医師を名乗っていたが、医師免許は持っていないらしい。
「――という訳で保脇夏子を調べるため、義搭くんは自衛隊の荷物に混ざって内地へ行きましたぁ~彼の健闘を祈りましょ~拍手ぅ~」
昨日と同じ会議室に集められ、詩乃、我堂組、灰色の盾の面々は一人拍手する山根を冷ややかな目で見ていた。ちなみに美樹は昨日の一件で肉体的・精神的な疲労が激しいため欠席、鈴音も付き添うため宿泊室に残った。
詩乃がデスクを叩き、真っ二つに割る。コーティングされた木材が破裂し、脚部を構成していた金属パイプがひしゃげる。
「ぶち殺すぞ。クソメガネ」
「そう怒らないでくれよ。本人が一人で行きたいって言ったんだから」
怒気が溢れた詩乃の言葉に山根以外の全員が身震いする。彼女の赤い双眸が真っ直ぐと山根に刺さり、手には砕けたデスクの破片がナイフのように握られていた。
「自分だけ逃げた……とかじゃないよね?」
「カナコの言う通りかもなぁ~。スカーフェイスと戦わなかったし、UFOの時も別行動だったしな」
「そう咎めるな。ルーシー。所詮は弱い
エールが机を殴った。ドンとした音と共にデスクが浮き上がり、着地の振動で脚部のパイプが震える。
「カナコ、ルーシー、ライラ。ちょっと黙ってろ」
ドスの利いたエールの言葉が彼女達を震えさせ、言葉通り黙らせた。3人からエールの表情は見えなかったが、見えない分、普通に睨まれるよりも恐ろしかった。
「森高さん。貴方はどう思いますか?」と朝霞が問う。
「壮助は裏切らないよ。死なない限り、戻って来る」
「ならば主の戦果を信じ、座して待つのもまた女房役の務めです」
大腿の上に手を置き、背筋をぴんと張り、朝霞は陶器のよう静謐に端座する。盛大にデスクを真っ二つに破壊し椅子の上で胡坐をかく詩乃とは礼節の差が一目瞭然だった。
「それなら別に私は待たなくても良いよね」
「どういう意味ですか?」
「私は壮助の強さを信じて無いから」
朝霞は大きく溜め息を吐いた。これほどまで相棒に信用して貰えない壮助のことを初めて気の毒に思った。
「貴方が毒で倒れている間、彼は我堂の精鋭達を相手に大立ち回りを演じ、私とも互角に渡り合いました。それでも尚、“弱い”と言うつもりですか?」
朝霞と“互角”という誇張こそ混じっていたが、それでも古株の包囲を突破し朝霞と刃を交えることが可能な民警はそう多くない。東京エリアに限れば片手で数える程度だろう。そんな彼を“弱い”と評する詩乃の感覚は朝霞から見ても異常だった。
朝霞の冷たい視線が詩乃に刺さる。普段なら両者の間に火花が走り一触即発の状態になるだろう。しかし、毒で倒れていた負い目が利いたのか詩乃はあからさまに視線を逸らした。
「……2日ぐらいなら……我慢してあげる」
場が収まり、常弘は安堵し肩をすくめる。
「とりあえず、僕達は僕達で出来ることをやろう。ドールメーカー、厚労省の侵食率検査機、ガストレア爆弾の調査、ナイトメアイーグル鹵獲作戦の立案、やることはいくらでもある。仲間の仇討ちをしようにも五翔会を丸裸にしないと全員がここから進めない」
「あいつが戻って来た時に『お前ら何やってたんだ?』って馬鹿にされたくないでしょ?」
朱理の焚き付けも利いたのか、全員の心情が「何かをやる」ことで一致した。赤目ギャングもイニシエーターも負けず嫌いなところは変わらないようだ。
「まぁ、『義塔くんからの宿題』でもあるしね」
山根は手書きのメモをひらひらとさせる。よく見ると箇条書きで常弘の言っていたことが書かれていた。戻って来た彼に成果を見せて鼻を明かしてやろうと思っていた子達はあからさまに嫌そうな顔をした。
「ああ。それとガストレア爆弾の調査は室戸先生、ナイトメアイーグル鹵獲作戦は我々と司馬重工が協力して立案する。君達は残りを頼むよ」
「山根三佐。僕から一つ良いですか? あと東京エリアの地図も拝借したいのですが」
常弘の挙手に山根は「どうぞ」と応え、リモコンを操作して前面のスクリーンに東京エリアの地図を投影する。
