人の心がわからない怪物、死んだ魔法少女になり替わる ~生まれ持った飢えを満たすのに必要なのは、人の心でした~   作:人類の味方らしき生卵

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第4話 家族を知る怪物

 実に有意義な時間だった。

 人間の食事とはこれほどに優れたものなのかと感激させられた。

 無味乾燥な食事ではなく、有意義な食事。人の食への欲求は素晴らしいものがある。

 ただの植物やコンクリートの塊、向き出た錆び付いた鉄筋なんかよりもよほど優れた食事だ。

 これだけで僅かに高い試練を与えた愛理少女に感謝してもいい。

 

「それじゃあ、また明日ね」

「うん、また明日、学校で」

 

 天花少女と別れ、自宅へと向かう。

 彼女は最後までこちらへ物言いたげな視線を向けていたが、これも記憶によればいつものことだ。よほどの寂しがりか、彼女の家庭環境がそうさせるのか。

 愛理少女の記憶では、彼女の自宅はかなり裕福なようだが……深入りはしない方がよいのだろう。これまで彼女はそうしてきたのだから。

 

 それよりも、僕の方が問題だ。

 これから挑むのは、もう一つの問題なのだから。

 

 しばし歩き、徐々に人の通りが少なくなる。

 表の明るい舞台よりも、少し寂れた街並み。外れの方にある、古びたアパート。

 その一室が、愛理少女の家だ。

 

 呼吸を整え、軽く表情を動かす練習をしてから、家の戸を開ける。

 

「ただいま、お母さん」

「――愛理?」

「うん。愛理だよ」

 

 少しだけ伸びた老化の奥から姿を見せたのは、目を閉じた大人の女性――愛理少女の母親だ。

 なぜ目を閉じたまま動いているのか。単純に、彼女は目が見えないのだ。

 病気の影響だそうだ。父親は知らぬ間にどこかへ消えていたらしい。はてさて、探すことも財政状況からして難しいのは住んでいる場所を見ての通り。

 聞いていた通り、記憶の通りの情景が目の前にはある。

 

「良かった。今日も、お帰りなさい」

「大丈夫だって。怪我もしてないよ。お母さんこそ、大丈夫だった?」

「家の中ぐらい、どこに何があるかわかってるもの。何も問題はないわ」

 

 視覚がない分、些細なイントネーションや別の情報で別人と見破られる可能性を考えていた。

 が、このやり取りができている時点で問題ないと見て大丈夫だろう。

 

「ねぇ、愛理。もう、魔法少女なんて止めない?」

「――何言ってるの。お母さん」

「目が見えなくても、できる仕事はあるのよ。だから、家のためだなんて思わなくていいの」

 

 ――この会話も、過去に何度も繰り返されたものである。僕は初めて経験するが。

 

「もう、お母さんったら。私は大丈夫、これまでだって大丈夫だったでしょ?」

「でもね、愛理。お母さんは、愛理さえいてくれればそれでいいの。本当に、本当によ」

 

 普段よりも、今日は引き下がるな。

 肉親として、娘の死を何か感じ取ったのだろうか? いや、だとしたら目の前にいる僕が偽物であると糾弾するはず。違うか。

 ともかく、宥めなければ。

 

「私はね、魔法少女をやりたくてやってるの。だって、凄いことでしょう? 私みたいな子でも、いろんな人を助けられる、いろんな人のためになることができる」

「でも、とても危険よ」

「それでも、だよ。飽食の獣は、今だって壁の外側で、いつ壁を破ってくるかもわからないの。危険だからって、みんなが魔法少女を止めたら、全員が不幸になるの」

 

 だから、決して不幸せな事ではないのだと。

 これは愛理少女が実際に常日頃思っていたことだ。魔法少女をやりたくてやっている。例え、優れた才能がなくとも――隣に立つ友人から、才能の差を見せつけられていても。

 

 そうだ、その通りなのだ。愛理少女は決して強い魔法少女ではなかった。むしろ、弱い方だった。

 少し様々なものを食べた獣には互角になってしまうほどに。いつもギリギリだった。

 しかし、母親の前でだけは、決して弱音を吐かないのだ。

 

「だから、私は魔法少女を止めないよ。魔法少女を続けられることが、私の幸せだから」

 

 決して、様々な補助金や、家のためだけに魔法少女をやっているわけではないのだと。

 

