ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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8巻はまだですか。
8巻が出るのが先か、それともこれが終わるのが先なのか。


小さな巨人 後編

 小さな巨人 後編

 

 第11区の工場区画の狭い路地。そこで義搭壮助は人生最大の危機に陥っていた。コカトリス型のガストレアは飛び込んできた心強い相棒によって倒された。壮助を肉体的に危機的な状況へと追い込む存在は排除された。しかし、彼を社会的に窮地へと追い込む存在が国家権力を呼び出す装置(スマートフォン)を片手ににこやかな笑顔を浮かべていた。それは善行・正義を成す優越からか、それとも目の前の(変態ロリコンヤンキー)を駆逐する快感からか。

 相沢舞は善良な一市民として壮助を通報しようとしていた。

 

「ストオオオオオオオオオオオオオオオオップ!!」

 

「いや!ストップじゃないから!明らかに犯罪でしょ!この変態!ロリコン!ちょっと見直したと思ったのに!」

「いや、違うからな!絶対に違うからな!頼むから通報はやめてくれ!サツに目を付けられると色々と余罪が出て来ちゃうから!」

 

 壮助の言葉を聞いて舞が少し引き下がる。

 

「あ、あるんだ……。余罪。そっちの方がドン引きなんだけど」

 

「1個はお前のせいだよ!言っておくけどなぁ!俺はロリコンじゃない!俺のタイプはハリウッド映画に出てくるようなボンキュッボンの金髪セクシーな美女なんだよぉ!」

 

 そう言い放った瞬間、壮助の身体は吹き飛んだ。勢いよく後方からの“蹴り”に飛ばされ、地面を転がりながら舞の後方の瓦礫の山に突っ込んだ。あまりの出来事に舞は「え?え?」と壮助が居た場所と吹き飛ばされた後の瓦礫の山を何度も見る。

 

「壮助。よく聞こえなかったからもう一回言って?」

 

 壮助を蹴り飛ばした人――詩乃――は舞のことなどお構いなしに彼の元へと近づく。近づきながら拳でコンクリート壁を破壊し、中から無理やり鉄骨を引き抜いた。それを武器のように構え、尖った切先を壮助に向ける。

 

「詩乃!てめぇ何しやが――る?」

 

 瓦礫を払いのけて壮助が起き上ると、目の前には詩乃がコンクリート壁から引っ張り出した鉄筋の切先が鼻先に向けられていた。夕暮れの紅い空と詩乃の黒い影、それに対して彼女の紅く輝く瞳が対照的に際立ち、その赤い視線が壮助に突き刺さる。

 

「ごめん。よく聞こえなかったんだけど……壮助のタイプ、もう一度言ってみて?」

「悪いけどな。これだけは引き下がれねぇ。俺のタイプはボンキュッボン――

 

 詩乃が握る鉄骨が壮助の顔のすぐ真横に突き刺さった。

 

「――になる可能性を秘めた黒髪ショートカットの中学生だよね?」

「……」

「返事は?」

 

 壮助の目に映るのは逆光に照らされた詩乃の影、その中で紅く輝く瞳だった。自分よりも遥かに強く、決して拭えない重い愛を抱えた彼女が、彼には大きく見えた。もし詩乃が実力行使に出れば抗うことなど出来ない。彼女の想いのままに蹂躙され尽くすのだろう。――そう考えると、普段から一緒に居て当然だった詩乃が何か恐ろしい存在に見えてくる。 “まるで全長10メートルの立派な冠を被った雄鶏に見えるくらいに”

 

「詩乃!後ろ!」

 

 詩乃が振り向くとそこには首の骨を再生し、再び立ち上がって大きく翼を広げるガストレアの姿があった。しかし、彼女は驚いていなかった。あれほどの巨体が起き上ろうとすれば必ず音で分かる。完全に起き上るタイミングも、襲い掛かるタイミングも、いつまで壮助と痴話喧嘩をすればセーフなのかも、その全てを音だけで把握していた。

