ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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日向鈴音のウワサ

積木プロデューサーと意見が割れた時「Youtubeで勝手にデスメタルバンドとコラボします」と脅すらしい。


俺達はずっと負けていた

「では、僕はそろそろ退散するよ。君達、お世話は頼むね」

 

 山根が手を振りながら部屋から出ていく。自衛官らしくない所作に対し、部下の3人は敬礼で応答した。

 3人は壮助たちに起立し、自分達に続いて部屋から出る様に指示する。駐屯地のど真ん中、周囲には武装した自衛官が大勢いる中で逃走・反抗という選択肢は最初から潰えており、素直に従うしかなかった。

 灰色の盾の面々は複雑な面持ちだ。「路頭に迷っていたところを拾ってやった」とマウントをとっていた男達に立場を逆転されたのだから。

 駐屯地の廊下を歩いていると白衣の女性達が向こう側から歩いて来る。医者か研究者の一団だろう。数人で一人を取り囲んでおり、中心の女性がタブレット端末の画面を見せながら他の面々に指示を出している。

 中心の女性に見覚えがあった壮助は彼女がここにいることに目を見開き、向こうも壮助たちに気付いて手を振った。

 

「やあ。義塔くん。まだ死んでなかったようだね」

 

 ここは外周区の自衛隊駐屯地。そこで、まさか室戸菫を見かけるとは思わなかった。

 第三次関東会戦の野戦病院で顔を合わせたことがある朝霞は軽く会釈し、ニュースで彼女を見たことがある常弘、朱理、ナオは有名人のご登場にあわわと震える。それ以外の面々は興味がないのか教養がないのか首を傾げていた。

 

「何でこんなところにいるんすか? ゾンビババア」

 

「ティナちゃんの治療さ。負傷したのが背中とはいえ、治療や投薬がニューロチップにどんな影響を及ぼすか分からない。専門家に任せるのは賢明な判断だ」

 

 菫に名前を出され、改めて壮助はティナが負傷し治療を受ける身になっていたことを思い出す。あれだけ酷い傷を受けた彼女を見ておきながら、「死にはしないだろう」と安心を――いや、甘えを抱いていた己を咎める。

 

 ティナは飛び抜けて強いだけだ。不死身でも、無敵でもない。

 

「大丈夫なんすか?」

 

「命に別状はない。少し時間はかかるが後遺症も無く完治するだろう。ただし、最低でも2週間は()()()()だ」

 

 壮助は「クソッ……」と言葉を漏らし、頭を抱える。2週間――その間、五翔会残党に動きがあっても、ナイトメアイーグルと戦うことになっても彼女抜きで戦わなければならない。動けないところを襲われる可能性だってある。

 

「全身に刺さったバラニウム片を除去して、活動を停止していたガストレアウィルスを低濃度の活性剤を使って治癒力を高めている。治癒だけなら侵食率は誤差の範囲内だが、戦闘などで自発的にガストレアウィルスを活性化させると相乗効果をもたらして、パーセンテージが跳ね上がる。寿命を縮めるも同然だ」

 

 壮助の心を読んだのか、それとも表情に出ていたのか、ティナを戦わせない理由を菫が畳みかける。つい十数秒前、ティナの強さに甘えた自分を咎めたことを思い出し、「今ある手札でゲームを続けるしかない」と無理やり割り切った。

 

「……あの人、じっとする性質(タチ)の人っすかね? 」

 

「させるとも」

 

 語気を強めて断言した菫に壮助は少し驚く。

 

「担当医として私が許さない。ワガママを言うなら、ベッドに縛り付けて、麻酔を打って完治するまで眠らせ続ける」

 

 いつも気だるそうな雰囲気の菫から壮助は強い意志を感じた。医者としては勿論、室戸菫個人としてもティナには長生きして欲しいと願っているのだろう。

 ティナ抜きでこの先、どう立ち回るか、壮助が思案に暮れるとエールに押し退けられる。

 

「おい。医者。ミカンは? アキナはどうなったんだ?」

 

 エールは菫に問うが、菫の隣にいた妙齢の医者達が手を挙げる。

 

「2人の手術は私達が担当しました。お2人とも命に別状はありませんが、ミカンさんは2週間の絶対安静。アキナさんも脚の傷口の治癒が遅行しているため、当面は安静です」

 

「そ、そうか……」

 

 エールは安堵し肩を落とす。ギャングのボスとして取り繕う余裕すら無かったのか、彼女の瞳は涙が流れそうなくらい潤っている。その姿は、彼女がまだ16歳の少女であることを思い出させた。

