ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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皆さん。長らくお待たせいたしました。更新です。

今回はナイトメアイーグル戦の少し前、「パイの奪い合い」の直後から続いたり、また時間が戻ったりして「みんなヤバい機械化兵士に襲われた間、義塔くんはどこで油を売っていたのか」を書いていくエピソードになります。


ご注文はヘルシーで淡泊なお味ですか?

「リエンの奴。俺らにおしつけやがって」

 

 アジアンテイストの高級家具やインテリアで彩られたリエンの屋敷で壮助と清二はぼやく。口では文句を言いつつも身体は律儀に箒と塵取りでガラスの破片を集め、ゴミ箱に集めていく。小学校の掃除の時間を思い出す。

 

「そういや、さっきの電話、彼女からか?」

 

 清二が揶揄い、箒の柄で壮助を突く。リエンにスマホを盗られ、淫靡な声を吹き込まれた時の反応から自信はあった。

 

「あれが彼女からのラブコールを受け取った姿に見えるか?」

 

「俺にはそう見えたな」

 

「眼科行け。アホ。ただのイニシエーターだ」

 

「へぇ……」と清二は言葉では納得しつつも疑いの目を向け続ける。いつの間にか箒の手が止まり、心の内を伺おうと壮助の一挙手一投足から目を離さない。

 

「その割には随分とご機嫌取りに必死だったな」

 

「イニシエーターの機嫌はプロモーターの生命線なんだよ」

 

 壮助は掃除の手を止めると清二の前に左手を出し、強調するように大きく指を広げる。

 

「ここに5本の指があります」

 

「あるな」

 

「よく見ると薬指と小指に縫った跡があります」

 

「ガストレアにやられたのか?」

 

「これはそのイニシエーターに指を噛み千切られそうになった時の傷です」

 

「はぁ!?」

 

 清二は大きな声と共にあんぐりと口を開ける。詩乃との関係を揶揄ってやろうという優越感は吹き飛び、目から光が無くなる壮助の民警生活が(元)友人として心配になる。

 

「あれはペアを組み始めた頃の話だ。ウチの事務員(空子)の爆乳をガン見していたら機嫌を損ねてな。浮気だの何だのと言われて喧嘩して、指を噛み千切られそうになった。つーかほとんど千切れてた。骨まで見えてたし」

 

「うわっ。グロ……」

 

「本人曰く『壮助がゆりかごから墓場まで私のことを忘れないように傷をつけたかった』『結婚指輪が買えないからそれで代わりにしようと思って』だそうだ」

 

 壮助の目は焦点が合わず、口は乾いた笑いを垂れ流し続ける。感情と表情の連携が崩壊している。指の傷だけではない。これまで詩乃が振り回した槍が当たって死にかけたり、指相撲をやったら指の骨を折られたり、彼女が投げたガスボンベの爆発に巻き込まれたり、唐揚げの取り分を巡って喧嘩して肋骨を折られたり、意識無意識問わず、数多くの傷を負わされてきた。

 壮助の身体には「敵につけられた傷」よりも「詩乃につけられた傷」の方が多い。

 もうどうしようもないので壮助はこれについて考えることを放棄した。

 

「なんだよ。その猟奇サイコパス地雷女。さっさとペア解消しろよ」

 

「そんなことしたら、俺は殺されるか手足をもぎ取られてケージで飼育される」

 

「IISOに連絡して収容所にぶち込んでもらったら?」

 

「バスを放り投げる女だぞ。監獄島(アルカトラズ)だって閉じ込められねえよ」

 

「お前のイニシエーターってモデルゴリラなのか?」

 

「気をつけろよ。赤目は『殺す』と思った時には俺ら人間なんて『ぶっ殺した』状態にできるくらい強いからな。それが標準仕様だからな」

 

 呪われた子供は生まれながら大抵の人間を圧倒出来るパワーとスピードと回復力を持ち、人間と同等の(あるいはそれ以上の)知能を持っている。個体の強さだけで言えば彼女達は人類の上位互換であり支配構造の上に立ってもおかしくない存在だが、呪われた子供という()()そのものが幼いことで人類が優位の構造が維持されてきた。

 しかし年月の経過による精神的な成長、自我の形成と確立がなされたことによって、呪われた子供が()()()となる殺人・暴行・傷害・虐待・DV・パワハラはそう珍しくもない話となった。

 

 

 

「いや、ナナだって赤目だけど、そこまでバケモンじゃねえよ」

 

 壮助が石のように固まった。瞬きせず、口がぼかんと開く。

 

「……ナナって誰?」

 

「え? 彼女」

 

「お前……彼女いんの?」

 

「いるぞ。言わなかったか?」

 

「聞いてない」

 

 初耳である。

 赤目嫌いを拗らせて延珠迫害の一因となった彼が赤目に雇われて真面目に働いている状況がそもそも不思議でならなかったが、更に赤目の彼女がいると聞かされて壮助は更に混乱する。彼の脳内に宇宙が広がり銀河が輝く。

