ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

20 / 120
怒らせたら半径200マイル以内には近づきたくない。
世界で一番おっかない東京エリア三大淑女のおはなしです。


分水嶺

 銃器・爆弾が並べられていたテーブルを片付け、椅子に腰かけた聖天子とティナは向かい合っていた。2人の目の前にはインスタントコーヒーが入ったマグカップがあった。ティナの分は半分ほど無くなっており、聖天子の分は一滴も口をつけられていなかった。

 

「インスタントコーヒーは初めてですか?」

「いえ。お忍びで何度かこういった服装で街に出たことはあります。インスタント食品も駄菓子も食べましたし、主婦たちの波に揉まれながらスーパーの特売品を狙ったこともあります。あれは死ぬかと思いました」

「蓮太郎さんは毎日、その戦いに赴いていましたよ」

 

 昔のことを思い出してティナが微笑む。

 

「幾度となく東京エリアを救った英雄もスーパーの特売セールを前にした主婦たちには苦戦していました。でも、――こんな他愛のない昔話をするためにここに来た訳ではありませんよね?」

 

 ティナの視線が聖天子に突き刺さる。16歳の少女とは言っても彼女は序列第30位のイニシエーター、かつては聖天子の命を狙った神算鬼謀の狙撃手、猛禽類のような冷たい視線が聖天子を狙っていた。

 

「そうですね。時間もあまりありませんし、本題に入りましょう。昨日のガストレアテロの件はニュースでご存知かと思われます。そのテロで使用されたガストレアの脳内からバラニウム製の機械が発見されました。現在、司馬重工第三技術開発局で解析を行っていますが、おそらくあなたの脳内にあるニューロチップと同じ技術で作られたものでしょう」

「私が蓮太郎さんと繋がっていると思っているんですか?」

「いえ、その線はないと思っています。貴方は使う側の人間であって、作る側の人間ではありませんから。私がティナさんに聞きたいのは、里見さんの真意です」

「蓮太郎さんの……真意?」

「はい。あの放送で、里見さんは自身を“正義のために戦い正義に裏切られた人間。そして世界の破壊に奔った復讐者”と言っていました。しかし、あの放送が本当に里見さんの真意なのでしょうか?」

「蓮太郎さんは正義のために戦って、正義のために自分の大切な人を手にかけ、全てを失って絶望しました。復讐者になるには十分な理由があります。そのことは、蓮太郎さんから逃げた私も、東京エリアのために蓮太郎さんを裏切った貴方もよく知っているはずです」

 

 2人の表情に暗い影が落ちる。片や蓮太郎から逃げた少女、片や数百万の命のために蓮太郎を裏切った国家元首。かつての自分たちの行動が蓮太郎を復讐者に仕立て上げる要因の一端を担ったのであれば、責任がある。蓮太郎を止める責任が。

 聖天子がマグカップのコーヒーを半分ほど飲むと、少し不敵な笑みを浮かべた。

 

「だとしたら、それは可笑しな話です。ただ社会の破壊を望むのであれば、わざわざガストレアを制御する技術を使う必要はありません。ガストレアを東京エリア内部に呼び寄せたら、後は本能のままに暴れさせればいい。そうでなくても、蛭子影胤のようにステージVガストレアを呼び寄せたり、斉武大統領のように私に暗殺者を仕向けたり、アルデバランのようにモノリスを破壊する等のより効果的な手段はあったはずです。しかし、彼はたった4体のステージⅢガストレアによるテロという“生温い手段”でそれを実行しました。その程度でこの東京エリアが崩れないのは彼も知っているはずです」

「里見さんには復讐ではなく、何か別の意図があると、そう仰りたいんですか?」

「はい。その別の意図が何か。蓮太郎さんと一緒にいた貴方なら心当たりがあるのではないでしょうか?」

 

 ティナは口に近づけていたマグカップをテーブルに置くと、数刻黙り込んだ。ティナには心当たりがある。そう踏んだ聖天子だったが、いざ彼女からの答えを目の前にされると冷や汗が滴る。

 

「ええ。確かにあります」

 

 ティナの手が震え、マグカップがカタカタとテーブルで音を鳴らす。彼女の顔色は悪くなり、目尻に涙を浮かべる。嗚咽を抑えようと手で口を塞ぐ。

 

 

 

 

