ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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手元に原作がある人は2巻の序章を読んでみましょう。


小さな巨人 前編

「俺の名は里見蓮太郎。かつて、この東京エリアで民警として活動していた男。そして、この東京エリアを滅ぼす者だ」

 

 その言葉は、東京エリア全土に響き渡っていた。個人の携帯電話・スマートフォンに映像として流れ、家電量販店のテレビも蓮太郎の演説でジャックされる。

 かつて幾度となく東京エリアを救った英雄が今度は東京エリアを滅ぼす反逆者となった。しかし、その演説が心に響く者はごく少数だった。里見蓮太郎が何者かは知っている。しかし、彼の顔と声を知る人物はごく少数だった。ほとんどの人間が「偽物の戯言」「すぐに警察か自衛隊が片を付ける」と思い、いつもの日常の中へと戻っていった。6年前、仙台エリアと一触即発の状態になっても日常を続けたヒトの精神機構――正常化への偏見――が起きていた。

 

『番組を中断させて臨時ニュースをお送りします。つい先ほど、聖居よりエリア内部におけるガストレア出現と緊急避難警報が発令されました』

 

 家電量販店のテレビ、街頭の巨大スクリーンの全てのチャンネルが一つの映像を流した。冷や汗を流し、慌てた様子で紙の原稿を読み上げるキャスターの姿だ。カメラへの目線を気にする余裕もなく、ひたすら原稿に目を配っている。

 

『東京エリア内部にガストレアが出現しました。繰り返します。東京エリア内部にガストレアが出現しました。現在、第4区、第11区、第23区、第30区の4ヶ所で出現が確認されており、いずれもステージⅡ相当だとされています。近くの住民の皆様は至急最寄りのバラニウムシェルターに避難してください』

 

 東京エリアの中心地に近いオフィス街でも会社帰りのサラリーマンやOLたちが唖然としながらニュースを見ていた。東京エリアの住民なら記憶に新しいガストレアへの恐怖、第三次関東会戦で味わった絶望が脳裏に浮かび上がる。

 

「な、なぁ」

「どうした?」

「今、第4区って言わなかったか?」

「あ、ああ。そうだな」

 

 

 

 

 

 

「第4区ってさ……ここだよな」

 

 2人のサラリーマンを中心に周囲の人間の顔が真っ青になる。

 そして、想定していた最悪の事態が目の前の現実となった。

 注目を集めていた巨大スクリーンが割れ、飛び出す絵本のようにガストレアが姿を現した。鋼鉄のような甲殻に身を包んだ重厚な巨体は着地した途端、アスファルトを粉砕し、地面を揺るがせた。

 

「ガストレアだ!逃げろ!」

 

 街中の空気が怒声と悲鳴で震えあがった。多くの人が雪崩のようにガストレアから遠ざかっていく。パニック状態に陥った群衆は一目散にガストレアに背を向けて走り出した。バラニウムシェルターに逃げ込む冷静さを欠き、ただ生きたい・死にたくないという生物的本能だけが人々の思考を支配していく。

 倒れている人に手を差し伸べる人などいない。邪魔だと言わんばかりに倒れている人を踏み抜き、蹴り飛ばし、人々は利己的(しかし生物としては当然)に走り抜ける。

 

「ああっ!もう!人のことを路傍の小石みたいにボコスカ蹴りやがって!!」

 

 松崎民間警備会社の事務員、千奈流空子もまた踏み抜かれ、無数の人々に蹴り飛ばされた哀れな転倒者の一人だった。彼女は松崎民間警備会社の仕事でこのオフィス街に訪れていたが、運悪くガストレア騒動と人の雪崩に巻き込まれてしまい、気が付いたらヒールが折れて転倒し、絨毯のように踏み抜かれていた。

 

「ゴルァ!踏んだ奴戻ってこい!これいくらしたと思って――」

 

 

 

 ズシン!

