ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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いいえ。罪深くスパイシーなお味です。

 取材は会館の一室を借りて行われた。取材のテーマは「衆議院議員総選挙の戦略と争点」についてだ。最初は軽く雑談を行い、その後は芦名が質問し、夏子がそれに答える形式で取材は勧められた。

 

「来月に控える総選挙の争点についてですが、保脇先生としてはどうお考えですか?」

 

「ガストレア新法の評価。これは避けられないでしょう」

 

「やはり、そうなりますよね」

 

 今回の衆議院議員総選挙はガストレアウィルス潜伏感染者問題基本法(ガストレア新法)・ガストレアウィルス拡散防止法が施行されてから初の総選挙となる。評価に必要な年月も経過しており、メディアも新法と拡防法の是非が争点になると予想していた。

 

「『赤目の子供達は権利と自由を得て然るべき存在であり、私達と共存することが出来る』この前提は崩れません。その上で私はガストレア新法が――赤目の子供に()()()()()()()()()()()を与えたことが果たして正しかったのか、それを国民に問うつもりです」

 

 優斗は昨晩のことを思い出す。夏子のインタビュー記事や著書の内容だ。確か彼女は呪われた子供を危険視する立場をとっており、積極的な排斥とまではいかずとも彼女達にヒトと同等の権利を与える事には慎重だった。ガストレア新法が施行された後、彼女のスタンスは多少の軌道修正はあったものの根本的な方向性は変わっていないようだ。

 

「ご存知の通り、赤目の子供達はガストレアウィルスに由来する高い身体能力を有しています。民警、イニシエーターが良い例でしょう。彼女達は自分の何十倍も大きなガストレアを倒すことでこの国の安全保障の一端を担っています。ですが同時に赤目ギャングというその力を私利私欲のために使う子達もいます。機動隊が敗北した四ツ葉銀行強盗事件、21名の犠牲を出した第三区公営バスジャック事件、自衛隊の治安出動にまで発展した南外周区抗争は記憶に新しいと思います」

 

 優斗はうんうんと頷く。呪われた子供に対して特別な感情を抱いていない自分でも夏子が挙げた凄惨なニュースはよく覚えている。被害の規模が人間のそれとはスケールが違う、もはや犯罪ではなくテロだ、戦争だ、というのが率直な感想であった。しばらくの間、警察や民警の人達には頭が上がらない思いだった。

 

「3年前……私の息子も赤目の子供から聖天子様を守る為にその身を挺しました」

 

 夏子の指に力が入る。こみ上げてくる感情を押さえようと口元が歪む。

 

「聖天子狙撃未遂事件の時ですか。確か息子さんは当時の護衛隊長でしたね」

 

「ええ。儀礼的な面が強い聖天子付き護衛官でしたが、息子は果敢にも卑劣な狙撃手に立ち向かったと聞いています。幸いにも息子は一命を取り留めましたが傷を負ったことで退官を余儀なくされ、その後は心的外傷後ストレス障害(PTSD)により――――自ら命を絶ちました」

 

 場の空気が重くなり、呼吸一つにも優斗は緊張する。息子の死は著書で軽く触れてはいたが、遺族の口から出る言葉はやはり重みが違う。

 ふと夏子の視線が優斗に向けられる。

 

「ごめんなさい。あなたを見ていると息子を思い出して」

 

「あ、いえ。お気になさらず」

 

 夏子がすすり泣き始め、取材は一時中断となる。湿気た空気を生み出す原因となり、仕事の邪魔にもなってしまったことで優斗は居た堪れない気持ちになる。芦名からの視線も痛い。

 夏子は目尻に浮かんだ涙をハンカチで拭い、丁寧に折りたたむ。

 

「続きを始めてもよろしいかしら?」

 

 1分も経たず取材は再開された。案外、立ち直りは早いようだ。涙が演技という可能性も否定はできないが、写真も動画もない今回の取材でそのような演出は意味が無い。

 

