ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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ネット小説のうま味はライブ感と言っていたので、自分のモチベ維持も兼ねて1話あたりの文章量を減らして更新頻度を高めようと思います。


揺れる聖居

 天の梯子が暴走し、放った弾丸は東京エリアの空を切り裂いた。亜光速まで加速し、空の彼方へと撃ちだされた金属飛翔体はソニックブームを引き起こし、地上を轟音で埋め尽くし、東京エリア中の高層ビルのガラスを粉砕した。人々は耳を塞いで蹲り、都心部のビジネスマンたちは空から降り注ぐガラス片の雨から身を守る。ガストレアテロの傷が癒えない東京エリアで起きた“第二のテロ”は人々をパニックの渦中に落とし込んだ。

 光の軌跡と轟音は洋上のアクアライン空港にも届いていた。幸いにも天の梯子の射線とは真逆の位置にあったため、空港のガラスが割れるようなことはなかったが、突然の轟音とガタガタと音を鳴らして震えるロビーのガラスは人々の心を平穏から遠ざけていった。

 遊馬を乗せた高級車と護衛の覆面パトカーも異変には気付いていたが、突然の揺らぎに取り乱すことなく、予定通りのルートを走り続けた。

 

 ――ついに始まったか。

 

 計画の全てを知る遊馬は、運転手に見えない形で微かに口角を上げた。

 

「本部。聞こえるか?何が起きた?」

 

 しかし、本部からは応答がない。ノイズだけが空しく鼓膜に響く。しかし、それでもSPたちは冷静で居続ける。本部からの指示がない今、当初の命令を遂行しつつ、不測の事態には現場の判断で動くしかない。

 ――その瞬間だった。前を走る護衛車両に“何か”が飛びかかり、車が道路から外れてフェンスに激突する。

 その“何か”を知る間もなく、遊馬たちの車にも大きな衝撃が走る。鋼板がきしむ音が耳に響いた。目を開けるとフロントガラス越しの前面がエメラルドグリーンの鱗で覆われた。

 

「ガストレア……だと?」

 

 目の前にいたのはガストレアだった。上腕が大きく発達したトカゲのような姿をしており、筋肉質な体格はその腕力の強大さを伺わせる。周囲に目を配ると、トカゲのガストレアだけではない。昆虫型や鳥型、翼竜のような姿のガストレアも目に入り、他の護衛車両に群がり、フレームやタイヤを“補食”していく。

 遊馬たちの車に圧し掛かったオオトカゲのガストレアは前腕でボンネットを踏み抜き、体重に任せて車のエンジンを踏みつぶした。ひしゃげた鋼板は砕けて飛び散り、前面がボンネットから吹き上げる白煙で覆われた。漏れ出たガソリンから漂う臭いは嗅覚を刺激し、3人に車の中こそが危険地帯であることを悟らせる。

 

「私が合図したら……降りて、後ろに走ってください」

 

 運転手の言葉に遊馬と秘書は相槌を打つ。

 

「3……2……1……今です!」

 

 3人が一斉に車から飛び出し、オオトカゲのガストレアに背を向けて走り出す。オオトカゲのガストレアは逃げる3人に視線を移すが、すぐに黒い煙に覆われる。漏れたオイルが引火して車が燃え上がり、燃焼されたタイヤが黒煙をあげた。

 黒煙がガストレアの視界を奪っている隙にまだ走行可能だった後方の護衛車両が3人を回収し、ガストレアとの距離を離していく。

 車の中で一息ついた遊馬は窓から外の様子を見渡す。

 

「とりあえず、ガストレアとの距離は離しているようだけど、どこかに逃げる当てでもあるのかい?あのガストレアの数から考えて、連絡通路は全て塞がれていると思うけど」

 

「第2ターミナルに向かいます。あそこには空港警備隊の待機所がありますし、有事に備えたバラニウム弾の備蓄があります。ターミナルの建材にも微量ですがバラニウムが含まれています。ステージ1ぐらいまでなら、屋内への侵入は防げます」

 

