ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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文章を短くして更新頻度上げますといった途端にこれだよ!(前回から3ヶ月後の更新)


血みどろボーイミーツガール

 外周区付近の雑居ビル。廃業になって幾数年の寂れたバーで2人の男女は対峙していた。ドローンによるテロの監視とニュースをチェックするために持ち込まれた小型のテレビは無残にも“真っ二つ”にされ、彼らが寝床にしていたであろうソファーも無数の刀傷で原形を留めていなかった。

 薄暗い部屋の中で小比奈の眼が赤く輝く。彼女の両手には太刀が握られていた。彼女の全身が怒りに震え、太刀もカタカタと鍔から音が鳴る。しかし、その怒りの刃が蓮太郎に届くことはない。右手の太刀は彼女が唯一恐れた“ヤバい女”の殺人刀によって止められ、左手の刃はバラニウム製の義手によって握られていた。

 

「どういうことか説明して。蓮太郎。次の計画でパパをガストレア洗脳に利用するって……」

 

「ああ、そうだ。お前の言う通り、賢者の盾は次の作戦でGVサーヴァンターとして利用する。博多エリアから持ち込んだ分は、ステージⅣを掌握するには出力が足りない。だが、賢者の盾――お前の親父の臓器なら十分な出力を持っている。斥力フィールドのプログラムを変更すれば、GVサーヴァンターとして利用できる」

 

「パパは私のものだ!!お前なんかに渡さない!!」

 

「あれはお前のパパじゃない。ただの斥力フィールド発生装置だ。お前の親父は死んだ。俺がこの手で殺したんだ」

 

「……このおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」

 

 小比奈の眼がピジョンブラッド・ルビーのように赤く染まる。全身のガストレアウィルスが活性化し、彼女の肉体を内面から蝕んでいく。ウィルスが彼女をヒトとしての身体から、彼女が望んだ“戦うための身体”へと変換していく。

 ――しかし、どれだけ力を入れても蓮太郎には届かない。彼は太刀を掴んだまま微動だにすることはなかった。

 

「どうした?単純な力比べになれば、勝てると思ったか?普通の人間の俺よりも呪われた子供である自分の方が遥かに上回っていると――。だから、お前は俺に勝てないんだ。いつまでこんなことを続けるつもりだ?6年だ。もういいだろ。もう十分だろう。いい加減に理解しろ。お前一人じゃ、俺には傷一つつけられない」

 

 蓮太郎は何の前触れもなく義肢の手を開き、殺人刀を退いた。突然、抵抗する力が無くなったことで小比奈はバランスを崩しかけるがすぐに体勢を直し、両手の太刀を蓮太郎に向けて振り抜けた。しかし、手応えが無かった。皮膚を斬る感覚も、肉を斬る感覚も、骨を断つ感覚すら無い。

 

 

 ――違う!後ろ!

 

 

 小比奈が気付いた時には既に遅かった。蓮太郎は彼女の背後に回り、天童式戦闘術の攻の構えを取っていた。

 

 

 

 天童式戦闘術一の型十二番“改” 閃空瀲艶・虹散

 

 

 

 蓮太郎の拳が小比奈の背中に刺さった。蓮太郎の勁力が激痛としてバラニウム義肢を通して小比奈の全身を駆け回る。全身の神経を焼かれ、筋繊維が千切られ、骨を髄から蝕まれるような感覚に支配される。それがそう錯覚させられているのか、本当に自分の全身がそうなっているのか、今の小比奈にはそれを判断する余裕などない。ただ、自分が廃人にならないように耐えることしか出来なかった。

 

「かっ……はっ……」

 

 口から血反吐を吐きながらも小比奈は蓮太郎の一撃に耐えた。両手の太刀を杖のように扱って自分を支える。力を振り絞り、自分の背後にいる蓮太郎に振り向こうとするが、彼の足払いで彼女は仰向けに倒れ込んだ。

 

「今までご苦労だったな。お前は、都合の良い手駒だった」

 

 薄れていく意識の中で、小比奈は蓮太郎を笑った。

 

 

 

 

 ――パパを殺して、私を騙して利用して、邪魔者になった私も倒して、何もかもが上手くいったのに……

 

 

 

 

 

 

“どうしてそんなに寂しそうな顔をしているの?”

