IP序列451位 片桐玉樹・片桐弓月
元IP序列50位 里見蓮太郎
両者の戦いの火蓋が切って落とされた。
アクアライン空港の4階、犯行声明が出された最高級ラウンジで片桐玉樹は、テロの主犯、里見蓮太郎と邂逅していた。
自衛隊とガストレア、そしてティナの参戦により外では雨嵐のように銃弾が飛び交い、突然の攻撃で屋内ではパニックになった人質たちの叫び声が飛び交う。しかし、このラウンジは静寂そのものだった。暖色の照明とマボガニーの家具、煌びやかなシャンデリアという贅沢な空間は“豪華絢爛”という言葉を体現している。ここが戦場のど真ん中であることなど嘘のように思えてしまう。
ラウンジの入口から堂々と入った玉樹はすぐに蓮太郎の姿を見つけた。彼と対面する形でソファーに座り、ジュークボックスから流れるクラシック音楽に耳を傾ける。
テロの主犯で、外ではガストレアたちが自衛隊とティナを相手に戦っているというのに、気に留める素振りすら見せない。蓮太郎にはまだ策があるのか、それとも諦めてしまったのか、彼の心中を推し量ることはできない。
玉樹はマテバを腰のホルスターから引き抜くと、ジュークボックスを撃ち抜いて鬱陶しい音楽を止める。
「来てやったぜ。ボーイ。茶番劇はもう終わりだ」
玉樹はジュークボックスに向けていたマテバの銃口を蓮太郎に向ける。しかし、蓮太郎は何も反応を示さない。照明の逆光のせいなのか、仮面のせいなのか、玉樹から蓮太郎の表情が窺えない。シャンデリアから照らされる灯りで全てが輝かしく見える中、まるで彼だけが闇に包まれているようだ。
「よう。片桐兄。東京エリアのトップランカーとは、随分と繁盛しているみたいだな」
蓮太郎が静かに口を開く。5年前は良くも悪くも若さがあったが、今は微塵も感じられない。全てに絶望し、疲れ切った老人のような喋り方だ。
「ふん。皮肉はよせよ。お前が勝手にいなくなったから、勝手に繰り上げられただけだ。お陰で為政者のお嬢さんからクソみたいな仕事を散々やらされたよ」
「これもその一つか?」
玉樹はマテバのグリップを強く握り締める。
「ああ。けど、依頼が無くてもオレっちはここに来ていた。これはけじめだ。惚れた女のために何もしないで、ダラダラと未練を抱き続けたクソファッキンな5年間のな。てめぇをボコ殴りにして、姐さんの墓の前で土下座させてやる。それで“終わり”だ。全部“終わり”してやる」
「そうか……。“終わり”にするのか」
蓮太郎はソファーから立ち上がり、項垂れていた頭を上げる。ようやく灯りに照らされた彼の顔はどこか悲しそうな表情をしていた。
「なぁ、片桐兄。もし木更さんのためにここに来たなら、もう一度、俺のために戦うつもりはないか?」
「答えはNOだ。テロリストの仲間になるつもりは無ぇ」
「違う。俺の“味方”として戦うんじゃない。俺の“敵”として戦うんだ。東京エリアの“英雄”として、俺を殺してくれ。終わらせてくれ。そして、お前が引き継いでくれ。俺が延珠や木更さんに託された願いを――」
「それでもNOだ」
懇願するかのように語り掛ける蓮太郎の言葉を玉樹は拒絶した。今、ここで「YES」と言えば、全てが無駄になる。木更のことを諦めた決心も、ここで未練を断ち切ると決めた意志も無駄になる。
玉樹は、マテバをホルスターに戻すと、両手を握りしめ、ボクシングの体勢に入る。両手の
「お前、オレっちのことを買い被り過ぎなんだよ。英雄なんてものに興味はねぇし、ガラでもねぇ。妹どころか自分一人守るのに精一杯なただの民警だ。これ以上、変なものを背負わされるなんて真っ平御免だ」
蓮太郎は玉樹の回答を聞いて、落胆した。彼も皮手袋を外し、バラニウム義肢の右手、生身の左手を握り、天童流戦闘術の構えに入る。
「残念だよ。片桐兄。俺達の目的は真逆だ。利も害も一致しない。俺は、“終わり”にしないためにここに来た」
――
数メートルあったはずの蓮太郎と玉樹の距離が一気に縮まる。縮地法で一気に