「ドールメーカーとそれに操られた赤目の子供たち――“ドールズ”の件です。僕と灰色の盾が把握しているだけで約300人。デューイ・コンプトン感染爆発計算法から昨日の感染爆発の起爆剤として使われた子を50人と推定しても残り250人が行方不明のままになっています」
デューイ・コンプトン感染爆発計算法――地形、人口密度、民警ペアの数、軍隊の規模などの数値をベースに、ガストレア出現から感染爆発・大絶滅までの速度を計算する計算法である。これを逆算することで「その都市が大絶滅に至るには最初に何体のガストレアが必要か」を求めることが出来る。
「実は以前から社長の指示で赤目の失踪事件を調べていたんですが、僕達の調査結果と灰色の盾が把握しているスカーフェイスが拉致した少女たちの活動範囲。これらを照らし合わせると――」
常弘は前面のスクリーンに映し出された東京エリアの地図をなぞる。指の圧力を感知したスクリーンは常弘の指の動きに追随しマーキングし、西外周区のスラム、西側の居住区を囲む円が描かれた。
「まぁ、普通に西に偏るよな」
そう驚くことでもないと、エールが率直に意見を述べた。
「ええ。その通り。西だけなんです。東京エリアの権力構造を破壊する一大プロジェクトなのにこれは西外周区付近に偏っています。東や北ではドールメーカーはほとんど流通していません」
主に東京エリア東部で活動する詩乃はうんうんと頷く。
「『西でしか流通出来なかった』のか『西でしか流通させなかった』のかは今でも分かりませんが、ドールズはスカーフェイスが回収した後、どこかへ輸送し、どこかで保管していた可能性があります。西外周区と内地を自由に往来し、数百人の輸送と収容が可能で、灰色の盾の調査を逃れた組織。それを数日前から本社に調べて貰っていたんです。そうしたら、一つキナ臭い組織が浮かび上がって来ました。――NPO法人『100万人のゆりかご』」
山根の部下がパソコンを操作し、「100万人のゆりかご」公式ホームページをスクリーンに映す。東京エリアの衛星画像を映していた画面は乳白色を基調とした柔らかい雰囲気に様変わりする。サイトには幼い少年少女の笑顔が大きく映し出され、簡単な活動概要やこれまでの実績が書かれている。
「彼らはガストレア新法公布以前、それこそ東京エリア発足時から
「外周区で飯とか服とか配ってる団体だな。小さい頃よく世話になった」
「炊き出し美味かったよね。すごく薄味だったけど」
「田中の婆ちゃん元気にしてるかな?」
「ピンピンしてるんだろ。ありゃ200歳まで生きるぜ」
「今もどっかで『列に並べ!!』『お残しは許しまへんで!!』って赤目を叩いてるさ」
灰色の盾の面々は100万人のゆりかごの支援を思い出し、昔話に花を咲かせる。皆が常弘の話に耳を傾け静寂していた会議室がやいのやいのと五月蠅くなる。山根が大きく咳払いし、皆を静かにさせる。
「話を聞いた限りですと社会貢献に努める善良な組織に見えますが?」と朝霞が問う。
「善良な組織だったんです。4年前までは」
「4年前?」
「100万人のゆりかごは従業員8名の小さなNPO法人でしたが、ガストレア新法施行後その活動がメディアに取り上げられたことを機に一躍有名になり、会費・寄附金が大幅に増加。それに合わせてゆりかごは事業を拡大させ、従業員も増やし、都市部に本社ビルを構え、政界にも影響を及ぼす巨大法人へと成長していきました。さて問題です。発足当初の8名はどうなったでしょうか?」
ルーシーが挙手し「寄附金を懐に入れて大富豪」としたり顔で応える。皮肉屋で水を差す物言いに隣席のライラは肘でルーシーの脇腹を突く。
「正解は『全員死亡』。1名は老衰、2名が病死。残りは事故死、不審死、他殺、その他諸々。今のゆりかごはトップから末端まで事業拡大後に入って来た人間で構成されています。残っているのはせいぜい組織の名前と先人が築いた信用くらいです」
日向姉妹と別れてしばらくの間、ゆりかごの支援は自分達のライフラインだった。自分達の命を今日へと繋げた人達であり、もしどこかで再会することがあったら礼を言いたかった人達だ。故に灰色の盾は100万人のゆりかごを疑わなかった。スカーフェイスや五翔会残党との繋がりなど想像すらしなかった。