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ガストレアによる空港占拠事件で緊張状態に陥った東京エリア。ガストレア討伐を生業とする民警としては事の推移を見守り、行動を起こす準備をしなければならない状況下だった。

 松崎民間警備会社の民警、大角勝典はペアヌイと一緒にファミレスに入ると店員に「2名様で宜しかったでしょうか?」と声をかけられる。昼食時を過ぎた頃だからか、店内は閑散としており、自分たち以外の客は見当たらない。

 

「いえ、連れとの待ち合わせです」

 

 勝典は周囲を見渡し、壮助がどこにいるか探す。喫煙席は除外し、禁煙席側に目を配る。すると、聞き慣れたドスの効いた声と見慣れた顔が目に入った。彼の隣にはイニシエーターの詩乃が座り、壮助の対向に彼曰く「めっちゃくちゃ戦力になる“連れ”」が座っているようだ。衝立のせいでこの位置からは姿が見えない。

 他の会社の民警か、中学時代の喧嘩絡みの人間か、それとも赤目ギャングか、色々と悪い予感を頭に過らせながら、勝典は席の近くまで歩いて“連れ”の姿を見た。

 勝典が驚愕したの言うまでもなかった。その姿を忘れる訳がない。防衛省の一件で彼も“彼女”の姿を見ていた。

 

 ガストレアテロを引き起こした大罪人の共犯者“蛭子小比奈”

 

 自分たちの宿敵がさも当然の如くファミレスで自分の弟分と食事を摂る光景は悪い夢かと思いたかった。

 勝典の隣にいたヌイも小比奈を視認した。その瞬間、彼女は隠し持っていたレイピアを抜き、瞬く間すら無い一瞬の時間で小比奈との距離を詰めた。勝典が気付いた時は既に遅かった。ヌイは土足でテーブルの上に上がりこみ、バラニウム製レイピアを小比奈の前で交差させ、挟むように刃で彼女の首を囲んだ。少しでも力を加えれば、小比奈の胴と首を斬り離すことが出来るだろう。

 

「貴方のことは写真で見せてもらったわ。蛭子小比奈。このまま大人しく、お縄について頂戴」

 

 ヌイは輝く赤い瞳で小比奈を睨みつける。脅しのつもりか、レイピアの刃と刃の間を更に狭くし、小比奈の肌に当たるかどうかギリギリのところにまで間を詰める。

 

「こんな攻撃に対応出来ないなんて、IP序列“元”134位の名が泣くわね」

 

 小比奈はヌイのことを鼻で笑った。

 

「ハズレ。私は“対応できなかった”んじゃなくて、“対応する必要がなかった”から、何もしなかったの。だって――貴方、人を殺したことないでしょ?」

 

 ヌイはぐうの音も出なかった。彼女の言うことは本当のことであり、ヌイは全てを見透かすような小比奈の視線を前に嘘を吐くことができなかった。

 そんな様子を見た小比奈はヌイのことを軽く鼻で笑うと、視線を対面の壮助に向けた。

 

「――というか、壮助。話が違うんだけど?」

 

「別に俺たちは裏切ってねぇよ。このバカ鳥が早とちりしただけだ。おい。バカ鳥。さっさと降りろ。話が拗れるじゃねえか」――と、壮助は片手でグラスのコーラを飲みながら、もう片方の手でヌイのパーカーの裾を掴み、降りるよう促すために下に引っ張る。

 

「バカバカうっさいわね!敵の顔を忘れるバカに言われたくないわよ!何で写真見ただけの私がしっかり覚えていて、生で見たアンタが忘れてるのよ!?ってか、服引っ張らないで!伸びるじゃない!」

 

「別にいいだろ。これから鉄火場に首つっこんでボロボロになりに行くんだから」

 

「なんでボロボロになること前提なのよ!」

 

 壮助との口論で感情がヒートアップするヌイだったが、詩乃が彼女の指をつんつんと突く。ヌイは「ひゃうっ!」と可愛らしい声を上げると、頬を赤らめて詩乃の方を向く。

 

「し、詩乃様」

 

「ヌイ。降りて。足が邪魔でメニューが取れない。あと、この件はちゃんと説明するから、小比奈は殺さないで」

 

「は……はい」

 

「お前、まだ食うつもりかよ」

 

 ヌイは納得いかないと思いつつも詩乃の言葉に従って、テーブルから降り、バラニウム製レイピアをホルダーに収めた。

 壮助たちのテーブルが暗くなる。何か大きなものが天井のライトを遮ったからだ。随分と体格の良いウェイトレスでも来たのかと思って一同が通路側を振り向くが、そこにいたのは筋骨隆々の民警だった。

