ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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やっと原作キャラ達を描写できます。
蓮太郎のいない6年間を過ごしたヒロイン達がどうなったのか、そんなお話です。


彼女たちの時計は動き始めた

 ガストレア騒動から一晩が経った。ガストレアは早々に倒されたものの、ガストレアの暴走や戦闘の影響で都市機能は麻痺していた。交通機関は全てストップし、人々は各地のバラニウムシェルターに逃げ込んだことで数時間近く東京エリアの一部地域の経済活動は停止していた。復旧が完了したのは翌朝の4時だったが、影響は未だに残っており、各地ではガストレア騒動の対応に追われていた。

 この事件による経済的損失は数百億円規模と言われている。

 

「世間はガストレア騒動でてんやわんやしているのに、僕らはのんびり殺人の捜査ですか」

 

 スーツ姿の若い刑事、水雲は都市部の喧騒から離れた河川敷でぼやいた。独り言のつもりだったが、それは後方から歩いてくる上司の遠藤弘忠警部にも聞こえていた。

 

「デカくても小さくても事件は事件だ。気を引き締めろ」

「りょ、了解であります」

 

 水雲は慌てて敬礼する。

 

「――って、遠藤さん。例の仮面の男は良いんですか?」

 

 水雲が知る限り、遠藤はガストレア怪死事件と黒い仮面の男を追っていた。それは自分の休日や非番を返上するほどの執着ぶりであり、“こんな事件”に顔を出す余裕などないはずだ。その上、昨晩は追っていた黒い仮面の男が里見蓮太郎を名乗り、前代未聞のガストレアテロを実行した。仮面の男――改め里見蓮太郎を追うのは尚更の話であり、水雲はその疑問を正直に口に出した。

 

「良いも糞もあるか。お上の鶴の一声で全部パーだよ」

 

 遠藤が追っていた事件は相当ヤバい事件だったようで、警察署長が直々に捜査中止を命じ、示し合わせたかのように公安部の人間が現れ、捜査資料の“譲渡”を要求されたことが彼の口から語られた。

 

「まさか本当に“譲渡”しちゃったんですか?」

「バックアップも全部“譲渡させられた”。それに……」

 

 遠藤が顎をくいっと動かし、水雲にある方向を見るように仕向ける。水雲が視線だけを動かし、遠藤に指示された方向を向くと、明らかに「監視しています」と言わんばかりに怪しい黒スーツにサングラス姿の男が立っていた。

 

「何が何でも俺達に里見蓮太郎は追わせたくないらしい」

「だからあんなバレバレな監視をするんですね」

 

 おそらく黒スーツの男は囮の監視役。彼に対象の注意を引き付けることで本当の監視役の存在を隠しているのだろう。

 

「とりあえず、仕事だ仕事」

 

 事件現場は河川敷の一角。ほとんど川の水に浸かった位置だった。河川敷の一角には警察官が黄色いテープでバリケードを張り、野次馬を抑えている。その内側で鑑識が現場を調べまわっていた。事件の発端となった死体には青いブルーシートがかけられていた。

 2人は遺体の傍によると、合掌し、シートをめくった。

 高級そうな白いスーツを着た成人男性の遺体。死後かなり時間が経っており、皮膚は水分を吸収したことで膨れ上がり、変色していた。そして、彼には首が無かった。

 

「酷いですね。ガストレア騒動の被害者でしょうか?」

 

「いや、違いますね」と近くにいた鑑識の男性が答える。

 鑑識の男は首側のブルーシートをめくり、2人に切断面を見せる。

 

「見てください。この綺麗な切断面。刃物でスパッと切った痕ですよ。しかも左右の切断面の角度が違うので、二振りの刀、もしくは鋏のようなもので両サイドからスッパリですね。ガストレアにこんな綺麗な殺し方は出来ませんよ」

 

「人間でこれは可能なのか?」と遠藤が尋ねる。

 

「もしこれが人間の仕業としたら、こんなことが出来る人間は限られますよ。例えば、“天童殺しの木更”とか。もう死んでいますけど。それ以外だったら、大掛かりな機械を使ったか、もしくは赤目の仕業か」

「被害者の身元は?」

 