「赤目の子供達に自由と権利を与えること――それは人として正しいのかもしれません。ですが、聖天子様の正義と理想は私達のような非力な人間の平穏と安全を脅かす一面も孕んでいるのです。拡散防止法のような『起きた後』では手遅れです。『起きる前』に動き、大切な人を失う悲劇を防ぐ。そんな体制が必要ではないかと私は考えています」

 

 優斗は何も話さない。ただ芦名の隣に座っているだけだ。政治のことは分からない若者という設定なので馬鹿の演技でもすべきか考えたが、夏子の饒舌を前にそんな余裕は産まれない。

 夏子の視線は芦名に向かい、身振り手振りも彼に向ってアピールをしている。優斗のことなど置物かもしくは存在そのものを忘れていているのかもしれない。

 結局、優斗は一言も発する事無く、保脇議員への取材は終わった。本当に顔を覚えて貰うためだけに呼ばれたのかと思い、唖然とする。

 

「ごめんなさいね。こんなオジサンとオバサンの話に付き合わせてしまって」

 

「いえ。勉強になりました。本日は貴重なお時間ありがとうございました」

 

 最後の最後で自分という人間を出し切ろうと爽やかに微塵も思ってもいないことを言う。

 突然、夏子に手を握られて心臓が跳ね上がる。大物議員に向こうから触れられて緊張のあまり額に汗が流れる。

 

「来月、第四区の会館で講演会をやるの。良かったら、貴方も来て頂戴」

 

 まるでクリームを塗りこむかのように両手でさすられる。驚きを通り越して嫌悪感が滲み始める。美人とはいえ自分の母と同じ年代の他人にベタベタと触られるのはあまり良い気分ではない。

 

「あ、ありがとうございます。予定を確認しますので少しお時間を――――「来なさい」

 

 ナイフを突き立てるかのような勢いと鋭さに優斗は気圧される。予定のことなど考えず、「はい……」と答えてしまった。

 芦名がわざとらしく咳払いする。

 

「綾弦くん。車を回しておいてくれ」

「は、はい」

 

 芦名が放り投げた社用車のキーを両手でキャッチすると優斗はロビーを後にした。夏子の前から離れられる。解放感が一気に押し寄せた。

 会館前で助手席に乗り込んだ芦名はやけにご機嫌だった。自分が車を回している間に何かあったのだろうか。別人のように満面の笑みを浮かべていた。

 

「保脇先生は君を気に入ったようだ」と何度も肩を叩かれる。ちょっと痛い。

 

「次の取材も()()だ。さすが()()

 

 自分は何かまずいこと利用されているのではないか、そんな嫌な予感が脳裏を過る。だがどうすることも出来ない。予感は予感でしかない。そう諦めて、優斗はアクセルペダルを踏みこんだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 眠らない街をセンチュリーが走る。ビル街の明かり、街路樹の影、対向車のライトがボディに映し出され、メタリックブラックのボディが彩られていく。

 支援団体との会食を終えた夏子は公用車の後部座席で名刺を眺めていた。昼間、取材に応じた芦名の付き添いだった青年のものだ。顔と体格はすっかり覚えたが、少し酒が入っているせいか、名前は名刺を見ないと思い出せなかった。

 

「ふふっ……昼間の子、可愛かったわあ。芦名のセンスも悪くないわね」

 

 酒が入って朧気になっているせいか、思っていたことが口から零れてしまった。運転手の耳にも届いただろう。だが問題はない。どんな秘密も、汚職も、腐敗も、彼は把握しているのだから。

 

「男遊びが過ぎませんか? ()()()()()()

 

 運転席から年若い男が諫める。高級感と清潔感に溢れたスーツを着こなし、髪もワックスですっきりとまとめられている。どこにでもいる、一週間後には忘れられていそうな、ごく普通の爽やかな青年といった印象だ。

 夏子はネストに艶めかしく笑いかける。バックミラー越しににも見えるように。

 

「あら。嫉妬してるの? ()()()

 

「まさか。御冗談を」と鼻で笑う。

 

「言っておくけど、今回は芦名が勝手に連れて来たのよ」

 

「なるほど。先生に取り入る為に男も女も買って売って。彼も立派な奴隷商人ですね」

 