そこまで信用していた人達がもうこの世にいない。それが五翔会残党による凶行だと聞かされ、彼女達の顔から感情が消える。ただ情報を受け止め、整理して、誰をどうやって殺すかだけ考えるようになる。
――また人殺しの目をしてる。
常弘はそれを感じ取りつつも平静を保つ。外周区で彼女達と同じ屋根の下で眠り、同じ釜の飯を食ってきて、それでも自分と彼女達を“同じ存在”だと思うことが出来なかった。殺人が出来るか否かの境界線が常に引かれていたからだ。
殺人を生業の一つにしてしまった少女達、彼女達をそうさせてしまったこの社会の業はどこまで深いのだろうか。
「まず我堂が疑ったのは入る物の数と使った物の数の違いです。食料、衣服、衛生用品、抑制剤、いずれにおいてもゆりかごが仕入れた量と支援・保護した人数が釣り合わなかったんです。約300人分、彼らは過剰に仕入れていました」
「買い溜めて備蓄しているという可能性は?」
「食料と抑制剤は冷蔵・冷凍での保存が必要ですし、300人分の衣類も含めれば、それなりの倉庫が必要です。ですが、ゆりかごが契約している施設にそういったものはありませんでした。仕入れた物資を“計上されていない誰か”に使っていると考えて間違いないかと」
山根は顎に手を当てて唸る。
「横領にしては規模が大きいね。むしろ、これがゆりかごを乗っ取った目的か」
「加えて、ゆりかごに寄附している企業なんですが、ルーサ製薬、霧ヶ島建設、白花堂、この3社で8割を占めています。保脇議員と癒着があり、鈴之音のスポンサーでもある企業です。これが偶然でないとしたら、100万人のゆりかごは五翔会残党の表向きの姿、もしくはフロント企業であると考えるのは妥当かと」
エールが頬杖をついて常弘に訝る視線を向ける。敵意とまではいかない。眉間に皺をよせ、珍しく難しい顔をする。
「お前ら……民警会社なんだよな? 手際良過ぎねえか?」
「ガストレアが出ないと民警は暇だからね。普段は交友関係や浮気の調査、行方不明のペット探し、たまに警察のお手伝い、そんな感じで探偵みたいなことをやってるんだよ」
「へぇ~」
『まぁ、さすがに今回は本職に外注したけどね』
卓上に置かれたスマートスピーカーから男性の声が聞こえる。聞き覚えのあるエールは「げっ」と嫌そうな顔をする。
前面のスクリーンに作務衣姿の我堂善宗がポップアップされた。寝ぐせはそのまま、背景には床の間が見切れており、自宅である我堂邸からリモートで繋いでいることが窺える。
『すまないね。そこの山根三佐にご招待されて、最初から盗み聞きさせて貰ったよ。君達の状況も彼から聞いている。とりあえずは……よく生き残ってくれた。これからも君達と話が出来て、おじさんは嬉しいよ』
常弘が踵を返し、スクリーンの善宗に視線を据える。
「社長。外注とはどういうことですか?」
『その言葉の通りさ。片手間で調べて尻尾を掴めるような相手じゃないんでね。おじさんのコネを使って、その道のプロにお願いしたんだ』
「大丈夫なんですか?その人達」
『
ブツリと音がして、善宗が画面上から消えた。朝霞は怒りで眉間に皺を寄せ、身体を震わせながら「お断りします」と返答した。しかし一足遅く、その声はオフラインとなった善宗に届かなかった。
「あれ?じゃあ、私ら何をすれば良いんだ?」
エールの言葉を皮切りにカナコ、ルーシー、ライラも「ってことはお休み?」「また、あの殺風景な部屋に閉じ込められるのかよ」「売店ぐらい行かせてくれよ。金ないけど」と雑談が再会される。
「仕事ならもう一つあるでしょ。厚労省の検査機」
今度はサブリーダー・ナオが鶴の一声を上げ、3人が噤んだ。
ナオは3人が黙った後、再び前を向き、山根に視線を向ける。
「ねえ。倉田」
「山根だ」
「昨日の義塔との話で思ったんだけど、ここの侵食率検査機ってネットワーク機能は使ってる?」
「ネットワーク? ああ。使っているけど、医務室のパソコンとしか繋がっていないよ」
「じゃあ、それだ」
ナオはニヤリと笑みを浮かべる。