「あんなお兄さん……もう二度と見たくありません」

 

 

 

 

 そして、ティナの口から語られた。

 壊れてしまった里見蓮太郎の物語。

 

 

 

 *

 

 

 

 木更さんを殺して、延珠さんを介錯して、蛭子影胤との死闘に勝利して数ヶ月。蓮太郎さんはずっと病院にいました。蛭子影胤との死闘で蓮太郎さんは度重なるAGV試験薬の濫用や義肢の駆動限界突破(オーバードライヴ)により、身体はガストレア化寸前の上、自分の生命力を使い果たす勢いで義肢を動かし続けたことで衰弱死寸前の状態でした。ガストレア化させるか、ガストレアになる前に衰弱死するか。通常の医療なら、それしか選択肢がない状態でした。

 きっと、お兄さんは死ぬつもりだったんでしょう。

 全てを失ったお兄さんに恐れるものはありませんでした。縛るものはありませんでした。闘争と自殺願望と正義感を混ぜて汚泥のようにした感情に身を任せた彼の戦いは鬼神そのものでした。民警も自衛隊も私も手を出すことが出来ず、彼は死闘の末、蛭子影胤に勝利しました。何も得られない空しい勝利を。

 室戸先生は汗水流し、必死に蓮太郎さんの命を繋ぎ止めようとしました。何度も「死ぬな」「死ぬな。蓮太郎」「お前も私を置いて行くのか」と呟きながら、昼夜を問わず、自分の食事と睡眠すら放棄して、彼を救いました。

 彼女の懸命な治療の末、蓮太郎さんはガストレア化せず、順調に回復していきました。心はともかく身体は。

 

「許してくれ……赦してくれ……延珠……木更さん」

 

 身体が回復してから、彼はずっと魘されていました。寝ている時は悪夢で苦しみ、起きたと思えばふとした瞬間に手術用のメスで自殺しようとして私に止められる生活が続きました。何度も自殺を止める内にノイローゼになった私が知らない内にメスで自分の指を切っていたり、室戸先生が蓮太郎さんを革ベルトで3日間もベッドの上に拘束したり、何もかもが滅茶苦茶になった退廃的な生活がしばらく続きました。

 そんなある日でした。

 

「ティナ……」

 

 あの死闘から初めて、蓮太郎さんは私の名前を呼んでくれました。死者の名前や懺悔以外の言葉を初めて出したのです。「昔の蓮太郎さんが戻って来てくれた」それが嬉しくて堪らず、私はずっと蓮太郎さんに抱き付いていました。ずっと、蓮太郎さんの名前を呼びながら。

 それからしばらくした後、蓮太郎さんは病衣から、いつもの勾田高校の制服を着ていました。そこに延珠さんと木更さんを失った悲しみで自殺しようとした蓮太郎さんの面影はなくなった。当時は、そう思っていました。

 

「あの……どこに行くんですか?」

「未織んとこ。俺の銃、あいつが預かっているらしいからな。ついでにあそこのホログラムでリハビリもしてくる」

 

 まるで“あんなこと”が無かったかのように、蓮太郎さんは私の知る蓮太郎さんに戻っていました。

 “他は望まない。ただ彼が生きてくれるだけでいい”そう思っていた私にとって、蓮太郎さんが民警に戻ろうとしてくれたのは、とても嬉しくて、彼が出て行った後、一人病室で声を抑えて泣いていました。今までの悲しみと、溢れ出る喜びを涙に乗せて。

 

「ティナ……。俺は……民警に戻る。もう立ち止まれないんだ。夏世が、翠が、彰磨兄いが、火垂が、木更さんが、延珠が、俺に託した願いがある。そのためには、こんなところで止まっていられない。俺は進み続ける」

「お兄さんが進む道に、相棒として付いて行っていいですか?」

 

 失ったものはたくさんありました。その傷が癒えることは永遠にないでしょう。でも、傷を負いながらも私達は前に進まなければなりません。いずれ進めば、いつかは、やがていつかはこの悲しみも乗り越える強さを手に入れる。私は、そう思っていました。

 

 

 この時は誰も気づいていませんでした。気付かないフリをしていたのかもしれません。

 

 

 この時から既に、蓮太郎さんの心は壊れていたことに。

 

 