 その質問に鑑識の男が言い淀んだ。遠藤と水雲は不審に思ったが、しばらくすると鑑識の男は2人に目線を合わせた。

 

「芹沢遊馬。博多黒膂石重工の経営責任者です」

「博多黒膂石重工だと!?」

 

 遠藤が思わず声を荒げるのも無理はなかった。

 博多黒膂石重工といえば、博多エリアのバラニウム重工業の重鎮であり、四賢人にのみ製造・開発が可能とされていた第二世代バラニウム兵器を次々と開発し、いち早く量産化させたことで世界から注目を浴びている企業である。

 そこの若き経営責任者が東京エリアで首なし死体となって発見されたとなれば、エリア間問題に発展しかねない。立て続けに裏が大きそうな事件に関わってしまった遠藤は頭を抱えた。

 

「ったく……。黒い仮面といい、この首なし死体といい、どうして俺は……」

 

 

 *

 

 

 

 司馬重工――東京エリアの重工業の核と呼ばれる企業である。ガストレア大戦時にバラニウム鋼の鋳造技術を確立させ、バラニウム兵器の製造を担ったことで大戦後の瓦礫の中から躍進した。第三次関東会戦で無限の再生能力を持つステージⅣガストレア“アルデバラン”を死に至らしめた“EP爆弾”を開発したことで里見蓮太郎のアジュバントに並ぶ“関東会戦の立役者”と呼ばれている。

 司馬重工には3つの技術開発局がある。第一はバラニウム原石からバラニウム鋼への鋳造過程に関わる技術を担い、第二技術開発局はバラニウム鋼からバラニウム兵器の製造過程に関わる技術を担っている。そして、第三技術開発局はバラニウムが持つ未知の可能性を探り新世代のバラニウム技術を開発することを目的に近年設立された。

 博多黒膂石重工経営責任者の芹沢遊馬は応接室で局長の司馬未織と対面していた。

 

「さすが司馬重工が誇る最新の技術開発局。サンフランシスコエリアのエイムズ研究センター(ARC)に並ぶ人類最高クラスのバラニウム研究機関とはよく言ったものです」

 

 未織に案内されて一通り施設を見回った遊馬の率直な感想だった。未織や司馬重工を煽てる気などない。彼の評価通り第三技術開発局にはそれだけの設備が揃っていた。

 

「かの博多黒膂石重工のトップにお褒め頂けるとは。光栄です」

「そこまで畏まらなくても良いですよ。我々はいずれ対等なビジネスパートナーになるのですから。司馬重工が持つ世界最高クラスの研究機関に我々の次世代バラニウム兵器製造ライン。共同開発が始まれば、我々の――いや、人類の未来は明るいものになるでしょう。ビジネスパートナーがこんなにも麗しい方なのだから尚更の話です」

 

 まさかの和装美人――それが司馬未織の第一印象だった。司馬未織がまだ22歳で司馬重工の麗しの社長令嬢であることは事前に知っていたが、こんな和装美人であるとは遊馬は思ってもみなかった。ウェーブのかかった長く艶やかな髪と薄化粧、静かな佇まいはご令嬢という肩書に恥じないものだった。京都訛りのある口調も彼女をより雅にする。

 

「噂通り、口説き文句がお上手のようで」

「貴方のような美人を前に口説くなと言う方が無理な話ですよ。どうですか?この後、お茶でも」

「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」

「まったく、話に聞いた通り身持ちが固い。“まだ、里見蓮太郎を待っているのですか?”」

 

 遊馬の言葉に未織の表情が凍り付いた。

 

「里見ちゃ――里見蓮太郎さんとは確かに懇意にしていましたが、彼に特別な感情を抱いていたわけではありません」

 

 未織は気を取り直し、口から出かかった普段の口調を誤魔化し、取り繕った。しかし、既に遅かった。取り乱した彼女を見て遊馬は笑いで肩を震わせていた。

 

「くっ……ふふふふふふふふ………あっははははははは」

 

 突然の大笑いに未織は身構える。何がおかしかったのか。何が彼を笑わせるのか、何も分からない中で遊馬の次のアクションに警戒する。

 笑い終えた後の遊馬の顔は、ビジネスマンと言うより、スクリーンに映る悪役の俳優のような顔だった。悪企みを包まず隠さず、それを分かるように表情だけで相手に示す。

 