 夏子は十代の少女のようにむっとしたと表情を見せる。ネストはバックミラー越しに見える彼女を冷ややかな目で見る。過程がどうあれ、彼女が若い男を前に鼻の下を伸ばし、セクハラ・パワハラ紛いの行為をはたらいたことに変わりはないのだから。

 

「くれぐれも表の人間には手を出さないで下さいね。今度、()()()()を用意しますから」

 

 ネストは穏やかに制止し、妥協も提示したが、夏子は返答せず窓の外に不機嫌な眼差しを向けた。ネストの言うとおりにするしかないと理解しつつも高いプライド故に首を縦に振りたくなかったからだ。

 ネストもそれを理解していたが、とりあえず癇癪を起こして運転中に殴られるような事態にならないだけ上出来だと言い包めた自分を評価する。

 

「ああ、それと」とネストが思い出したかのように呟く。

 

「例のプロジェクトですが、スポンサーより<タウルス・レプリカ>の捜索を依頼されました。少しばかり駒を使いますね」

 

 車窓越しのオフィス街に向けられていた夏子の瞼がピクリと動いた。

 

「随分とプロジェクトに肩入れするのね」

 

「ルーサ製薬はスポンサーの中でも最大手ですから」

 

 不機嫌に怒りを上乗せした夏子にネストは変わらず軽やかに返答する。

 

「彼らの金と票が無ければ、貴方は国会議員になれなかったし、我々も都市伝説のまま日陰で滅びる運命だった。これからの為にも尻尾を振って――

 

 夏子が運転席を足蹴りする。慣れているネストは取り乱さず、ハンドル操作を誤ることもなく、涼しげな顔で運転を続ける。

 

「無様ね。旧財閥の末裔」

 

 バックミラーには今にも殴りかかってきそうな形相の夏子が映っている。わざわざ確認するまでもない予想通りの表情を見て、ネストは微かに笑む。

 

「お忘れですか? 貴方もその一人ですよ」

 

 

 

 *

 

 

 

 2037年(3年後) 8月18日

 

 この日、東京エリアを震撼させる大事件“西外周区感染爆発事変”が発生した。

 

 駅前の演説中に感染爆発の一報を耳打ちされた夏子は聴衆の前で驚いたかのように見せた。「市民のパニックを防ぐため悟られないように隠しつつも漏れる動揺」を芸能人時代の経験で()()切り、手早く演説を済ませて議員会館のオフィスへと向かった。

 幸い自衛隊の迅速な対応によるガストレア駆除は完了したが、彼女達の仕事はそこからだった。情報の収集、メディアへの対応、募金の呼びかけ、エリア民主党の緊急会合、etcと多忙な一晩を過ごした。費やした時間、行動による実績は()()だけではどうにもならないのだから。

 

 8月19日 夕方

 

 睡眠不足で頭がぼうっとする。議員会館のオフィスに差し込む夕日が鬱陶しい。感染爆発発生からの対応はシミュレートし実行したが、エリア民主党の緊急会合が長引いてしまったのは想定外だった。

 所属議員の見解が「外周区の住民を巻き添えにする非人道的な作戦を行った自衛隊とそれを容認した聖居への批判」に統一されているか否かの確認で済む話だったが、是々非々路線の派閥が水を差したことで話が拗れたのだ。

 

 夏子は一昨日の自分を恨んだ。最初からこうなると分かってはいて、覚悟もしていたが、とにかく恨んだ。

 

 西外周区にガストレア化爆弾(INS-10)を埋め込んだ少女達を解き放ち、感染爆発で敵を一網打尽にするなんて大袈裟な作戦を考え、指示した自分を。

 

 

 ――もうちょっとスマートなやり方にするんだった……

 

「いやぁ~お疲れさまでした」

 

 芦名と()()()()()()()()()の早乙女が疲労困憊といった様子でバッグを床に下ろす。彼らは以前から予定していた密着取材で今朝から同行していたのだ。背後にはカメラマンと音声担当が機材を構えており、ハードなスケジュールに付き合ったせいで滝のような汗を流している。

 

「こんな日に密着取材の予定を立てるなんて、貴方も運が悪いわね」

 