 

 

 巨大なダンゴムシのような形状のガストレアが左右にある無数の小さな足を機械のように連動させ、静かに行進を始めた。放置された車は易々と踏みつぶし、道路標識をなぎ倒し、高圧電線も簡単に引きちぎっていく。

 空子の目にはガストレアがこっちに向かって来ているように見えた。いや、見えたのではなく、明らかに先ほどの怒号で空子に気付き、こっちに向かっていた。

 空子は逃げようとするが、力を入れた途端、足に激痛が走る。誰かに踏まれたときに打ったのか、骨が折れたのかもしれない。仕事の都合上、ガストレアの恐ろしさもそれを倒す民警の頼もしさも彼女は知っている。しかし、こうして目の前で実感するのは初めてだった。あの4人はいつもこんな怪物相手に戦っていたんだ。生き残ったら、給料・待遇も改善してあげようと――。

 ガストレアの口から無数の触手が姿を現し、周囲に伸ばし始めた。蛇の舌のようにセンサーとしての役割を果たしているのか、周囲のビルや道路を舐めまわしながらゆっくりと歩みを進める。

 その触手の1本が空子の存在に気付いた。粘液を垂らしながら存在を確認するかのようにガストレアの触手は空子へと近づいていく。

 触手に触れられる。舐められる。それだけなら生理的嫌悪だけで済んだかもしれない。しかし、ガストレアという未知の敵、恐怖の象徴に近づかれるだけで空子は震えあがり、身動きが取れなくなる。触手に触れられて、舐められて、その先にあるかもしれない補食、ガストレアウィルスの感染、触手による絞殺や刺殺、巨体による圧殺が脳裏に浮かび上がってしまう。

 

「だ、誰か……助け……」

 

 

 

 空子の前に一人の少女が立った。まるで助けに来たヒーローかのように颯爽と現れ、持っていた小太刀でガストレアの触手を斬り裂いた。

 

 

「大丈夫ですか?すぐに助けが来ますから」

 

 空子は目の前に立った少女に目を配る。

 年齢は10代後半といったところか。肩甲骨まで伸びる赤髪のポニーテールと滴る汗で彼女の快活な性格が窺える。どこかの高校の制服――グレーのミニスカートに校章が縫い付けられた白いシャツ――を身に纏い、小太刀一本でガストレアに立ち向かう。

 空子は、この女子高生ニンジャガールが民警であると直感的に分かった。

 民警の助けに空子が安堵する最中、彼女の傍に一台のジープが止まった。バンパーは傷だらけで、ぶつけた車の破片や塗料がそこかしこに付着している。

 ジープのドアが開いた。そこから出てきたのは武骨なジープに似合わないスーツ姿の細身の青年だ。少し前までオフィス街を歩いていたフレッシュマンと大差ない。

 

「我堂民間警備会社の小星常弘(こぼし つねひろ)です。あなたを助けに来ました」

 

 青年は、黒い髪に黒いスーツという暑苦しい格好でありながら、それを全く感じさせないさわやかな雰囲気を醸し出し、まるで姫を救いに来た白馬にまたがった王子様のように空子に手を伸ばす。

 空子は差し伸べられた手を取り、常弘に肩を貸してもらいながら立ち上がり、彼のジープの後部座席に乗せられる。ジープには先客がいたようで、空子と同じように足を怪我した中年サラリーマンやOLが座っていた。

 前部座席の扉が開き、常弘が運転席に、ニンジャガールが助手席に座った。

 

「遅いよ。ツネヒロ」

「ごめん。逃げ遅れた人を助けていたら遅くなった」

「相変わらずお人好しね。そういうところ愛してるけど」

 

 後部座席の3人は「惚気話はいいからさっさと車を出してくれ!」と主張するために睨みつける。

 常弘はアクセルを全開にして踏み抜くと、すぐにUターンしてガストレアに背を向けて走り出した。バックミラーでガストレアの動きを確認するが、追ってくる様子はない。追う気がないのか、最初から車を追うことを諦めるぐらい足が遅いのかは分からないが何とか逃げられたようだった。

 

朱理(しゅり)。あれ。倒せそう?」

「どう考えても私たちの装備じゃ無理だよ。対物ライフルでも持ってこないと」

「じゃあ、この人たちを安全なところで降ろして、それから会社に武器を取りに行こうか」

「多分、戻った頃には自衛隊か別の民警が片付けていると思うけど?」

「チャンスはなるべく逃さないようにしよう。また借金して鉱山で強制労働は嫌だからね」

 