「いやぁ、失礼失礼。無理をする君の姿が滑稽で滑稽で。お堅いビジネスの話はここまでにしましょうか。実のところ、こんなつまらない話をしに来たわけではないんですよ。共同開発なんて、貴方を口説かなくとも司馬会長と料亭でちょっと話せばそれで済む」

「それはどういう……」

 

 遊馬は立ち上がると未織の背後に回り、肩に手を置いた。未織は完全に遊馬のペースに嵌っており、彼が背後に回ることも、肩に手を置くことも止めることは出来なかった。

 遊馬は口を未織の耳に近づけ、囁いた。

 

「テロに使われたガストレアの死骸からバラニウム製の機械が見つかる。それを調べれば、いずれ里見蓮太郎に辿り着く」

 

 未織は固まった。衝撃と驚愕で身体が動かなかった。目の前の男は自分が里見蓮太郎の共犯者であることを告白した。6年間、恋い焦がれ、求めていた蓮太郎の手がかりが目の前に現れたことに心が震えた。

 未織は彼を通報しようとは思わなかった。ここまで堂々とテロのことを告白するのだから、通報されたとしても絶対に捕まらない絶対の自信があると考えたからだ。その自信の根拠となる権力と社会的地位を彼は持っている。彼の身柄を警察に引き渡してしまえば、蓮太郎の手がかりを失ってしまう。そんな気がしてならなかった。

 

「お茶はまた今度にしましょう。共同開発の件、楽しみにしていますよ」

 

 遊馬は未織から離れると、目深に帽子を被り、ソファーに置いていたバッグを拾い上げた。そして、固まる未織に背を向けて、応接室から出て行く。

 

「ああ。それともう一つ。君に“黒い着物”は似合わない」

 

 静かな応接室の中で扉を閉める音だけが響いた。

 

「里見ちゃんが……里見ちゃんが……」

 

 再び扉が開いた。出て行った遊馬が戻って来たのではないかと思い、未織は飛び上がった。

「ひゃんっ!!」――という可愛らしい悲鳴を上げて。

 扉を開けて入って来たのは局の事務員だった。片手には電話の子機が握られている。

 

「え……あ、えっと、局長。勾田大学の室戸教授からお電話です」

 

 事務員から電話の子機を受け取る。

 

『やぁ。久しぶりだね。単刀直入に頼み事がある。昨日のテロに使われたガストレアの頭部にバラニウム製の機械が埋め込まれていた。これの解析を君の機関にお願いしたい』

 

 

 

 

 

 

 そろそろ勾田大学の室戸菫から、電話がかかってきている頃だろう。自分が言った通りのことが目の前の現実となり、受け入れざるを得なくなった彼女の心情を想像し、遊馬は帰りの車の中で笑みを浮かべていた。

 彼は助手席に座り、運転席には黒髪の秘書が座り、ハンドルを握っていた。

 

「その様子だと、営業は上手くいったようですね」

「ああ。上手く行き過ぎて笑いが止まらない」

「その笑い方。気持ち悪いですよ」

「君が普通の秘書だったら、今の一言でクビだったんだけどな」

 

 しばらく黙り込んだ後、秘書がハンドルを切り、ホテルへと向かうルートに入る。

 遊馬は外に視線を向けた。営業先に連絡するサラリーマン、カフェで課題をこなす大学生、自分の車を追い越すピザの配達、昨日のガストレアテロが嘘だと思えるような日常がそこにあった。――いや、嘘にしようと誰もが必死になっていた。明日も仕事がある。学校がある。今日と同じ明日が来る。多少のことで壊れることはない。壊させるわけにはいかない。きっと誰もが無意識の中でそう思っている。

 しかし、誰もが昨日のテロで気付いたはずだ。“日常の崩壊はすぐ目の前にある”と――。

 

「ところで、いつまで里見蓮太郎を手元に置いておくのですか?」

「さぁね」

「“さぁね”って。これ以上、彼と関わるのは危険です」

「分かっているよ」

「いいえ。貴方は分かっていません。我々は既に目的を達成しました。もう彼に利用価値なんてないですし、むしろ東京エリア最大の敵となった彼との関係が明るみになれば、我々は立場を失います。この東京エリアだけでなく、国際社会からも」

