ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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凄く久々にバトル回を書きました。


片桐兄妹

 東京エリアの沿岸部を一望できる高速道路で、片桐玉樹は愛機のハーレーダッビッドソンを停止させ、双眼鏡でガストレアが群がるアクアライン空港を眺めた。

 埋立地の人工島はガストレアだらけになっているが、ガストレア達はまるで人間の警備員のように決まった配置に付き、それぞれの持ち場を監視している。統率されたガストレアの群れは第三次関東会戦を思い出させる。数こそ関東会戦の10分の1以下で、東京エリア側が投入できる戦力は関東会戦以上だが、人間の知恵と悪意を持った統率者の存在が東京エリアを勝利から遠ざけて行く。

 玉樹は一通りアクアライン空港を一望すると、彼の懐が振動で震える。携帯電話のバイブレーションによるものだと思われる。玉樹が鬱陶しく思いながら懐から“衛星電話”を取り出す。絶滅寸前の黒いガラケーで、厚いボディが古めかしく感じる。

 

「よう。あんたか。今更、何の用だ?」

 

 玉樹は話し相手のことを快く思っていないようで、段々と眉間に皺が寄っていく。

 

「全部お見通しって訳かよ。だったら、何故止めなかった?戦力が減るのはあんたにとって都合が悪いだろ」

 

『――――――――』

 

「そういうことか。俺は自分勝手に動いていたつもりが、まんまとあんたの策に乗せられていたんだな。どうせこんな状態だ。あんたに従わないと空港にも入れないんだろ?」

 

『――――――』

 

「良いぜ。ピエロを続けてやるよ。で、次はどう踊れば良いんだ?」

 

 

 

 *

 

 

 

 自衛隊に足止めされ、高架下の駐車場で2組の民警+テロリスト1名はワゴンを囲むように立って武器を構え、周囲を警戒していた。

 詩乃と小比奈が敵を察知して警戒してから数分、未だに姿を現さない敵に壮助は苛立ちを覚え始めていた。

 

「さっさとかかって来いや!ボケが!!ビビってんじゃねえぞ!ゴラァ!!そっちが来ないなら、こっちから行くぞ!ヘタレ!」

 

「うわぁ……。ガチヤンキー」

 

 ヌイがドン引きするのも厭わず、壮助は見えない敵に対してありったけの罵詈雑言を吐き出す。彼の怒号は金網や柱を通り抜けて響き渡る。しかし、一通り叫び終わった後、壮助は急に冷静になった。

 

「こんだけ言ったのにまだ出て来ねえか。いっそのこと、グレネード乱射して炙り出すか?」

 

 壮助は司馬XM08-AGの下部に取り付けたグレネードランチャーの引き金に指をかけ、柱の影に照準を合わせる。どの柱に撃ち込もうか選んでいると、アイアンサイト越しの視界に人影が映った。

 

「おい。マジかよ……」

 

 “彼”の姿を見て、壮助の口から最初に出た言葉だった。

 くすんだ金髪にピアス、亜麻色のサングラスをかけたチンピラ然とした男だ。黒のカーゴパンツとフィールドジャケット、コンバットブーツとハーフフィンガーグローブといった彼の服装は威圧的であり、筋肉質な体格が壮助との格の違いを見せつけていた。

 片桐玉樹――序列451位。約10万組いる民警の上位0.5%の階層にいる男だった。

 

「あんたのこと、雑誌で見たことあるぜ。片桐玉樹。東京エリア民警のトップランカーが何の用だ」

 

「別に。何の用もねぇよ。ただ、目の前をウロチョロする蝿を叩き潰しに来ただけだ。せいぜいウォーミングアップの相手ぐらいにはなってくれ」

 

「ウォーミングアップだぁ?防衛省で瞬殺された癖によく言うぜ」

 

「瞬殺されたのはてめえも同じだろうが」

 

 2人の金髪ヤンキーが互いの感情を煽り合い、視線の間に火花が走る。獣のように睨みつける壮助に対し、玉樹はその体格差から来ているのか壮助ほど感情を露にせず、余裕を見せている。

 

「片桐。さすがにこんな事態になってまで報酬独占にこだわる理由は何だ?」

 

 勝典が構えた大剣を下ろし、玉樹の方を向く。顔見知りである彼は、戦う意思ではなく、対話し、交渉する意思を示した。しかし、玉樹の態度は変わらない。

 

「報酬?別に報酬なんてどうでもいい。俺は、この手で里見蓮太郎をぶっ殺したいだけだ。誰にも手出しはさせねえ。俺とあいつの戦場に邪魔者はいらねえ。お前らも死にたくなかったら、さっさとそこの共犯者を警察署に放り投げな。そんで大人しく、そこらの雑魚とアジュバント組んで、自衛隊の残飯処理で小銭でも――

 

 

 

 ――ドォン!!