 ガストレアが身体を回転させ、その巨大な尾で周囲を薙ぎ払う。巻き上げられた瓦礫と巨大な竜の尾が3人に襲い掛かる。

 尾が舞に直撃する寸前のところ、詩乃が盾になって受け止めた。ガストレアの強靭な筋肉によって振るわれた電車並に大きな尾を13歳の少女の小さな身体で受け止める。もし詩乃が普通の少女なら圧倒的な質量差によって身体は衝撃でバラバラに砕け、舞も壮助も一緒に打ち飛ばされていただろう。詩乃の呪われた子供としての能力、通常の人間はおろか呪われた子供としても異様に高密度な骨格と筋肉、それが成す見た目に合わない大きな質量が彼女を守っていた。

 

「ボサッとするな!早く逃げるぞ!」

 

 壮助が舞の手を引いて、ガストレアによって破壊された建物だった場所を走り抜ける。

 舞は壮助に手を引かれながら、自分たちを守るために盾になってくれた少女を気に掛ける。

 

「ちょっと!あの子は!?」

「あいつは大丈夫だ!俺たちがいた方が足手まといになる!盾になった理由を考えろ!」

 

 壮助に手を引かれながら、舞はとにかく必死に足を動かした。少女が盾になってくれた意味・意義を無駄にしないために、息が切れても壮助のスピードに合わせて走った。――足手まといという言葉が胸に刺さった。

 ふと地面に目を向けると、『バラニウムシェルターまであと30m』という道路標識が見えて来た。壮助はただ闇雲に走って逃げていたわけではない。舞を確実に安全な場所に連れて行っていた。

 

「近くにバラニウムシェルターがあるからそこに避難しろ。救難信号の出し方とかは分かるな?」

 

 舞はうんと頷いた。ガストレアが出たら近くのバラニウムシェルターに逃げること、バラニウムシェルターに入った後の対応は学校の避難訓練で一通り学んでいる。

「じゃあ」と言って、壮助は舞に背を向け、ライフルを両手で持って構えた。

 

「義搭くんは?」

「民警がガストレアから逃げるわけにはいかねぇだろ。それに……詩乃も戦ってるんだ」

 

 壮助は舞に背を向けると、ガストレアがいる方向へ走り出した。

 舞はどこか頼もしそうにその背中を見届けるとバラニウムシェルターの方向へと走り出――そうとした。

 

「あれ?」

 

 舞はあるものが落ちているのに気づく。『バラニウムシェルターまであと30m』の標識の上に黒い長方形の物体が転がっていた。髑髏や☆などゴテゴテとした過剰装飾とチャラチャラと付いた千切れたチェーン、中身を開くと十数人の福沢諭吉と硬貨、そしてポイントカードが入っていた。それは紛れもなく義搭壮助の財布だった。

 

 

 

 

 

 

 身を挺して壮助と舞をガストレアの尾から守った詩乃は、2人が遠くへ走って逃げるのを傍目で確認した。足音も遠ざかっていく。

 壮助に手を引かれて逃げる舞の姿はまるで映画のヒロインのようであり、そのヒロイン役になった彼女を詩乃は少し嫉妬した。でもそれは仕方のないことだと言い聞かせる。一番強い自分を囮にして弱い人を逃がすのは当然だ。それは一番確実に全員が助かる方法だと。しかし、それでも煮え切らない感情がある。それは、目の前にガストレアにぶつけて発散しよう。

 

(さて……2人とも離れたみたいだし、ちょっと本気を出すかな)

 

 詩乃が壮助を脅すために持っていた鉄骨を強く握りしめた。そして、ガストレアとの力比べの中、鉄骨を尾に深々と突き刺した。尾から紫色の体液が噴き出し、詩乃の身体と服を汚すが彼女は意に介していない。

 ガストレアが怯んだ一瞬を見逃さず、詩乃は懐に飛び込んだ。強く拳を握り、ガストレアの心臓に乾坤一擲の拳を叩きこむ。その打撃はガストレアの胸筋を悉く断裂させ、ろっ骨を粉砕し、心臓すらもトマトのように潰した。衝撃でガストレアの身体は後方に飛ばされ、惨めに地面を転がりながら大型工場の壁を突き破った。

