ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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彼が待ち続けた5年

 上下左右を真っ黒な壁に囲まれた空間をハーレーダビッドソンとワゴンが走り抜ける。堅牢な壁の冷たさと息苦しさ、温かさを感じさせない安っぽい照明が点在する光景がかれこれ20分は続いている。トンネルの中のようだが、後方の入口は見えなくなるほど遠ざかり、前方の出口はまだ光の欠片すら見えない。

 

「まさか、東京エリアの地下にこんな巨大通路があったとはな」

 

「俺たちの税金で何てもん作ってんだ」

 

 ワゴンの中で壮助がぼやく。彼の言う通り、このトンネルは東京エリアの地下を通り、東京エリアの税金で作られたものだった。ここは聖居とアクアライン空港を繋げる政府高官用の極秘の避難通路であり、建材にバラニウムを使っていることから対ガストレアを想定した避難シェルターとしても使える。莫大な税金を使って作り上げられた偉い人専用の避難通路であるため、市民の反発は免れない。そのため、この通路の存在を知るのは聖天子と一部の閣僚、そしてトンネルの保守点検に携わる限られたスタッフのみとなっている。

 

「そうぼやくな。極秘通路使わせてくれるあたり、東京エリアも俺達には期待しているんだろう」

 

「口封じのために殺されなきゃいいけどな」

 

「義搭。お前って、けっこう思考回路がネガティブだよな」

 

「用心深いって言ってくれよ。大角さん」

 

 延々と続く堅牢な鉄壁と照明が続く光景にうんざりし始めたのか、2人はとりあえず話題を出して、会話を続けていく。今は何時なのかとか、地下からは見えない天気の話とか、このトンネルの総工費で焼肉食べ放題に何回行けるかとか、とにかく他愛のない会話を続けた。それは延々と続く同じ光景だけでなく、これからガストレアの群れが跋扈する空港に向かい、東京エリア最強のプロモーターに戦いを挑む緊張を解すためだった。

 

「それにいても、聖居の連中が小比奈のことをスルーしたのはマジでビビったぜ。目の前に共犯者がいるんだぞ」

 

「敵の敵は味方って奴だ。彼女だって、今は序列剥奪中とはいえ元134位。プロモーターが機械化兵士だったことを考慮したとしても、近接戦闘じゃ彼女が一番の実力者だ」

 

「その一番の実力者も仮面野郎に負けてるからな。本当にチート野郎だぜ。あいつはラノベ主人公かよ」

 

「ああ……聖居から与えられた里見の情報には驚いたな」

 

 玉樹のアジュバントに入った後、勝典たちは極秘通路に案内されると同時に聖居が把握している蓮太郎の戦闘能力と義肢・義眼のスペック、ガストレア洗脳装置に関する情報を与えられていた。

 

「戦車砲クラスの破壊力を誇る義肢、情報処理能力を格段に飛躍させて2000分の1秒の世界を見せる義眼、天童流戦闘術の有段者であり、攻撃を当てた対象を内部から破壊する天童の禁術の使い手――接近戦じゃまず勝ち目が無いな」

 

「戦車砲クラスの破壊力だけなら、詩乃だけでも余裕で勝てるんだけどな……」

 

 壮助はそう呟きながら助手席から後方の席を見る。後ろの席には詩乃、ヌイ、小比奈の3人が詰めて座っており、詩乃はスマホ画面を横にして何かしら動画を見ていた。戦闘前にリラックスしたい気分は彼女達も同じなのだろう。詩乃のスマホのスピーカーから早口の英語が出ており、英語の分からない壮助は彼女がどんな動画を見ているのか分からかった。

 

「良いな。お前らは気楽で。命がけの戦いの前にYouTubeかよ。何見てるんだ?」

 

「空港の実況」

 

「は?」

 

 壮助は詩乃の言葉の意味が分からなかったが、詩乃がスマホ画面をこっちに向けてくれたことで彼女の言葉の意味が分かった。

 

「戦いはもう始まっているよ。事前の情報収集も戦局を左右させる大切な要素だから」

 

『Hey guys……』

 

