって話だ。
目の前の化物の運動能力を……教科書で知っていたはずなのに!
くるな、やめろ。
まだ、死にたくない……!
「んー、全然ダメだけど最初ならまあいいんじゃねぇの?」
爆音と共に、悪魔の頭部が完熟した果実のように弾け飛んだ。
視界がどろりとした赤に染まる。
鉄錆の臭いを孕んだ熱い体液が頭から降り注ぎ、肌にねっとりと絡みつく不快感に、胃の底から酸っぱいものがせり上がってきた。
「大丈夫か、ルイサ」
ロスが銃を構えて、笑っていた。
こんなにも情けない姿を見せてしまったのに、まるで子供の成長を喜ぶ親のような、隣で笑う母さんと同じような笑顔を見せている。
いや、それよりも……。
「解析や観察は大切だが、ここは学校じゃない、教科書や問題はお前を待ってくれるだろうが……ま、わかるよな?」
この第一大陸"レイアーウ"は今や悪魔が支配する場所だ。
疎開都市テイテオ、"神都アグアタ"の二つの都市を除き大陸の全てが悪魔に支配されている。
だから、こんな一体にいちいち手間取ってはいられない。
こんな奴らは、無数にいるんだ。
それは頭じゃわかってたはずなんだが……知っているのと、行動できるのじゃここまで違うとは思わなかった。
「でもこれじゃ、この子を連れて行くなんて無理ね」
「そんな事ないさ、だいたいの奴は悪魔と初めて対面して動けない事が殆どだが、ルイサは動いて見せたんだ、流石俺……バルトロスの息子だな」
ロスは俺に近づき、抱き締めてくれた。
怖い思いをしたから慰めのつもりだったのか、それとも頑張れって励ましだったのかはわからない。
けれど……。
「えらいぞ、ルイサ」
めっちゃくちゃいい匂いがして、それどころじゃない。
え、ヤバいってこれ。
待って待って待って。
女の子ってこんな匂いするの?
感じた事のない、脳を刺激するような……。
「……なぁ、ロス」
「ん? どうした、ルイサ」
「お前……親父の愛人なのか?」
「絶対違う!」
「なら、親父の事をどう思ってんだ?」
「どうって……」
ロスは俺の質問に頭を掻きながら……また親父の真似をしながら答えてくれる。
「言うのは恥ずかしいが……強くて頼れる、最高の銃士だな」
今の答えでわかった、間違いない。
この人は、親父に惚れている。
だから真似をしているんだろうし、母さんもその事にどうやったか知らないが、気付いている。
「そっか……ロス」
「ん?」
「俺が親父より、バルトロスより強くなったら……」
「ロスちゃん? 私の夫を誑かして、次は息子も誑かすつもりなのかな?」
「ひぃいい! 違う! そんなつもりはなくて……」
決めた。
俺は強くなる。
バルトロスよりも強くなって、ロスを守れるようになって……。
母さんの為にも、どこかで死にそうになっている親父が母さんに殺されない為にも。
『いいか、ルイサ』
『なに、おとーさん』
『男に産まれた以上は強くならなきゃダメだ、俺が母さんを守るように、お前もいつか大切な人を守れるだけの力をつけないといけない時がくるはずだ』
あの時は、親父が何を言っているのか意味がわからなかったが、今なら理解できる。
強くなって、俺がロスを恋人にして、彼女を守るんだ。
「蛇の毒にはね、意識を朦朧とさせて自白させる毒もあるのよ」
「それは知ってますけど、この蛇でぐるぐる巻きにされた状況で言われると……意味が変わって聞こえますよ」
「あら、そう? うふふ」
「そうですよ、あはは……え、マジでやりませんよね? 噛ませたりしないですよね!?」
教科書は役に立つ。
だが、実戦はそれだけじゃダメだってことも理解できた。
俺が成長するには、理論よりも実戦の方がいいに違いない。
『これから、アグアタに行って人を探さないといけないんですけど……え、ついてくるんですか?』
ロスについていく。
そして成長して、その姿を見せるんだ。
「やはり私も行きます、貴女に息子まで取られるわけにはいきませんから」
「ですが……それは……」
「言っておきますけどご飯は私が作りますからね、息子の胃袋を掴もうったって、そうはいきませんから」
「シアコトルの手料理……やったあ!」
ロス……待ってろよ、絶対に親父を超えてみせるからな。
「なんだか寒気が……あの、シアコトルさん? もう毒を仕込んだとかないですよね?」
「貴女自身が我が家にとっての猛毒でしょう?」
「だから……バルトロスに何もしてないのにぃ!」