 

「話は終わったな。行くぞ」

 

 話のキリが良いところで自衛官が声をかける。彼らに連れられ全員が再び足を動かした。

 

「おっと。義搭くんはこっちに」

 

 後ろから菫に手を引かれ倒れそうになった壮助は半歩下がってバランスを取る。

 全員が気になって振り向き、彼らの監視を命じられた山根の部下は怪訝な視線を向ける。

 

「どういうおつもりですか? 室戸先生」

 

「そういえば思い出したんだ。彼もそろそろメンテナンスが必要でね」

 

「メンテナンス?」

 

「おや? 上から聞かされていないのかい? 彼はあの蛭子影胤と同じ能力を持つ機械化兵士だ。ただ移植手術が緊急だったせいで色々と不安定でね。定期的なメンテナンスが必要だ」

 

 そんなことは知らされていない。むしろ菫から「手術は大成功。ノーメンテで一生ものの性能を保証するよ」と真逆のことを言われている。実際、移植手術から一度もメンテナンスをしていない。壮助は訳が分からず、ただ驚くばかりだった。

 

「彼の身柄は我々が預かっています。勝手なことは――」

 

「良いのか? このままだとイマジナリーギミックが暴発してこの駐屯地がクレーターになるぞ」

 

 菫の脅しに自衛官が狼狽える。その背後で別の自衛官が内線で連絡を取り、話し終えると受話器を置いた。

 

「行かせろ。一曹。三佐から許可が降りた」

 

 

 

 *

 

 

 

 菫に引っ張られ、壮助はメンテナンスのことを碌に聞かされないまま診察室に放り込まれた。菫は扉の鍵を閉め、診察室に自分達しかいないことを確認する。

 

「どういうことか説明して欲しいんすけど?」

 

 菫は白衣のポケットからメモ紙を出し、壮助に見せる。

 

≪私と君だけを囲むように弱い斥力フィールドを展開しろ≫

 

 壮助は黙って頷くと指示された通り斥力フィールドを展開する。

 

「もう喋って大丈夫だ。これで私達の会話は誰にも聞こえないな」

 

「ああ、成程。声が漏れないのか」

 

 壮助はようやく菫の意図を理解した。2人きりになったのは、他の人間に聞かせられない話をするからだ。斥力フィールドは念のための盗聴器対策といったところだ。

 

「ようやくガストレア爆弾の正体が分かったよ」

 

「本当っすか?」

 

「嘘は言わないさ。この中にデータをまとめてある」

 

 USBメモリを手渡された壮助は入院着のポケットに入れる。この後、自衛隊員にボディチェックされないことを願った。

 

「手短に話す。正体は『INS-10』。北米のボストンエリア、ハーバード大学分子生物学科附属の『シンス研究所』で誕生したガストレアウィルス培養剤だ」

 

「んなもん生物兵器じゃねえっすか。何で大学が開発してんだよ」

 

「元は研究目的だ。実験で使うガストレアウィルスの培養はガストレア研究者にとって永遠の課題だったからね」

 

「んなもん、わざわざ増やさなくたって、ガストレア殺して死体から抜き取れば良いじゃないっすか。あいつら腐るほどいるんですし」

 

 壮助の提案に菫は頭を抱え嘆息を吐く。一般論からすれば壮助の言っていることはごもっともかもしれないが、研究者としてはあまりにも的外れなのだ。

 

「義塔くん。君は『モデル・ラット由来のガストレアウィルスを()()()に調達して来てくれ』って言われて、首を縦に振れるかい?」

 

 壮助は一考し、菫の意図に気付いた。ガストレアは確かに腐るほどいる。しかし、種類を限定されると出会える確率は極端に低くなる。あまりにも多様過ぎるのだ。ステージⅠですら大型化の度合いや独自の進化を遂げており、複数種が混ざり合ったステージⅡやステージⅢともなれば、同種と呼べる個体の存在は天文学的な確率になる。定期的な供給は不可能だ。

 壮助は肩を落としながら「無理っすね」と回答した。

 

「実験というのは対象の条件を揃えなければならない。ある薬品の比較テストに複数種から抽出したガストレアウィルスを使って結果を出したとしても、それが薬品の効果なのかウィルスの違いなのか判断がつかなくなる。それでは実験の意味がない」

 

「なるほど……」

 

「培養剤自体は以前から実験用として存在はしていた。増殖速度は非常に緩やかで『ウィルスが増えるまで実験が出来ない』なんてことはよくある話だった。そんな状況を改善しようとして開発されたのがINS-10だ」

 

