※セリフの意味については、本編をお読みください。
玉樹と壮助をノックアウトし、詩乃の石頭に悶絶した弓月は落ち着きを取り戻した。今は、糸に巻き付けられて繭の様になった詩乃にスプレーを吹きかけている。クモの糸を構成するタンパク質を変性させる薬剤が入っているのだろうか、詩乃が少し力を入れると、スプレーを吹きかけられた糸は砂糖菓子のように簡単に崩れた。
詩乃は糸から解放されると、猫のように固まった身体を伸ばした。弓月のことは完全に敵とみなしていないようで完全にリラックスしている。ついでと言わんばかりに身体に刺さった杭や爆弾の破片を指でつまんで取り除いていく。破片を摘まみ取ると皮膚に穴が開き、少し血が出るか呪われた子供の自己再生能力であればすぐに塞がる程度だった。
服についたゴミを取り払うように自分の身体に刺さった異物を取り除く詩乃を見て、弓月はため息を吐く。
「まったく、あんたも無茶をするわね。兄貴に『相手を傷つけるな』って言われていたから、殺傷性の低い罠ばかり用意したけど、私達が本気だったらどうするつもりだったの?」
「それでもやることは変わりません。壮助が『やれ』と言ったら、私は実行するだけです」
「……。それって、わざと罠にかかって道を作れってあいつの言われたの?」
「いえ、壮助は貴方のお兄さんを潰すと言っただけです。私は壮助の言葉を嘘にしないためにプランを練って、壮助が片桐玉樹を潰せる状況を作るために実行するだけ」
弓月が詩乃の言葉から感じ取ったものは機械のような冷たさだった。森高詩乃は義搭壮助を信頼しているわけではなく、服従しているわけでもなく、忠義立てしているわけでもない。
“森高詩乃というAIを搭載した機械が果たすべき役目を果てしている。”
ただそれだけのように見えて仕方が無かった。彼女が自らの使用者として義搭壮助を選んだ理由も聞きたかったが、話が長くなりそうなので、これ以上の詮索はしなかった。
「これからどうするんですか?」
詩乃に聞かれたことで弓月は自分たちの目的をはっと思い出す。
「兄貴―!こいつら合格で良いよねー!?」
弓月が振り向いた先には散弾(ゴム)を撃たれた背中をさする玉樹とそれを傍で見守る壮助の姿があった。つい先ほどまで拳銃とナイフを向けて殺し合っていた二人だが、今はヤンキー風の見た目から兄弟のようにも見える。
「納得はいかねえが、手を抜いていたとはいえ、負けは負けだ。お前ら全員、合格だ。オレっちが空港に連れて行ってやるよ」
玉樹は決め台詞を言ったつもりなのか、自信満々に親指をグッと立てて自分に向ける。しかし、そこから喝采や賞賛の声は上がらなかった。義搭ペアも大角ペアも小比奈も何がどうなっているのか分からず、ただ閉口していた。
勝典が発言前にゆっくりを手を上げる。
「なぁ。片桐。防衛省の一件に関わった民警を片っ端から潰してきたお前が、今度は俺たちを空港に連れて行くって言うのは、どういう料簡だ?」
「事情が変わったんだよ。さっきお前達に言ったように俺はあいつとの一騎打ちを望んでいた。その状況を作るために他の民警を潰して回っていたんだが、蓋を開けてみるとこの有様だ。数百体のガストレアを従えて来るとか想定外にも程があるぜ。今じゃ現場の主導権は聖居と自衛隊が握っていて、民警はアジュバントを組んで、自衛隊の残飯処理ぐらいしかやることが無ぇ。――――まぁ、一部を除いてな」
壮助と勝典は「どういうことだ?」と問おうとしたが、2人が問いかける前に弓月がそれに答えた。
「私達は東京エリア民警のトップランカーよ。色んなところにコネがあるし、今回の一件でも既に空港に行く手筈は整ってるの。ただ、案内役から条件を付けられてね。それが、『アジュバントを組め』って内容だったのよ。最初は朝霞とティナを呼ぶ予定だったんだけど、朝霞は札幌エリア出張から戻って来ないし、ティナもずっと海外を飛び回ってて東京エリアに戻って来れないみたいなの。そしたら、案内役が私達に釣り合う民警をピックアップしてくれたら……」
「それが、俺達だったのか」
「そう。大角たちとは何度か一緒に仕事をしたから、実力は知ってるけど、そこの義搭ペアは(悪い)噂しか知らなかったからね。だから、一芝居打ったってわけ」
「なるほどな。大体の事情は分かった。で、どうやって行くんだ?」
勝典が弓月に向けた質問を弓月は玉樹に流す。どうやら、彼女も全容を知らされていないようで、自分では答えられない部分を玉樹に投げた。
