グウェン・チ・リエンのウワサ
裏ルートで学校の制服を買い集め、“学生ごっこ”をするのが趣味らしい。
井上清二のウワサ
制服姿のリエンを見て「学校でも馴染めますよ」と言っているが、心の中では「10代の制服姿なのにコスプレ風俗感が凄い」と思っているらしい。
――どう考えてもグッドタイミングって状況じゃねえだろ。
壮助は冷や汗の雫を垂らしながら広間を見渡す。鷲頭組の上層部が一堂に会する会議。おそらく内容も与太話の類ではないだろう。全員が今にも壮助を殺す勢いで睨む。その筆頭――激昂した若者は右手を後ろ腰に隠している。ナイフか拳銃がそこにあるのだろう。
「それが例の彼か? リエン」
低く渋いバスボイスが一触即発の空気を抑え込んだ。声の主は最奥の席で紅茶を嗜む。
無地の甚平に裸足という簡素な格好ながら、太く筋肉質な体格と腕と胸元の和彫り、角刈り頭と岩のように厳格な顔つきが壮助と周囲を威圧する。大股を開いてソファーに腰掛ける姿は正しく
「ええ。
リエンの紹介で幹部たちの目の色が変わる。壮助は招かざる客から、どんな手を使ってでも席に着かせなければならない客に変わる。一回りも二回りも年上で経験した修羅場の数も桁違い、そんな猛者達の注目を浴び、壮助は内心落ち着けなかった。とりわけ最奥の席の組長の圧は格が違った。
――あいつが鷲頭組初代組長
壮助は民警という裏社会に片足突っ込んだ職業柄、暴力団の情報はよく耳にしている。無論、鷲頭組の組長の名前も知っていた。呪われた子供を暗殺者として教育し、敵対組織や警察関係者を殺戮していった武闘派であり、楽自身もバラニウムの斧でガストレアを屠り生首を敵対組織の事務所に放り投げた逸話を持つ。
「それはそれは、とんだ大物だ。――――――殺せ。
楽の一言で派手な格好の若者――秀顕がホルダーからナイフを抜いた。一瞬でソファーから立ち獣のように低い姿勢で標的に向かい、刃を伸ばす。壮助は咄嗟に足を振り上げ、秀顕の手を蹴飛ばす。手放されたナイフが宙を舞い、ソファーに突き刺さった。
「お前ってさ。馬鹿って言うか、空気読めないタイプだろ。普通は
秀顕の標的はリエンだった。ナイフの切っ先はリエンに向けられ、壮助が蹴っていなかったら彼女のアオザイが赤く染まっていただろう。それでもリエンは顔色一つ変えていなかった。壮助が守ると見込んでいたのか、赤目の力を使って避けるつもりだったのか。
「おっと危ねえ危ねえ。手が滑っちまったよ。んじゃ仕切り直しと行きますか」
秀顕がソファーに刺さったナイフを手に取り、再びホルダーに仕舞う――ように見せかけた。
――飛び出し式!!
一瞬、柄のスイッチが見えた。秀顕の指がスイッチに触れる瞬前に壮助は跳躍。身長180cm後半の偉丈夫の懐に飛び込み、掌底を腹に当てる。
――濃縮斥力点解放!!
掌で形成した斥力フィールドを解放し、秀顕を吹き飛ばす。彼の身体は広間の掃き出し窓のガラスを突き破り、庭のプールへと着水、水飛沫が派手に上がった。
幹部たちが唖然とし、屋敷を破壊されリエンがため息を吐く中、楽は腹を抱えて大笑いしていた。
「はっはははは!! これは随分と派手にやったなぁ!! 余興に呼んだ男娼でないのは確かだ!!」
プールサイドに腕が伸び、秀顕が水面から姿を現す。牙を剥き出しにし、壮助を睨むその様相はもはや獣だ。
「クソッ!! テメェ!! どういう手品使いやがった!?」
「殺す相手を間違える脳味噌で一生懸命考えな!! バーカ!!」
「考えるまでもねえ!! テメェボコして吐かせりゃ良い!!」
「もう良い。お前の負けだ。秀顕」
壮助に殴りかかろうと踏み込んだ秀顕を楽の一言が止めた。額に浮き出た血管から血が噴き出しそうなほど怒り心頭だった秀顕は次第に牙を潜め、落ち着きを取り戻す。
「わかったよ……。
秀顕は身体を拭く素振りも見せず、ずぶ濡れのまま広間に戻った。びちゃりと音を立ててソファーに腰掛け、リエンに向けてニヤリと笑みを浮かべる。誰がどう見てもリエンに対する意趣返しだ。
「で、話を戻すけど何がグッドタイミングなんだ?」
「ここに集まったみんなで貴方達の話をしていたのよ。正確に言えば、貴方達の戦いとその敵の話」
「ドールメーカーのことか」
リエンは勿体ぶった言い回しをするが、壮助は鷲頭組が動く理由に心当たりがあった。彼らはドールメーカーの流通によりドラッグの