 

「さて、これはどういうことか、説明してもらうぞ」

 

 勝典の視線が壮助に向けられる。190cmもある筋肉要塞な大男に上から向けられる視線は、仮に本人に威圧する意思が無かったとしても自然と相手を圧倒する。無論、勝典はそういった自分の特性を理解している上で壮助を問い詰めた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 時は遡ること4時間前。

 蓮太郎の行方を捜すため、壮助は“情報屋の友達”を頼って15区に来ていた。居酒屋や風俗が立ち並び、夕方なら会社帰りのビジネスマンで賑わう繁華街。昼前となると閑散としており、ほとんど人を見かけない。

 

「なぁ。詩乃。本当に付いて来るつもりか?」

 

「うん」

 

「せめて、手を離してくれないか?」

 

「駄目。逃げるでしょ」

 

「もう逃げねえし、仮に俺が逃げたところで、お前から逃げきれると思うか?」

 

「勿論、壮助は逃げきれないし、私も逃がすつもりは無いけど、それでも駄目」

 

 珍しく詩乃が子供っぽい我儘を言っている。そのことに壮助は年相応の彼女を見られて微笑ましく思い、腕に触れる温かさと柔らかさを感じている反面、どうやって彼女を振り解こうかと必死に思考を巡らしている。

 

「何度も言うけど、お前を情報屋のところに連れて行きたくないんだよ」

 

「どうして?」

 

「どうしてって、そりゃあ……」

 

「“そりゃあ”?」

 

「パイオツがカイデーなねーちゃんがいるお店がたくさん集まったビルに行くからだよ」

 

 壮助が情報屋のところに詩乃を連れて行きたくなかった理由、それは、これから行く場所が詩乃の教育上かつ精神衛生上とても悪い影響を与える場所だったからだ。これから行く情報屋は風俗ビルを拠点にしている――というより、複数の風俗店のオーナーをやりながら、副業として情報屋をやっており、いくら戦場を渡り歩いて達観した彼女とはいえ、まだ13歳の少女をそういう場所に連れて行くのは抵抗があった。

 

「ちなみに聞くけど、今回で情報屋のところに行くの何回目?」

 

「昔、風俗嬢のストーカーを撃退する仕事してから、何度も来ているからもう分かんねぇ。30回くらい?」

 

 詩乃の握力が強くなり、壮助の腕をギリギリと締め潰していく。

 

「あれ?詩乃?どうして握力強くなってんの?痛いんだけど!骨折れそうなんだけど!」

 

「ちなみに聞くけど、そこでパイオツがカイデーな女の人と仲良くなったりした?」

 

「な、なってないぜ。だって昼間に来てるから、情報屋やってるオーナーと清掃係のおっちゃんぐらいしか会わねえし」

 

「本当に?」――と詩乃の握力が更に強くなる。

 

「マジ!マジのマジ!!」

 

「本当は嬢と会っていて、一晩の過ちとかアバンチュールとかズッコンバッコン大盛りみたいなことは無かったの?」

 

「ないです!ないです!!ストーカー撃退だって被害者と直接会ったことないし!ストーカーボコ殴りして脅してハイ終了!って簡単なお仕事だったし!」

 

「そっか。じゃあ許す」

 

 詩乃はこれ以上ないくらい満面の笑みを浮かべると握力を弱めて、再び纏わり付くように壮助の腕に抱き付く。

 

「もしムラムラしたら、遠慮なく私を性欲の捌け口に使ってね」

 

「いや、ごめん。それはない」

 

 これほどまでに真顔なNo thank youがあっただろうか。壮助としては「今、お前に手出したら年齢的にアウトだし。犯罪だし。俺ロリコンじゃないし」という意味での拒絶だったが、詩乃には別の意味で受け取られていたようだ。

 

 

 

 彼女の眼が赤く輝いた。

 

 

 

 

 閑散とした歓楽街に一人の男の悲鳴が響いた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 壮助は目的の風俗ビルに辿り着いた。何とか詩乃を説得して彼女をビルの向かいにあるコンビニで待機させることに成功した。

 

「あ~。糞痛ぇ。詩乃の奴、いきなり殴りやがって……」

 