「だが、あまりにも強力過ぎた。ってところっすか?」

 

「その通りだ。あれの能力は開発者の予想を大きく超えた。一瞬でウィルスを数百万~数億倍に増加させるほど強力だった。日向教授の家に居候していた君なら、これがどういうことなのか理解は出来るな? 」

 日向教授の名前が出た時、壮助は菫から目を逸らす。沸き上がる憎悪と悲哀を、抑えても尚漏れだすそれらを菫に悟られたくなかった。

 

「臨界量……っすよね。晩飯の席で聞かされました」

 

「正解だ。あのバカは相変わらずだったようだな」

 

 菫も生前の勇志を懐かしみ、ふとした瞬間に笑みを見せた。

 

「INS-10はガストレア爆弾として十分な能力がある。呪われた子供に投与すれば侵食率が即座に50%を越えてガストレア化。人間の場合は普段の生活で体内に入っていた不活性のウィルスが活性化しガストレア化する」

 

 あの日、ガストレア化した日向夫妻は昆虫の――コオロギに似た形質を持っていた。夫妻の遺体から鈴音と美樹に由来したガストレアウィルスを検出したと報道されていた。同じ屋根の下で生活していれば、不活性のウィルスが娘達から夫妻の身体に移るのは当然の話だ。INS-10というタネが明かされたことにより、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という最低最悪の冗談が現実となってしまった。

 

「そのINS-10はどこが管理しているすか?」

 

「フォート・デトリック。アメリカ陸軍の基地と医学研究所を兼任している施設だ。シンス研究所は『INS-10の開発は失敗』と公表し、秘密裏に全てのサンプルとデータを米軍に渡した。そうすることでINS-10がテロ組織の手に渡ることを防げると考えた。だが、先日サンプルの一部が無くなっていることが発覚した」

 

 ガストレアウィルス培養剤「INS-10」はこの世に()()()()()()()()()()()()()。それが、ガストレア爆弾の解明に一週間以上かかってしまった理由でもあった。INS-10の開発が成功し、この世に存在していると知れたのは菫の科学者としての人脈だろう。

 

「まさかアメリカが五翔会残党のバックに?」

 

「いや、その可能性は低いだろう。生物兵器は貧者の核――安価で作れる大量破壊兵器だ。そんなものが普及すれば、世界一の経済力と工業力を持つ米軍は相対的に弱体化する。現に今回の事件で東京エリアは夫妻の遺体と飛鳥ちゃんからINS-10を採取することが出来た。()()()()()()()この国でも研究が出来るようになる。その内、生産も可能になるかもしれない」

 

 ガストレア大戦当時、タガが外れたかのように様々なNBC兵器が研究・開発・製造・使用されてきた。無論ガストレア殲滅が目的だったが、ガストレアを殺せるほど強力な兵器は当然人間にも強力であり、ガストレア以上に人間の犠牲者を出した。その教訓からほとんどのエリアはNBC兵器の運用に消極的であり、東京エリアでも聖居が正式に“人体に危害を及ぼすNBC兵器”の使用を禁止している。少なくとも今の聖天子政権でINS-10が認められることは無いだろう。

 

「アメリカからすれば、この事件は外国がINS-10を保有し、それを自分達に使われるリスクを産んだ迷惑極まりないものだ。今、向こうの軍関係者や政府高官は昼夜を問わず、血眼になって行方不明のサンプルや漏洩の関係者を探している」

 

 喋り過ぎて疲れたのか、菫は一息吐く。

 

「今のところ分かっているのはこれくらいだ。詳細はさっき渡したUSBに入れてある。この内容はまだ私と君、解析に関わった研究者、それとINS-10のことを教えてくれたアメリカの友人しか知らない。聖居もアメリカ政府も知らないことだ」

 

 一介の民警だった壮助の手元にはあまりにも重すぎる情報が握らされていた。これは最強のカードになるが、使い処を間違えれば、自分達を滅ぼす最大の凶器にもなる。手に汗が滲み、握っていたUSBメモリが熱くなった。

 

「16歳のガキに、これは重すぎやしませんか?」

 

「……。不安がる人間の顔には見えないな」

 

 菫の訝る視線で、壮助は自分が笑っていることに気付いた。

 

 

 

 *

 

 

 

 山根の部下に案内された部屋のベッドに寝転がる。白とクリーム色の内装を白色蛍光灯が照らす。家具は4つのベッドとロッカー、中央には小さなテレビが置かれており、いずれも装飾といったものは皆無だ。普段は自衛官が使っている部屋なのだろう。照明の色も相まって「寝て起きる為だけの場所」という感じだった。