 常弘がハンドルを握っていると、助手席で朱理はスマホを取り出し、ある動画を見始めた。

 それは仮面を被った蓮太郎の宣言だ。つい数分前の動画だが、即座に動画共有サイトにアップされているようで、いつでも見られるようになっていた。

 

「ねぇ。ツネヒロ。やっぱりこの人――「それは偽物だ」

 

 朱理の言葉を遮るように常弘は否定した。

 

「……きっと、何かの間違いなんだ」

 

 常弘と朱理は里見蓮太郎を知っている。会ったのは一度だけで数分もなかった出会いだったが、2人にとっては生涯の恩人と言っても過言ではない人だった。

 今から6年前、中学生だった小星常弘は父親が残した借金のせいで暴力団に拘束され、未踏査領域のバラニウム鉱山で労働を強いられていた。人権を無視した過酷な労働環境、気分次第で労働者を殺す暴力団と見張りの民警。何もかもがクソったれな世界の中で常弘は自分の父親と運命を呪った。

「こんなところ出て行きたい」そう思いながらも何も行動できないことに苛立ちを覚えていた頃、彼の前に朱理が現れた。彼女も借金の形として親に売られ、暴力団に連れて来られた労働者であり、呪われた子供だった。彼女は、まだ鉱山に入ったばかりだと言うのにこの世の全てに絶望しきった顔をしていた。10歳の少女がしていい目ではなかった。

 周囲の労働者が朱理を恐れたため、常弘が朱理の世話係を押し付けられた。労働者のくだらないルール、バラニウム鉱石の見分け方、道具の扱い方を教えた。彼女と触れ合っていく中で、いつしか常弘の脱出計画は自分の自由のためだけではなく、朱理の自由と幸福のためのものに変わっていった。

 そして決行の日、常弘と朱理は鉱山から逃げ出した。朱理が見張りの暴力団員や民警を倒し、常弘は彼らのジープを盗んで走り出した。無免許かつ初めての運転で何とか未踏査領域を抜け出したが、モノリスを越えた辺りで廃墟にぶつけて大破。そこからは2人でずっと走り続けた。5キロも全力で走り続けた常弘はフラフラになり、足もパンパンに膨れ上がっていたが、弱音を吐く余裕は無かった。新月の夜でろくに先が見えない中、2人の前に奇妙なシルエットが見えた。山のようにうねるレール、巨大な車輪、眩しい位に過剰なイルミネーションと楽しそうな人々の声。そこで2人は遊園地に着いたと気づいた。人混みに紛れてしまえば逃げ易い。そう考えた2人は従業員の制止を振り切ってゲートを飛び越え、遊園地の中に入った。

 しかし、2人の逃走劇はここで終わった。天童民間警備会社が目の前に現れたからだ。イニシエーターの藍原延珠と社長の天童木更、そして遊園地で着ぐるみのアルバイト中だった里見蓮太郎だ。鉱山の中でも名前ぐらいは聞いたことがある。ステージⅤガストレアを倒し、東京エリアを救った民警で、暴力団に雇われた民警の下請けとして2人を追っていたのだと聞かされた。常弘は目の前の絶望に膝を落とした。しかし、蓮太郎は捕まえようとせず、屈んで常弘に目を合わせた。――で、お前等何をやったんだ?