 狭い屋内の中でガストレアは立ち上がる。詩乃に一方的に屠られたことで“勝てない”と学習したのだろう。

 すぐ目の前には詩乃が立っていた。工場のロボットアームを脇に抱え、先端の小さな噴出口をガストレアに向けた。レバーを引くと超高圧で水が噴出する。工場で使用されているウォーターカッターだ。アームの後方に繋がっているホースで水が無尽蔵に噴出し、水がガストレアの身体を切り裂いていく。

 全身を切り裂く痛みに耐えながらもガストレアは翼を広げ、天井を突き破って上空へと飛び立った。

 

「待ちなさい!!」

 

 詩乃が慌ててウォーターカッターを上に向けるが、重力と距離によって威力が落ち、ガストレアに冷や水を浴びせるだけになってしまった。

 

 

 

 

 

 舞をシェルター付近にまで届けた壮助は、武器を構えて詩乃のところに向かっていた。早く彼女と合流したい気持ちだった。いくら詩乃が壮助と比べ物にならないほど強くても、一人の少女を戦場に置き去りにしたままにしておくわけにはいかなかった。

 詩乃がいるであろう場所へ走っていると、遠くの工場が倒壊して、煙を上げるのが見えた。それからしばらくすると、巨大な翼と竜の尾を持ったガストレアが大空へと飛び立つのが見えた。

 ガストレアは上空から壮助の後方へと飛んで行った。どこに行ったのか目で追うが、あまりにも高く遠く飛んでいたため、途中で見失ってしまった。

 

「壮助!」

 

 後方からの呼びかけに反応して、壮助は振り向いた。ガストレアの体液まみれの詩乃の姿にぎょっとした。

 

「お前……血が!」

「あ。これ?ガストレアの返り血だから心配ないよ」

 

 壮助ははっと気が付いた。落ち着けばすぐに分かることだ。ガストレアの体液は紫色だが、呪われた子供たちの血は人間と同じ色をしている。しかし、乾燥して固まってくるとガストレアの体液も人間の血と同じように黒く固まっていく。

 

「大丈夫なのか?」

「全然大丈夫だよ。あ~。でもやっぱりバラニウムが無いときついね」

「え?」

 

 壮助は今になって気付いた。それは詩乃が手ぶらだということに――

 

「詩乃さん?い、一角はどうしたんだ?」

「その……ごめん。家に忘れて来た」

 

 もの凄く申し訳なさそうに詩乃はボソリと答えた。

 呪われた子供たちがどれほど強力だとしても一部の例外を除けば、バラニウム無しでガストレアの相手をすることは出来ない。詩乃ほど強力なら圧倒することは出来るが、殺害に至る決定打が欠けていれば「負ける」ことが無くても「勝つ」ことが出来ない。

 

「家に取りに行く時間は無いから、今回は私が足止め。壮助はありったけのバラニウム弾を撃ち込んで奴を仕留めて。ライフルの貫通力ならあれの筋肉を貫通して心臓まで弾が届くはずだから」

「ああ!」

 

 本来、こういった指示はプロモーターである壮助の役目なのだが、碌に学校に行っていなかった壮助より真面目に中学(けっこう頭のいいところ)に通っている詩乃の方が能力的にも経験的にも適任なので、この役割を担っている。そのせいで壮助は他の民警に、加速因子(プロモーター)じゃなくて子分(サポーター)補佐役(アシスタント)などと揶揄される。酷い時は「優秀なイニシエーターにおんぶにだっこしてもらっている」とまで。

 

(情けねえなぁ……)

 

 自覚はしているが、パートナーとの間にあるどうしようもない実力差に辟易する。

 ガストレアが飛んで行ったであろう方向に2人は走った。

 

 

 

 *

 

 

 

 工場区画から少し離れたビル街は閑散としていた。さきほどまで帰宅途中の学生やサラリーマンで賑わっていた参道から人は消え、道路には多くの車が乗り捨てられていた。一切動かない車を相手に信号機が空しく光を灯し続ける。夕方と夜の間で物寂しく風が吹いた。