 

 

「も、もしかして…………ヤった?」

 

 

 混乱のあまり普段ならしないであろう品の無い質問をしてしまう。お茶の間に流れるテレビ番組なら完全にカットされるであろうハンドサインも見せる。

 清二はふふんと勝ち誇った顔を見せる。

 

「大人の階段の向こう側で待ってるぜ」

 

 壮助は怒りに震えた。自分は6年も延珠への贖罪意識や蓮太郎への英雄願望を拗らせながら世界一可愛くて頼もしい猟奇サイコパス地雷イニシエーターを養ってきたというに共犯者である清二は安定した仕事と愛する彼女(よりによって赤目)を手に入れたのだ。怒らずにはいられなかった。

 

「処刑じゃあああ!! 未成年淫行!! 青少年健全なんとか罪で頭もチ〇コもギロチンじゃああああ!! チクショオオオオオオ!!」

 

 壮助は箒を刀に見立てて振り翳し、清二を追い回す。対する清二も箒を刀に見立てて応戦し、二人は調度品に傷をつけないよう配慮しながら得物を叩き合う。

 その遊び様は掃除の時間の男子小学生のようだ。

 

「死ねええええええええええええい!!」

 

 数十秒のチャンバラの末、ヤケクソになった壮助が箒を投げる。指で柄をスクリューのように回転させ、軌道を安定させた箒ミサイルが清二に向かって飛翔する。

 しかし清二は首を横に動かし回避した。壮助が箒を投げると分かっていたからだ。距離をとり振りかぶる動作も予見の一因だったが、小学生の時に何度も受けた経験がその下地となっていた。

 清二が回避したことで箒ミサイルは標的を見失い、彼の背後へと抜ける。

 

 

 

「あぱっ――――

 

 それはリエンの顔面にクリーンヒットした。

 

 

 何を伝えようとしたのか分からない間抜けな断末魔を上げて、彼女は仰向けに倒れた。

 壮助と清二は真っ青になる。誰を倒してしまったのか理解すると寒気と同時に汗が一気に噴き出る。

 

「後は頼んだ」「待てや。実行犯」

 

 逃げる壮助と服を掴んで逃がさんとする清二が悶着する間にリエンが立ち上がる。美しく長い髪は柳のように揺れ、顔面にかかる。髪の隙間から憤怒に満ちた赤い瞳を覗かせる。その様は往年のホラー映画のようだった。

 リエンは何も語らない。何も語らずとも相手が察して自ずと彼女が望む行動に出るからだ。彼女がこの数年で築き上げた地位と権力が周囲にそうさせる。

 

「「大変申し訳ありませんでした」」

 

 壮助と清二はその場で正座し、三つ指をつき首を垂れる。平身低頭の構えだ。

 数分、リエンは許すとも許さないとも言わずに土下座する2人を見下ろした。その後、溜飲が下がったのか彼女はため息を吐き、前に垂れ下がっていた髪を肩の後ろへ持ち上げた。

 耳に届く音で壮助はそれを把握し、床を見ながら安堵した――直後、パンプスの爪先で額を蹴り上げられる。首が千切れて後ろに飛びそうな勢いでのけ反り、仰向けに倒れる。箒ミサイルのお返しが来たようだ。

 

「いっだああああああ~」

 

 額を押さえながら悶えるの股下をリエンはパンプスの(トップリフト)で突く。絨毯の鈍い音とリエンの姿勢で壮助はあと数センチで自分から男性としての機能が失われていたかもしれない現実に身震いする。

 

「人に仕事をさせて自分達は遊ぶなんて、良い御身分ね」

 

「いや、その、マジで、ごめんなさい」

 

 一切否定できない。壮助はAIの自動応答のように拙い日本語で返答する。

 

「でも良い御身分同士、彼女と気が合うかもしれないわ」

 

 リエンは名刺を指で弾き飛ばし、壮助は自分の胸元に落ちる前にそれをキャッチする。

 

(株)ビドウ 代表取締役 遊楽街京夜

 

 会社名と役職、名前(おそらく源氏名)、他には住所と電話番号、カクテルと青年を模したシンプルなロゴが載っていた。

 

「何これ?」

 

「15時までにその店に行きなさい。ラスボスの目の前まで案内してあげる」

 

 

 

 *

 

 

 

 綾弦優斗(あやづる ゆうと)が保脇夏子に初めて会ったのは2034年(3年前)9月のことだった。

 

 就活という人生の過渡期に彼女から「刺激が無くてつまらない」と一方的にフラれた全ての始まりだった。優斗は人生何もかもがどうでも良くなったのだ。そんな彼を気にかけてくれたのはサークルでお世話になった先輩だった。体育会系で面倒見の良かった彼は優斗を「お前、テレビ局来いよ。一緒にドラマ撮ろうぜ」と誘ったのだ。