「まぁ、ぶっちゃけ、どうやって空港に行くのかはオレっちも知らねえ」
全員が唖然とする中で、玉樹は懐から黒い衛星電話を取り出した。
「だから、詳しい話は、これを仕組んだ奴に聞け」
玉樹がボタンを1回だけ押すと、呼び出し音が鳴る。片桐ペアvs義搭ペア・大角ペア(おまけにテロリスト)の戦いを仕組んだ仕掛け人に繋いでいるようだ。呼び出し音が鳴り終わると、玉樹は電話を耳に向けた。
「よう。片桐だ。こっちは終わった。あんたの言った通りのメンバーで――」
玉樹が言葉を言いかけた。途中で小比奈の方をチラッと見ると話を続けた。
「――あんたの言ったメンバーと1人追加で行く。誰かは言う必要ないだろ」
『――――――』
「分かった。これからそっちに向かう」
玉樹がふと目を向けると、壮助が眉間に皺を寄せて視線を玉樹に向けていた。何か言いたそうだった。玉樹は企むような笑みを浮かべる。
「あ~、あと、あんたが推薦してくれた義搭が何かに言いたいことがあるそうだ」
玉樹はそう言うと壮助に衛星電話を放り投げる。壮助は一瞬、落としそうになるが何とかキャッチすると、衛星電話をトランシーバーのように口に向けて、大きく息を吸い込んだ。
「このクソッタレエエエエエエエ!こんな忙しい時に迷惑な民警けしかけやがって!こっちは実弾撃ち込まれるわ、詩乃が糸でグルグル巻きになるわ、大変だったんだぞ!!今回の件で浪費した銃弾とワゴンの修理代はキッチリそっちに請求してやるからな!!終わったら覚えてろよ!!ゴラァアアアアアアア!!!!」
壮助の怒涛の叫びを聞きながら、勝典は頭を抱えてため息を吐き、ヌイはちゃっかりお金を貰おうとする壮助を「うわ。セコい」と評した。
壮助が叫び終えると、高架下に片桐兄妹の笑い声が響き渡る。2人は腹を抱えて笑っており、玉樹に至っては笑い過ぎて上手く呼吸が出来なくなるくらい笑っていた。
「ははははははは!!こいつ!マジで!マジで言いやがった!!」
「あんたサイコー!!」
壮助は2人が笑っている理由が分からなかったが、今は言いたいことを全て言えて清々しい気分だったので、特に気にすることはなかった。
「言っておくけど、その電話の相手、聖天子だぞ」
玉樹の言葉を聞いた瞬間、壮助は血の気が引いて、顔が真っ青になった。
*
安全保障会議でテロに対する初動対応に関する会議が終わった後、聖天子は聖居の執務室で、一息ついていた。東京エリアという国家の頂点に立つ彼女が意思決定という役割を終えた今、対応は彼女が信頼する下の者達が意思を現実にするために事を進める段階に入っていた。しかし、ただ大臣たちが事を上手く進めるのを祈ってばかりでいられるほど、聖天子は放任主義者ではなかった。
彼女は独自のルートで民警と連絡を取り、彼らを中心としたアジュバントを結成することにした。ガストレアの群れも里見蓮太郎も自衛隊の戦力であれば、討伐は可能だろう。しかし、人質を取られ、事を水面下で推し進めなければならない今、自衛隊という組織戦力は動かすにはあまりにも目立つ。組織であるということはそれだけ人がおり、それだけの人を動かすには相応の物資も動くことになる。その動きはメディアに捉えられ、テレビを通して蓮太郎にも伝わるだろう。それが交渉決裂の起因になることは避けなければならない。故に彼女は民警を使うことに決めた。自衛隊とは違い、個人で戦う民警は、多数対多数の戦闘には向かないが、今回の蓮太郎のように強力な個人との戦いであれば自衛隊よりも少人数・少物資で運用することが出来る。
民警を運用すると決めた時、最初に名前が挙がったのは、片桐兄妹だった。蓮太郎が去った後、彼女が新たな“手駒”として選んだ民警。蓮太郎と関りがあり、今回の一件で一番執念を燃やしている。東京エリア民警のトップランカーとしての実力も申し分ない。彼が他の民警を潰し回って蓮太郎の一件から退かせているのも、空港に向かうメンバー以外の民警に諦めさせ、自衛隊の背後にある市街地防衛に回す手間が省けて好都合だった。
大角勝典と飛燕園ヌイのペアは聖天子の要請で小笠補佐官が選出した民警だ。IP序列1069位に相応しい実績、勾田大学卒業という民警としては珍しい高学歴、職務に実直で犯罪歴もなし。強く、賢く、善良という模範的な民警だ。
そして、義搭壮助と森高詩乃のペア。この2人を選んだのは聖天子自身だった。IP序列9644位、決して悪くはないが、ここに選出するには心許ない順位だ。その上、東京エリアに響くプロモーターの悪評は2人の耳にも入っている。小笠補佐官は2人の選出には難色を示したが、聖天子が押し切る形で彼らを大角ペアと一緒に片桐玉樹に紹介した。