 降田藤一(ふるた とういち)は今の状況をチャンスと考えていた。乗り捨てられた車や無人の店舗、その中には金目の物が詰まっている。今の彼には目の前の光景が宝の山に見えた。

 乗り捨てられた車を物色し、中に残されたカバンやスマホ、カーナビ等を取ってはどこかのショッピングセンターから拝借した買い物カゴに放り込んでいく。まるで買い物をするかのような手口で火事場泥棒をしていた。

「へっへっへ。ボロいもんだぜ」と笑みを浮かべながら次の目標を見定める。

 その時、空間が震えた。ズシンと一瞬だけ地面が揺れ、ビリビリとした空気が全身を包み込む。

 何が起きたのか藤一は察した。こんなことをするのだから、想定はしていたが、実際に目の前にすると足が震えて動けなかった。

 ガストレアだ。目の前に雄鶏のガストレアが降り立った。その巨体で車を押し潰し、その巨大な目は藤一をまっすぐと見つめていた。

 藤一はすぐに逃げ出した。戦利品も全て投げ捨てガストレアに背を向けて走り出した。

 ガストレアはゆっくりと藤一を追いかける。おそらくこの街で動く物体が藤一だけだからだろう。まるでおもちゃで遊ぶかのような行動だった。

 汗をダラダラと流し、必死に走る藤一の目に光が差しこんだ。

 

「どけどけ!!ひき殺すぞ!!」

 

 それは、一台のスクーターに乗った壮助と詩乃だった。壮助はハンドルを握り、歩道をアクセル全開で疾走する。後ろでは詩乃が彼に抱き付いていた。

 逃げる藤一とすれ違い様に2人はガストレアへと突っ込んで行った。

 

 壮助はブレーキをかけて、“どこかの誰かが停めていたところを拝借した”スクーターを乗り捨てる。

 壮助と詩乃はガストレアの前に並び立った。ガストレアは2人の様子を窺うようにジロジロと見つめる。

 

「行くよ。壮助。手筈通りに」

「了解!」

 

 詩乃がガストレアに向けて走り出した。ガストレアは足元の車を詩乃へと蹴り飛ばすが、それを左に飛んで回避し、ビルの壁を蹴って一気にガストレアと距離を詰めた。そして、身体に回転をかけてガストレアの首を蹴り飛ばす。

 のけ反ったところで壮助はライフルでガストレアの心臓を撃ち抜く。それを2発、3発と立て続けに命中させる。傷口は再生しないが、ガストレアが弱まる様子はなかった。それどころかガストレアは痛みによって逆上し、より攻撃的になる。足踏みして車を無意味に踏み潰し、嘴で電線を食い破り、尾でビルの外壁を崩していく。

 壮助はライフルから弾倉を取り外し、バッグの中から予備の弾倉を取り出そうとする。

 

 

 

 

 取り出そうとする……

 

 

 

 

 

 取り…………

 

 

 

 壮助はインカムのスイッチを入れ、通話状態にする。

 

「あー。森高さん。森高さん。一つ、悪いお知らせが」

「どうしたの?なんで敬語なの?」

 

「ライフルのバラニウム弾。もうない」

 

 壮助の言葉に詩乃は絶句するしかなかった。

 

「え?え!?他の弾倉は!?」

 

「全部空っぽ。蛇のガストレアに喰われそうになった時にパニくってバカ撃ちしたし、お前が来る前もけっこう撃っちまった……」

 

 しばらくの間、2人は沈黙した。この戦いで「勝てない」ことが確定してしまったからだ。しかし、逃げることなどできなかった。詩乃は壮助が安全に狙撃できるようにガストレアの注意を引き続けており、逃げることも逃げられることも出来ない状況を自分で作っていた。

 壮助もこの戦いから逃げるつもりはなかった。あの放送からして、このガストレアは里見蓮太郎が連れて来た奴だ。もしこれが正義への復讐なのだとしたら、目の前のガストレアは何も出来ずに逃げることしか出来なかった幼い日の自分が抱いた憧れ・理想を根底から否定する存在だ。決して、それに背を向けるわけにはいかなかった。

