ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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人間という名の商品

 3時間前

 

「ここ……だよな……?」

 

 壮助はリエンから受け取った名刺の住所を地図アプリに入力し、ルート案内を頼りに閑散とする真昼の歓楽街を歩いた。街の様子はとくに変わらない。昨日の西外周区感染爆発もまるで海外の戦争のように捉えられている。

「目的地に到着しました」というアナウンスで足を止め、目の前の光景を睨む。間違いじゃないかと思い名刺の住所とスマホの地図アプリに視線を戻すが、どうやら間違いではないようだ。

 いかにも女子受けしてSNS映えしそうなあざとくファンシーなエクステリア、ガラス越しに見えるインテリアも違わぬ雰囲気を醸し出している。集客効果も十分なようで時折、数名の女性客が来ては店の写真を撮り、店内でスイーツを物色している。

<White & Cats>と看板を掲げたスイーツ店の前に壮助はたじろぐ。

 リエンが紹介した店なのだから16歳が入ってはいけないような妖しい雰囲気のお店――ハッキリ言えば風俗店を覚悟していた。実際は16歳が入っても問題ないスイーツ店だったのでそこは安堵べきかもしれないが、自分が場違いすぎて逆に足が重くなる。

 しかし名刺にあった“ビドウ”という会社名が見当たらない。やはり間違いかと思い建物に目を凝らすと隣の建物との隙間に外付けの非常階段が見えた。細身の人間1人がようやく通れる幅で年季が入っているのかステップも手摺も錆びついている。

 非常階段の出入口を閉じるこれまた錆びた門に<(株)ビドウ>と書かれた札が提げられていた。いかにもアングラな雰囲気を前に壮助は安堵し、1階スイーツ店の客の目を盗みながら非常階段を登った。

 どこかにカメラか人感センサーでもあるのだろうか、2階に到着する直前でドアが開き、可愛らしい面持ちの少年が出迎える。年齢は壮助と同じか少し下。化粧っ気があり女性と見紛う。胸に下げたネームプレートには「ケン」と記載されていた。

 

「あ、京さんが言ってた人っすね。入ってください」

 

 ケンに指示されるがまま、壮助は一言も喋らず屋内に招かれる。

 中は従業員1~2名規模の零細企業の事務所だった。壁や天井には掃除しても落ちないであろう汚れが染み付き、デスク周りは付箋やメモでいっぱいになっている。備品や書類が入った段ボールが至る所に積み上げられており、事務所の狭隘化を加速させている。松崎民間警備会社を彷彿とさせる光景だが、鼻を突くきつい香水の匂いだけは違った。

 ホスト風の男が最奥の席に座り、忙しなくパソコンのキーボードを指で弾いていた。彼が匂いの元のようだ。彼の机にはコーヒーの空き缶や栄養ドリンクの空き瓶がアユタヤ遺跡のように積み上げられている。

 ホスト風の男が壮助の存在に気付き、ぎこちない笑顔で声をかける。

 

「ようこそ。義塔くん。リエンを口説き落とすなんて大したものだ」

 

「アンタが遊楽街?」

 

「まぁ……そうだね。でも覚えなくていいよ。その名前も今日で捨てるから」

 

 壮助は首を傾げるが、遊楽街は疑念を払拭するように手で目の前を掃う。

 

「気にしなくて良いよ。こっちの事情だから」

 

「京さん、時間ないっすよ。早く準備しないと」

 

 ケンが抱えた段ボール箱を壮助に近いデスクの上に置く。音からして中身はガラス瓶のようだが蓋をしているせいで中身は見えない。

 

「準備って何をするんだ?」

「オシャレ、メイク、ヘアアレンジ。そして乙女の園でシャルウィダンスさ」

 

 訳が分からず、壮助はケンに視線を向ける。彼に説明してくれと無言で投げかける。

 

「ウチがどういう会社かは聞いてるっすか?」

 

 首を横に振る。

 

「表向きは小規模なフードデリバリーサービス会社。でも、その実態は()()派遣会社っす」

 