 

 

 

 玉樹が言葉を吐き終える前に、1発の銃声がなった。突然の銃口に全員がぎょっとし、この中で唯一銃を持っている人間、そしてこんな状況でも躊躇いなく引き金を引くであろう人間に視線を向けた。

 

「ガタガタうるせぇんだよ。あんた邪魔だ」

 

 全員が察した通り、壮助の司馬XM-08AGの銃口から硝煙が上がっていた。玉樹の足元には壮助が放った弾丸がめり込んでいた。照準がずれたわけではない。あえて着弾地点を外していた。

 勝典は頭を抱えてため息を吐く。

 

「はぁ。やっぱりそうなっちまうか。同業者潰しは好きじゃないんだがなぁ……」

 

「仕方ないじゃん。相手もやる気満々だし。どうする?」

 

「前衛・後衛。どっちも出来るように準備しておけ。まだ姿を現さないイニシエーターが気がかりだ。兄貴の方は義搭たちに任せよう」

 

「分かったよ。勝典。けど、心配するほどでもないでしょ。向こうは1組。こっちは馬鹿がいるけど2組だし、加えて元134位もいるんだよ。楽勝♪楽勝♪」

 

「え?私、戦わないけど」

 

「「はぁっ!?」」

 

 勝典とヌイは驚嘆した。この中で壮助と1.2を争う闘争本能の塊だと認識されていた小比奈が「戦わない」と発言したのだ。今にも玉樹を斬り殺すんじゃないかと思われていた彼女がそんな発言をするとは思ってもいなかった。それどころか、彼女は抜いていた二振りの太刀を鞘に戻し、ワゴンに寄っかかってリラックスしていた。

 

「だって、この戦い。私達、完全に蚊帳の外だし」

 

「は?何それ。どういうこと?」

 

 ヌイが小比奈に疑問をぶつけるが、彼女は答えてくれなかった。

 

「作戦会議は済んだか?」

 

 一同が頷く。

 

「じゃあ、踊ろうぜ!せいぜい楽しませてくれよ!ボーイ!!」

 

 玉樹は腰のホルスターからマテバモデロ6ウニカを引き抜き、3発の弾丸を放つ。

 勝典、ヌイは咄嗟にワゴンやコンクリートの柱の陰に隠れて銃撃から身を隠す。

 しかし、逆に詩乃はワゴンの上から前に飛び出した。着地すると足で慣性を殺し、舞うように槍を振り回し、玉樹のマグナム弾を受け止めた。赤目の子供でも使用が困難とされる純バラニウム製の重槍“一角”の質量に当てられたマグナム弾は槍の表面で潰れ、情けなくも潰れた弾頭がポロポロと零れ落ちる。

 そこから間髪入れず、詩乃は目を赤く輝かせ、一気に前方に跳躍した。助走をつけることなく、1秒足らずで玉樹との距離を詰める。その瞬間、詩乃の近くで爆弾が爆発し、彼女めがけて釘や杭が飛んでくる。ワイヤートラップの類だが、彼女はそれを気に留めず、真っ直ぐと玉樹に向かっていく。

 詩乃は玉樹の首めがけて一角の先端を突き出した。対ガストレア戦闘を想定した巨大な槍、その刃を人間に使えば胴を容易く貫き、上半身と下半身を軽く分断してしまうだろう。

 だがそれは、“彼女の槍が玉樹に届けば”という前提の上で成り立つ話であった。

 詩乃の槍が玉樹に届くことはなかった。玉樹はそこから1歩も動いていない。ポケットに手を入れ、堂々と詩乃を待ち構えていた。しかし、彼女の槍は玉樹の首まであと30センチのところで止まり、そこから前進することも後退することもなかった。いや、出来なかった。

 今の彼女はマリオネットだ。全身に糸が絡みつき、自分の意志で手足を動かすことが出来ない。さながら蚕の繭のようだ。

 

「とんだ戦車ガールだ。せっかく仕掛けたトラップを全部作動させやがって」

 