 

「詩乃!スタン!!」

 

 壮助がバッグから取り出したスタングレネードをガストレアに投げる。彼の合図に合わせて詩乃はガストレアから離れ、両手で耳を塞いだ。

 視界を覆いつくす眩い閃光と鼓膜を貫く爆発音が響き渡る。ガストレアはその光と音に感覚器官を潰されてうずくまった。薄く目を開けた中で壮助は詩乃を抱きかかえて回収すると、ガストレアから離れた。

 参道沿いのショッピングモール、その地下駐車場に身を隠した。ガストレアは壮助たちを見失ったようであたりをキョロキョロと見渡す。

 

「うぅ~」

 

 地下駐車場で詩乃の呻き声が反響する。

 

「ごめん。お前、スタングレネードが苦手だったな」

 

 呪われた子供たちの感覚器官は人間のそれよりも遥かに優れている。より遠くのものが見え、より小さな音も聞くことが出来る。それ故にスタングレネードの影響は普通の人間よりも強く、モデルとなった動物種によってはプロモーターのスタングレネードや銃声でイニシエーターが戦闘不能になる。詩乃の場合はモデルとなった動物種の影響で耳へのダメージが大きい。

 

「大丈夫か?俺の声、聞こえるか?」

「だ、大丈夫。もう治ったから。聞こえるから」

 

 詩乃は服の袖で耳から少し垂れた血を拭う。

 

「悪いな。いきなりスタングレネードなんて使って」

「うん。大丈夫……じゃない」

 

 詩乃が否定したことに壮助も嫌々ながら納得する。大丈夫じゃない。自分たちは「勝てない」戦いの渦中に身を置いているのだから。

 

「バラニウム弾。本当にもう無いの?」

「ああ。弾倉は全部空っぽ」

 

 申し訳なさそうな顔で壮助は次々とバッグの中から空の弾倉を出していく。

 

「他に何かないの?とりあえず全部出して!」

 

 詩乃に言われるがまま壮助はバッグの中にある武器を全部出していく。某猫型ロボットのポケットのように次々と武器やガラクタが出てくる。まず出てきたのは、空になった司馬XM08AGの弾倉、オプションパーツのスコープ、狙撃用ロングバレル、ライト、グレネードだ。続いてC4プラスチック爆弾の爆薬と無線型の起爆装置と雷管、そして散弾拳銃タウルス・ジャッジとその弾丸だった。

 

「あ……」

 

 そこで壮助はまだバラニウムが尽きていないことに気付いた。ジャッジを買う時に一緒に買わされたバラニウム製の散弾だ。欲しかったのは殺傷能力の低いゴム製のものだったが、人を撃つためではなくガストレアを殺すために買ったという理由づけのために買わされたものだ。まさか、それに命を拾われるとは思っていなかった。

 

「これだけ爆弾とかヘンテコな拳銃とか揃えたくせに、肝心のライフルのバラニウム弾だけ補充してこなかったんだ」

 

 詩乃が蔑むような視線で壮助をじっと見つめる。無論、壮助は反論しなかったし、言い訳もできなかった。「里見蓮太郎を倒すために武器を集めていたから、バラニウム弾のこと忘れていた」なんて言えるわけがない。

 

「何のためにあのリサイクル武器商人のところに行ったのよ!おっぱいなの!?やっぱりボインが好みなの!?」

「いや、それはねえよ!あのオバサンに欲情するとか物好きにも……って、どうしてお前が麗香さんのところ行ったの知ってるんだよ?」

 

 詩乃は閉口し、壮助から視線を逸らした。

 絶対に何か隠している。そう確信した壮助は眉間に皺を寄せて詩乃に詰め寄った。

 

「スマホ」

「は?」

「壮助のスマホに位置情報を教えるアプリを勝手に入れて、発信機替わりにしてた」

 

 どうやら彼女の話によると、壮助のスマホがWi-Fiと繋がっている時、アクセスポイントから位置情報を特定し、それをメッセージとして伝えるアプリを勝手に入れていたらしい。ちなみにそれは、子供を心配する親のために開発された合法的なアプリである。

