人の心がわからない怪物、死んだ魔法少女になり替わる ~生まれ持った飢えを満たすのに必要なのは、人の心でした~ 作:人類の味方らしき生卵
さて、これからどうしたものか。
彼女の死体は僕が食べてしまったから、残っていない。
血だまりも一緒に飲み込んだ。もしも、誰かがここを見た時に彼女が死んだ痕跡が残っているのは望ましくない。
「……さて、ここからどうしよう」
口調も今のうちに彼女のものに変えるよう気を付けた方がいいだろう。
何が原因で入れ替わりがバレるかわからない。そして、バレたらこの状況は終わりなのだから。
記憶もしっかりと確認しておくべきだ。留意事項は極めて多い。
「色々と試したことがないことばっかり。後で確認しておかないとね」
例えば、魔法少女を食べたとして、魔法を使えるのかだとか。
そもそも、魔法少女の魔法は僕らが食べられないからこそ、彼女たちが僕たちと戦っているんだ。なら、僕らと魔法は相性が悪いのではないか? はたして、僕は魔法を使えるのか?
……試してみるか。
「【レイ】」
光線を出す基本の魔法を、同族の死体へ向けて唱えてみる。
……無事に、光線は同族の死体を貫き、肉焼ける音がした。
魔法は、使える。理屈はわからないが。
「これなら、一旦は大丈夫そうかな」
後は僕がどれだけ彼女の素行を真似られるかの勝負だ。
っと。誰かが近づいてきている音がする。どっちだろう、同族だろうか、魔法少女だろうか。
「愛理っ!」
「――
現れたのは、紅蓮の装束を身にまとった魔法少女。
「やっと見つけた。大丈夫、どこか、怪我は……」
「もう、心配性なんだから、大丈夫、どこも怪我してないよ」
「そこの獣は? 愛理が倒したの?」
「――うん。ちょっと、苦戦したけれど」
でも、怪我はないよと元気アピールをする。
不自然かな? と思ったけれど、傷を再現するわけにもいかなかった。
あの怪我を再現していたら、それこそ病院とやらに連れ込まれる可能性がある。詳しい検査をされてしまうと、人間でないことがバレてしまうかもしれない。
避けられるリスクは避けるべきだ。
「本当に? 怪我してない?」
ペタペタと体を触られて確認される。
ふむ。この二人は大分依存関係にありそうだ。それとも、これが普通なのだろうか?
食べて得た愛理少女の記憶を探る。ふむ、普通の行為なようだ。日常的に行われていたのが確認できる。
人間の女性は肉体的接触が多いのか。これは気をつけなければ。
死体の捨て場所に捨てられるような死体は大人の男性が多かったから、これは知識の取捨選択が重要になりそうだ。
「……愛理? 黙ってるけれど、どうしたの?」
「あ、ううん。ちょっと疲れちゃったなって。かなり強い獣だったから……」
「ああ、そうだよね。確かに、かなり巨大な個体……さぞかし多くのものを食べてきたんだろうね」
後半の言葉には、強い嫌悪感がにじみ出ていた。
――記憶通り。この子は、飽食の獣に強い敵対心を抱いている。
彼女は何を思って、飽食の獣である私をこの子の側に置こうと思ったのだろうか。
遠回しに私を殺すため? 魔法少女だ、その可能性はある。もしもそうならば、素晴らしい精神だ。感服できる。
「ちょっと待っててね。糞害獣が、燃え尽きろ。【イグニッション】」
既に死んでいるというのに、入念に炎で死体を燃やしつくしている。
因みに、飽食の獣は別段蘇ったりはしない。死体は死体だ。しばらくすれば塵となって消えるため、この行為に必要性は一切ない。
「よくも、よくも! お前らさえいなければ、お前らさえ……っ!」
「――天花」
僕がするべきことは単純だ。
理解できずとも、天崎愛理という少女が取ったであろう行動を真似ればいい。
彼女は最後に、僕がきらきらを理解するために必要な行為を指し示していた。
ならば、一旦はそれに従おう。
必要に応じて別の手段や方針を定めればいい。指針がある今、深く考える必要はない。