 それから、私とペアを組んで復帰した蓮太郎さんの活躍については聖天子様もご存知だと思います。10号モノリス爆破テロの阻止、細菌兵器“Gv-04”の奪還、ステージVガストレア“アリエス”の撃破。目覚ましい活躍により、私達は序列50位にまで上り詰めました。

 でもその戦いの中でお兄さんは確実に壊れていきました。モノリス爆破テロ阻止の時には大量失血で死にかけながらも任務を達成しました。奪われた細菌兵器を奪還した際は、その細菌兵器によって左腕の皮膚が壊死しました。そして、アリエスとの戦いでは菫先生に止められていたAGV試験薬を再び使い、ガストレア化の危険性とバラニウムの義肢を犠牲にして勝利を得ました。

 

 ――ここまで言えば、もうお分かりですよね?

 

 蓮太郎さんは立ち直ってなんかいなかったんです。そういう風に見えていただけで、心はもう壊れていたんです。彼が自分で壊していたのかもしれません。

 アリエスとの戦いの後、蓮太郎さんは何もかもがボロボロでした。心も身体も生きているのが不思議に思えるくらい、普通の人間なら狂って泣き叫んで壊れて、もう二度と立ち上がれないくらい凄惨な状態でした。

 

 

 室戸先生に義肢を新調してもらった後、蓮太郎さんは再び戦おうとしていました。正義の味方として、悪を倒すための戦いに。

 

「止まって下さい」

 

 雨の中、傘も差さずに亡霊のように歩く蓮太郎さんを私は止めました。

 

「ティナ……。退いてくれ」

「嫌です」

 

 私は大きく手を広げ、蓮太郎さんの道を阻みました。

 

「俺は守らなきゃいけないんだ。この東京エリアを。世界を」

「でもお兄さんがやっていることは異常です!お願いします!止まってください!」

 

 私の言葉は彼に届いているんでしょうか。私だけでなく、生者の言葉は彼に届いているのでしょうか。もしかしたら、あの全てを失った日から、彼には死者の言葉しか聞こえていなかったのかもしれません。それでも、私は叫ぶしかありませんでした。

 

「駄目だ。倒さなきゃいけないんだ。俺にはまだ……やることが、たくさんある。約束したんだ。延珠と、木更さんと……。だから退け。ティナ」

「退きません。行くのなら――」

 

 私は、腰のホルスターから拳銃を抜き、蓮太郎さんに照準を合わせました。自律飛行小型偵察機シェンフィールドも展開させ、予め周囲の建物にセットしておいた自律固定砲台の機関銃も蓮太郎さんに照準を合わせました。

 

「手足を撃ってでも止めます」

 

 私が銃口を向けると、蓮太郎さんは拳を握り、構えました。天童流の構え、私に拳を向けるための構えでした。

 

「残念……だよ。ティナ……。また、お前と……殺し合うことになるなんて」

 

 そして、再び私は負けました。そして、怪物になってしまった蓮太郎さんから逃げました。

 

 

 

 

 あれはもう呪いでした。

 延珠さんと木更さん、あの戦いの中で散っていった人達が託した“希望”は、“願い”は、“祈り”は、蓮太郎さんを縛り付け、正義の奴隷にする“呪い”に変わっていたんです。

 

 

 

 

 

 過去にあったことを語り終え、ティナはマグカップに追加のコーヒーを注いでいた。

 聖天子は蓮太郎の歩んだ残酷な結末を聞かされ、その表情に暗い影を落としていた。彼女の背後に立つ鈴木もティナの言葉に感情を向けないようにしていたが、それでも気分の悪そうな顔をしていた。

 

「話を戻しましょうか。確かに、蓮太郎さんには正義を憎むだけの理由があります。世界を救うために、正義のために大切な人達を自分の手で奪ってきました。しかし、同時に彼を正義の奴隷に縛り付ける“呪い”もあります。どちらも簡単に拭えるものではありません。おそらく、蓮太郎さんの心の中は憎悪と呪いが汚泥のように混ざり合ってグチャグチャになっているのでしょう」

「もしかして、5年間の沈黙を破って里見さんが行動を始めたのは、そのどちらかに踏ん切りをつけるためですか?」

「御明察です。聖天子様」

 

 その時、ティナは少しだけ笑顔を見せた。大人としての魅力や落ち着きを持ちつつも、かつて少女だった頃の彼女を彷彿させる金色の毛布のような柔らい雰囲気を持っていた。

 