「だからこそ手元に置いておくんだ。拷問や自白剤で我々との関係を喋られたら、それこそ終わりだ。それに、『あの自殺志願者を死なせるな』って上からの命令もあるしな」

「“上”ですか……。正直、上の考えていることが、私には分かりません」

「俺も分からん。だが、少なくとも彼女の思考は俺達のそれよりも“正解”に近い」

 

 

 

 *

 

 

 

 義搭壮助は、正座させられていた。松崎民間警備会社のど真ん中で、もう何十分も正座させられただろうか。足は痺れて感覚がなくなり、冷たくて硬いと思っていた床の感触もなくなってきた。腕を縛る縄もきつく絞められており、手の感覚もなくなりそうだった。

 目の前には修羅の如く眉間に皺を寄せた千奈流空子が仁王立ちしていた。その後方の社長の席には松崎が座っており、事の経過を静かに見守っている。壮助が何かやらかした際のお決まりのポジションだった。正座の位置でさえ寸分違わない。近くのオフィスチェアに詩乃とヌイが座っているのもお決まりだ。

 

「私がどうして怒っているのか、言わなくても分かるわね?」

「……はい」

 

 壮助は俯いて、空子から目を逸らす。空子が何故怒っているのかは分かっている。それは自分に非があり、彼女に何も言い返せないことも分かっている。

 

「あんたが病院から出た後、行方を眩ませた理由ぐらい分かるわよ。どうせ『里見蓮太郎を追いたいけど、危ないから私たちを巻き込みたくない』ってところでしょ。あんた馬鹿で単純だから」

「ああ。そうだよ。あいつを追えば殺される。だから、これは俺個人の戦いだ。確かに依頼はあったけど、俺はもう金とか東京エリアの平和とかのためにあいつを追ってるんじゃない。俺のくだらない罪の意識のために追ってるんだ。どいつもこいつも巻き込まれる義理はねぇんだよ」

 

 空子の額に血管が浮かび上がる。眉間には更に皺がより、今にも壮助を殴りたい気持ちを抑えようと強く拳を握って我慢する。

 

「だから松崎さん。お願いします。俺をクビにして下さい。里見蓮太郎を追うのは松崎民間警備会社の民警としてじゃない。俺個人として『パシーン!!』」

 

 空子が丸めた雑誌で壮助の頭を叩いた。長時間の正座で手足の感覚がなくなっていた壮助はその衝撃で床にうつ伏せになった。

 

「そういうところが馬鹿って言ってんのよ」

 

 空子は目尻に涙を浮かべながら何かを言いかけたが、壮助に気付かれないように涙を手で拭い、噛みしめるように口を閉じた。

 

「千奈流さん。少し、彼と二人きりで話をさせてくれませんか?」

 

「……分かりました」

 

 そう言うと、空子は椅子に座る詩乃とヌイの肩を叩いて、事務所の外に出るよう促した。

 

「義搭。今度で良いから、買った銃と爆弾の領収書持ってきなさい。経費で落としてあげるから」

 

 少しだけ優しくなった言葉遣いで、空子はそう言い残した。

 部屋の中には、やっと手足の感覚が戻って正座に戻れた壮助と、社長の椅子に座った松崎だけが残っていた。

 

「まぁ、とりあえず、普通に椅子に座りなさい。義搭くん」

 

 松崎に促され、壮助は近くのオフィスチェアに座り、社長席に座る松崎と向かい合う。

 

「義搭くん。私の本音を言わせてもらうと、君には行って欲しくありません」

 

 松崎の口から出て来た壮助の行動を否定する言葉。それが胸に突き刺さる。大人として尊敬している彼からの言葉はそれだけで壮助の心を重くした。

 

「君に死んで欲しくはありませんし、里見さんに人殺しをして欲しくもありません」

 

 松崎の言葉を聞いて、壮助は思い出す。防衛省での一件の時、蓮太郎が松崎のことを見ていたことを――。その疑問を言葉にした。

 