 

「ち、ちなみにそれはいつから?」

「民警としての初報酬でガラケー卒業したじゃん。その時、こっそり入れてもらったの」

 

 それを聞いて、壮助はガクリとへたり込んだが、詩乃のストーキングによって暴かれたあれやこれやに恥じる時間は無かった。

 

「それについては家に帰った後、しこたま説教するからな」

「『詩乃は悪い子だなぁ。いけないことは直接身体に教えてやる!』って、説教という名目であんなことやこんなことを」

「しないからな!変態中学生!」

 

 壮助は気を取り直して、バッグの中に詰まっていた武器を整理する。

 

「とにかく今、俺達に残されたバラニウムはこの散弾だけ。全部で20発ある」

「なんだ。けっこうバラニウム余裕あるじゃん」

「ただ、こいつは拳銃用の弾だ。有効射程は短いし、かなり近づかないと威力を発揮できない」

「あのニワトリの胸筋を貫通できるとは思えないね。鳥類は翼を動かすために人間とは比べ物にならないくらいの筋肉を持ってるから。スーパーで買うムネ肉とか脂肪が全然ないでしょ?」

「なぁ、頭じゃ駄目なのか?眼孔から撃てば脳みそに届きそうなんだが」

「昔、脳みそが無くても1年半生きたニワトリがいたからね。ガストレアもそうだとしたら、確実にバラニウムで心臓を潰すしかないよ」

「そうなると……、こいつは切り札だ。確実に心臓に弾丸を届ける手段を確保してからじゃないと使えないな」

 

 壮助は改めて自分の装備を見る。まだ役目の無いプラスチック爆弾とXM08AGのオプションであるグレネードで何か使い道は無いかと考える。どちらも高い爆発力を持つが、指向性が無い。仮にこれをガストレアの胸にぶつけて爆発させたとしてもせいぜい表面を焼くぐらいだろう。

 

(何か……何か貫通力のある武器でもあれば……)

 

 壮助は何か無いか、何か無いかと思い自分の武器を、最強の相棒を見つめた。

 

「詩乃。俺に考えがある」

 

 

 

 *

 

 

 

 義搭壮助は地下駐車場から階段で駆け上がり、無人のショッピングモールの中を走り回っていた。時間はあまり残されておらず、案内板を確認しながら目的の店へと向かっていた。

 

「あった!」

 

 壮助が足を止めた場所、それはショッピングモールの中にあるホームセンターだった。ガストレアの騒動で皆が避難しており、店内は店員も客もいなかった。ガラス張りの自動ドア越しに陳列された商品も整然とならんだままであり、落ち着いて冷静に避難していったことが窺える。そのため、自動ドアはしっかりとロックされており、中に入れないようになっていた。

 壮助はライフルの銃床で自動ドアを叩き、ヒビが入ったところに蹴りを入れてガラスを粉砕する。まるでというか、実際にやっているのは強盗だったが、緊急事態なので仕方ないと割り切ることにした。対ガストレア戦闘時に民警が出した損害の責任については、法律でもかなりグレーゾーンな話になっている。

 壮助は中に入ると、大きめのカートに目的のものを物色しはじめる。あまり時間は残されていない。買い物カートを爆走させて次々と目的のものを取っていった。

 目的のものを集め終わると壮助はカートを押して店から出ようとする。そこで自分が粉砕した自動ドアのガラスが視界に入る。そして、自分が持ち出そうとする商品を見つめる。

 

「~!!緊急事態だからな!文句言うなよ!」

 

 そう独り言を叫ぶと、壮助はカートを押してショッピングモールを飛び出した。

 

 

 

 参道に出た森高詩乃はガストレアと対峙していた。まだ他の民警も自衛隊も来ていないようで、一対一の状況で目の前の敵に集中する。詩乃はガードレールを取り外し、ポールウェポンのように構える。ガストレアは嘴で乗り捨てられた車を食い千切るという“遊び”を終え、まっすぐと詩乃を見つめた。