 彼女の左ストレートを顔面に受けた壮助は目を半開きにしながら、ビルの裏口から入り、屋内の階段を使って情報屋がいる2階の事務所に向かう。

 半分の段差を上り、折り返してもう半分の段差を登ろうとした時、壮助は視線を感じた。顔を上げると、上の段に黒いドレスの女が立っていた。背丈は自分より低そうだが、彼女が上の段にいるため顔を上げることでようやくその顔を視界に入れることが出来る。詩乃に殴られたせいでぼんやりとしていた視界の右側がハッキリと見えるようになり、目の焦点が合った。

 

「見ぃつけた♪」

 

「ひ、蛭子小比奈」

 

 会いたいとは思っていた。情報屋を頼ってまで居場所を突き止めようとしていた人間が自分からやって来たのだから、普通なら僥倖と思えるだろう。確かに壮助はそう思っていた。情報屋を訪ねる手間が省け、情報料という出費をなくすことができた。しかし、それと同時に命の危機を感じていた。イニシエーター無しでIP序列“元”134位のイニシエーターにして快楽殺人鬼である彼女とこんなところで遭遇してしまう不幸を噛みしめていた。

 

 ――ああ、クソッタレ。詩乃を置いて来るんじゃなかった。

 

 後悔してももう遅い。彼女を置いて来る判断をしたのは自分であり、ここで敵と遭遇する緊急事態を想定せず、外で待機している詩乃を呼ぶ方法も自分は考えていなかった。

 ここは何とか時間を稼いで、詩乃を呼ぶ方法を考えるしかなかった。

 

「見つけたって、まるでアンタが俺を探してたみたいな口ぶりだな」

 

「その通りだよ。え~っと……名前なんだっけ?」

 

「義搭壮助」

 

「へぇ……。そういう名前なんだ。じゃあ、壮助って呼ぶね」

 

「随分と馴れ馴れしいな。俺たち、敵同士だったと思うんだけど?」

 

 壮助は小比奈を警戒するが、武器は全てガンケースの中に入れてしまっている。ケースを開けて中の武器を取り出す隙を彼女が与えてくれそうにもなく、ただ身構えることしか出来なかった。

 

「そうだね。確かに昨日の朝まで…………、私と壮助は敵同士だった」

 

「だった?今は違うって言いたいのかよ」

 

「勿論……。今の壮助と私は同じ目的を持ってる。ちなみに聞きたいんだけど……、蓮太郎を追う気はまだある?」

 

「当たり前だろ。あいつには色々と聞かなきゃならねぇことがあるし、防衛省での借りもまだ返してねえ」

 

「それは良かった。じゃあ、私たちは一時的にだけど仲間に……なれるね」

 

「何言ってんだよ。お前、あの仮面野郎の仲間だろ。あいつを裏切る気なのか?」

 

「違うよ。私が蓮太郎を裏切るんじゃなくて、私が蓮太郎に裏切られたの」

 

 小比奈の口から飛び出た言葉に壮助は驚いた。彼女と蓮太郎の影胤にまつわる関係を知っていれば2人の仲間割れは当然のことだったが、蓮太郎から彼女を裏切る形になるとは思いも寄らなかった。

 

「それは、どういうことだ?」

 

「まぁ……色々と…………説明したいんだけど……」

 

 小比奈の身体がユラユラと左右に揺れる。よく見ると彼女の目は閉じかけており、顔も上を向いていた。意識が朦朧とし、途切れるか否かの境を彷徨っていた。そして、彼女は意識を失い、バランスを崩した身体は前方へと倒れかけた。

 

「えっ。ちょっと待て。おい!」

 

 壮助は思わず階段を上り、小比奈の身体を受け止める。

 

「ご飯ちょうだい。あと、お風呂……」

 

彼女の身体は普通の少女のように軽く、その身体と衣服には血の匂いが濃く染みついていた。




当初、彼女を登場させた時は「身体だけ大きくなった幼い狂人」というコンセプトだったのですが、本作を書いている間に私の中における里見蓮太郎と蛭子影胤の解釈が変化し、それに伴って小比奈も単なる狂人キャラではなく、正気と狂気を持ち合わせたキャラクターに変化していきました。

影胤を傍で見続け、蓮太郎を傍で見続け、第一章の中心であり根幹である蓮太郎のことを一番理解している彼女が、どうして数ある民警の中から壮助に接触したのか。
後々、語ることが出来ればいいと思っています。

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