「歴史的大事件の最前線が見れたんです。ジャーナリスト冥利に尽きます」

 

「先生のお仕事、けっこう、ハードですねぇ……」

 

 重いバッグを一日中抱えていた早乙女は疲労のあまり膝に手を突きそうなほど屈み、息が荒くなっていた。

 

「早乙女くん。貴方まだ20代でしょ。還暦過ぎた私に負けてどうするの」

 

「スタントマン無しでハリウッドのアクション超大作に出た先生には負けますよ」

 

「あら、懐かしいわね。脇役だったけど」

 

 新しいアシスタントは女性の扱いに慣れているらしい。彼は前のアシスタントよりも流暢に喋り、ユーモアのセンスも良い。口達者な男は夏子の好みではなかったが、顔の良い男に煽てられるのは悪くなかった。

 

「とは言っても、私も今日は疲れたわ。続きは明日にしましょう」

 

 

 

 *

 

 

 

 議員としても、<クイーンビー>としても用事を済ませた夏子は自宅に戻った。シャワーを浴び、バスローブに着替え、絢爛なリビングでワインを嗜む。

 夫は大戦時に亡くなり、長男には先立たれ、次男は10年以上前に絶縁し、独りの女となった夏子だが、寂しいという感情は無かった。むしろ大金を使い、これ幸いにと家全体を自分好みに仕立て上げたのだ。内装は欧州の貴族を思わせる贅を尽くし、そこで彼女は女王のように寛ぐ。

 古風なドアベルが鳴った。待ち遠しかった“モノ”が届き、夏子は鼻歌を歌いながら玄関へ足を進める。通り際に横目で玄関カメラをチラリと見て、白を基調とした服装の配達員が映っていることを確認する。

 玄関を開けると少年が立っていた。夏子は違和感を覚える。店名が刺繍された可愛らしいホワイトピンクのパーカーはいつもと変りないが、下半身はダメージジーンズと厳ついブーツという真逆の印象を持たせる。

 

「ご注文ありがとうございます。ホワイト&キャッツです」

 

 少年は視界に入るよう手提げ袋を持ち上げる。夏子は袋を一瞥することなく、少年をまじまじと見る。注文よりも背が高い。声も違う。香水も純朴で優しいものだったが、今日は刺激的な遊びを感じさせる。パーカーのジッパーも下げられており、セクシャルな首まわりと鎖骨が肌を晒す。

 

「あら、()()()()が違うわね」

 

「申し訳ありません。()()が届かなかったものですから。こちらで代わりのものを用意致しました」

 

 少年の顔はあざといネコ耳フードを目深に被っているせいでよく見えない。しかし見える口元だけでもいけ好かないクソガキということは分かる。

 

「それならいらないわ。帰って頂戴」

 

 夏子がドアを閉じようとすると少年が足を挟んで阻んだ。ブーツの硬さ、細身ながらも感じさせる膂力がドアノブ越しに伝わる。夏子の腕力では到底動かない。

 

「ちょっと待って下さいよ~。料理をお届けして代金を貰って来いって店長に言われてるんですよ」

 

「そちらの不手際でしょう。私には関係ないわ」

 

「まぁまぁそんなこと言わずに」

 

 少年はパーカーのフードを摘まみ、少しだけ持ち上げる。隠れていた鼻、目、眉に玄関灯の光が差し込む。

 夏子の腕に力が入らなくなった。顔が見えた瞬間、自分はこの少年を拒むことが出来ないと分かったからだ。

 彼は夏子の好みだった純朴で可愛らしい少年とは真逆の印象だった。女を手玉に取り、遊び尽くし、飽きたら捨て去る。女の敵のような所業を繰り返し、それでも許される禁忌の魅力持っている。触れてはならないと分かっていながらも手を伸ばしてしまいたくなる悪魔的な美しさに警戒心が融解する。

 

「ヘルシーで淡泊な味も良いですが、時には罪深くスパイシーなお味はいかがですか?奥様」

 

 少年は顔を夏子に近づけ、耳元で囁く。

 

「今なら店長に内緒で()()()()()も付けちゃいますよ」

 

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