 これまでの経緯を話した後、そこから状況は逆転した。依頼主からの話と実際の常弘たちの状況に食い違いがあり、依頼主の民警に不審を抱くようになった。

 そこに依頼主の民警、鉱山の見張り役で気分次第で労働者を殺す最低野郎が現れた。彼は民警でありながらイニシエーターを連れていなかった。

 

『おい待てよ、オッサン。お前が依頼した民警か?イニシエーターはどうしたんだよ」

『あーあー。そういやいたなぁ。ぎゃあぎゃあうるさくわめくからぶっ殺しちまったけど、まあ任務中の殉職ってことにしといたから、もう少ししたらIISOから代わりの奴を――』

 

 民警が数メートルほど吹き飛んだ。里見蓮太郎がその拳で顔面を打ち砕き、殴り飛ばしたのだ。民警は遊具の鉄柱に頭をぶつけ意識が朦朧としていた。

 

『ざけんじゃねえよ!テメェは民警の面汚しだ!二度とその面見せるな。次会った時、まだ民警をやっていたらブチ殺すからな!』

 

 啖呵を切って吐けるだけの暴言を吐くと、蓮太郎は振り向いて肩を撫で下ろした。「また報酬が貰えなかった」と社長や自分のイニシエーターに話すと、常弘に味方になってくれる刑事の連絡先を教え、すぐに次の仕事場へと立ち去っていった。

 

(しばらく拘置所で生活した後、僕達は民警になった。金のためじゃない。栄誉のためじゃない。自分の正義を抱いて、誰かを救えるような民警に……里見さんのような民警になりたかった。だから、僕は認めない。この騒乱が、正義への復讐が貴方の本心だなんて)

 

 ジープを数分ほど走らせるとオフィス街のバラニウムシェルターの入口に辿り着いた。車を停め、常弘と朱理は後部座席の人たちに肩を貸し、バラニウムシェルターの中に入れる。OL、中年サラリーマンをシェルターに入れると朱理は警戒のため外に残り、常弘は空子に肩を貸し、地下のバラニウムシェルターに向かうため階段を下りていく。

 

「ありがとう。そういえば、あなた民警だったわよね?」

「はい。我堂民間警備会社の小星常弘です。彼女はイニシエーターの那沢朱理(なざわ しゅり)

「頼もしいわ。ウチのバカもこれくらい頼り甲斐があるといいんだけど」

「ウチのバカ?」

「私、民警会社で事務員やっているの。松崎民間警備会社ってところなんだけど知ってる?」

「ああ。知ってますよ。あの大角勝典さんがいるところですよね。その……バカってもしかして」

「貴方が思っている人とは違うわ。1年前にウチに入って来た義搭ってガキがいてね。すぐに暴力沙汰を引き起こすし、報酬貰い損ねるし。とにかく喧嘩しか取り柄のないトラブルメーカーなのよ。今も過去の因縁とか贖罪とかで里見蓮太郎を追いかけて行方不明になっちゃうし」

「何だかんだ心配しているんですね。そのバカのことを」

「まぁ……ね。給料分はちゃんと働いてもらわないと困るし。まったく……どこをほっつき歩いているのやら」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 東京エリア 第11区

 

 帰宅途中のサラリーマンや学生で賑わう大通り、そこから少し離れた工場区画で壮助と舞は物陰に隠れていた。壮助はライフルを取り出していつでも撃ち出せるように構え、舞は思わず悲鳴を上げてしまわないように自分で口を押さえ、壮助の後ろで震えていた。

 1ブロック先にはコカトリスのようなガストレアが羽を折りたたみ、首を伸ばして周囲を窺っていた。補食する人間でも探しているのか、その場から動かず執拗に周囲を見渡している。

 壮助は建物の影からガストレアを観察する。見たところガストレアは複数の生物種の因子を持ったステージⅢ。壮助の今の装備だと少しの間注意を引くので手一杯の敵だ。撃退も討伐も詩乃がいなければ難しい。加えて、舞という非戦闘員も抱えている。彼女の身の安全を確保しなければ、存分に戦える状態にはなれなかった。

 壮助はもう一度物陰から顔を出してガストレアの行動を確認する。幸い、ガストレアは壮助と舞の存在に気付いていないようで、未だに何かを探す動作を続けていた。気付いていないのはありがたいが、一向に移動する気配がないので壮助たちも逃げ出せない。こうなったら壮助はガストレアがどこかへ立ち去るのを待つしかなかった。

 とりあえず、立ち去った後に舞を安全な場所に連れていき、そこで彼女と別れる。その後は一人であのガストレアと交戦して注意を引き付けるか、それともガストレア出現の緊急依頼の民警と合流してから交戦するか。詩乃に連絡して合流――いや、これは絶対にするわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