蓮太郎の拳とそれを削ろうとするバラニウムチェーンソーがぶつかり合い、拳と拳の間で火花が飛び散る。
「いきなり正面から来るとは驚いたぜ。弓月の能力を忘れちゃいないだろうな?」
「忘れちゃいねぇよ。しっかり対策済みだ」
玉樹は蓮太郎のマスクに注視する。彼の目の部分が亜麻色のグラスになっていることに気が付いた。自分が弓月の糸を見るためにかけている特製サングラスと同じ色だ。
かつて、第三次関東会戦前に同じアジュバントに入る条件で戦った2人は互いの手の内を知っていた。蓮太郎は玉樹の黒膂石回転刃拳鍔と弓月のモデルスパイダーとしての能力、玉樹は蓮太郎の右腕・右脚のバラニウム義肢と義眼の能力を把握していた。しかし、互いに知っているのは5年前の情報、5年の間にどれだけ自分の戦術を磨き上げ、新しい戦術を自分のものにしてきたかが勝敗を分ける。
蓮太郎は一度距離を離して仕切り直そうとするが、今度は玉樹が近接格闘の間合に入り、チェーンソー付きナックルの
「何が“終わり”しないための戦いだ!!結局、お前だって背負っているものを捨てようとしているじゃねえか!あのガキと姐さんの願いを赤の他人に押し付けて、自分は楽になろうとしている!!」
「お前と……一緒にするな!」
「いいや。同じだ!お前だって“終わり”にしたいんだろうが!!こんなことやって何になる!?どこがあのガキと姐さんのためになる!?ならないだろ!!答えられねえだろ!!だろうな!!俺もお前も自己満足のために戦っているんだからな!!だったら、『託す』なんて綺麗事ほざいてんじゃねえ!!素直に吐いちまえよ!!『重いんだ』『苦しいんだ』『捨てたいんだ』ってなあ!!」
「好き勝手言いやがって……、重苦しいものを捨てられないのは、お互い様だ!!」
そう言いながら玉樹は隙の無い連撃を続けて行く。蓮太郎は右手で受け流すが勢いに押されて後退りしていく。状況は玉樹が優勢だった――が、突然、玉樹は連撃を止めてバックステップで蓮太郎と距離を取る。
蓮太郎には彼の意図が読めなかった。明らかに状況は玉樹が優勢だった。追い風となっていた勢いを殺し、状況を仕切り直す理由が分からない。
蓮太郎は右足に違和感を覚える。その正体を見ようと視線を右足に向けると足が糸に引っ掛かっていた。まるでロープのように伸縮する蜘蛛の糸、そして、その先に繋がっている“クレイモア指向性対人地雷”が答えだった。
「しまっ――
内包されたC4プラスチック爆弾の爆発と共に700個の鉄球が蓮太郎に向けて射出される。蓮太郎から外れて通り過ぎた鉄球は背後にある家具や壁、天井を粉砕し、粉々になったそれらが粉塵となって舞い上がる。
粉塵で視界が遮られ、蓮太郎の姿が見えなくなる。普通の人間ならミンチになっている威力だ。しかし、玉樹は戦いの姿勢を崩さない。“里見蓮太郎がこの程度で死ぬ男じゃない”と彼が分かっているからだ。
――カートリッジ解放
隠禅・黒天風
玉樹が気付いた時には遅かった。蓮太郎は既に地雷からも舞い上がる煙からも抜け出し、“いつの間にか”玉樹の頭にはカートリッジ解放で加速したバラニウム義足の回し蹴りが炸裂していた。蹴り飛ばされた玉樹は空中で回転しながら後方にあるバーカウンターに激突する。
普通の人間なら首の骨が折れて即死、運が良くても脳震盪を起こす威力だ。しかし、蓮太郎は戦いを止めようとはしない。蓮太郎も知っていた。“片桐玉樹はこの程度で死ぬ男じゃない”と――。
彼の右腕の義肢から青い光が漏れだす。内部フレームがチェレンコフ放射のように輝き、それが外皮の装甲と袖を通して輝き出す。義肢の内部でエネルギーを蓄積させればさせるほど、蓮太郎の右腕は青白く輝く。
「もう動くな。これ以上戦うなら、俺は――
「どうするの?」
今まで姿を現さなかった弓月の声が聞こえた。それと同時に蓮太郎が振り向くが、その瞬間、数発の弾丸が彼を襲う。