「それで、あとは自衛隊が来るまで籠城ってわけか」

 

 遊馬はふふっと鼻で笑う。ガストレアに襲われ、命の危機に晒されているスリルを楽しんでいるかのように、彼は心の躍動を隠そうとはしなかった。

 

「生で東京エリア自衛隊の活躍が見られるわけだ。演習視察の手間が省けるな」

 

 

 

 *

 

 

 

 日本国家安全保障会議(JNSC)は騒然としていた。国家の最重要機密“天の梯子”の修復が世界中に露呈し、更に何者かにシステムを掌握され、暴走させられるという失態まで犯してしまった。英雄に裏切られ、隠し持っていた世界最強の兵器は敵に奪われ、東京エリアの安全保障は崩壊の危機に晒されていた。

 会議室の中で携帯電話の着信音が響く。防衛大臣のスラックスの中で携帯電話が着信音を響かせており、全員の視線が防衛大臣に向けられる。防衛大臣は電話を取り、他の者に聞こえないように話す。

 

「聖天子様。陸上自衛隊が天の梯子奪還に向けた部隊を編制。作戦行動の準備が完了しております」

 

「分かりました。作戦行動を開始してください」

 

「了解いたしました」

 

 

 

 

 

「失礼します!」

 

 

 

 

 何の前触れもなく一人の男性が一枚の紙を持って、JNSCの作戦本部に入って来た。男は扉の前まで全力で走ってきたのか、額には滝のように汗が流れ、整えていたであろう髪は乱れ、呼吸も荒々しかった。

 男は防衛大臣を見つけると、握りすぎてクシャクシャになった紙を片手に彼のもとへと向かおうとする。

 

「構いません。ここで話してください」

 

 聖天子の鶴の一声が男を止める。男の視線は防衛大臣へと向けられる。

 

「構わん。話せ」

 

 防衛大臣の一言で、男は紙に目を配り、口を開いた。

 

「は、はい。アクアライン空港でガストレアが大量発生。空港が、ガストレアによって制圧されました。てっ、テレビをつけてください!」

 

 会議室にいた閣僚の一人がリモコンを手に取り、会議室の画面を東京エリアのハザードマップから、テレビ局のチャンネルに切り替える。

 

『こちらは東京湾上空です!現在、アクアライン空港は全ての連絡通路がガストレアによって封鎖され、空港も無数のガストレアによって制圧されています!』

 

 大画面に映ったのは、東京湾の孤島となったアクアライン空港が無数のガストレアによって占拠されている悪夢のような光景だった。CGをふんだんに使ったB級モンスターパニック映画のワンシーンだと信じたいが、それが現実として起こっている。陸棲ガストレアが地上を闊歩し、飛行能力のあるガストレアが編隊を組んで空港周辺を飛び回り、更に巨大な海竜のようなガストレアが空港周辺の海をこれ見よがしに遊泳している。それはJNSCの完全な敗北、東京エリアの安全保障の崩壊を意味していた。

 会議室での反応は様々だった。頭を抱える者、動かない自衛隊に憤怒する者、冷静さを捨てずに今後の対応を議論する者――

 

「何てことだ……」「自衛隊は何をしている!?さっさと出撃しろ!!」「しかし、空港にはまだ民間人が……」「いたところで全員ガストレア化している!」「仮に生き残っていたとしても、感染拡大のリスクを考えれば、やむを得ないか……」「しかし、いくらガストレア掃討とはいえ、民間人の救助を最初から想定していない作戦を展開すれば、国民の信頼が……」

 

 皆がそうこうしている内に画面はワイドショーのスタジオへと切り替わっていた。部屋にいた一人が空港の状況を知るためにチャンネルを変えようリモコンを手に取る。しかし、ボタンを押す直前、スタジオにスタッフと思しき人間が入り込み、スタジオのアナウンサーの前に一枚の紙を置いた。スタッフが画面に大きく映り込んだ。普通なら放送事故ものだが、事態が事態だけに誰も気に留めていない。

 

