ちゃんとした本名があるが訂正するのが面倒なのでそのままミカンと呼ばせているらしい。
8月19日 午前10時
4つのベッドと小さなテレビで構成された現地情報隊の宿泊室、そこで壮助と山根は小さなテーブルを挟んでソファーに腰掛けていた。山根は壮助の話に口を挟むことなく黙って頷き続けていた。
「なるほどね……。憶測や不確定要素が混ざっているし、まだ残党の動きで説明できていない部分もあるけど、今の状況から考えて最も現実的な話ではある」
各々楽な姿勢で耳を傾けていた部下三人衆も16歳の少年の推理に舌を巻いていた。
「選挙前の世論作りが目的? それで何千人もガストレアの餌にしたって言うのかよ」
「東京エリア史上初の聖天子不信任投票だ。理由としては十分だろう」
「ガストレアを抑え込んだとはいえ、昨日の一件で関東会戦並みの死者が出ている。緊急事態として
部下達がやいのやいのと問答する中、山根は顎に手を当てて熟考する。
「確かに残党の動きには矛盾……というか愚策が目立つ」
「愚策?」
「例えば、最初から姉妹を殺害し遺体を秘密裏に処分する方針を取れば高速道路の戦いで全て終わっていた。スカーフェイス、ジェリーフィッシュ、ガストレア爆弾、ナイトメアイーグルといった戦力を複数同時に投入すれば僕達は負けていた。状況は常に残党が優位で、僕達はバンタウで堂々と待っていたにも関わらず、彼らは逐次投入を繰り返し、いたずらに戦力を消耗させた」
壮助は日向夫妻がガストレア化した夜から今日までの戦いを振り返る。山根の言う通り、敵はスカーフェイス→ジェリーフィッシュ→ガストレア爆弾という順番で投入されて来た。驚異レベルも段階的に上がっている。まるで主人公のレベルに合わせて敵が出て来るロールプレイングゲームのようだ。
ジェリーフィッシュとガストレア爆弾は別件で使う予定だったがやむを得ず日向姉妹襲撃に使った。スカーフェイスだけで済ませるつもりだったので準備していなかった。様々な考えが頭に浮かぶが決定的なものは出て来ない。
山根が手をパンと叩き、全員の渦巻く思考や問答を止め、自分に注目させる。
「まぁ、今ここであれこれ考えても仕方ない。まずは義塔くんの推理の真偽を確かめよう。保脇夏子は五翔会残党なのか。意思決定の場で彼女の発言力はあるのか。そこを固めないと僕達は総崩れになる。で、確かめる方法は考えてあるのかな? 」
山根が年甲斐もなく期待に満ちた視線を壮助に向ける。40も年下の少女達にこき使われビクビクしていた
――この妙なところで俺に期待する感じ……。我堂のオッサンに似てるな。
しかし期待されて悪い気分ではない。意見を求められているということは、必要とされているということ。この先の主導権を
「荒っぽい手段になるけど――――
そう言葉を添えて語ったプランは本当に荒っぽい手段だったのだろう。山根達は難色を示した。壮助のプレゼンテーションが終わった後、山根が大きく溜め息を吐く。やはり不味かったかと壮助は不安になり、それが冷や汗として浮き出る。
「ふふっ……ふふふふふふふふっ」
俯いていた山根の口から笑みが噴き出た。笑いを我慢できず、肩が震える。
「当たれば官軍。外れれば賊軍の大博打か……面白いじゃないか」
正体を明かしても尚、被り続けていた“気弱な中年男性”という仮面が剥がれる。ねっとりとした口調が耳に纏わりつく。
「やはり、真っ当な手段が通じない組織には君のような顧みない若者を使うのが一番のようだ。大人としては情けない話だがね」
山根が面を上げる。真夏の快晴が陽光として射し込む部屋の中で、彼はどんよりと沼のような笑みを浮かべていた。まるで悪巧みをする壮助のように――
「君の大博打が無駄にならないよう僕達は国民投票に破壊工作を仕掛けて壊しておくよ。嘘で作られた世論とはいえ、投開票で結果が出てしまうとゲームオーバーだ」
現役の自衛官が選挙に介入し、あまつさえ破壊工作を行う。民主主義もシビリアンコントロールもサラリと否定した山根に壮助は戦慄する。40歳も年下の少女達のパシリにされていた医者くずれの腹の底にこんなものが潜んでいて、バンタウで彼に全ての情報を明かしていたことに身震いする。
「この人、大丈夫か?」
「大丈夫だ。三佐殿はこれが素の性格だから」