『昨日もガストレアをぶっ殺してやったぜ!!今日もガストレアをぶっ殺してきたぜ!明日もぶっ殺すぜ!!クソデケェ怪物にぶち込んでやれ!!!バラニウム!!!バラニウム!!!Hey!!』

 

 

 突如、鳴り響いたギターとデスボイスが喧嘩するようなパンクロック。壮助は心臓が止まる勢いで飛び上がった。舞も驚いて人形のように硬直する。

 確実にガストレアに見つかる!と、壮助は必死の思いで静寂を見事にぶち壊した音源を探す。慌てて音源になっているものを探すと、3秒も経たない内にそれを見つけることが出来た。それは、相沢舞のスマホだった。彼女の手に握られていたスマホに母親から着信が入り、着信音として頭のイカれたパンクロックがダダ漏れになっていた。

 

「馬鹿!消せ!今すぐ切れ!」

「あわわわわわわわ!!」

 

 壮助に言われて舞ははっと意識を取り戻した。彼女は慌ててスマホを操作し、母親からの電話を無言で切った。

 物陰は再び静けさを取り戻した。突然のことで2人の心拍数は急激に上昇し、荒い2人の吐息だけが聞こえてくる。

 

「ご、ごめん」

「心臓が止まりかけたぞ。ごめんで済んだら――

 

 ズシンと地面が揺れた。すぐ近くでアスファルトが割れる音がする。バサバサと羽ばたく巨大な翼の音が背後で聞こえた。擦れる羽毛の音、雄鶏の喉元で鳴るゴロゴロとした音がすぐ背後で大きく自分の頭よりも高い位置から聞こえていた。

 背後に何がいるのかは理解した。最悪の事態が現実になっている。恐怖で壮助の心臓がバクバクと高鳴る。壮助はゆっくりと、背後にいる誰かさんを気遣うようにゆっくりと振り向いた。

 ガストレアの赤い目が自分たちを見下ろしていた。

 

 

 

 

(め っ ち ゃ こ っ ち 見 て る ん で す け ど !)

 

 

 

 ガストレアは何かを窺うようにずっと壮助と舞を見つめていた。獲物をどう補食しようか、どうやって狩ろうかと考えているのだろう。いつでも走り出せる態勢でありながら、ずっと壮助たちが何かアクションを起こすのを待っていた。

 壮助はゆっくり後ずさりすると舞に近づき、彼女の肩を抱き寄せて顔を近づける。舞が突然の行動に赤面して、別の意味で心臓が高鳴っていたのを彼は知らない。

 

「相沢。お前、100m何秒だった?」

「え!あ、ええっと……体育の時、いつも私がビリケツだったこと覚えてない?」

「ああ。そういえばそうだったな。――――――じゃあ、俺が担いだ方が早いか」

「え?」

 

 壮助は屈んで舞の腰に手を回すと、そのまま持ち上げて米俵のように彼女を肩に抱えた。

 

「耳を塞げ!」

 

 舞にそう指示を出した直後、壮助は片手でアサルトライフルをガストレアに向けた。フルオートでばら撒かれる弾丸は片手だけの制御により狙いが定まらず、四方八方に飛び散る。ほとんどがガストレアに当たらず、周囲の建物に穴を開けていく。だがそれで十分だった。一瞬でもガストレアの注意を逸らせれば逃げるタイミングが掴める。

 壮助はガストレアに背を向けて走り出した。司馬XM08AGを片手に持ち、銃器・弾薬が詰まったバッグを抱え、更に女子高生一人(推定45キロ)を肩に担いでいるが、舞を連れて走るよりは早かった。

 

「来てる!ガストレア来てる!!」

 

 彼に抱えられた舞はガストレアが嫌でも視界に入っていた。視界のガストレアは前傾姿勢になり、強靭な脚で一気に蹴り出した。アスファルトがガストレアの体重に耐え切れずクレーター状に割れ、蹴り出した途端に破片が飛び散った。体格差と筋力の差でガストレアはあっという間に壮助に追いついた。