 あと一歩だった。普通ならそう悔しがるところだったが、何故か詩乃の口角は上がっていた。上手くいったと言わんばかりに、まるで勝利を確信したかのように口元が緩んでいた。

 

「何がおかしい?」

 

「これで、罠は全部なんだね」

 

 玉樹は彼女の意図を理解した。このイニシエーターは無闇に突っ込んで馬鹿みたいにワイヤートラップにかかったのではない。わざと罠にかかり、進路上の全てのトラップを作動させた。自分の後ろに続くプロモーターが通る安全で確実な通路を作るために――。

 玉樹が気付いた瞬間、壮助が詩乃の背後を飛び越えてきた。30センチ近い刃渡りの黒いサバイバルナイフを逆手に握り、玉樹に斬りかかる。玉樹は間一髪のところで壮助の斬撃を回避し、仕切り直しのために後方に下がって距離を置く。

 玉樹から隠すように壮助が詩乃の前に立つ。

 

「詩乃。動けるか?」

 

「動けると思う?指先一つ動かないよ」

 

「じゃあ、そこで観戦しててくれ。さっさとあいつぶっ殺すから」

 

 壮助はナイフを構えると、一気に玉樹との距離を詰めた。序列451位の前衛型プロモーターに肉弾戦を挑んだ。

 

 

 

 

「玉樹相手に肉弾戦かよ。相変わらず無茶なことをしやがる」

 

 まだ姿を現さないイニシエーターを警戒して動かなかった勝典とヌイは、序列の差を恐れない滅茶苦茶な戦い方をする義搭ペアを見て思わず舌を巻いた。

 

「ヌイ。義搭が引きつけている間に糸を切れ。イニシエーターに警戒しろ」

 

 それぞれ別の支柱の陰に隠れていた勝典とヌイが飛び出す。ヌイは2本のレイピアを持って真っ先に詩乃の下へ向かい、勝典はイニシエーターがヌイの邪魔をしないように牽制目的で個人携行火器MP7A1を構え、周囲を警戒する。

 しかし、2人の増援が詩乃に届くことはなかった。ヌイが踏み込んだ瞬間、足を“何か”に絡めとられて勢い良く顔面から地面に転げる。彼女は立ち上がろうとするが、足は白い粘着質の物体によって地面に固定され、それから抜け出すことが出来なかった。勝典はヌイの異変に気付き、彼女を助けようとするが、目の前に“誰か”が飛び降りてきて、彼の進路を封じ、グロック26の銃口を向ける。

 勝典の目の前に降りた少女は、見慣れた顔だった。

 波のようにうねるセミロングの染められた似非金髪、胸元が大きく開けられた全体的に黒エナメルの服とスレイブチョーカー。彼女のファッションセンスは「私が片桐玉樹の妹です」と言わんばかりに似通っていて、彼女が誰であるか語る上にとてつもない説得力を持っていた。

 

「よう。片桐妹。まさか、お前までこんなくだらない戦いに参加するとは思ってなかったぞ」

 

 勝典は銃を捨て、両手を上げて、降参のポーズをとる。彼はこの戦いを諦めていた。四方を建造物に囲まれた空間は片桐兄妹が最も得意とする戦場だ。クモの因子を持ち、糸で無尽蔵のワイヤートラップを作成する弓月とトラップだらけの限られた空間で最大限の破壊力を発揮する玉樹は東京エリアの民警でトップクラスの連携を誇る。

 ここは片桐弓月が支配し、玉樹が破壊する空間。勝典たちに勝ち目など無かった。

 

「くだらない戦いってことには同意するわ。兄貴の趣味のせいで、する必要のない戦いをやっているんだから」

 

 

 

 

 弓月が大角ペアを無力化している間、壮助と玉樹の肉弾戦が続いていた。

 壮助は縦横無尽に動き、常に玉樹の死角を狙う。ナイフを持っているが、それの威力やリーチに頼らず、喧嘩の中で培った我流の格闘術で攻めて行く。玉樹に一息吐く間も与えない。しかし、戦歴の差と体格の差なのか、壮助の攻撃が尽く防がれ、回避される。逆に一瞬でも隙を見せればカウンターで彼の拳が飛んでくる。一撃でコンクリートに穴を開ける彼のストレートを人体が受ければ、まず無事では済まないだろう。相手の動きを読み、確実に回避することを前提とした戦闘を壮助は強要されていたが、玉樹がボクシングに近いスタイルで戦い、正攻法の手本のような戦い方をしていたのもあって彼の攻撃は予測が出来た。

 一方で、玉樹は壮助の攻撃をやり過ごしながらどこか違和感を覚えていた。動き回りながら相手の死角を探り、狙う――それは体格差で劣る者が体格差で勝る者に対抗する常套手段だ。しかし、玉樹は壮助の攻撃後の判断の早さが気がかりだった。攻撃を防がれたり、回避されたりした後の対応が早過ぎる。反射神経の早さだけでは説明できない。まるで、“最初から攻撃を防がれることを前提に動いている”ようだった。

 

 ――このガキ。どういうつもりだ?