「気を付けろよ。色々とやらかし過ぎて防衛省出禁になった人だからな」
「『テロリストになられたら困る』って理由で自衛官をクビにならなかった人だしな」
山根の部下達は「ははは」と口を合わせて笑い合う。3人もこのトンデモ上司に振り回されてきたのだろう。その笑いには諦めが混ざっていた。
「あー、盛り上がっているところ悪いんだけど、国民投票は妨害しない」
「「「はぁ!?」」」
三人衆の視線が一気に壮助に集まる。
「ちょっと待て。さっきと言っていることが違うだろ」
「お前、正気か?三佐殿が言っただろ。開票結果が出ればゲームオーバーだ」
「勝敗が付けば、残党がナイトメアイーグルを使う理由も無くなる。鹵獲するチャンスも失うぞ」
昂り壮助に詰め寄る迷彩服の男達を山根が右手を挙げて制止する。
「詳しく……話を聞こうじゃないか」
「まず国民投票はデッドラインじゃない。不信任が可決されても聖天子が国家元首じゃなくなるまで10日間の猶予がある。俺はその10日間で五翔会残党に勝負をしかけたい」
「破壊工作じゃ駄目なのかな? あれだって半月ほど投開票を延期させることが出来る。まぁ、国民感情のことを考えると使えるのは1回きりだけどね」
「だったら、10日の猶予とそう大して変わらない。それどころか聖天子の評価にケチをつけることになる。この最悪のムードでどっかの馬鹿が『聖天子の手下が選挙を破壊した』なんて叫べば、もう取り返しがつかなくなる。俺達みたいにまともに学校に行けなかった若者は自分が思っている以上に馬鹿で、陰謀論なんていう分かりやすいストーリーにホイホイ引っ掛かるからな。そんで真実が分かっても脳味噌のアップデートに時間がかかるし下手すりゃ出来ない」
モノリスの結界により限られた安寧を手にして十数年経つが、ガストレア大戦が残した数多くの傷跡は今でも社会に蔓延っている。その一つが進学率の低迷、労働人口の低年齢化である。ガストレア大戦、そして3度にわたる関東会戦で疲弊した東京エリアは経済的に困窮していた。かつての途上国のように親も子供も働かなければ生きていけない時代が続き、社会全体で子供に無駄な勉強をさせる余力が無くなっていった。
奪われた世代の中、30代の3割は最終学歴が中卒、20代ともなると社会的・経済的理由で義務教育すら受けられなかった者も珍しくない。今の10代、無垢な世代になって就学率は好転していったが、迫害されてきた呪われた子供、壮助のように特殊な事情でドロップアウトした人間は大勢いる。そんな戸籍を持たず、国民、市民、社会の一員としてカウントされていない少年少女も含めてしまえば、とても日本とは思えない就学率・識字率を叩き出す。
そして、東京エリアはそういった者達にも平等に選挙権を与え、教育を受けられた者と受けられなかった者の一票にも差をつけなかった。
子どもじみた嘘に騙される国民が増えているとも知らずに――
「それともう一つ、俺は一度、連中を勝たせて油断させたいんだ。お宅らも知っての通り、残党はかなり慎重で注意深い。正直、今掴んでいる情報だって奇跡と偶然で手に入ったようなものだ。これらを基に捜査を続けてもどこかで壁にぶち当たる可能性がある。だったら、邪魔者は西外周区で死んで、国民投票のデッドラインも越えて、勝利を確信した隙を突きたい」
山根の部下が鼻で笑う。
「目指すは第2ラウンドKO勝ちか……。そんな隙、生まれると思うか?」
「正直、こっちも博打だな」
「心許ねえな……」と大きく溜め息を吐いた。
もう一人の部下が挙手する。
「相手に勝利を確信させるとなるとナイトメアイーグルを出す理由が無くなる。鹵獲作戦はどうするつもりだ?」
「勝敗がついた後もナイトメアイーグルを手元に置いておきたい理由を作ればいい。俺の作戦はそれも兼ねている」
「……なるほどな」
今度は別の部下が手を挙げる。
「重ねて質問。11日目はどうするんだ? 残党を潰して姉妹の名誉を回復させても投票結果は覆らないぞ」
壮助は押し黙る。その反応から山根の部下達は呆れてため息を吐いた。
「……お前、まさか考えてないのかよ」
「ああ。残党潰してしまえば、目的を達成しても意味が無いからな」
16歳の少年が一晩で考えた方針、それは論理立っていたが、粗く、雑で、仮定の上に立った博打で一部は他力本願だ。山根の部下達は頭を抱える。