 それでも自由に電気も水道も使えるという点ではバンタウの部屋とは比べ物にならないくらい快適だ。

 自衛隊に保護されたのは義塔ペア、日向姉妹、ティナ、我堂組、灰色の盾8名の計16名、その内3名は病室にいるため、残り13人。その13名の部屋割りも壮助が菫と話し合っている間に決められたらしく、壮助は詩乃、鈴音、美樹と同じ部屋に振られていた。

 男女混合の部屋割りは如何なものかと思ったが(常弘はそう主張したらしい)、ベッドの数からしてそれを避けることは出来ず、話し合いの結果こうなった。

 時刻は23時。消灯時間はとうに過ぎ、月明りだけが頼りの部屋で壮助は思案に暮れる。

 ドールメーカーに関わった企業、保脇夏子、ネストからの交渉、ガストレア急襲、自衛隊の非正規部隊、ナイトメアイーグル鹵獲作戦、生物兵器INS-10、etc……整理しなければならない情報があまりにも多かった。これからどう動くかのプランも自衛隊の介入で白紙にせざるを得なかった。

 どうにも答えが出ず、寝るに寝られず、壮助は上体を起こす。

 

「義塔さん……」

 

 鈴音が囁く。「どうした?」と小声で応答するがそこから返事がない。寝言のようだ。

 どんな夢を見ているのか気になりながらも再び情報を整理する作業に戻る。今日の朝、ガストレアが襲ってくる前のバンタウの光景が頭に浮かべる。データの入ったスマホもタブレットも自衛隊に押収されたため、記憶だけが頼りなのだ。

 ふと、壮助はガストレアが襲ってくる前、鈴音が何かを言おうとしていたことを思い出した。彼女は何を伝えようとしていたのか、鈴音が寝ているベッドに目を向けるが、パーテーションで仕切られているため姿すら見えない。

 

「仕方ない。明日、本人から聞いてみるか」

 

 そう独り言ちて、壮助は再びベッドに寝転がった。

 

 

 

 

 

 

 ――いや、待て待て待て!! 嘘だろ!!

 

 衝撃のあまり壮助は飛び起きた。彼の中で()()()()()()()()()()()()。瞳孔が開き、顔が強張り、指は錆び付いたサイボーグのようにぎこちなく動く。クーラーが効いている筈なのに嫌な汗も噴き出す。

 

 

 ――五翔会残党候補の企業……全部、鈴之音がCM契約を結んでる企業じゃねえか!!

 

 

 頭の中にある五翔会残党候補の企業名を思い出す。確かに鈴之音がCMやイメージキャラクター契約している会社と合致していた。一社や二社ではない。十社も被っていた。これを偶然で済ませることが出来なかった。

 

 五翔会残党は歌手「鈴之音」のスポンサーになって、彼女を担ぎ上げた。

 

 そして両親を殺害し、妹と一緒に拉致しようとした。

 

 スカーフェイスにとって姉妹は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。ネストは大金を出してでも日向姉妹を東京エリアから追い出し隠居させたかった。

 

 もし五翔会残党の目的が日向姉妹を行方不明にすることだとしたら――。

 

 

 

 

 

 ああ。そういうことか。

 

 鈴音と美樹は殺されていない、連れ去られてもいない。

 敵はしくじって、俺達はまだ勝っている。

 

 そう思い込んでいた。

 

 けど違った。

 

 

 俺達はずっと負けていたんだ。

 あいつ等はとっくの昔にゲームをアガっていたんだ。




オマケ 前回のアンケート結果

Q:どっちが強そう?

(15) イニシエーター部隊
(10) 機械化兵士部隊

現状、機械化兵士一体に対しイニシエーター数名の戦力差ですが、後の章では逆に一人で機械化兵士部隊を相手に出来る悪魔に魂を売ったレベルのバケモノイニシエーターが出てきますし、そのバケモノイニシエーターに匹敵する性能のゲテモノ機械化兵士が登場して、それらの一気に殲滅する天の梯子が霞んで見えるレベルの超兵器が登場して(略)

バトルもののインフレってこうやって始まるんですね。

次回「生贄にスポットライトを」

菫「君のメンテナンスをしたらとんでもないことになってしまった」壮助「え?」

  • 両手をサイコガンに改造
  • 声が小山力也になる
  • 斥力フィールド暴発により駐屯地消滅
  • 女の子にしてしまった。
  • 菫の科学力は世界一ィィィ!!状態になる
  • ただし、斥力フィールドは尻から出る
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