「……わかったわ。愛理がそこまで言うのなら、お母さんは止めろなんて言わない」

「ありがとう、お母さん。もうご飯は食べた? 食べてないなら、久しぶりに一緒に作らない?」

「あらあら。今日はどうしたのかしら。いつもはお腹すいたーしか言わないのに」

「いいから! 今日はそういう気分なの!」

 

 ここまで会話を重ねても、気づかれた様子はない。

 関門は無事に突破したと見ても良いだろう。

 ……しかし、話は聞かされていたものの、母親の事をよろしくとは言われなかったな。

 それとも、必然的に関わることになるから言わなかったのか?

 言い忘れただけなのか。わからない。

 

 愛理少女の記憶は読めるが、感情までは理解しきれるわけではない。

 元より、僕たちに感情はなかった。本能のままに生まれ、食し、動く。それだけの存在だ。

 僕は人間の死体を多く食したことで、このような思考機能を身に着けたが……人の感情というのはあまりにも理解に苦しむものが多い。

 

 愛理少女もそうだったし、先ほどのこの母親の発言もそうだ。

 自分よりも大切なものなんて、あるはずがないだろうに。

 

「それじゃあ一緒に作ろうか。何か食べたいものはある?」

「まずは冷蔵庫の中身を確認するところから、でしょ?」

「あら、お母さんが全部把握できてないとでも?」

「それもそっか、じゃあ、お母さんのお任せで~」

 

 和やかなやり取りだ。

 片方の中身が、僕でさえなければ。

 愛理少女。君は様々なものを背負っていたんだね。

 その代役は、かなり難しいよ。

 

 だとしても、この先にきらきらの答えがあるというのなら――諦める気はない。

 僕は、全力で人を欺く。

 

『以上の事より、警察はこの事件を同一犯人のものとして調査を続けており――』

 

 ふと、テレビの音が耳に入った。

 

「ほんと、嫌ねぇ。ただでさえ獣の件があるのに、物騒なんだから」

「これって……」

「ええ。最近よく起きてる行方不明事件。ひょっとすると、町の中に獣が紛れてるんじゃないかって噂もあるぐらいよ」

 

 あり得ない話ではない。

 実際、僕がこうしてここにいるように、人間に擬態した獣が紛れている可能性はある。

 ……その疑いを晴らすためにも、ここは一度否定しておこうか。

 

「でも、獣が現れたら町中にあるセンサーで警報が響くはずでしょ?」

「そうよねぇ。だから、怖いわ。獣よりも、よっぽど人の方が怖いもの」

 

 ……なるほど。

 飽食の獣は見た目で判断できる。しかし、悪意を持った人間は見た目では判断できない。

 どうして、目の前に怪物がいるというのに、人間は人間同士での争いを止められないのだろうね。

 見ていて、非常に理解に苦しむ。

 どう考えたって協力したほうが良いだろうに。

 それとも、人間の社会性を僕が買いかぶりすぎているだけなのだろうか。

 

「まま、ご飯にしましょう」

「えへへ、楽しみだなぁ」

「もう、愛理ったら。帰り道で食べてきたばかりなのに、食いしん坊ね」

「あれ、バレちゃった?」

 

 視覚がない分嗅覚が優れているのか? 確かに、ほのかに甘い匂いがしなくもない。

 この分だと独り言とかも控えた方がいいだろう。聴覚も優れている可能性が高い。

 人間の五感は、我々獣よりも優れているようだから。さらに研ぎ澄まされているとなると、想像もできない。

 

「それじゃあ、今日は奮発してハンバーグにしましょうか」

「わぁい! 楽しみ!」

「ふふふ。なら、腕によりをかけて作らないとね」

 

 ああ、本当に和やかだ。

 愛理少女、君は魔法少女を続けていたが、本当にこの空間を手放すリスクと吊り合うほどだったのか?

 今となっては、とても愚かな判断をしたように思えてならない。

 

 何がそこまで君を駆り立てたんだい?

 何がそこまで君を魔法少女でいさせ続けたんだい?

 わからない。僕が理解できる時には、それこそ、きっと、きらきらの正体も知ることができるのだろうか。

 

 そうならば、僕は愛理少女の人生を追体験し続けなければならない。

 そう、彼女の望み通りに。その覚悟は、最初からできている。

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