『ええ。今、情報が入りました。偶然、空港に居合わせた田島リポーターと連絡が取れました。田島さん!大丈夫ですか!?』

 

 画面が切り替わった。早朝の通期ラッシュのように人でごった返す空港のロビーが映る。カメラの視線は高く、人々の頭部ばかりが映る。おそらく、人混みの中でカメラを持ち上げて、何とか空港の様子をカメラに収めているようだ。人々の雑踏と悲鳴の中で画面の外側にいて全く映らない男性リポーターの声が何とか聞き分けることができるくらいターミナルの中は音が凝縮されていた。

 

『はい!田島です!現在、ここ――――東京エリア・アクアライン空港はガストレアの襲撃に遭い――、痛っ!利用客は最寄りのターミナルに避難しています!何故だか分かりませんが、ガストレアはターミナルの中に入ろうとせず、屋外にいる人間を優先的に追いかけています』

 

『“追いかけている”んですか?』

 

『はい。私が見た限りでは、誰かがガストレアに食べられたり、ガストレア化したりはしていません。ガストレアは空港にいた人を追いかけて、屋内に集めるという不可解な行動を続けています。外映して!外!!――あのようにガストレアは私達を屋内に追い詰めた後、私達を監視するグループとターミナルから離れて活動するグループに分かれて行動します。あっ!押さないで!カメラ!カメラが!』

 カメラの映像が突然大きく揺れる。次の瞬間、カメラは落下し、空港の床と人々の足を映した途端にスタジオとの交信が途絶えた。

 

『ここでガストレア行動学に詳しい歯朶尾大学の飯岡教授と電話が繋がっています。飯岡教授。今回の事件ですが――』

 

 リモコンを操作し、画面に全てのチャンネルを同時に映す。どのチャンネルでもガストレアによるアクアライン空港占拠事件が取り沙汰されている。第三次関東会戦の時ですら予定通りアニメを放送していた某局も特番を組んで空港占拠事件を報道している。空港を包囲するガストレアが画面いっぱいに映り、キャスターやコメンテーターは前日の里見蓮太郎によるガストレアテロと関連付けて報道を続けていく。

 

「聖天子様。自衛隊はガストレア駆除法を適用し、火器の無制限使用を前提とした統合部隊を編制。これに対処いたします」

 

 突如、画面が砂嵐に埋め尽くされる。全てのチャンネルが白黒の砂嵐となり、耳障りな雑音だけが耳に入る。その光景から、会議室にいる誰もが嫌な予感を覚えていた。同じことがつい数日前にも起きている。起こるべくして起きる犯行声明を誰もが待ち受けていた。

 画面が砂嵐から切り替わり、一つの光景を映し出す。アクアライン空港のラウンジだ。ゴールドカードメンバーしか使えない最上階の高級ラウンジ、そこから一望できる旅客機とガストレアが入り乱れる滑走路を背景に一人の男がカメラの正面に座っていた。誰もが想定していた通りの男――里見蓮太郎――だ。

 

「聖居の為政者たちに告ぐ。この東京エリア・アクアライン空港は俺が占拠した。今、ここにいるガストレアは全て俺の制御下にある。俺が情報を流して空港に集めた報道陣のカメラで見ていると思うが、利用客はまだ誰一人として殺していない。だが、彼らの命も聖居の返答次第だ。

 

 俺の要求は二つ。

 一つは警視庁公安部が保有している五翔会構成員リストの共有。

 二つ目は聖居最深部にて保管されている第001号封印指定物《天童文書》の公開だ。

 

 12時間以内に返答がない場合、ここにいる全てのガストレアを俺の制御から切り離す。本能が解放されたガストレアが何をするのかは、言わなくても理解できるだろう」

 

 ――数万人の命は聖天子。お前の手にかかっている。良い返事を期待する。

 




某アイドル「ラストバトルって言ってたのに全然バトルしてないじゃん!何で!?」

某プロデューサー「(作者がBlu-rayで再びシン・ゴジラにハマって政治パート書きたい病になったので)今回の結果は当然のものです」

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