ブラック・ブレット 贖罪の仮面   作:ジェイソン13

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前回はくだらないショートギャグで後書き部分を埋めたことをお詫び申し上げます。


仮面の下の本音

 アクアライン空港の地下500mに存在する極秘のトンネル、糸で作られたバリケードと振動感知爆弾を前に義搭ペア・大角ペア・蛭子小比奈は足を止めていた。片桐兄妹が去ってから30分、一行は突破方法を考えていたが、良い案は浮かばなかった。糸に触れずに通り抜けることは不可能、爆弾と距離を取った後、あえて爆発させる案もあったが、弓月の言う“化学合成爆薬”がどういった種類のものなのか分からない現状、それは危険な自殺行為だった。もしそれがサーモバリック爆弾だったら、トンネルの酸素を一気に焼き尽くし、中にいる人間は全員窒息死するか、燃焼した酸素に肺を焼かれて死んでしまう。

 そんな中で彼らは“爆弾の解除”を選択した。爆弾に関する知識を持つ大角勝典が市販の高枝切鋏を改造した延長アームを使って糸の隙間にアームを通し、向こう側の爆弾を解体していた。どうして彼が爆弾解除の経験を持っているのか、どうして高枝切鋏を改造したアームをワゴンに積んでいたのかは分からない。高枝切鋏に関しては「こんなこともあろうかと……」と言っていたが、何を想定して積んでいたのかは語られなかった。

 勝典が爆弾を解体し、ヌイが冷や汗をかきながら作業を見守る。そんな中、特にやることのない壮助はトンネルの壁に寄りかかり、彼を挟むように詩乃と小比奈も身を寄せる。詩乃は待ちくたびれたのかいつの間にか眠ってしまい、壮助の肩に身を任せていた。

 

「暇潰しに聞くけどさ。どうして俺達に接触したんだ?」

 

 黙って眺めることに痺れを切らしたのか、壮助が小比奈に声をかける。

 

「仮面野郎をぶっ殺すなら、俺達より片桐兄妹と接触した方が確実だっただろ。現に俺らはあの人のお陰でここまで来れたんだから」

 

「あの2人のせいで“ここに閉じ込められた”の間違いでしょ?」

 

「それもそうなんだけどさ……」

 

 小比奈は虚空を眺めて考えごとをするが、何か決心がついたのか壮助に目線を合わせる。

 

「多分、ゆっくりと話せるのもこれが最後だろうから、その質問に答えてあげる」

 

 そう言った小比奈は風俗ビルで壮助に出会うまでの経緯について話す。

 蓮太郎に裏切られ、倒された後の彼女は目を覚ますとすぐさま荷物をまとめて潜伏拠点を放棄した。そして、人目につかないようフラフラになりながらも潜伏拠点のビルの屋上から屋上へと飛び移ったが、件の風俗ビルの屋上で意識が途切れてしまい、そこで一晩を過ごしてしまった。人の来ない屋上だったため、誰にも発見されなかった彼女は朝まで爆睡した。そして、詩乃に殴られた時の壮助の悲鳴で目が覚めた彼女は共通の目的を持つ壮助たちに接触することで再び蓮太郎を殺しに行こうと考えた。――これが、蛭子小比奈と義搭壮助の出会いの切っ掛けである。

 

「要は俺達を選んだんじゃなくて、偶然ってことか」

 

「端的に言えばそうだね。だけど、自由に動けたとして貴方を探していたと思う」

 

「それってどういう――

 

 壮助の言葉を待たずに小比奈は両手で彼の頬を掴み、無理やり自分に視線が向くように引き寄せる。後ろから誰かが小突けばすぐに顔と顔が接触するだろう距離。頬から伝わる手の温度、突き刺さる赤い視線は彼女のどこか退廃的で煽情的な雰囲気に拍車をかける。まだ16歳のはずだが既に大人としての色気を持っていた彼女は今まで何人の男を飲み込んで来たのだろうか。しかし、壮助には不思議と感情の昂ぶりがなかった。好みのタイプではないとか、詩乃一筋だからと言う訳でもない。やはり猟奇殺人鬼だったりテロリストだったりと彼女の物騒な経歴を知っているからなのか、先に危険性を感じ取り、警戒心ばかり強くなってしまう。本能的にそういう気分になることが出来なかった。

 数秒ほど見つめ合うと、何か納得したようで、小比奈は手を離して壮助を解放する。

 

「うん。やっぱり、パパに似てる」

 

「どこが?悪人顔なところか?」

 

 小比奈は壮助のことを鼻で笑うと、どこか嬉しそうな顔で答えた。

 

「自分は間違っていると分かっているのに誰かに認めて貰いたい寂しがり屋なところが」

 

 ステージVガストレアをけしかけるという人類史上類を見ない凶悪で壊滅的なテロを仕掛けた男に似ていると言われて良い感情を持つ人間はいない。壮助も小比奈の評価には不服だったが、今までに見せたことのない“笑顔”のせいで何も言うことが出来なかった。凶悪なテロリストにもどこか人間としての心が残っていて、娘である小比奈にはそれを見せていたのだろうと、心の中でそう納得することにした。