蓮太郎は間一髪、弾丸を掴み取ったが安堵する暇もなく、後方からの衝撃で彼は玉樹と同じように宙を舞い、転がりながらラウンジのソファーを破壊する。受け身を取って、即座に立ち上がる。
蓮太郎が面を上げる。彼の視線の先には弓月がいた。彼女の足は地についておらず、地面から2~3m離れて浮いている。傍から見れば超能力かマジックでも使っているように見えるが、糸が見える蓮太郎にはタネも仕掛けも分かっていた。
ラウンジ全体に糸が張られている。それは実際の蜘蛛の巣の様に放射線状に貼られておらず、無規則に、縦横無尽に張り巡らされている。床から天井まで余すところがなく、弓月は糸を足場にしていた。
「ようやくお出ましか。片桐妹。てっきり、兄貴に置いて行かれたと思っていたよ」
「私達にそんな余裕があると思う?悪いけど、延珠やティナがいないからって、正々堂々一対一で勝負するつもりはないわよ」
弓月は右手の中指に、シルバーアクセサリーのようなアーマーリングを装着しており、それを糸に引っ掛ける。彼女は先端に付いた刃で糸を切断し、ラウンジに仕掛けられたトラップが一斉に発動させた。仕掛けられたトラップの起動ワイヤーは弓月の指の糸に繋がっており、彼女が指一本動かせば、彼女の任意のタイミングでトラップを起動させることが出来る。ワイヤー起動型とリモコン操作型を兼ねた罠のようだ。
ラウンジに仕掛けられた銃器や爆弾が一斉に起動し、銃弾や破片が蓮太郎に襲い掛かる。しかし、どれだけ派手で広範囲でも蓮太郎には当たらない。義眼を起動し、二千分の一秒、静止したも同然の世界の中でトラップのない安全圏まで身を動かしてそれら全てを回避する。
蓮太郎は右手を振るい、ラウンジ全体を包む煙を薙ぎ払う。しかし、視界が開けたラウンジに弓月の姿はない。
――後ろか!
根拠があったわけではない。それは咄嗟の勘、戦い続ける中で培った生存本能が蓮太郎を振り向かせる。眼前には弓月のネイルアーマーの刃が迫り、蓮太郎は左手の手刀で弓月を払いのける。続けて下段の蹴り技をお見舞いしようとしたが、弓月は後方宙返りで回避し、蓮太郎との距離を取る。
弓月は再び糸を足場にして、縦横無尽に空中を駆け回る。床、四方を囲む壁、高い天井と中空の糸、あらゆる場所に足場を持つ彼女の戦闘は三次元に拡大する。互いに地面に足を付けた殴り合いとは文字通り次元が違う。空間を自由自在に駆け回る弓月に加え、どこに仕掛けられてもおかしくはないトラップ、蓮太郎が気を払わなければならない範囲は前後左右に加えて、上下にまで拡大する。
360度あらゆる方角から襲撃する弓月と彼女の駆使するトラップに蓮太郎は翻弄される。義眼で思考を加速させ、それらを尽く回避するが、その回避先で更なるトラップに襲われる。それは弓月の策謀に踊らされ、彼女の指に糸を繋がれた操り人形のようだった。
糸に引っ掛かると爆発するクレイモア、射出される杭、意識外の方向から放たれる弾丸、彼女が用意したブービートラップは飽きが来ないエンターテイメントのように質も種類も量も揃っている。それらを義眼の思考加速で回避する中、蓮太郎は押しが弱くなっていくことに気付いた。
当然のことだ。トラップにも限界がある。使えば使うほど数は減り、蓮太郎の安全地帯は増えていく。
加えて、弓月の体力の問題もある。クモの因子を持つ彼女はガストレアウィルスによって高い瞬発力と糸の生成能力を恩恵として受けたが、同時にクモという生物が持つ欠点も引き継いでいる。それが持久力の無さだ。糸を張るクモもタランチュラのようなそうでないクモも基本的には自分の巣を持ち、その巣に引っ掛かった獲物、近づいた獲物に飛びついて捕獲する習性を持つ。そのため、彼らの身体は獲物を捕らえる一瞬の動きに特化する反面、長時間獲物を追いかけるようには出来ていない。その上、糸で巣を作るクモの場合は自分の身体のタンパク質から糸を作るため、糸を作れば作るほど持久力はなくなっていく。