「スズネとミキの一件からずっと調べていたんだけど、厚労省の侵食率検査機はネットワーク機能を使っていて、検査機が出した数値を厚労省直轄データセンターに直接アップロードしている。病院も特異感染症研究センターも例外じゃない。推測だけど、データセンターのサーバーに細工をして改竄した侵食率を検査機が表示するようにしたんじゃないかな? 司馬重工の警備システムみたいに」
「防衛省管轄の検査機はネットワークの影響を受けないからそのままの数値を出し、勾田大学病院の検査機は文科省管轄だったから破壊して検査を妨害した……なるほど。理に適っていますね」と朝霞が理解を示す。
「ナオ。それを証明する方法はある?」
詩乃の瞳がナオに刺さる。表面上は蒼く、その奥は深海のようにどこまでも深い闇色の瞳が――。詩乃だけではない。エールの、サヤカの、朝霞の、常弘の、朱理の、山根の瞳がナオに刺さる。
皆が自分の知識と手腕に賭けようとしている。東京エリアの歴史を変えるかもしれない大事件。その解決の糸口を掴めるかどうかは自分次第。掴むことを期待され、そのプレッシャーを感じずにはいられなかった。
「イクステトラと同じパターンなら、データセンターのサーバーのどれかにジェリーフィッシュの蜘蛛型ドローンが入り込んでいる。そいつからシステムログを抜き出せば、改竄に関する証拠は手に入ると思う」
確証は無かった。五翔会残党が同じ手を使っている保証もない。でも今思いつくのはこれだけだった。反論されれば何も答えられない。十数秒の沈黙が心を擦り減らす。
腕を組んだまま座すエールが静かに鼻で笑い、口角が上がった。
「ナオ。全員、お前のプランに文句は無いみたいだぞ」
オマケ① 東京エリアの統治機構
東京エリアの統治機構は基本的に日本国の議院内閣制・三権分立を踏襲しており、聖天子の立ち位置も大戦前の内閣総理大臣にほぼ近いものとなっています。
一方で聖天子には任期が無い為、死ぬか辞任するか不信任決議が可決されるまでトップの座に居続けることができます。その為「独裁者」と指摘されることも少なくありません。
また聖天子は政党に所属することが出来ませんが、天童家と縁のある者を閣僚に選んできた経緯から、天童家の息がかかったエリア自民党が事実上の与党、エリア民主党が野党第一党となっています。
オマケ② 灰色の盾のメンバー紹介
ルーシー 12歳
生き残った新参組の一人。灰色の盾随一の狙撃手(自称)。
灰色の盾に壊滅させられたチームのメンバーだったがトオルに狙撃の腕を買われて灰色の盾に入る。皮肉屋で空気が読めず、チーム内でも「余所者」を自称する。ライラのことはライバルだと思っている。
ライラ 14歳
生き残った新参組の一人。灰色の盾随一の狙撃手(自称)。
妹の仇討ちのため、独学で腕を磨いた孤高のギャング。復讐を果たした後、ミカンに誘われて灰色の盾に入る。口数が少なく人間不信(呪われた子供は対象外)。ルーシーのことはライバルだと思っている。
オマケ③ 前回のアンケート結果
聖天子「不信任投票が可決されてクビになったのでアルバイト始めます」←どこで働く?
(1) コンビニ
(0) ガソリンスタンド
(0) 居酒屋
(0) ファミレス
(1) 喫茶店
(1) 塾講師
(5) 家庭教師
(1) アパレルショップ店員
(0) 引っ越し作業
(0) 工事現場
(0) 警備員
→(13) ニート
元聖天子「聖天子じゃなくなりましたのでこれからは本名で呼んで下さい」
蓮太郎「……」
玉樹「……」
弓月「……」
ティナ「……」
その他「「「……」」」
元聖天子「あの……遠慮しなくても良いのですよ」
蓮太郎「本名……聞いたことねえ」
玉樹「同じく」
弓月「聖天子様は聖天子様だから気にしなかったよね」
ティナ「そういえば、聖天子って役職名でしたね」
その他「「「俺達も知りませーん」」」
元聖天子「私……泣いて良いですか?」
次回「邪の道を歩む者」
「100万人のゆりかご」に100万円以上寄附した貴方にドールズ(ドールメーカーで精神を壊された赤目ちゃん)をプレゼント!!←寄付する?
-
する
-
しない
-
しないけど欲しい。