「まぁ、それも理由の一つね。“アキンド”ってチームは知ってるかしら?」
「スタジアムでマーケットをやってた赤目ギャングだろ。全員死んだかガストレア化したけど」
「あれ、鷲頭組傘下なのよ。彼女達に商売を教えて売上の一部を上納して貰っていたの。けど西外周区があんな風になったでしょ。お陰で組の収入も減って、今までの投資も全部パーになったのよ」
「そりゃ運が悪かったな。御愁傷様」
中年の幹部たちが壮助を睨み、秀顕はあからさまに舌打ちする。
「あれが普通の感染爆発なら諦めもつくわ。けど、違うでしょ?」
リエンに眼を向けられ、壮助は見透かされた気分になる。おそらくそれは気分ではなく実際に見透かされていたのだろう。彼女は言語も文化も違う東京エリアで一切の後ろ盾を持たず、16歳で暴力団の本部長に成り上がった女傑なのだから。
「簡単な話よ。自衛隊や旧在日米軍の装備を持つ武闘派ギャングがゴロゴロいて、ガストレア襲来なんて日常茶飯事の西外周区がどうして1時間で陥落したのか。タウルス・チルドレンとスカーフェイスの死に様を知っていれば、想像に難くないわ」
100点満点の解答だった。これが学校のテストならサービスで花丸をつけていただろう。
「それと貴方の様子からして姉妹とイニシエーターは無事みたいね」
「ああ。自衛隊が来る前にギリギリ逃げることが出来てな。今は立川駅の廃墟に身を隠してる」
無論、立川駅の話は嘘だ。壮助は自衛隊に保護されたことを勝典以外の誰にも話していない。こうやって偽の居場所を伝えることで敵を釣れないか試しているのだ。
「エールはどうなったかしら? カッコ良く殿を務めて、あの廃虚と心中した?」
「生きてるよ。美樹にぶん殴られて色々と吹っ切れた」
リエンが一瞬固まった。何でも見透かしていた彼女でもそれは想定外だったようで間抜けにぽかんと口を開けていた。彼女ははっと気づき、いつもの艶美な笑みを浮かべる。
「あら、そう。何回死に損なえば気が済むのかしらね。あの子は」
「で、鷲頭組としては『五翔会残党に落とし前をつけたい』ってことで良いんだよな?」
壮助は広間を見渡し、秀顕を含む他の幹部、そして組長の楽と視線を合わせる。沈黙の数刻で壮助はこの場における自分の役割、求められているもの、協力するべきか否か、何を提供し何を隠すべきか整理する。
「大山田組長。その落とし前ってのは命か? それとも金か?」
「無論、両方だ。骨の髄まで金を毟り取り、命以外の
暴力団を通り越し蛮族と呼びたくなる楽のやり方に壮助は慄くが、自分がこれから五翔会残党にやろうとしていることも大して変わらないと気付く。
「事のあらましはリエンから聞いていると思うが、俺達の目的は『日向姉妹の潔白を証明し
「ほぅ……」
「これがそこらの犯罪組織なら証拠集めて警察頼って終わりなんだが、何せ相手は90年も隠されていた巨大なパイ。マナーにうるさい正義の味方じゃ
壮助は内心、悪辣に笑む。自分だけでは
「ならばそのパイ、我らが喰い尽くしても構わんな?」
「正義の味方の分も少し残してくれるならな。裏が落とし前の生贄を欲しているように、表も落としどころの生贄が欲しい」
「良いだろう。話に乗ったぞ。紹介したリエンの顔も立ててやらんとな」
幹部の中年男性がにやけた顔で壮助を一瞥する。それは1人2人程度で他の幹部はまるで善良な市民のように静かに耳を傾ける。ある幹部は保育士のような笑みを浮かべている。印象は三者三様だが、その本質が貪欲な捕食者であることに変わりは無かった。
彼らは壮助の要求に対し首を縦に振るだろう。パイを食わない理由は無い。だがいずれパイ以上のものを求め、壮助に集るだろう。その為なら手段を問わないことも容易に想像できる。その
「一つ言っておくが、俺はパイを用意して切り分ける。鷲頭組はそれを食べる。俺達の関係はそれだけだ。だが、もしアンタらが味を占めてパイ以外のものを求めようなら――」
服の繊維に偽装し隠していた超バラニウム合金繊維が全身から飛び出す。斥力フィールドで制御されたそれは蛇となり、組長の楽、秀顕を含む幹部たち、そしてリエンの喉元に切っ先を突き付ける。全員の生殺与奪が壮助に握られた。
「――俺がお前らを喰い尽くす。機械化兵士・義搭壮助がな」
楽が鼻で笑う。斥力の槍を喉元に突き付けられながらも尚余裕な姿に組長としての威厳が見える。
