ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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言えない。
ゴッドイーター2レイジバーストにハマって更新が遅れていたなんて。


廃品回収(ロストコレクター)

「う~ん。どこにやったかな~?」

 

所狭しと並べられた大量の銃器とバラニウム弾、麗香はその中に上半身を突っ込み、無造作に入れられたおもちゃ箱からオモチャを探す子どものように部屋を漁る。タウルス・ジャッジが店にあるのは分かっているが、それが店のどこにあるのかは分からないようだ。

 

「商品管理ぐらいやったらどうだ?」

「元々は売買じゃなくてコレクションが目的だったからね。宝くじを一発当てれば武器商人稼業ともおさらばだ」

「コレクターなら尚更きっちり管理しとけよ。ほら、あの額縁に入れて飾ってある拳銃みたいに――って高っ!?」

 

壮助がふと指さした額縁の銃。店の最奥の壁にかけられており、仲にはクロアチア製の拳銃『スプリングフィールドXD』がかけられていた。レッドカーペットを背景に金色の額縁で囲われ、その扱いはセール品のようにドラム缶にツッコまれたり、棚に置かれている有象無象の銃とは明らかに違っている。扱いと同様に値段も1000万円と格別だった。中古品どころの話ではない。新品よりも高価で全てのパーツを純金で作ったのではないか、もしかして見た目だけで中身はビーム兵器なんじゃないかと思ってしまうような値段だ。

 

「高っ!なんだよ!あの銃!中古販売のくせに新品より高額じゃねえか!」

「中古が新品より高値で取引されることなど多いじゃないか。買ったばかりの新品のパンツと一度女子高生が履いた同じパンツ、どっちが高く売れると思う?」

「女子高生が履いたパンツ」

「そういうことだ」

 

麗香は再び銃の山に上半身を突っ込んでタウルス・ジャッジを探し、壮助は額縁のスプリングフィールドXDに目を向けた。「どんな有名人が使えば、あんな額になるんだ?」と質問したかったが、それに答える度に彼女は手を止めてしまうので欲求は抑えておく。

麗香が「あった!」と声を挙げ、箱の中から1丁の拳銃を持ちだした。汚れを布でふき取り、微量のオイルで磨いて光沢を作る。

 

「ほら。お望みのタウルス・ジャッジだ」

 

麗香がカウンターの上にジャッジを置いた。一見すると銀色のリボルバーだが、散弾やスラッグ弾などの大きな弾丸を撃つために銃身が太くなっており、回転式弾倉もそれに対応して大きくなっている。散弾が詰まったケースが数箱ほどジャッジと共に置かれ、彼女は椅子に座った。

 

「ふふふ。君ほど話し甲斐のある客はいないんでね。また来てくれるのを楽しみにしていたんだよ」

 

麗香が不気味な笑みを浮かべながらリモコンで部屋の照明を落とす。部屋の光源はカウンターに置かれたランプだけになり、彼女の表情も相まって怪談を語るような雰囲気になる。

 

「この銃の前の持ち主は高幡舜(たかはた しゅん)。享年18歳。個人経営の小規模な事務所でイニシエーターとやりくりしていた。相棒との関係は非常に良好で仲睦まじい兄妹と近所でも評判だったそうだ。2人の最期は6年前の第三次関東会戦。彼らも生まれ故郷を守るために戦いに参加したが、例に漏れず民警とガストレアの乱戦に巻き込まれる。その最中、彼はイニシエーターをガストレアの攻撃から庇って負傷してしまう。その傷口からガストレアウィルスの感染が急速に始まり、30秒も経たずに形象崩壊が始まった。周囲にいた民警が介錯しようとしたが、イニシエーターが彼を守ろうとしたことで介錯が間に合わなかった。結果、この男はガストレア化し、自分の相棒を食い殺した」

 

彼女はハイエナのように死んだ民警から武器を集める。それと同時に持ち主のエピソード――どう生きて、どう死んだのか――も集める。そして、その生き様と死に様を次の持ち主に語る。彼女は武器と同時に死(ロスト)を集める。故に廃品回収(ロストコレクター)なのだ。