 壮助のすぐ後ろに着いた途端、ガストレアは高く飛び上がり、壮助の前に着地することで彼の進路上に立ちはだかった。

 壮助は咄嗟に方向転換し、建物と建物の間の狭い路地に入る。逃走経路が限られてしまうリスクがあったが、ガストレアから見えない場所に逃げ込むことで先回りされないように考えた逃げ道だ。

 しかし、ガストレアは壮助の手口が読めていたのか、再び壮助たちの前に着地した。その衝撃でガストレアの周囲の壁や建物の外壁は崩れ、土埃が上った。

 土埃で視界が遮られたことをチャンスに壮助は来た道を戻ってガストレアを撒こうとするが、背後も同じように建物の外壁が破壊され、瓦礫で道が塞がれていた。

 

(チッ……!囲まれた!)

 

 ガストレアが羽ばたいて土埃を吹き飛ばした。視界はクリアになり、前方はガストレア、後方は瓦礫の山という絶望的な状況も明確なものになっていく。

 

「相沢……。下ろすぞ」

「……うん」

 

 壮助は肩から舞を下ろし、アサルトライフルを両手で構えてガストレアに向けた。逃げられないのなら立ち向かうしかない。壮助はここでガストレアを倒す決心をした。それがどれだけ無謀なことであっても――。

 

(どうする?狙うのは頭か?心臓か?いや、それとも足を狙って動きを止めるか?そもそもこいつ、何発バラニウム弾を撃ち込んだら死ぬんだ?)

 

 ガストレアが背を伸ばし、頭を高くすると雄叫びを挙げた。壮助の戦う決心に呼応したかのようにガストレアも戦う姿勢に入った。翼を大きく広げ、自分をより大きく見せることで威嚇する。

 

(来るなら来やがれ!ありったけのバラニウム弾を撃ち込んでやる!)

 

 壮助は覚悟を決めて照準を合わせ、引き金に指をかけた。

 

 

 

 ドォン!!!

 

 高く上げられていたガストレアの頭が地面に叩きつけられた。無理やり叩きつけられたことでガストレアの首の骨は折れ曲がり、身体も耐え切れずに地面に突っ伏せた。

 

「壮助は私のモノなの。私の許可なく襲ったことを土下座して詫びてちょうだい」

 

 ガストレアと壮助の間に一人の少女が降り立った。ひん曲がった鉄筋を軽々と振り回す少女とは思えない筋力、ガストレアと同じ赤い目。壮助は彼女が自分の相棒“森高詩乃”だと、舞は少女が呪われた子供だとすぐに分かった。

 

「詩乃。どうしてここが?」

「“どうして”って?だって私と壮助は繋がっているから」

「はい?」

 

「壮助の匂いが、壮助の声が、壮助の体温が、他にも人には言えないあれやこれが私の身体に染みついているの。中にも外にも。だから自分のことのように壮助のことが分かる」

 

 詩乃は自分の肩を抱き寄せて、恍惚とした表情で自分の身体をくねくねと動かす。足を閉じて股をギュッと閉めているところを見て、壮助は何一つ心当たりの無い夜の営みを頭の中で否定する。

 

「あ、相沢。言っておくけど、詩乃の言っていることは出鱈目だからな!俺たちは健全な民警ペアだからな!」

 

 

 

 

 

「良心的な一般市民として、とりあえず通報しておくね。変態ロリコンヤンキー」

 

 ぽわわんとした超癒し系笑顔で舞は壮助に死刑を宣告した。

 




登場人物のページを更新しました。

ちょっとしたネタ

相沢舞の着信音になっているバンドについて

“Black Gunners”
メンバーが全員、現職の民警という異色のバンド。
歌詞も民警やガストレア、呪われた子供たちといった要素が盛り込まれている。
基本的に曲調はパンクロックだが、第三次関東会戦の慰霊祭で、亡くなった自衛隊員と民警に捧げるバラード調の曲も披露している。

デビュー曲は「初仕事で死にかけたぜ!」
舞の着信音の曲は「ガストレアジェノサイダー」

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