「そう無駄に怯えるな。小僧。貴様ら無垢の世代がいかにバケモノ揃いなのか、我らがよく知っている」
*
「あいつら話が終わったらさっさと帰りやがって」
ぼやきながら壮助は箒と塵取りでプールサイドのガラス片を集める。鷲頭組を脅した後、最悪の雰囲気で情報の共有、鷲頭組の役割と取り分について話が進められた。16歳の少年にマウントを取られたことがよほど気に入らなかったのだろう。大山田以外の幹部は話が終わるとすぐに邸宅から去った。組長の楽はリエンに少し世間話をした後、ここの修理費をポケットマネーから負担することを伝え、邸宅を後にした。
今、リエンの邸宅の広間では壮助と執事とメイド達が文句ひとつ言わず掃除を進めている。家主のリエンはというと幹部たちが帰った後、ずっとスマホでどこかと連絡を取り合っていた。
「――明日の朝までに全て揃えなさい。寝ている子も叩き起こして。これは最優先事項よ」
今までの飄々とした態度とはうって代わり、語気を強めて電話口の相手を突き動かす。今日の会議もそうだったが壮助はリエンが風俗経営者のお姉さん(※同い年)ではなく、ヤクザなのだと改めて認識させられる。
「すみません。リエン様。遅くなりました」
出入り口から井上清二がひょっこりと顔を出す。一昨日会った時は白色の園芸作業着だったが今日は休みだったのか、派手な柄シャツ、ハーフパンツ、サングラスとラフな格好をしていた。
清二は壮助を視界に入れるや否や眉をひそめた。壮助の存在と共に小学校時代の罪が思い起こされるからだ。清算できないのであれば、せめて思い出さないようにしたかった。
「なんだ。来てたのか」
延珠のことも愚行のことも今は伏せ、旧知の仲のように振る舞う。
「悪いな。ちょっとの間、世話になる」
「別にいいよ。俺の家って訳じゃねえし。そんで何があったんだ? また伊熊が暴れたのか?」
「いくま?」
「貴方に喧嘩ふっかけた男のことよ」
いつの間にか各所への連絡を終えていたリエンが割り込む。
「
「もしかして伊熊将監の親戚か?」
「それの弟」
「へぇ~。兄貴と違って弟はクソザコなんだな」
伊熊将監を知る一般人は少ないが民警の間では死後6年経った今でも名前が出て来る。前衛プロモーター・後衛イニシエーターという民警システムの成り立ちを全否定したペアは2037年になっても超少数派であり、それでIP序列1584位に登り詰めた彼らの存在は「東京エリアの民警七不思議」として語り草となっている。
また勝典が使っていた(そして粉々にした)バラニウム大剣の前の使用者が将監だったという経緯もあり、彼らの逸話は壮助の記憶にも残っていた。
――俺が兄を殺した男の息子って知ったら、どうなっちまうんだろうな。
秀顕がどう怒り狂って滑稽に踊るか、その光景が想像して壮助は思わず噴き出した。
ポケットの中でスマホが振動する。手に取ると画面には「詩乃」と発信者が表示されていた。壮助は出ようか出まいか逡巡する。
今、駐屯地にいる面々は機密保持を理由にスマホを取り上げられており、詩乃のスマホも例外ではなかった。そこから電話が来るのは山根達が詩乃に返したということ、つまり壮助と連絡を取り合うことを許可したということだ。重要な話があるのかもしれない。
そして通話に出たくない理由は、詩乃に一切説明せず駐屯地から出て行ったことだ。事前に話すと反対され面倒くさいことになるのは火を見るよりも明らかだった。黙って出て行ったことで彼女が怒り狂うのも想定していたが、まさか自衛隊基地で暴れてスマホを取り戻したのではないかと最悪の事態が頭に浮かぶ。
恐る恐る通話ボタンをタップし、スマホを耳に近付ける。
「もしもし……?」
『私、詩乃。今までもこれからもずっと貴方のそばにいるの』
「……メリーさんネタやるなら、もっと段階踏めよ」
意外と怒ってなさそうで壮助は拍子抜けする。怒っている人間にふざけるような精神的余裕など無いからだ。
『怒ってると思った?』
「……思ってた。ブチギレて机の一つでも叩き割ってるんじゃねえかなって」
『……』
詩乃から応答がない。向こうはハンズフリー通話にしているのだろうか、まさかと慄く壮助の気など知らず、誰かが笑いを堪えた声が聞こえた。
『費用は壮助にツケたから』
「お前、飯抜きな」