かつて、勝典と壮助が武器を買いに来た際、三途麗香は語った。

『死とは人生の結果だ。善良だろうと悪虐だろうと死は平等に訪れる。過程に結果が伴うように死は生涯の結果だ。もし運命を決めている神様がいたとしたら、そいつの価値観や善悪の基準は人間とはかけ離れたものだろう』

生と死は常に因果で繋がり、善良な人が拷問されながら死んでも、悪逆非道の限りを尽くした人間がベッドの上で安らかに死んでも、その『死』に辿り着く過程が『生』の中にある。

 

「もし2人がビジネスライクな冷めた関係だったら、舜は相棒を庇うようなことは無かったし、イニシエーターは相棒が介錯されることをすんなりと受け入れただろう。互いに愛し合い、仲睦まじいからこそ起きた悲劇だな。君達も仲が良いし、こうならないことを祈るよ」

「まるでこの銃が呪われているみたいな言い方じゃないか」

「今更気付いたのか?私が扱っている武器はほとんど呪われているぞ」

 

気味の悪い話題に麗香は楽しそうにハハハと笑う。暗い部屋と不気味に笑う三十路女を前に壮助は「やっぱり、別の店で買おうか」と考える。しかし、断ったら何かよく分からない呪いに殺されそうな気がするし、格安料金も諦めきれない。

 

「私から武器を買った民警はほとんどが前の持ち主と同じ運命を辿ったよ。そこにスプリングフィールドXDがあるだろう?」

「あの額縁のか?」

「ああ。あれは前の持ち主も、更に前の持ち主も自分の相棒を撃ち殺した後、民警を辞めた。パートナーロス症候群に耐えられなかったんだろう」

「相棒を介錯か……」

「今はその心配は無いんだろう?技術が発展して、ガストレアウィルスの浸食を完全に抑える薬品が出回っているわけだし」

「ガストレアに直接ウィルスを注入されたりしない限りはな」

 

呪われた子供たちはガストレアウィルスによって高い身体能力と回復能力、ウィルスのモデルとなった生物の能力を得るという恩恵が与えられるが、恩恵に与れば与るほどウィルス侵食率が上昇し、ガストレア化するという危険性を孕んでいる。人間と同じように生活すれば侵食率は上昇せず、人並みの寿命が保障されると“言われていた”が、近年の研究で肉体の成長や新陳代謝にもガストレアウィルスが関与していることが判明。誤差の範囲内ではあるものの普通の人間と同じ暮らしをしていても侵食率が上昇していることが学会で発表されている。

イニシエーターになるとウィルスの侵食を抑制する薬品が提供されるため、命の危険に晒される職業でありながらイニシエーターを志望する赤目は後を絶たない。しかし、数年前まで抑制剤も「侵攻を遅くする」程度であり、気休め程度でしかなかった。3年前に四賢人の一人、室戸菫を始めとした研究チームがガストレアウィルスの侵食を“完全に”抑制する薬品の開発に成功。2年前からIISOを通して民警に配布されるようになった。抑制剤の投与後、数時間ほど免疫反応による発熱で苦しむというデメリットはあるが、戦いで侵食率上昇が避けられないイニシエーターに人並みの寿命が保障されることに比べれば小さいものであり、今はこっちの抑制剤が主流になっている。

 

「呪われた銃か……。じゃあ、もし俺がここで買ったM4カービンを使い続けたら、それで詩乃を撃ったり、逆に詩乃に殺されたり、そんで大角さんは自分の剣が背中に刺さって死んだりするのか」

 

壮助が民警になりたての頃、勝典に連れられて、ここで武器を買った。狭くて換気の悪い部屋とタバコ臭い店主、持ち主の生き様・死に様を語る売買の儀式には驚かされた。

その時、壮助が勝ったのはアメリカ軍で採用されていた短機関銃:M4カービンだ。かつては「相棒殺し」と言われていたプロモーターが使っていたが、因果応報が巡って相棒(イニシエーター)に殺害された。麗香曰く「因果応報のお手本みたいなつまらないエピソード」らしく、値段も1000円と格安だった。