「ガストレアの群れは空港を包囲する自衛隊、その背後の市街地に民警を配置することで対応し、里見蓮太郎は片桐兄妹を中心に組んだアジュバントで対応していきます」
「ティナ・スプラウトはどうされるおつもりですか?」――と傍らに立つ小笠聖天子補佐官が尋ねる。
「彼女はまだ準備に時間がかかります。戦線への投入が可能になった時点で、ガストレア討伐か、里見蓮太郎の拘束か、どちらに使うか判断いたします」
雑音一つなく、聖天子と補佐官の声だけが純粋に響き渡る執務室で、3つめの音が鳴り響く。机の上に置かれた衛星電話の着信音だ。聖天子は衛星電話を手に取り、電話に出た。
『よう。片桐だ。こっちは終わった』
電話の主は片桐玉樹だった。国家元首相手に話しているとは思えないくらいフランクな口調だ。聖天子と直接会話できる衛星電話を与えられた直後の玉樹は慣れない滑稽な敬語口調で話していた。しかし、あまりにも玉樹が緊張し過ぎて会話が成立しなかったため、聖天子から「貴方の話し易い話し方で大丈夫ですよ」と言ったら、現在の形に落ち着いた。
『あんたの言った通りのメンバーで――、いや、あんたの言ったメンバーと更に1人追加で行く。誰かは言う必要ないだろ』
玉樹の言う通り、それが誰か言う必要はなかった。義搭ペアをマークしていた聖居情報調査室の調査員から、「蛭子小比奈が義搭壮助と接触した」と報告を受けている。小比奈が蓮太郎と袂を別ち、こちら側につくのは想定の範囲内だった。
「蛭子小比奈ですね。分かりました。今は猫の手も借りたい状況です。事が済んでいるのでしたら、聖居までお越しください」
『分かった。これからそっちに向かう』
聖天子はそこで話が終わったと思い、電話を切ろうとする。
『あ~、あと、あんたが推薦してくれた義搭が何かに言いたいことがあるそうだ』
聖天子は衛星電話を耳に戻そうとしたが、一瞬、本能なのか勘なのか、衛星電話から大声が飛び出そうな気がして、衛星電話を切らずに机の上に置いた。
『このクソッタレエエエエエエエ!こんな忙しい時に迷惑な民警けしかけやがって!こっちは実弾撃ち込まれるわ、詩乃が糸でグルグル巻きになるわ、大変だったんだぞ!!今回の件で浪費した銃弾とワゴンの修理代はキッチリそっちに請求してやるからな!!終わったら覚えてろよ!!ゴラァアアアアアアア!!!!』
聖天子の勘は当たった。受話口からは壮助の怒号が飛び出し、その振動で誰も触れていないのに衛星電話が机上で動き回る。
「面白い少年でしょう」
「なんと言いますか……、気性の激しい少年ですね。良い意味でも悪い意味でも若い」
小笠補佐官は苦笑いするしか無かった。本当に彼で良いのだろうか?補佐官に就任して数年。聖天子の意見に反対したことのない彼だったが、これだけに関しては、異議を唱えようかどうか悩んでいた。
意を決して、口を開こうとした瞬間、胸ポケットの携帯電話に着信が入る。一瞬、ビクッとするが、すぐに電話に出る。一通りの話を聞くと「分かりました。すぐに対応いたします」と言って、話を終える。
「聖天子様。室戸菫より、新たな情報が入りました」
「分かりました。そのまま執務室に繋いでください。小笠さん。プロジェクターの準備を」
「はい」
小笠が壁に向けてリモコンを押すと天井からプロジェクターが出て来た。自動的に証明が暗くなり、プロジェクターが壁を照らす。映し出されたのは室戸菫だ。研究室に籠っていた生ける屍だった頃とは違い、今は数年振りに自身の脳をフル活用させるに値する難問を目の前にしてオタクのようにギラギラと目を輝かせていた。
『アクアライン空港にいるガストレアたちの出所についてだ』
海上にあるとはいえ、アクアライン空港はモノリスの結界の内側にある。大量のガストレアを用いた人為的なテロという衝撃に隠れがちだが、モノリスの結界を破って大量のガストレアが湧いて出て来たことも多くの疑問が残っていた。
まず考えられる仮説が、「空港にいた感染者がガストレア化し、人間を襲ってガストレアを増やす」といったものだが、そうなると洗脳装置や統率に説明がつかない。今でも動画共有サイトにガストレアが出現した直後の空港の様子や現在の空港の様子を映した動画がアップされているが、人がガストレア化したり、ガストレアが人を襲ってウィルスを注入する光景は一切見られない。