背後から白い手が伸び、ひょいと壮助のスマホを取り上げる。振り向くとリエンがいたずらっ子のような笑みを浮かべ、スマホを口を近づけていた。
「ねぇ~そんな電話よりぃ……私と
さすが赤目風俗を取り纏める夜の女王とでも言うべきか。煽情的で、蠱惑的で、直接耳に囁かれたら大抵の男が腰を抜かすだろう声と言葉をマイクに吹き込む。
「リエン!! 返せ!! それはマジで洒落にならねえ!!」
血相を変えた壮助が飛び出し、慌ててスマホを取り返す。弁明しようと再びスマホを耳に当てるが、『不潔』『クズ』『最低』『やっぱ逃げてんじゃん』『これだから男は』『チ●コもげろ』と罵詈雑言の数々が鼓膜に突き刺さった。
『何でリエンの声が聞こえるの?』
重くドスが利いて、内臓の底に響きそうな声に壮助は震えあがった。忘れていた。電話の向こうにも女王がいる。相手がガストレアであろうと機械化兵士であろうと圧倒的なパワーでねじ伏せる暴力の女王が。
『壮助。今どこにいるの?』
「俺、壮助。今までもこれからもずっと詩乃のそばにいるよ」
メリーさん返しでお茶を濁す。
さすがにネタが寒かったのか、電話が切れたかと思うくらい向こうは静かだった。詩乃がスマホ画面をタップしているのだろうか、コンコンとした音がかすかに聞こえる。
『今、ネットで人間用の首輪と
その言葉を最後に通話は切れた。
――ヤバい。飼育される。
壮助はスマホを手に震えあがる。全身から汗が噴き出る。いつぞやの病室で言われた「手足をへし折って世界で一番安全なところに閉じ込める」という言葉が真実味を帯びて来たからだ。
彼が恐れ戦く様にさすがのリエンと清二もドン引きして距離を取る。
再び壮助のスマホに着信が入る。いつものメロディが流れ発信者に「詩乃」と表示される。壮助は「ひぃっ!!」と小動物のような悲鳴を上げ、つい反射で通話ボタンを押す。
『やあ。浮気男』と常弘が一声。
「……誤解だ。一途男」と壮助は応える。
相手が常弘で良かった。彼のいけ好かない爽やかな雰囲気と落ち着いた性格に今更ながら感謝する。
『詩乃ちゃんが怒って不貞寝したから、僕が代わりに話すね。とりあえず、君の宿題を終わらせる目途が出てきた。詳しい内容はメールで送ったから後で確認してくれ。添付ファイルのパスワードは『朱理が鈴音ちゃんにサインして貰った物』だ。こちらで立てた今後の計画も入ってるから、最後まで読むように』
「了解」
常弘は口頭による報告を最低限に済ませる。壮助の電話口にリエンがいると分かった今、例え離れていても赤目の鋭敏な聴覚で聞き取られている可能性があったからだ。
『必ず戻るんだ。彼女達のためにも、君自身の為にも』
「ああ。大丈夫だ。
そう平然と嘘を吐く自分に吐き気がした。
オマケ① 前回のアンケート結果
壮助「聖天子様、ストレス溜まってそうっすね」勝典「〇〇でもプレゼントしてやれ」
(1) 胃薬
→(9) お酒
(2) ゲーム
(4) サンドバッグ
→(7) かわいい猫の動画まとめ
→(6) プレス機で潰す動画まとめ
壮助「という訳で『かわいい猫が酒をプレス機で潰す動画』をプレゼントしたっす」
勝典「どうしてそこで合体させた」
聖天子様「??????」←あまりにも前衛的すぎる動画を視聴し思考が停止した。
オマケ② ちょっとした新キャラ紹介
・大山田楽(40歳)
ガストレア大戦で社会が崩壊した時代に暴力による征服と略奪で成り上がった世紀末覇者。暴力を信条とする実力主義者であるため、ガストレア新法以前から呪われた子供を差別せず積極的に受け入れ優遇してきた(そして戦闘員として教育してきた)。
・伊熊秀顕(24歳)
伊熊将監の弟。幾つかの事業で成功し利益を出しているインテリヤクザ。喧嘩で一度も将監に勝ったことが無く、兄のことは「筋肉バカ」と蔑んでいる。昔、
今年一年、ブラック・ブレット贖罪の仮面を応援していただきありがとうございました。来年も鋭意執筆して参りますのでこれからもよろしくお願いします。
次回「電脳世界の魔術師」
【真面目なアンケート】セリフとセリフの間の行は開けた方が良いですか?それとも開けない方が良いですか?
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開けた方が良い
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開けない方が良い