「松崎さん。里見蓮太郎と知り合いなんですか?」

「ええ。6年前に少しだけ彼とは親交がありました。一時期は、私の学校で教師もやっていただきました」

「松崎さんの……学校?」

「義搭くんには話していませんでしたね。昔、私は外部居住区で学校をやっていたんです。内部居住区から追い出された赤目の子供たちを集めた青空教室のようなものでした。“東京エリア第39区第3仮設小学校”それが私の学校の名前です」

 

 学校の名前を聞いた時、壮助は驚愕した。それと同時に胸糞悪い記憶を掘り起こされる。

 

 “東京エリア第39区第3仮設小学校爆破事件”

 

 呪われた子供たちを集めた青空教室にバラニウム破片入りの爆弾が仕掛けられ、20名中18名の生徒が爆殺された事件。被害者は全員戸籍を持たない“呪われた子供たち”ということもあって当時は積極的な捜査が行われず、事件は迷宮入りとなった。

 壮助はその事件の記事を読んだことがある。淡々と事実だけが書かれた機械的な文章だったが、読むだけで気分が悪くなった。

 

「あの事件で、私は里見さんに多くの怒りと悲しみを背負わせてしまいました。彼には、この世界の正義を疑い、憎む十分な理由があるのです。でも、昨日のテロの後、私はこうも思っているのです。『もしかして、何かしらの理由があって反逆者を演じているのではないでしょうか』と」

「……え?」

「義搭くん。昨日のガストレアテロで何名の死傷者が出たか知っていますか?」

「いや……知らないです。ニュース見てなかったので」

「ガストレアによる直接的な死傷者はゼロでした。怪我をされた方も逃げる時にこけたり、誰かとぶつかったりした時のものでした。彼は意図的に死傷者を出さないようにしていたのではないでしょうか」

 

 松崎の言葉に壮助は思い当たる節があった。舞と一緒にコカトリス型のガストレアから逃げていた時、あのガストレアは追い回すだけで攻撃してくることはなかった。女性一人抱えて逃げる人間を食うなんて簡単に出来たはずだ。しかし、あのガストレアはやらなかった。

 

「義搭くん。私からの依頼です。里見さんの真意を確かめてきてください。彼は本当にこの世界を憎んでいるのか、それとも何かしらの理由があって反逆者を演じているのか。必ず生きて帰って、私に報告してください」

 

 壮助の戦いは壮助だけの戦いではなくなった。

 

 

 

 *

 

 

 

 東京エリア沿岸部にある高級マンション。そこの地下駐車場に一台の車が停まった。成金の若者が好みそうな赤い外装のスポーツカーだ。目立つカラーリングとフォルムだが、同じ駐車場には同じように成金趣味の派手な車が並んでおり、違和感を抱けなかった。

 スポーツカーの運転席から茶髪でラフな格好をした若い男が、後部座席からはフード付きのパーカーを目深に被った女性が現れる。

 男は車にロックをかけると、慣れた足取りで地下駐車場からエントランスへと入った。彼から1歩下がったところにパーカーの女性が続く。

 鍵でエントランスホールの扉を開け、エレベーターに乗って15階のボタンを押した。エレベーターが目的の階に着くと少し長い廊下を歩いて目的の部屋へと向かう。

 

「あら。鈴木さんじゃない」

「あ。どうも」

 

 廊下の向かいから歩いてきた婦人が声をかけてきた。同じマンションの住民だ。

 

「あら、後ろの女性は彼女かしら?」

「ち、違いますよ。親戚の子ですよ。遊びに来たんですけど、喧嘩して拗ねちゃって。あ、先を急いでますんで」

 

 何とか理由をつけて婦人を撒くと、鈴木とパーカーの女性は目的の部屋の前に辿り着いた。

 

「申し訳ありません」と鈴木が囁いた。

「いえ。お気になさらず。貴方は自分の任務を全うしただけです」とパーカーの女性は答えた。東京エリアの誰もが聞いたことのある声で。

 

 鈴木は周囲を見渡し、誰もいないことを確認する。玄関扉に手を伸ばし、インターホンを鳴らす。ボタンの上部にはカメラが付いており、中の住民からは訪問者の顔が見えるようになっている。