「もし私の憶測が正しいのでしたら、蓮太郎さんは憎悪か呪いか、そのどちらかに振り切ろうとしているのかもしれません。憎悪に身を投げて復讐に奔るか、正義の奴隷になって身を滅ぼすか。例え、その結末が地獄であったとしても彼は道を決めるのでしょう。それを決める分水嶺がこの東京エリアのどこかにあるはずです。今までの彼の行動の中にそのヒントが……」

 

 ティナの言葉に促され、聖天子は蓮太郎がやってきたことを思い出す。賢者の盾強奪、防衛省会議室での一件、復讐者としての宣言、ガストレアテロ、蛭子小比奈etc……その活動の全てが6年前の蛭子影胤事件を彷彿させる。かつて、蓮太郎は影胤を倒し、ステージVガストレアを倒したことで東京エリアを救った。彼が英雄としての道を歩み始める“始まりの事件”だった。

 

 そこで聖天子は気付いた。あの事件で蓮太郎は自分を蛭子影胤(正義への復讐者)と定義し、新たな里見蓮太郎(正義の奴隷)を生み出そうとしているのではないか――と。

 その条件に当てはまる人物こそが分水嶺。東京エリアを守るために蓮太郎を追う民警が彼の運命を握っている。

 

「教えてください。分水嶺は、誰ですか?」

 

 “誰”という言葉を使うように、ティナも聖天子と同じ答えに辿り着いていた。しかし、東京エリアに戻って数日も経っていない彼女は情報に乏しく、分水嶺になりうる人物の候補を挙げられなかった。

 

「分水嶺の名は……松崎民間警備会社の民警、義搭壮助です」

 

 順当に考えたら、そこで出すべき名前はかつて仲間だった片桐玉樹か、蓮太郎に救われ純粋に正義の味方を目指した小星常弘と言うべきだったのかもしれない。しかし、彼女はそこで義搭壮助の名前を出した。

 この事件は、蓮太郎に圧し掛かる呪いを別の誰かに託すための儀式だ。しかし、事の顛末によってはその逆、正義への復讐者を誰かに託し、彼が再び正義の奴隷に戻る可能性もあるということだ。

 小学生の頃に社会の理不尽と己の弱さに直面し、破壊と暴力に明け暮れた道を歩んだ。そんな彼なら“正義への復讐者(絶対悪)”を里見蓮太郎から引き受けてくれるかもしれない。そして、復讐を託した蓮太郎は正義の奴隷として、自分の手の届くところに戻る。そんな個人的願望が彼女の口を動かした。そのために関係のない民警が犠牲になることも、蓮太郎にとっては救いでも何でもないことも理解していた。それはどこまでも純粋な欲望だった。

 

 聖天子は、自分の心の醜さを嘲笑った。

 

 

 

 

 

 

 勾田署に設立された首なし遺体事件の捜査本部で、遠藤は頭を抱えていた。

 今朝発見された首なし遺体、あれは芹沢遊馬のものと思われていた。しかし、秘書に連絡すると芹沢遊馬は生きている、偽物である可能性もないという回答を受けた。それは取引先の司馬重工の人間からも証言されており、今生きている芹沢遊馬が本物であると断言できる。それなら、あれは芹沢遊馬と同じ服装をした何者かであり、エリア間問題に発展するようなヤバい事件ではないと安心できる。

 しかし、そこから新しい問題が生まれた。それなら、あの死体は誰なのか。どうして免許証やクレジットカードを偽装してまで芹沢遊馬のフリをしていたのか。そして、どのような理由で誰に殺されたのか。あの偽物は、本物の芹沢遊馬と無関係なのだろうか?今となっては、偽物だらけの身分証明と首のない遺体だけが手がかりであり、今はあの遺体から出来るだけの情報を抜き取るしかなかった。

 設立された捜査本部で遠藤が施行を巡らせていると、白衣姿の男が捜査本部に入って来た。彼の到来を待っていたかのように捜査官全員が反応し、指定の席に戻った。白衣の男はホワイトボードの前に立ち、手に握った写真をいくつかホワイトボードに貼り付ける。

 

「とりあえず、これは速報だ。まだ精査されていない情報もあることを留意してほしい」

 

 捜査官たちが黙って頷いた。

 