 何か目標が欲しかったのかもしれない。誘いを素直に受けた優斗は失恋を忘れたい気持ちもあり、一心不乱に就活に打ち込んだ。そして純粋に実力なのか、先輩のコネが効いたのか、優斗は見事に合格した。

 入社後は誘ってくれた先輩の部下(AD)として、雑用アンド雑用の毎日を過ごした。バラエティ番組のADとして朝から翌朝まで仕事のことしか考えない多忙な日々を送った。お陰で失恋はおろか元カノのことすら頭から消え去っていた。

 

 ある日突然、政治部への異動を言い渡された。優斗は訳が分からなかった。何か功績を立てた訳でもなく、政治に深い造詣も無い。いちADをエリート部署に異動させるなど正気の沙汰じゃない。先輩も同じことを思っていたようで理由を人事に尋ねてみたがハッキリとはしなかった。

 政治部では芦名という壮年のジャーナリストが上司になった。まず朗らかな人柄に優斗は安心した。異動により先輩との約束が守れなくなったこと、畑違いの部署に飛ばされたことに不満はあったが、ひとまずいじめやパワハラが無さそうで安心した。

 

「それじゃあ明日、保脇議員に会いに行くからね。身嗜みとかしっかり頼むよ」

 

 赴任初日の帰り際、前触れもなく芦名に告げられた。彼は瞼が開いたまま固まり、持っていたコーヒー入りの紙カップを落としそうになった。

 政治のことはよく分からない優斗だが保脇議員が誰なのかは知っている。エリア民主党の衆議院議員。歯に衣着せぬ物言いで聖天子や閣僚たちと真っ向から対立する「聖天子の天敵」、芸能人時代のノウハウを活かしメディアでも発言力を強める「野党の女帝」と呼ばれる大物政治家だ。

 

 一体何がどうしてそうなってしまったのか、一晩中考えたが分からなかった。

 

 翌朝、芦名と合流し社用車に乗り込んだ。

 助手席から芦名が彼の顔色を伺う。

 

「昨日はちゃんと寝れたかい?」

 

「あっ、はい……その緊張してしまって。どうせ寝れないならって、保脇議員の過去の記事とか著書とか読んでいました」

 

「殊勝な心掛けだね」

 

 芦名は笑った。優斗も運転に支障が出ないレベルで軽く笑う。

 一緒に笑っていた筈だったが、いつの間にか芦名は口を閉じていた。

 

「ただ、今は何も知らない馬鹿な若者でいろ」

 

 朗らかな印象が消えるくらい重く腹の底に響きそうな低い声だった。これは政治ジャーナリストとして重要な何かを伝えようとしているのではないかと優斗は解釈する。

 

「そっ、そうですよね。一晩漬けの知識なんて――」

 

「違う。そうじゃない」

 

 どうやら解釈違いのようだ。

 

「とにかく政治のことはよくわからない馬鹿な若者でいろ。()()の前ではそう演じろ」

 

 

 

 *

 

 

 

 議員会館のロビーは白い大理石と青空を写す一面のガラス張りで彩られ、陽光が屋内で反射する機構と吹き抜け構造が開放感を演出する――と、ここのデザイナーはそう想定していたのだろうがエントランスに立つ警備員とセキュリティゲートの物々しさが見事に台無しにしていた。

 共にセキュリティチェックを受けた彼はゲートを抜けて会館ロビーに足を進める。

 芦名はロビーの奥に目を向け、優雅に寛ぐ彼女を見つけた。

 芦名は小走りする。優斗も両手に荷物を抱えながら付いて行った。

 二人掛けのラウンジソファに彼女は座っていた。コーヒーの入った紙コップを片手に掃き出し窓から中庭を眺めている。芦名と綾弦のことも気に留めていないようだ。

 

「お待たせしてすみません。保脇先生」

 

「気にしなくて良いですよ。むしろ休憩時間には丁度良かったんですから」

 

 可愛げのある口調に優斗は面を食らった。保脇議員が国会で檄を飛ばす姿はメディアを通して何度も見ており、天敵や女帝という物騒な二つ名の通りの人物だと勝手に想像していたからだ。

 夏子(保脇議員)はソファーから立ち上がり、芦名達に目を向ける。

 近くで見るとやはり美人だと言う感想を抱く。気品のある白茶色のモダンヘア、可愛げとお茶目さを演出する柔らかいメイク、フォーマルさと高級さを併せ持つスーツに包んだ細身の体格は元芸能人という彼女の経歴に説得力を持たせる。

 

「そこの彼は?」

 

「ご紹介します。ウチの新人です」

 

「あっ、綾弦です。よろしくお願いします」

 

 大物政治家を前にして緊張した優斗は噛んでしまった。それがウケたのか夏子が口元を隠しふふっと笑う。

 

「緊張しなくて良いですよ。議員なんて選挙で落ちればただの無職ですから」




次回「いいえ。罪深くスパイシーなお味です」

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