 

 壮助は玉樹のボディブローを紙一重で躱すと、腕と脇腹で挟み込んだ。そして、もう一方の手に持っていたナイフの切っ先を挟み込んだ腕に向けるが、手首を玉樹に掴まれて刃は届かなかった。互いが互いの腕を抑え込み、組み合った状態で動きが止まった。

 

「今のはヒヤッとしたぜ。ファッキンボーイ。この腕は大事な商売道具だ。オレっちを失業させるつもりか?」

 

「失業したら、お詫びにウチの事務所の下にあるゲイバーのバイトでも紹介してやるよ」

 

「そいつは御免被るぜ!」

 

 玉樹の腕に更に力が入る。右腕は壮助の拘束から逃れようと無理やり脇腹の拘束をこじ開け、手首を抑えていた左腕は握力が高まり、壮助の手首を骨ごと握り潰そうとする。

 壮助は苦悶の表情を見せるが、玉樹の腕から逃れる術がなく、痛みに耐えるしかなかった。

 

「オレっちの勝ちだ」

 

「いいや、あんたをここに立たせた時点で、“俺達”の勝ちだ」

 

 痛みに耐えながらも壮助は勝利を確信し、苦悶の中で笑みを浮かべた。玉樹は、彼の言葉と表情の意味を理解したが既に遅かった。

 

 

 

 ――バァン!!

 

 

 

 高架下の駐車場に1発の銃声が響いた。その瞬間、玉樹の全身から力が抜け、彼はその場に倒れる。全身の激痛と途切れそうな意識の中で玉樹は首を動かし、背後に視線を向ける。その先には、全身を糸で拘束されながらも唯一動く左手首で散弾拳銃タウルス・ジャッジを握り、硝煙の上がった銃口をこちらに向ける詩乃の姿があった。

 

 ――ああ。そういうことか。こいつら、最初からこれが狙いだったのか。

 

 詩乃が弓月のトラップで拘束され、壮助が詩乃の背後を飛び越えて玉樹に斬りかかった時、壮助は玉樹から隠すように詩乃の前に立った。嘘の会話で玉樹に「詩乃は指先一つ動かせない」=「戦力にならない」という嘘の情報を与えつつ、詩乃に腰の真後ろに挿したタウルス・ジャッジを引き抜かせた。その後、壮助は息も吐かせぬ肉弾戦で玉樹の意識を自分に集中させ、詩乃に銃を持たせたことを隠し通す。それと同時に防がれる・回避されることを前提とした攻撃で玉樹を誘導し、詩乃が銃で玉樹を狙える位置(キルポイント)まで彼を動かし、無防備な背後から彼を撃った。

 銃声の直後、全員が静まり返り、自然音だけが響く高架下の駐車場でドスンと玉樹がうつ伏せに倒れる音がした。

 勝典にグロックを向けている弓月は玉樹の方を振り向いた。銃口は勝典に向けられたままだったが、彼女の意識は既に玉樹の方を向いていた。

 

「そっちが仕掛けないなら、俺達はなにもしない。早く兄貴のところに行け」

 

 勝典がそう諭すと、弓月は銃を降ろし、詩乃と壮助のことを無視して一目散に玉樹の下に駆け寄った。

 

「そんな……。だって、こいつらの実力を試すだけって言ってたじゃん!何で……何で、こんなところで!!」

 

 弓月はうつ伏せに倒れる玉樹の近くで膝をつき、動かない彼の身体を揺さぶる。唯一の肉親の死を受け入れられない彼女は、必死に玉樹を起こそうと彼を揺さぶる。しかし、玉樹がそれに応えることはない。彼女の目から涙が零れ、玉樹のジャケットを濡らしていく。弓月が兄の死を受け入れた瞬間、空気が震えた。イニシエーターだとか、序列451位だとか関係ない。肉親を失った16歳の少女の悲痛な叫びが響き渡った。