 男娼――性的サービスを提供し金銭を得る男性の総称。日本では古くから同性愛者を客層とした業態が展開されていたが、1960年代を最後に減少の一途を辿り、市井で彼らを表す言葉も耳にしなくなった。しかし、2020年代後半から彼らは増加の傾向を見せ始めた。ガストレア大戦と戦後の混乱期に身寄りのない少年が溢れかえったことから人身売買市場が国内で拡大、2030年代には鉱山などの重労働、裏社会の荒事といったシェアを呪われた子供が奪っていったことで、体力がない・病気になる・すぐに死ぬ少年は労働者(奴隷)としての価値が低下していった。そんな彼らが最後に縋った働き口が男娼だった。呪われた子供(女性)には出来ない、()()であることを利用したサービスや業者は瞬く間に裏社会で増加していった。

 そして、供給過多による価格競争、低価格で提供される()()は性的サービス以外の需要を生み出していった。今では赤目ギャングの憎悪の捌け口、イニシエーターの殺人の練習台として多くの命が消費されている。

 壮助はこれから自分が何をやるのかを理解した。リエンが誂えてくれたものとしては()()()もあり心の中で頷けるものだったが、正直なところ今すぐトイレに行って胃の中を吐き出したかった。

 

「男娼として、保脇夏子に近付けってことか」

 

「その通り。都合の良いことに今夜、彼女からオーダーが入っている」

 

 まさかの繋がりで驚いた。思わず「マジで」と反応する。男娼の客層として近年は女性が増加している話は聞いたことがある。嗜虐欲が強かったジェリーフィッシュ(保脇卓人)、その親である夏子が同様の性格であることは想像に難くなく、嗜虐の対象として男娼を使っていることも納得がいった。それがまさか鷲頭組の傘下と取引関係にあるとは露にも思わなかった。

 

「なんていうか……老舗の会員制高級クラブとか使ってそうなイメージだったんだけど」

 

「ウチも老舗の会員制高級クラブってことになってるよ。ダークウェブ上ではね」

 

 ダークウェブ――特定のソフトウェアを使わなければアクセスできないインターネット上のコンテンツのことだ。サイトの閲覧者を限定出来る、アクセスした者の追跡が困難という性質から国家や政府機関の監視を逃れた情報の受信・発信、内部告発などに用いられてきたが、警察・検察の目が届かないことから武器、薬物、人身を扱った違法な売買の温床にもなってきた。

 そして未成年を取り扱うこの男娼業も東京エリアの法律では立派な違法であり、そんな彼らが事業を展開する上でダークウェブは欠かせないものだった。

 

「よく騙せたな」

 

「ガストレア大戦でリアルもネットも一度はぶっ飛んでメチャクチャになったからね。過去の記録なんていくらでもでっち上げられるし、鷲頭組と繋がりのある政治家や企業の偉い人にデタラメなレビューを書いて貰えば、後は簡単さ」

 

「で、大丈夫なのか?」

 

「問題ない。さっきも言った通り、お得意先だからね。店の名前を出せば素通りできる」

 

「いや、そっちじゃなくて。守秘義務とか信用問題とかあるだろ?」

 

 遊楽街とケンが固まった。まさかこちらの心配をしてくるとは。だが、壮助が問いかけてきたことには納得した。客を騙し得意先を失う――明らかにデメリットしかない策謀に躊躇なく付き合う自分達はさぞ裏があるように思えただろう。

 

「心配しなくて良いよ。ここは保脇議員を貶めるためだけに作った企業なんだから。むしろ今日、君が来たことで()()()()()()

 

 あまりにも都合が良い話で壮助は訝る。リエンや鷲頭組が用意した罠、もしくは自分を試す仕掛けではないかと思い、感覚が研ぎ澄まされる。遊楽街もそれを悟るが、不敵な笑みを浮かべる。

 

「<100万人のゆりかご>っていうNPO法人は知ってるかな?」

 

「ああ」

 

「彼ら、以前から<ガーデン>にちょっかいをかけていてね。『性産業に従事させられている未成年の保護』というお題目を掲げて、<ガーデン>の解体と全従業員の()()()()を要求してきたんだ」

 

 お題目は赤目保護団体として至極真っ当なものだったが、あまりにも滅茶苦茶な要求に苦笑する。ちょっかいというレベルではない。それを聞いたリエンが鼻で嗤う姿が容易に目に浮かぶ。