「まず外観的特徴。20代後半から30代前半の東洋人。死因は頭部切断による失血死。死後数時間が経過しており、昨日の昼にはもう死んでいたと思われる。彼の身体的特徴からして、彼は暴力団関係者だと推測される」

「どうして、そう思うんだ?」

「彼の手だ。手の平には豆が出来ていた。銃を扱う人間特有の豆で、その大きさからして定期的に銃を扱うことはあるが、日常的に扱うことはない立場の人間だと考えられる。また両肩が下がっていないことから重い火器は扱ったことがない。その点からして民警と自衛隊関係者は除外。射撃訓練により、年間の弾丸消費量が定められている警察関係者か抗争に備えて銃を扱う暴力団関係者が該当する」

 

 人間が最も扱う身体の部位、それは手であり、手を見るだけでその人の職業や生活様式が分かっていく。タンパク質で出来た身分証明書とまで言われており、現に謎の死体から警察関係者もしくは暴力団関係者に絞ることが出来た。

 

「そして、もう一つ。この写真を見て欲しい。これは男の脇腹に遭った刺青だ」

 

 写真に写されていたのは黄色い肌に掘られた青く大きな刺青だった。何かしらのエンブレムだろうか。“3枚の羽根があしらわれたシンボルマーク”があった。

 

「警察にこんな刺青をしている奴はいない。よって、この遺体は暴力団関係者だと推測される」

 

 監察医の結論とその過程を聞き終えた時点で、捜査官たちの方針は固まっていた。全員がメモとペンを片付け、一斉に立ち上がる。

 

「弘前は警視庁に伝手があっただろ?そっちで暴力団関係のこと探れないか?」「俺はもう一度凶器を調べる。民警の流通ルートからの横流しならある程度は絞れる」「松井は俺と一緒に来てくれ。河川の流れを逆算して、死体を投棄した場所を特定する」「私はタトゥーの方を当たってみます。あれほど大きく複雑なものなら、彫れる人間は限られます」

 

 瞬時に役割を分担していき、捜査本部は3分も経たない内にもぬけの殻となった。捜査本部には、遠藤と水雲、2人を監視する公安部の黒服だけが残っていた。

 

「で、遠藤さん。俺らはどうしますか?」

 

 水雲が声をかけるが、遠藤はずっと刺青の写真を見ていた。3枚羽根のシンボルマークの刺青。遠藤はこれをどこかで見た覚えがあり、それをどこで見たものなのか思い出す。

 

「行くぞ」

「“行くぞ”ってどこにですか?」

「黙ってついて来い」

 

 遠藤は捜査本部を出ようとした際、2人を監視する役目を持っていた公安部の黒服が全く動かないことに気付いた。男の顔は青ざめており、どっと冷や汗を流していた。

 

「どうした?俺たちを監視するのが仕事じゃないのか?」

 

 遠藤に声をかけられたことで黒服ははっと気づき、サングラスをかけ直すと再び“通常業務”へと戻っていった。

 




本作の蓮太郎がダークでブラックに仕上がっているように、聖天子様も少し思考が黒くなっています。
蓮太郎を失ったショックもそうですが、木更が天童家を皆殺しにしてしまったせいで天童が抱えていた東京エリアの闇を背負わなければならなくなってしまったのも原因の一つです。東京エリアの光も闇も背負うようになった彼女hあ、自分の理想の影に犠牲になったものがたくさんあることを知り、自分の理想のために天童家が手を汚し続けていたことも知ったのです。真っ白だと思っていた道が実は屍山血河の上に敷かれた純白のカーペットだと知ってしまったのです。ここで清廉潔白だと思っていた自分の過去が全否定されてしまいました。
次に、蓮太郎が行方不明になった後の話。聖天子は光も闇も全部自分が背負う覚悟をしたため、天童が抱えていた東京エリアの暗部も自分で背負うようになりました。その覚悟は非常に強固でしたが、この6年の間にしてきた非情かつ非人道的な決断は彼女の理性のネジを緩めてしまいました。表向きは以前と変わらないように見えても内心はかなりはっちゃけています。
変装してジャンクフードを買って食べたり、こっそり自分の部屋にLANケーブルを引いて徹夜でオンラインゲームをやったり、成人後は酒に溺れる晩を何度か経験しています。



結論:ぜんぶ木更のせい

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。