 

『はい』

「猿島に猿はいない」

『どうぞ』

 

 ドアのロックが外れた。鈴木はドアを開けて中に入った。出迎える者がいないため、2人は靴を脱いで上がり込んだ。リビングまで向かうと高級と唄うに相応しい家具と寝具、そして広さを持った部屋が一望できる。しかし、その部屋は異質だった。日本の高級マンションの一室にあってはならないものが所狭しと並べられていたからだ。

 アンチマテリアルライフルとアサルトライフル、スナイパーライフルがギャラリーのように部屋の壁に立てかけられている。テーブルの上には装填中のマガジンや何か工作中の爆弾が並べられ、それらのせいか部屋の中は少し火薬と油の匂いがしていた。

 奥の扉が開いた。鈴木はパーカーの女性の盾になるように前に立ち、警戒する。

 扉の奥から姿を現したのは、肩までかかるブロンド髪の白人女性だった。身長は165cm近く、手も足も人形のようにスラリと長く、全体的に引き締まったスレンダーな体型をしている。欧米の雑誌に載っているファッションモデルのようだ。ダメージジーンズと薄汚れたTシャツという姿でも絵になってしまう美貌と魅力を彼女は持っていた。

 

「お出迎えできなくてすみません。油で手が汚れてしまっていたので」

 

 並べられた銃器・爆薬の武骨さとは対照的に今にも眠くなりそうな温和な声で金髪の美女は語りかけて来た。

 

「いえ、こちらこそ突然お呼び立てして申し訳ありません」

 

 パーカーの女性は足を進めて鈴木の前に立つと、フードを取り外した。

 雪原のように真っ白な髪と透き通る肌が露わになる。目の前のブロンド髪の美女とは違う次元の美を持った国家元首、聖天子の姿がそこにあった。

 まさかのことにブロンド髪の美女は口をあんぐり開けたまま固まった。

 

「どうかされましたか?」

「いえ。まさか、聖天子様本人が来るとは思っていませんでした。エージェントが来るとしか聞かされていなかったので」

「敢えてそう情報を流しました。誰も私がここに来るとは思わないように」

「『ここでの会話を誰にも聞かれないように』ということですか」

「はい。非常に機密レベルの高い内容です。こうでもしないと貴方とお話することが出来ませんでしたので。それと彼のことは気にしないで下さい。彼は聖居情報調査室(SPIRO)に所属する機密諜報員ですので」

「聖居情報調査室……。東京エリアの諜報機関は公安警察と防衛省情報本部に一任されていて、聖居に諜報機関は存在しないんじゃなかったんですか?」

「ええ。表向きでは否定しています。しかし、聖居情報調査室は東京エリア創設の時から存在していました。6年前までは菊之丞さんが指揮し、彼が亡くなった後は聖天子直轄の情報機関として動いてもらっています」

「蓮太郎さんが言っていまいた。貴方は危ないほどの理想主義者だって。てっきり、諜報とか汚い手段は使わないものだと思っていました。ましてや“私達を足止めしていた敵のスパイの家族を人質にして、二重スパイに仕立て上げる”なんてやり方を許容するほど」

「違います。理想主義者だからこそ、その理想のためにあらゆる手を尽くすことが出来るのです。例え、それが邪法であろうと悪法であろうと。それが出来なかった6年前までの私は理想主義者ですらありません。ただ夢を見ていた女の子です」

「蓮太郎さんがいなくなってから、変わりましたね。聖天子様」

「それは貴方も同じです」

 

 鈴木は息を呑んだ。この会談の光景が、組み合わせがとても信じられなかった。6年前なら尚更微塵にも想わなかっただろう。あってはならない組み合わせだったからだ。

 会談の相手はかつて聖天子の命を狙った神算鬼謀の狙撃兵、そして今はIP序列第30位にして、ここ5年間のガストレア討伐数最高記録保持者“殲滅の嵐(ワンマンネービー)”ティナ・スプラウトなのだから。

 




未織が京都弁じゃないのも、ティナが木更並のバインバインになれなかったのも、聖天子様がドス黒くなったのも全部、里見蓮太郎って奴が悪いんだ。
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