 

「清廉潔白な正義馬鹿なら可愛いものだったが、彼らはどうやら本気のようでね。断ったら鷲頭組の他の事業にも嫌がらせをするようになったんだ」

 

 どうりで鷲頭組との交渉がすんなり進んだわけだ――と壮助は納得する。自分達の敵と鷲頭組の敵は以前から一致していた。自衛隊や司馬重工を味方に付け、暴対法で縛られた自分達の手足となる壮助が現れたことは、大山田組長にとって渡りに船だったのだろう。

 

「そこで、連中のバックにいる保脇議員の弱みを握って、ゆりかごを封じようとした訳だ」

 

「正解。話が早くて助かるよ。さっさとクソババアの息の根を止めて来てくれ」

 

「……個人的な恨みでもあるような言いぶりだな」

 

 遊楽街の顔に一瞬暗い影が落ちる。それを壮助とケンに悟られんとオフィスチェアを回転させ、ブラインド越しに差し込む夕日に顔を向ける。

 

「昔の話さ。ちょっと顔の良い男が先輩のコネでテレビ局に入ったら、偉いオバサンに唾をつけられて、それを拭ったら懲戒解雇された挙句、殺されかけた」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ――ああ。クソッ。アカデミー賞もらったって二度とやらねえ。

 

 保脇邸の玄関を跨いだ壮助は内心毒づく。

 男娼のフリをして、夏子の支配欲をくすぐるように生意気なガキを演じた。らしくもなく、ネットの広告でチラ見した『オンナを落とすテクニック』とやらを使い、どこまでも小悪魔で、煽情的で、自分が食われるとも知らずに粋がる捕食者の前に据えられた膳をイメージして振る舞う。

 壮助は夏子に付いて行き、邸宅のリビングに連れられる。

 

「ほら、さっさと脱げよ。ババア。俺のテクで天国までぶっ飛ばしてやるからよ」

 

「品の無い子ね。焦らすことも覚えるべきよ。座りなさい」

 

 夏子はスッと手を差し伸べ、壮助へソファーに座るよう促す。出来る限り、還暦を過ぎた女性を脱がせずに事を終わらせたい。そう思う壮助は素直に従った。

 腰を下ろした瞬間から理解させられる高級感のある低反発、外観と邸宅全体の装飾から想像はしていたが、想像以上のクオリティだ。

 誰もいない静かな邸宅でコンロの火が点く音、水が沸く音が聞こえる。オープンキッチンからは紅茶だろうか、華やかな香りが漂い、壮助は思わずリラックスしそうになる。

 艶のあるボーンチャイナのティーカップが目の前のローテーブルに置かれる。細やかな金の装飾が室内灯に反射して輝き、カップ内の紅茶の水面が微かに揺れる。

 壮助は警戒する。これは飲まなければいけない流れだ。しかし内蔵の半分がバラニウムの機械になっていても解毒能力は普通の人間とさほど変わらない。もしこの紅茶に睡眠薬や毒薬が入っていれば、それが命取りになる。かと言って、ここで拒否すれば不審に思われてしまう。

 中々手を付けない壮助を見て夏子が笑みを浮かべる。

 

 

 

 

「安心しなさい。薬なんて入ってないわ。――勿論、()()()()()()()もね」

 

 

 

 壮助は笑みを浮かべる。その薬の名前を出された以上、保脇夏子が黒か白かを確認する必要はもうない。男娼のフリもしなくて良い。相手から勝手に白状してくれる好都合な展開に感情が抑えきれなかった。

 壮助はすかさずジャケットの裏に隠したレイジングブルを抜き、銃口を夏子に向ける。人差し指はまだトリガーにかけない。今ここで殺してしまえば、五翔会残党の全貌が闇の中へと消えてしまうからだ。今すぐにでも頭に風穴を開けて殺したい気持ちを抑える。

 夏子は銃口を向けられても一切動じていなかった。壮助の指の動き一つで命を奪われかねない状況の中、彼女は自分の紅茶を啜っていた。

 

「クイーンビーの館へようこそ。義塔壮助くん」

 

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