「室戸先生。まさか貴方は、里見蓮太郎がモンスターボールにガストレアを入れて、空港に持ち込んだとでも言いたいのですか?」
小笠補佐官が問いかけると、菫は画面の前で手をパンと叩いた。
『ご名答だ。補佐官殿。いやぁ、懐かしい響きだね。モンスターボール。私も子供の頃はあのゲームに夢中だったよ』
「私は図鑑のコンプリートに必死でしたな。室戸先生は?」
『私は最強のパーティを作るために厳選を繰り返していたよ』
「ゲームの話は良いので、説明をしてください」と聖天子は懐かしさに浸る2人の目を覚まさせる。
『どんなに大きなガストレアも最初は単一の細胞から始まる。そこから細胞の成長と分裂を繰り返すことで今の姿に変化する。我々が回収したガストレア洗脳装置から考えて、このガストレア達は20~30センチほどの小動物状の生命体、もしくはタンパク質の塊として東京エリアに運び込まれた。何かしらの機器で肉体の成長と進化を抑えていたが、テロのために機器を外したことで肉体が急激に成長、数メートルのガストレアに成長させ、空港のテロに使用した』
「たった数秒で30センチほどのガストレアが数メートルにまで成長する。そんなことが可能なのですか?」
『ガストレアウィルスは原子力を遥かに上回るエネルギーを内包している。それが化学反応を爆発的に加速させれば、ガストレアの急速な成長は可能だろう。感染者の形象崩壊と同じようにな』
「そうなりますと、ガストレアを空港に運んできた共犯者が東京エリア内にいるということになりますね。小笠さん。空港を出入りしている業者、全て調べてください」
「分かりました」
『調べるとしたら、冷凍物を扱う業者を優先した方が良い。ガストレアウィルスは極低温化になると活動が鈍くなるという研究結果がある。向こうも自分が育てたガストレアで自滅なんて馬鹿げたことにならないようにしていたはずだ』
「助言ありがとうございます」
そう言い残すと、小笠補佐官は足早に聖天子執務室を出て行った。
彼が扉を閉める音を確認すると、聖天子と菫が睨み合う。ただただ無音の時間が過ぎると、菫の口角が上がった。どうやら、彼女の本題はここからのようだ。
『民警を集めて、何やら良からぬことを画策しているようだね。聖天子様』
「お見通しでしたか。どこでその情報を?」
『いや、知らなかったさ。カマをかけてみただけだ』
聖天子も菫に合わせて笑みを浮かべる。公務に実直で感情を表さない清廉潔白な為政者の仮面を脱ぎ捨て、“聖天子ではない一人の女”としての姿を現す。
「里見さん以外の民警に興味を示すなんて、どんな風の吹き回しですか?」
『最近、研究室の缶詰も少なくなってきてな。そろそろ買い出し係が欲しいと思っていたところだ。そんなところに丁度良い奴が現れた。弱いくせに吠えるのだけは一人前の狂犬だが、買い物係としては十分だろう。そいつがいなくなるのは、少し困る』
聖天子は菫が何を言おうとしているのか理解していた。彼女にどう返答しようか悩んでいたが、そんな悩みもすぐに消えた。どう答えたとしても彼女に言い包められて、彼女の想定通りの結果に導かれることが分かっていたからだ。
「大丈夫ですよ。室戸先生。私も“あれ”を簡単に死なせるつもりはありませんから」
なんとなくネタが無かったので、これまで登場したイニシエーターのステータス(fate風)と戦いの傾向について書いてみた。
片桐弓月
筋力:C 敏捷:A 耐久:C 知力:B 幸運:A 特殊能力(蜘蛛の糸):A
戦闘の傾向
蜘蛛の糸を使ったワイヤートラップや敵の拘束など、玉樹が戦闘力を最大限発揮できるように環境を作るサポートタイプだが、単独での戦闘能力も高い。見た目に似合わず相手を騙して罠にかける賢い戦い方をする。糸を出し過ぎると体力を消耗するので、長期戦には向かない。
蛭子小比奈
筋力:A 敏捷:B+ 耐久:C 知力:D 幸運:E 特殊能力:D
戦闘の傾向
近接戦闘特化型。スピードはやや延珠に劣る。しかしカマキリの因子によって、腕の瞬発力が異様に高く、予備動作なしでも敵が間合に入った瞬間、音速を越える刀で斬殺する。「間合に入った敵を初撃で必殺」というスタイルであり、居合とか抜刀術とかやらせたら木更も真っ青レベルの剣士になる。
虫の因子を持つイニシエーターの多くにあてはまるが、持久力が無く、長期戦には向かない。
他のイニシエーター(詩乃やヌイ)に関しては、保有する因子を本編で明かしたら、書こうと思います。