「どうした?片桐妹。もう息があがっているぞ」
「あんたがチョロチョロと逃げるからよ」
蓮太郎に鎌をかけられて、弓月は自分の弱点を蓮太郎に悟られたことに気付く。トラップの数が少なくなったことも蓮太郎は気付いているだろう。
――あいつはもう私の弱点に気付いてる。実際、そろそろきつくなってきたし、トラップも残り少ない。
弓月は周囲を見渡し、残っている糸の本数、トラップの数を確認する。玉樹が相手している間に80個近くは仕掛けていたが、今はせいぜい10個しか残っていない。グロック拳銃も予備マガジンは無し、リロードされている弾丸もあと3発。しかし、ここまで戦いが長引くのは、彼女の“計画通り”だった。
――ここまであいつを振り回せばもう十分よ。
「どうした?片桐妹。攻撃の手が止まったぞ。折角のトラップも無駄になったな」
蓮太郎が挑発する。昔から嫌味ったらしいとは思っていたが、敵として本気で嫌味を言われると殺したくなるほど腹が立つ。だが、それを笑った飛ばせる余裕が弓月にはあった。
「アンタ。まだ気付いていないのね。自分の右足をよく見なさい」
罠から逃げることに集中していて気付かなかったが、右足の動きが鈍くなっていることに気付く。蓮太郎は自分の右足に目を向けると、黒かったはずのスラックスと義足は真っ白になっていた。木工用ボンドのような粘着質の物質が纏わりつき、2~3個ほどの小さな爆弾が付着している。
起爆装置のランプが点滅しており、それが蓮太郎の死を宣告するように点滅の感覚が早くなっていく。
「
弓月の言葉と共に蓮太郎の義足に付いた爆弾が爆発した。爆弾は蓮太郎の足を吹き飛ばすと共に周囲に破片を撒き散らし、煙でラウンジを包んでいく。
爆弾は確実に蓮太郎の足を吹き飛ばしただろう。いくら2000分の1秒の世界で動く人間だとしても自分に付着した爆弾から逃げることはできない。爆発の被害は確実に受けただろうし、高純度のバラニウム合金の義足も破壊は出来なかったとしても“脚”としての機能を奪うことぐらいはできただろう。
弓月は蓮太郎への警戒を続けながらもカウンターで倒れている玉樹の下へ向かう。
「兄貴?まだ生きてる?」
「遅かったな。マイスウィート」
「私が準備を終える前に戦い始めた兄貴が悪いんでしょ。もっと時間を稼ぐ作戦だったじゃん」
「仕方ねえだろ。こういう流れになっちまったんだから。……悪い。肩貸してくれ。頭がクラクラして上手く立てねぇ」
玉樹が手を上に伸ばすと弓月がそれを引っ張って無理やり立たせ、玉樹に自分の肩を貸す。身長差も体重差も大きい2人だが、呪われた子供として高い身体能力を持つ弓月にとっては大した重さではなかった。
「あいつは、どうした?」
「足を潰したわ。多分、そこで転がってるわよ」
しかし、そんな弓月の言葉は数秒も経たずに裏切られた。
突然、立ち込める煙が薙ぎ払われ、2本の脚で立つ蓮太郎が姿を現した。爆弾が巻き付けられた右足はスラックスが破け、内部のバラニウムの義足が剥き出しになっている。服も全体的に破けてボロボロになっていたが、蓮太郎自身も全身に掠り傷を負っているが、戦闘の続行に支障はないレベルだった。
「そんな……」
「『やった』と思っていたのか?まぁ、確かに今のは本当に死ぬかと思った。咄嗟に“こいつ”で爆弾を切り離してなければ、お前達の勝ちだったろう」
蓮太郎の手には日本刀が握られていた。天童木更が愛用した得物“殺人刀 雪影”。数多の人の生き血を啜った天童殺しの呪刀。蓮太郎は右手に刀を持ち、その左手に鞘を握っていた。
「俺が東京エリアを離れて5年。お前達が新しい戦術を身に着けてきたように、俺もこの5年間、新しい戦い方を身に着けてきた」
蓮太郎が刀を鞘に戻す。それは戦闘を中止するための行動ではない。抜刀術の基本の構えに入るためだ。その構えを玉樹と弓月は知っている。5年前の事件で最も恐ろしく、最も強かった復讐鬼にして絶対悪の女、天童木更の構えであることを。