 観光客だろうか、白人男性がスマホで自分を映しながら、屋内から空港を闊歩するガストレアを撮影する。ユーチューバーなのだろうか、彼のスマホによる自撮りと外の撮影はかなり手慣れており、空港の内外の様子が良く見えた。

 建物の外は大量のガストレアが闊歩しており、時折建物の中を覗いたりしているが、屋内に手を伸ばしたり、建物そのものに攻撃しようとする素振りは見せない。屋内にいる限りガストレアは攻撃してこないと分かったのか、人質たちもそれなりにリラックスしており、搭乗ロビーのソファーに寝転がったり、空腹を満たすために土産物を食べたり、スマホで間近からガストレアの撮影を試みる命知らずの姿も見える。

 

「なぁ?これなんて言ってるんだ?」

 

「同時通訳するね」

 

『やあ。みんな。僕はアクアライン空港に来ているよ。楽しい旅行が終わって故郷のサンフランシスコに戻ろうとしたら大量のガストレアがお出迎えさ。え?冗談きついって?言っておくけど、これは映画でもないしCGでもない。今、本当に起こっていることだ』

 

 詩乃のB級映画のような同時通訳を聞きながら、壮助は詩乃のスマホを借りて動画を見る。こういった人質立てこもり事件では人質を監視する監視役がいて、人質は監視役に脅えて息を殺して過ごすのが定石だが、そういった人間は一人も見当たらず、人質の管理は完全に調教されたガストレア任せになっている状況が窺える。

 今回のテロのような人質立てこもり事件の解決策の一つとして強行突入がある。迅速な武力行使により人質を傷つけず犯人を無力化することが目的だが、大抵の場合、内部の正確な情報が得られないことから実行までに時間がかかってしまう。内部に関する情報量の差が犯人にとってのアドバンテージとなるが、今回のテロでは数多くの動画が共有サイトにアップロードされることで完全に失っていた。

 ガストレアの位置と巡回路、人質を監視する蓮太郎の共犯者の不在、人質の位置、様々な情報がインターネットの動画共有サイトを通じて聖居や自衛隊に筒抜けになっていた。

 

「本当に仮面野郎の単独犯なんだな。空港の中が丸見えじゃねえか」

 

「聖居の連中が言っていた通り、このテロは里見蓮太郎の単独犯。おそらく、ガストレア洗脳装置を提供した組織は東京エリアで混乱を起こすことだけが目的で、里見のテロが成功するかどうかは気にしちゃいないんだろ」

 

「要はあいつも背後の組織に使い捨ての駒にされているってことか?」

 

「多分な」

 

 玉樹のハーレーと勝典のワゴンの前面に光が射す。通路とは違い多くの照明に照らされた区画が見えて来た。そこが出口になっているようで、目の前には鋼鉄のシャッターがあり、傍らにシャッターの開閉を操作するボタンと外の様子を確認するためのモニターが備え作られている。

 それは一行が戦場に辿り着いた合図でもあった。

 

「シャッターの前に着いたら全員降りろ。自衛隊と突入のタイミングを合わせる」

 

 玉樹がシャッターの前でハーレーを停めると、玉樹に指示されて勝典のワゴンも数メートル後方に停まる。

 

「えらく用心深いな」

 

 ワゴンから降りた勝典は玉樹に声をかける。勝典から見た片桐兄妹は今まで見たことがないくらい真剣な表情をしていた。普段の似非アメリカンな陽気さは欠片すら感じない。2人は黙ったままシャッターを、その向こう側の見えない戦場を見据えていた。IP序列451位の民警、東京エリアトップランカーとして威厳が兄妹から溢れ出る。

 

「当たり前だ。5年前からずっとこの日を待っていた」

 

「良いのか?そんな待ち望んだ戦場に俺たちを組み込んで」

 

「アジュバントを組まないと空港に入れないって言われたんだから仕方ねぇよ。それにアンタとは何度も同じ現場で仕事をしているから、邪魔にならない程度に実力があることは知っている。小比奈は思考回路が物騒なことを除けば俺たちの中で一番の戦力だ。それと、義搭ってガキとその相棒は……まぁギリギリ合格ラインだ」

 