 互いに張り詰めた空気の中で、最初に仕掛けたのはガストレアだった。大きく翼を広げ、それを振るうことで突風を起こした。ビルとビルの間に挟まれた街道に閉じ込められた突風は真っ直ぐ詩乃に向かって行った。風だけではない。それによって飛ばされた看板や自動車、街路樹も一緒に風の軌道に乗せられる。

 詩乃は近くにあった10トントラックを盾にして突風をやり過ごす。

 グシャリと音を立てて、トラックが潰れた。ガストレアが風に乗って飛来し、詩乃の盾になっていたトラックを鷲掴みし、足で握りつぶした。

 詩乃は一気に飛び上がった。ガードレールの先端を突き立て、その顔面に渾身のアッパーを喰らわせる。ガストレアの下顎が吹き飛び、上の嘴も半分ほど吹き飛んだが、瞬時に内側から肉が盛り上がり、再生する。

 その後も、詩乃は程度よくガストレアに攻撃し、注意を引きつけながら誘導していた。

 

『詩乃。こっちの準備は出来た。そこから左に曲がった先に“槍”を置いてある』

 

 インカムを通して入る壮助の指示に従い、詩乃は左に曲がる。

 詩乃の視線の先に確かに槍があった。80センチの鉄パイプの片側をハンマーで叩き潰し、穂先に見立てるよう改造を施した投擲槍だ。それが登山用のリュックにこれでもかと詰められていた。

 詩乃はリュックを拾い上げて軽々とそれを背負い、槍を1本引き抜く。何度か強く握りしめ、槍を持った感覚を手に馴染ませる。

 

「よし」

 

 詩乃は振り返った。目の前には猛々しく迫ってくる巨大なガストレアの姿。しかし、詩乃は臆することなく、槍を振りかぶった。空気を切り裂き、一直線の軌道を描いて投擲槍はガストレアの胸を貫いた。

 詩乃は、自分の投擲で金属棒がガストレアの分厚い胸筋を貫けることを確認すると、2本目、3本目の槍を引き抜き、回復する隙も与えず次々と槍をガストレアの胸部に目がけて投げつける。

 槍の着弾の衝撃に耐え切れず、ガストレアが6本目の槍を受けたところで後方に倒れた。

 

「壮助!」

『了解』

 

 合図と共にインカムの向こう側で壮助がスイッチを押した。

 ドン!と重く鈍い音がした直後、ガストレアの胸が吹き飛んだ。周囲に紫色の体液と胸筋だった肉塊を飛び散らせ、悪臭と露出した心臓の鼓動の音を周囲に広げる。

 詩乃が投げた槍、鉄パイプの中には粘土状の高性能爆薬が詰められていた。雷管と起爆装置の受信機も一緒にパイプの中に入れて、先端をハンマーで叩きつぶすことで蓋をする。そうすることで、槍の形をした“爆弾”が完成する。それを詩乃が投げることでガストレアの体内に“設置”し、起爆すればガストレアの爆破解体ショーの完成だった。

 詩乃は仰向けに倒れたガストレアの上に飛び乗り、腰から拳銃を引き抜いた。壮助から借りた散弾拳銃タウルス・ジャッジ。装填されているのはバラニウム散弾だった。銃を片手で構え、露出した心臓に狙いを定め、引き金を引いた。弾が切れるまで散弾を心臓に向けてばら撒き、弾が切れた途端にもう片方の空いた手ですぐに次弾を装填し、弾が切れるまで引き金を引き続けた。

 ガストレアは既に再生しかかっている。それまでにバラニウム弾を撃ち込んで確実に殺さなければならない。

 詩乃はとにかく引き金を引き、すぐに次弾を装填し、引き金を引き続けた。

 その表情には焦りが見えた。これが最初で最後の勝利に繋がるチャンスなのだから――

 全ての散弾を撃ち尽くした。ガストレアは動く気配が無く、心臓の鼓動は完全に止まっていた。

 

「壮助……勝ったよ」

 

 詩乃は安堵し、ガストレアの死骸の上で腰を下ろした。

 ビルの影からライフルとバッグを持った壮助が姿を現す。

 