――天童流“抜刀”術
蓮太郎が鞘から雪影を抜いた瞬間、ラウンジの中で強風が吹き荒れる。法則を持たず乱れ舞う鎌鼬は部屋の中にある物質を切断していく。マボガニーのテーブルも天井のシャンデリアも滑走路を一望できる防弾窓ガラスも、構成する物質も強度も関係ない。弓月が残していた残り少ないワイヤートラップも全て強制的に発動される。
弓月に体重を預けていた玉樹は咄嗟に彼女を右に突き飛ばす。
「兄貴!!」
玉樹に突き飛ばされた弓月が振り向いた時には全てが遅かった。
下段の構えで迫った蓮太郎の刀が玉樹の身体を貫く。腹部から入って貫通した刃は、血で真っ赤に染まった姿を背中から晒し出す。刃からは玉樹の血がポタポタと零れ落ち、真っ赤に染まった血肉を落として禍々しい黒い刀身を露にする。
「……ったく、これ見よがしに姐さんの刀を使いやがって……。
――――だが、待ってたぜ。この瞬間をよぉ!!」
玉樹が残りの力を振り絞って蓮太郎の腕を掴み、彼を捕獲する。気付いた蓮太郎は刀を抜き、玉樹から逃れようとするが万力のように固定された腕から逃れることはできない。義眼を解放しても無意味だろう。
玉樹が残ったもう片方の腕で蓮太郎の顔面を殴りつける。黒膂石回転刃拳鍔が蓮太郎の仮面を叩き潰し、顔面の肉を抉り、それを取り越して義眼を破壊する。
―――――――――――――――ッ!!!
玉樹が力尽きたところで蓮太郎は片目を押さえながら刀を引き抜き、玉樹との距離を取る。玉樹に潰された義眼の左目を手で押さえるが、指の隙間から血が流れ、ショートした義眼が眼孔から火花を散らす。
憔悴しながらも蓮太郎は残った右目で玉樹を睨む。最後の力を振り絞ったのか、玉樹は満足したかのように仰向けで倒れていた。生きているのか死んでいるのか分からないが、意識はもう残っていない。
「なぁ……?これで終わりか?左目潰した程度で終わりなのか?立てよ!片桐!!お前の5年間はこの程度か!!俺をぶん殴って、木更さんの墓の前で土下座させるんじゃなかったのかよ!!」
蓮太郎は重い足取りで玉樹に近づくが、弓月が両手を広げて立ちはだかる。彼女にもう戦う力は残されていない。罠は残っていない。糸ももう出せない。その手に銃は無く、アーマーリングも外している。完全なる“降伏”だった。
「もう……やめて。アンタの勝ちよ」
それが弓月の精一杯だった。全身が震えている。ただ敵にお願いすることしか出来ない自分の情けない。今の蓮太郎は容赦がない。完全に自分たちを敵として見ている。そんな自分を彼が見逃す理由なんてなかった。
弓月は命を覚悟して、目を閉じた。
蓮太郎は何もしなかった。彼は失望した目で弓月を見ると、踵を返し、雪影とテーブルの下に隠していた賢者の盾を回収して、ラウンジから姿を消した。
弓月は恐る恐る目を開いた。そこに蓮太郎の姿はない。
自分は見逃された。命は助かった。
その事実は弓月を安堵させると同時に彼女のプライドを打ち砕いた。彼女は膝から崩れ落ち、両手を床につける。彼女の目から大粒の涙が零れ、ボロボロになったカーペットを濡らしていく。
「ごめん……。延珠。ティナ。翠。私じゃ……あいつを止められなかった」
誰もいなくなったラウンジで、弓月の慟哭だけが虚しく響き渡った。
あとがきで特に書くことが無かったから、何となく書いた寸劇
・5年間の生活が生んだ悲劇
蓮太郎「5年振りだな。片桐妹。大きくなったな」
弓月「そうね。出来れば、敵として会いたくなかったわ」バイーン!
蓮太郎「本当に……大きくなったな」(※視線を下にずらしています)
弓月「何で2回も言うのよ」
ティナ「お兄さん!私も空港に来ています!」ペターン
蓮太郎「本当に……大きくなった……な?」(※視線を下にずらしています)
ティナ「どうして疑問形なんですか?どこを見て疑問形にしたんですか?」
蓮太郎「さ……さぁ?」(視線を逸らす)