それに――約束とは守るものだ。約束を破れば、捨てられた死体たちのようにされる。
「それ以上は」
「……意味はないってわかってる。でも、もしも愛理が傷ついてたらって思うと、許せなくて」
「大丈夫。私は大丈夫だから」
未だに殺気立っているから、後ろから抱き着いて安心させる。肉体的接触は安心感を促進させる効果があるらしい。
我ながら滑稽だなと思う。
まあ、いい。この調子ならバレてなさそうだから、演技をしばらくは続けようか。
「今日の飽食の獣は? 他のところは大丈夫なの?」
「うん。愛理の担当した獣が一番強かったみたい。本当に、当てにならない予測だよ」
「あはは……でも、みんな何事もなかったのならよかったよ」
記憶によると、魔法少女に何らかの被害が出ることは少なくない。
相手している獣の強さにもよるけれど、魔法少女は所詮か弱い人間の少女なのだ。
愛理少女は特に怪我が多い少女だったようだね。今後は疑われないように気をつけなければ。
僕らの擬態は完全なものではない。所詮、見た目や機能をある程度模倣するに過ぎない。
中身は不定形の獣のままだ。
怪我しているところを見られれば、流れている血が赤いものではないことがバレてしまう。
今後の課題として考慮しておくべきだ。
「本当に怪我してない? 本当に?」
「本当の本当。――“私”は怪我してないよ」
この子の側にい続けるためには、嘘はなるべく控えた方がいいだろう。
事実と異なる発言は違和感を産みやすい。かといって、正直に答える必要がないところは答えない方が良いだろう。
ふむ、思った以上に難しい約束をしてしまったのかもしれない。
「……なら、いいの。行こう、他の獣が起きて向かってくるかもしれない」
「そうだね、今のうちに戻ろう」
「早いところ隔離地域から離脱して壁を越えないと……。ああ、どうせ何も知らない連中がまた小言を言うんだろうな」
天花は憂鬱そうだ。
慰めるべきだろうか。いいや、愛理少女はこういう時黙って苦笑していたようだ。
僕もそれにならおう。
「ちょっと、愛理ったら」
「ううん。ありがとう、って思ってただけだよ。だって、天花は私がいなければ、今すぐにでも獣狩りに行くつもりなんでしょ?」
彼女が僕を身代わりにした最大の理由はこれだろう。
記憶を読み取って理解したことだが、この天花という少女、あまりにも血の気が多い。いや、向こう見ずというべきか。
飽食の獣を殺すためならば手段を選ばない、自分を勘定に入れないところがある。
愛理少女は、自分を楔として天花少女を日常生活につなぎとめていた、というわけか。
「……しないよ、そんなこと。そんなの、死ににいくようなものでしょ?」
理解に苦しむ。なぜこれほどまで見え見えの嘘を吐くのか。
同時に、なぜ自分の死を前提に行動しようと思えるのか。
愛理少女は死の間際だから理解ができる。他に選択肢はなかったのだから。
しかし、天花少女は他に幾らでも選択肢があるというのに、命をどうして投げ打とうとしているのだろうか。
……ふむ、愛理少女の記憶を探ってもその答えは出てこない。
そこまでは踏み込めなかった。あるいは、踏み込まなかったのかもしれない。
まあ、今の僕には関係のない話だ。
「あーあー。今日はいっぱい動いたからお腹が空いたなぁ」
「ふふっ。愛理ったら。また食べ物の話をして」
「天花ももっと食べなよ。いっつもいっつも少ないじゃん」
「愛理が食べすぎなの。ほら、なら急いでご飯を食べにいこう」
……上手くできただろうか。
天花少女の表情を見る限り、上手く話題を動かせたようだ。
やれやれ、今後は常にこのように違和感を抱かせないように行動しなければならないのか。
だとしても、この先にきらきらの正体があるのだとすれば……苦だとは思わない。
だから、どうか教えて欲しい。
何を食したとして満たされなかった僕の飢えを満たすために。