そして、勝典が今使っているバラニウムの大剣もここで購入したものだ。これは数万円ほどの価格だった。かつて序列1000番台のプロモーターが使っていたが、未踏領域で持ち主の背中に刺さった状態で発見された。それがどうも麗香のツボに入ったらしく、笑みを浮かべながら「何をどうしたら自分の剣に背中を刺されて殺されるのか。彼の最期の戦いが気になるね」と語った。

 

「まぁ、そういう可能性もあるってことだ。呪いを信じるかどうかは君次第だ。私の友人は『呪い?そんなものあるわけないだろう』と一蹴するがな」

「アンタに友人なんて居たんだ。ずっとこの店で銃器や死人のエピソードを眺めてニヤニヤしていると思ってた」

「酷い言い草だな。ちゃんといるぞ。私と同じ『死』を愛する人間だ。まぁ、彼女が愛するのは死体(ボディ)、私が愛するのは経歴(エピソード)だから、反りが合わなくて5年ほど連絡を取っていないがな」

 

麗香はキセルをふかし、煙と共に息を吹き出す。そして、椅子の背もたれに身を寄せた。

 

「ふぅ。ここまで他人と話すのは久しぶりだな」

「他の客とは話さないのか?」

「他の客が求めているのは格安の中古品であって、前の持ち主のエピソードには興味を示さないからな。とりあえず一方的に語るが、大半は『そんな話はいいからさっさと武器をよこせ』って顔で聞いてる。ここまで話すのは君ぐらいだ」

「そういうものか」

「そういうものだ」

 

2人の間にしばらくの沈黙が入る。壮助はもう話が終わったと思い、カウンターのジャッジを手に取った。

 

「で、これ結局いくらになるんだ?」

「銃本体にバラニウムの散弾とスラッグ弾1カートン。珍しい銃だし、実に面白い死に方だったから、2万円ぐらいが相場だが、君の聞き上手に免じて一万円にしておいてやろう」

 

麗香から値段を聞かされると、壮助はバラニウムのスラッグ弾のカートンだけカウンターの彼女の傍に押し出した。

 

「バラニウム弾はいらないから、もう少し値引きできないか?」

 

壮助の要望を聞いた麗香はスラッグ弾のカートンを押し戻した。

 

「無茶をいうな。これもセットにして売らないと、人間を撃つための銃を売買した疑いが出るだろう。私を犯罪者にするつもりか?」

 

民警に武器を売買する商人はIISOとエリアよりライセンスが発行されている。売買記録の提出や審査が毎年行われている。もし、そこで怪しい記録が出てきてしまえば、それだけで来年の武器商人としての商売が危うくなる。

 

「分かったよ。弾も全部買う」

 

壮助は財布から1万円札を出して麗香に渡す。銃と弾丸を受け取り、銃に安全装置がはたらいていることを確認すると楽器ケースの中、司馬XM08AGとは別のポケットに入れた。

 

「ありがとな」

「ああ。こちらこそ、久しぶりに楽しく語らせてもらったよ。やっぱり、君は上客だ。もっとお金を落としてくれれば、文句は無いんだがな。ほら、ついでにあのXDも買わないか?」

 

麗香は額縁のXD拳銃を指さす。麗香の薦めとはいえ壮助には出せる金額ではない。彼が稼ぎの少ない民警で、あのXD拳銃の10分の1の額も出せないことを麗香は知っている。だからこそその行為に彼女の厭らしさがにじみ出る。

壮助はXD拳銃をじっと見つめる。よく見ると傷だらけで、使い古されているのが分かる銃身、誰も手を出さないような設定の値段、額縁に入れるような高待遇。この店であの銃だけは異様だった。

 

「あのスプリングフィールドXD。誰が使ったらあんな値段になるんだ?」

「聞きたいか?」

「ああ。是非とも」

 

麗香の表情は待っていましたと言わんばかりに期待で満たされていた。きっと、この銃について語りたくて仕方が無かったのだと思う。水を得た魚、趣味について語る機会を得たオタクの様に目を輝かせていた。もう話したいことが喉元まで来ているのだろう。

 

「この銃の持ち主は、エリアの民警なら誰もが知っている名前――幾度となく東京エリアを救った英雄“里見蓮太郎”だ」

 

その時、壮助は全てが止まったような感覚に襲われた。




手元に原作がある人は、4巻の54ページを見てみよう

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