「詩乃に撃たれてぶっ倒れたくせによく言うぜ」――とワゴンから降りた壮助はさっそく悪態を吐く。詩乃とヌイ、小比奈もワゴンから降りて、勝典と片桐兄妹を見つめる。

 

「あのねぇ。手加減したことを言い訳にしたくないけど、私達に一発かませたからって調子に乗ってんじゃないわよ。これから相手にするのは比べ物にならないんだから」

 

 弓月はビシッと壮助に指をさす。指先を向けられた壮助は怪訝そうな表情を向ける。

 

「調子に乗ってねぇし、よく知ってるよ。お前らだって防衛省で俺があいつに一発ぶち込まれて倒れるのを見ただろ。何で死んでねえのか不思議なくらいだ」

 

「ったく……お前らその辺にしておけ」

 

 玉樹が面倒くさそうに頭をかきながら、壮助を睨みつける弓月の肩に手を置く。

 

「こっから先はお待ちかねのアクアライン空港だ。この扉の先は政府専用機の格納庫に繋がっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――が、お前達がそこに行くことは無い」

 

「おい。それってどういう――」

 

 壮助は玉樹に問いかけようとしたが、彼の返答が来る前に言葉の真意を理解した。壮助の視界に薄っすらと白線が浮かび上がる。まるで彼の視界を、そこに映る空間を切り取るように、それらは網目状に広がっていた。出口にある非常灯に反射して浮かび上がる弓月の糸は、自分達と壮助たちとの間に壁を作るように張り巡らされていた。壁は隙間だらけで一見すると簡単に破れそうだが、ガストレアウィルスによってより結合が強固になった弓月の糸は鋼鉄のワイヤー以上の強度を持っていた。無理に通ろうとすれば人体など容易にサイコロステーキにしてしまうだろう。

 

「そういうことかよ。アンタ、最初から俺たちを空港に入れるつもりじゃ無かったんだな」

 

「最初から言ってるだろ?ファッキンボーイ。“俺とあいつの戦場に邪魔者はいらねぇ”」

 

 壮助が怒れて蜘蛛糸の壁に手を掛けようとする。

 

「言っておくけど、この糸に触らない方がいいわよ」

 

 弓月の警告に壮助が止まった。彼女が指を下にさすと、それに合わせて視線を下に向ける。アタッシュケースサイズの鉄製のボックスが弓月の足元に置かれている。ボックスは蜘蛛糸の壁を構成する糸に繋げられており、弓月がスイッチを入れることで起動し始めた。

 

「振動センサーで起爆する爆弾よ。このトンネルを吹っ飛ばせるくらいの化学合成爆薬とここにいる全員を殺せる量のバラニウム片を詰め込んでいるから。糸に振動を与えたらドカンよ」

 

 弓月に掴みかかりたい一心を抑える壮助の背後で小比奈、勝典、ヌイが刀剣を持って構える。しかし、弓月の「勿論、斬ってもドカン」という言葉によって3人とも抑えられてしまう。

 蜘蛛糸の壁を前に立ち止まる一行を尻目に玉樹は出口のボタンを操作し、シャッターを開ける。シャッターの向こう側にはエレベーターが設けられており、車数台は乗せられるほどのスペースが確保されていた。玉樹がハーレーをエレベーターの中に入れ、弓月も中に入る。

 

「ふざけんじゃねえぞ!デカブツ!クモ女!俺達をトンネルの通行券にしやがって!!ここから出て仮面野郎をぶっ潰したら、次はお前らだからな!首洗って待ってやがれ!!」

 

 壮助の怒号に意を介することなく、玉樹と弓月は黙々と上に上がる準備をする。そして、言葉を遮るように厚さ数メートルほどのシャッターは大きな音を立てて閉じられた。

 

 

 

 *

 

 

 

 地上の政府専用機格納庫に向かうエレベーターの中で、玉樹は遥か上の天井の扉を眺め、弓月はじっと床を見つめていた。きっとまだ壮助たちがトンネルに残っているのだろうと思いながら、彼らが爆弾の“トリック”に気付かず、諦めて引き返すことを願っていた。

 

「ねぇ……兄貴。これで良かったのかな?」

 