 

「ねぇ……。嘘よね?笑えない冗談だよ……。兄貴!ねえ!起きてよ!目を開けてよ!!冗談だって言ってよ!!……嫌……嫌!!私を置いて逝かないで!私を独りにしないで!起きてよ!!兄貴いいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ。壮助。なんか反動が軽かったんだけど」

 

「当たり前だろ。ギリギリまで火薬を減らした“非殺傷性のゴム弾”なんだから」

 

「え?」

 

 

 

 

 

「痛ええええええええええええええええ!!てめえ!なんてもん撃ち込みやがる!オレっちを殺す気か!」

 

 塩をかけられたナメクジのように玉樹がのたうち回る。よく見ると彼の服に穴は開いておらず、血も出ていない。ジャケット越しに伝わった弾丸の衝撃が彼を気絶させたようだ。

 ゴム弾とはいえ、本物の銃から放たれた弾丸だ。それでたった数分の気絶と「痛い」の言葉だけで済ませる玉樹の異様な丈夫さに壮助は驚いた。彼が本当に人間かどうか疑ってしまう。

 一通りのたうち回った後、玉樹は立ち上がって服に付いた埃や砂塵を振り払う。そこで、彼は弓月が自分にしがみ付いていることに気付く。目元は濡れて赤くなり、化粧も涙で落ちていた。

 

「あれ?マイスウィート?何で泣いてるんだ?もしかして、オレっちが死んだと思った?」

 

 玉樹のとぼけた反応に弓月は恥ずかしさのあまり俯いた。兄が死んだと勘違いして、醜態を晒したこと恥ずかしさのあまり、彼女の耳が赤くなり、口から声にもならない声が漏れだす。

 

「こんの……バカ!バカ!バカ!バカ!バカアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 弓月がポコポコと玉樹の胸元を殴る。妹が兄の胸元に顔をうずめて叩く光景は微笑ましいが、感情を抑えきれないのか、彼女は赤目の力を発揮した状態でそれを続けている。その拳一つ一つに呪われた子供としてのパワーが乗っかっており、弓月に叩かれるほど玉樹の顔が青ざめ、終いには吐血していた。

 

「おい。その辺にしておかないと、お前の兄ちゃんマジで死ぬぞ」

 

 さすがにまずいと思って壮助は弓月を止めようとするが――

 

「お前も死ねやああああああああああああああああああ!!」

 

「え!?俺も!?」

 

 弓月の右ストレートが顔面に直撃し、空中で回転しながら数メートル吹っ飛ばされた。

 警戒する猫のように弓月は「ふーっ!ふーっ!」と唸る。噴き出る感情の矛先を求めて周囲を見渡す。彼女の目に玉樹を撃った張本人、詩乃の姿が映った。

 

「え?私も?」

 

 ゴン!!

 

 弓月の拳が詩乃の頭に振り落とされる。糸で拘束されて動けない詩乃は弓月の拳を受け、頭が揺さぶられる。

 

「痛ったあああああああああああああああああ!!!」

 

 弓月が詩乃を殴って手を押さえて地面に転がる。どうやら、彼女の拳より詩乃の頭の方が硬かったようで、手の痛みに耐えられず、服が汚れることお構いなしに地面を転がる。

 

「ひひひひひっ……ふっふっふっふ……」

 

 目の前の状況が面白かったのか、小比奈はワゴンに顔を埋め、笑うのを堪えていた。

 

「勝典。何これ?どういう状況?」

 

「知らん。俺に聞くな」

 

 勝典とヌイは暴れ回る弓月とノックアウトされた玉樹と壮助の光景に唖然とするしかなかった。




おまけ

高校のクラスメイトに聞いてみた片桐弓月の評価

男子たちのコメント
「ギャル。マジでギャル」
「性格きつい。臆面なく色々ド直球に言ってくる」
「怖いけど、実はすごく優しくて良い人」
「透けブラ見えた。エロい。マジエロい」
「罵られながら踏まれたい」
「おっぱいでかい。揉みたい」

女子たちのコメント
「凄く頼れるみんなの姐御」
「私もあんな風に強くなりたい」
「制服着崩さないで!校則違反です!」
「バスケ部来て~!」
「かっこいい。弓月お姉様になら抱かれてもいい」
「ホラー映画苦手なの隠しているつもりだけど、実はみんな知ってるよ」

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