山根の茶を啜る音が4人の耳に届く。湯呑をテーブルに置いた頃には全員が彼の発言を期待し、眼差しを向けていた。
「まぁ、そこは女王様の立ち回り次第でどうにでもなるさ。不信任可決後の聖天子の扱いについては法律が整備されていない。まぁ、これは
部下達はあからさまに嫌そうな顔をしている。このトンデモ16歳とトンデモ三佐殿の悪巧みに振り回されるのかと思うと、悩み、諦めを通り越して乾いた笑いが零れた。
「保脇と国民投票の件は義塔くんのプランで進めよう。僕もそれが最善に思えて来た」
「それともう一つ、頼みがある」
「何だい?」
「俺だけ内地に行かせてくれ。例の作戦は俺一人でやる」
山根は深く溜め息を吐いた。部下達も壮助の提案に驚く様子は無かった。
「君が適任者で、君にしか出来ない内容だからね。そう来るとは思っていたよ」
壮助は歯をかみ締め、つばを飲み込む。ここまで来て突然NOと言われてしまわないか不安になったからだ。
「良いだろう。手配するよ。ただ僕は非正規部隊の嫌われ隊長なんでね。エコノミークラスで我慢してくれ」
*
「おい!! 待て!! これのどこがエコノミークラスなんだよ!!」
「手配して貰っただけでも感謝しろ!!」
「おらもっと頭下げろ!! 入らないだろ!!」
「大人しくしろ!!生意気なガキめ!!」
壮助は屈強な自衛官3人に無理やり段ボールに押し込められ、輸送ヘリに放り込まれた。騒がしいローター音と身体が感じる揚力でヘリが離陸したのを確認した。やり方はともかく駐屯地と自衛隊が封鎖する西外周区をこっそり抜け出すことが出来てほっとした。
――恩に着るぜ。山根三佐。
*
駐屯地のヘリポートで空を仰ぎ、山根達は視界の中で小さくなる輸送ヘリを見送った。その光景のどこか感慨深げに眺める。
関東平野で吹きすさぶ風の中、山根は呟いた。
「16年前……」
「はい?」
「16年前、蛭子影胤とその協力者を拘束するため、
「その話、何度も聞きま――」
部下が火を灯そうと指に挟んでいた煙草を落とす。
「って、ええ!? もしかして、彼があの子ですか!?」
「あれ? 言わなかったっけ?」
「いや、一度も聞いてません」
「右に同じく」
「……」「……」「……」「……」
4人は沈黙し、風音だけが耳に入る。山根は本気で言い忘れていたようだ。
「16年振りの再会はどうでしたか? 三佐殿」
「いやぁ、あれは酷いね。父親そっくりじゃないか。いつか、とんでもないことをやらかしそうで恐ろしいよ」
「そのとんでもないことが、今回の件になるかもしれませんよ」
「そうなったらそうなったで僕達大人が責任を取ろう。彼のような子どもを使わないと問題を解決できない無力さの責任をね」
オマケ① 国民投票による聖天子不信任決議 の流れ
衆議院で聖天子不信任の議案が提出され、出席議員の三分の二が賛成すると「聖天子を不信任にするか否かの国民投票」を行うことが決定される。
↓
国民投票により「不信任」票が総投票数の三分の二を超えて可決されると聖天子は10日以内に国家の代表としての権利・資格を返上する(聖天子ではなくなる)
↓
世継ぎが12歳以上の場合、次代聖天子としての信任投票が行われる。
信任投票が否決された又は世継ぎがいない場合、閣僚の中から暫定総理大臣が選ばれる。
オマケ② 前回のアンケート結果
鈴音「えっ?私の匂いを嗅ぎたいんですか?」←どこを嗅ぐ?
→(5) 髪
(1) 耳の裏側
(4) 首筋
(2) 鎖骨
(2) 脇
(2) 手の平
(1) 鳩尾
(3) へそ
(1) 太腿
(3) センシティブな場所
※0票は除外。
美樹「義塔の兄ちゃん……何で吊るされてるの?」
壮助「鈴音の髪の匂いを嗅いだ罪で灰色の盾(別名:鈴之音親衛隊)にシバかれました」
美樹「どうだった?」
壮助「シャンプーの香りがしました」
美樹「私も同じシャンプー使ってるんだけど……嗅ぐ?」
壮助「なんで?」
美樹「ふんっ!!」
壮助「ぐえっ!!」
次回「100万人のゆりかご」
聖天子「不信任投票が可決されてクビになったのでアルバイト始めます」←どこで働く?
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