 エレベーターの駆動音が響く中で弓月が呟いた。姐御肌な部分は掻き消え、不安と罪悪感に押しつぶされそうな少女の声が彼女の口から零れる。小比奈は勿論のこと、義搭ペアにも大角ペアにも富や名声以外で里見蓮太郎と戦う理由があったのだろう。彼らには彼らの覚悟があったのだろう。しかし、自分達は自分達の都合で彼らを騙し、裏切った。

 

「ああ。ここは俺たちの戦場だ。あいつらには戦う義理も死ぬ義理もねぇ」

 

「だったら、それは私達もじゃない?蓮太郎があんなことになったのは仕方のないことだった。私達じゃどうしようも無かった。延珠が死んだのも、木更さんが死んだのも私達とは無関係なところに原因があって、私達じゃそれを止めることも結末を変えることも出来なかった。遺言でも託されない限り、私達が死んだ人間にしてあげられることは何も無いし、償いも弔いも今を生きる人間が自分に折り合いをつけるためのものでしかない。だったら、私達が蓮太郎と戦う理由は仕事とお金と信用。あいつらと何も変わらないわよ」

 

「随分と難しいことを言うようになったな。マイスウィート」

 

「もう16歳の高校生だからね」

 

 しばらく玉樹が口を噤む。エレベーターの駆動音だけが轟々と響く中で2人だけの沈黙の空間がしばらく続く。

 ふと、何の前触れもなく玉樹が口を開いた。

 

「あいつがああなったのは、俺のせいなんて自惚れたことを言うつもりはねぇよ。けど……、俺はもう一度あいつに会って“けじめ”をつけなきゃならねえ。あの時の姐さんは“堕ちていた”。人としての道を踏み外していた。けど、俺に姐さんは止められなかった。力でも、言葉でも、俺には手段がなかった。でもあいつなら、姐さんを止められる。あいつなら人の道に戻せるかもしれない。俺はそう思って、あいつに任せた……。そして、止めるどころか殺したあいつを憎んだ。虫のいい話だよな。自分じゃ何もしなかったくせに、他の誰かがしくじったら文句を言うんだぜ」

 

 語っていくうちに玉樹の表情や口調は明るくなり、話の内容も自嘲気味になっていった。弓月は「いつもの兄貴だ」と思いながらも、今ここでしか聞けない、5年前からずっと聞こうと思っていたが、気まずくて聞けなかったことを玉樹に尋ねた。

 

「……じゃあ、兄貴は、今はもうあいつのことを憎んでいないの?」

 

「いや……それでも俺は里見を憎んでる」

 

 答えはあっさりと返って来た。しかし、玉樹のトーンは落ちていき、蓮太郎や5~6年前のことを話題に出された時と同じように暗くなった。

 

「でも、それ以上に俺は自分を憎んでいる。惚れた女のために“何も出来ない”ことを言い訳にして“何もしなかった”自分が憎くてたまらない」

 

 弓月に背を向けていた玉樹の肩が震える。それは自身への怒りからなのか、自分の憎みながら生き続ける時間への怖れなのか、この5年間沈黙してきた心情を吐き出す度に、物事を深く細かく考えない良くも悪くも陽気な似非アメリカンな片桐玉樹という仮面が抜け落ちて行く。

 

「だから、今日、ここでけじめをつける。このクソファッキンな5年も今日で終わりにしてやる」

 

 玉樹の決意に呼応したのか、エレベーターの遥か上にある天井が開く。薄暗いエレベーターの中に格納庫の明かりが燦燦と差し込み、戦場に飛び込む2人を歓迎するようだった。

 そこから先はガストレアが跋扈し、東京エリア最強のプロモーターが待つ戦場。2人は固唾を飲んだ。

 

「逃げたきゃ逃げても良いんだぜ。マイスウィート」

 

「逃げる訳ないでしょ。――それに、ティナを泣かせたあいつには、一発ガツンと言ってやらないとね」

 




今回、入れようと思ったけど入れなかったセリフ

玉樹「これが終わったらパーッとやろうぜ。食いきれないぐらいのピザとチキン、ありったけのビールとコーラを買ってさ」

弓月「兄貴。それ死亡フラグ……」

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