「お疲れ。ほら。お前の大好物だ」

 

 壮助は缶ジュースを詩乃に放り投げる。詩乃はそれをキャッチすると、蓋を開けた。そして、炭酸飲料を一気に喉に流し込んだ。

 

「ぷはーっ。この一杯がやめられない」

「オッサンみたいだぞ。仕事帰りのビールじゃあるまいし」

「女子中学生にオッサン呼ばわりはけっこう酷いと思うよ。それに……壮助もこの快楽を知ったら抜け出せなくなるよ」

 

 詩乃はガストレアの死骸から降りると、壮助の前に立って飲みかけの缶ジュースを突き出した。これを飲めと言わんばかりに。意図して間接キスを迫っているのかもしれない。

 

 

 

 しかし義搭壮助は、どうしてもこの笑顔には逆らえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 第四区

 ビジネスオフィスが並ぶ大都心、世界一有名だった巨大交差点のど真ん中にガストレアの死骸が転がっていた。巨大なダンゴムシのガストレアは全身に重火器から放たれる弾丸の雨を浴びせられ、その圧倒的なバラニウムの量を前に死を迎えた。

 近くには一台のピックアップトラックが停まっていた。荷台にブローニングM2重機関銃を搭載したテクニカル仕様。運転席で常弘がハンドルを握り、荷台では朱理がヘッドセットを装着し、機関銃の引き金を握っていた。

 

「沈黙したみたいだね」

「これで報酬は独り占めってところかな」

 

 

 

 

 

 

 里見蓮太郎はソファーに座りプロジェクターで壁に映し出された映像を眺めていた。暗闇に映し出される4つの大画面には、東京エリアに出現させた4体のガストレアが上空から映し出されていた。蓮太郎たちはドローンで常にガストレアの動き、それに対抗する人間たちを眺めていた。ただひたすら虚ろな目で。

 蓮太郎の後方、奥のカウンター席で芹沢遊馬はブランデーを片手に戦いを鑑賞していた。

 

「第23区と第30区は自衛隊が討伐。第4区と第11区は民警か。死傷者はゼロだが、都市部は機能が停止。建築物の倒壊や道路の被害は甚大……概ね期待通りの結果だな」

 

 遊馬はグラスの中を空にすると、蓮太郎と小比奈が座るソファーに背後から歩み寄り、2人の間に割り入るった。

 

「小比奈ちゃん的にはどうだい?サーカスは楽しめたかい?」

 

 遊馬が問いかけるが、小比奈は何も答えず、ずっとある画面を凝視していた。感情の昂ぶりが抑えられないのか、呪われた子供の紅い目が輝いていた。

 

「斬りたい」

 

 それは遊馬の質問に対する答えだったのか、それとも内から湧き上がる感情を抑えきれず口に出したのか分からないが、概ね後者だろう。

 

「あの黒髪のちっこいの。斬りたくなってきた。ねぇ。斬って良い?」

 

 小比奈は遊馬を通り越して蓮太郎に尋ねる。

 

「ああ。その時が来たら、存分に殺れ」

 

 蓮太郎の答えに遊馬はぎょっとした。蓮太郎が小比奈に斬殺の許可を出すのを見たのはこれが始めてだからだ。長い付き合いというわけでもないが、よりにもよって人間相手に許可を出すとは思ってもみなかった。

 

「お前に斬り殺されるようじゃ、こいつらは“里見蓮太郎”になれない」

 

 




今回本格的に戦った詩乃ですが、彼女はモデルとなった動物種の関係でイニシエーターとしてはスピードよりもパワーや防御力に重点を置いた戦い方をします。
詩乃をfateのサーヴァント風にステータスを表示するなら、こんな感じです。

藍原延珠(比較対象)
筋力:C 敏捷:A 耐久:C 知力:C 幸運:D 特殊能力(なし):E

森高詩乃
筋力:EX 敏捷:C 耐久:EX 知力:B 幸運:B 特殊能力(不明):A

※延珠のステータスは作者の妄想です。

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