 

「おーい。爆弾解除したぞー」

 

 トンネルの中で勝典の間の抜けた声が響く。あまりにも緊張感の欠けた言い方だったが、爆弾は蓋が外れて様々な配線が切断された状態になっていた。勝典がヌイに指示してレイピアで張られた弓月の糸を次々と斬り落とす。

 出発するために壮助が立ち上がり、寝ていた詩乃の肩を叩く。起きた詩乃も即座に状況を理解し、自分の顔を叩いて意識を覚めさせる。

 

「大角さん。どうやったんすか?これ」

 

「ああ。振動感知センサーに細工を施して、『糸は動いていない』と認識させている。ただ、爆弾としての機能はまだしっかり残っているから安心はするなよ。何かの拍子にセンサーが振動を感知してしまったら――――ドスン

 

 鉄の箱が倒れる音がした。まさか、いやまさかと思い、青ざめた顔で壮助と勝典は顔を向ける。2人が目にしたのは想定通りの最悪の光景だった。爆弾がその場で倒れ込み、自分を足止めした弓月への怒りをぶつけるように小比奈が爆弾を足蹴りする。

 

「感知したら、どうなるんすか?」

 

「ドカンだ」

 

 すると小比奈が足蹴りするのを止め、爆弾を抱きかかえて2人に向ける。

 

「ねぇ、何か点滅してるんだけど」

 

 爆弾についている緑色のランプが赤色に変わり、点滅し始めた。それは刻々とテンポが早くなっていき、遂には点灯と変わらないほどの速度で点滅が繰り返される。誰がどう見ても爆弾のカウントダウンだった。

 

「何やってんだよ!このクソビッチ!死んだら呪ってやる!!」

 ――と壮助は洋画さながら中指を立てて罵り、

 

「小比奈はそのまま爆弾抱えて向こうに走って。私達は反対方向に走るから」

 ――と詩乃は最悪の解決策を提示し、

 

「嫌だああああ!『恋は春風と共に』の最終巻を読むまで死にたくなああああい!」

 ――とヌイは頭を抱えて泣き叫び、

 

「今から走っても間に合わん!ワゴンの影に隠れろ!!」

 ――と勝典はとりあえず現実的な策を提案する。

 

 全員が勝典の策に乗り、ワゴンの裏に隠れる。散々罵倒された小比奈も思い切り爆弾を反対方向に投げると彼らに続いてワゴンの影に入った。

 その直後、パァン!とクラッカーを鳴らす音が聞こえ、古いゲームをクリアした時のようなサウンドが流れた。5人は恐る恐るワゴンの影から顔を出すと倒れた爆弾から紙吹雪が噴き出す。

 

『おめでとう。これを聞いているってことは、アンタ達、うっかり爆発させちゃったってことね。これが本物だったら1回死んでるわよ』

 

 爆弾に内蔵されたスピーカーから録音された弓月の声が聞こえる。5人はようやくこれが爆弾ではなく、自分達を足止めするハリボテだと気づく。

 

『まず置き去りにしたことを謝るわ。アンタ達にもそれなりに戦う理由があるんでしょうけど、この件は私達だけで片付けたかった。5年前、あのバカが堕ちるのを目の前で見ていて何もしなかった責任を取りたかった。あいつは多分、第一ターミナルの最高級ラウンジで待ってるわ。だから、私達もそこに行く。あんた達が着いている頃には勝敗が決まっているでしょうね。私達が勝っていればそれで良いわ。置き去りにしたお詫びに焼き肉でも奢ってあげる。けど、私達が負けていたら、情けない話だけど、アンタ達に賭けるしかない。あと――』

 

 彼女の言葉にそれぞれが想いを馳せる中、小比奈は小太刀を持って立ち上がり、弓月の偽爆弾に刃を突き立てた。

 

「言われるまでもないわ。私はパパを取り戻して、蓮太郎を殺す。私を裏切ったことを後悔させてやる!!」

 

 

 

 *

 

 

 

 聖居の日本国家安全保障会議では、全員が一安心し、椅子の背もたれに身を預けていた。自衛隊から「ガストレアの殲滅完了」の報告が届いたからだ。隠れていたガストレアの出現によって一時は作戦失敗が脳裏を過ったが、東京エリアに滞在していたティナ・スプラウトの協力によってガストレアの殲滅が完了、彼女がガストレアの相手をしている間に自衛隊は人質たちの避難経路を確保し、4本の連絡通路と地下鉄を使った大規模な避難作戦を開始した。現在、空港内にいた人質のほとんどは自衛隊が確保した避難経路に集まっており、連絡通路も鉄道も空港から出る人達でごった返していた。

 人質へのガストレアウィルスの感染と主犯である蓮太郎の存在が懸念事項ではあったが、自衛隊の簡易ウィルス検査で今のところ感染者もしくは感染の疑いがある人物は発見されていない。主犯の蓮太郎には“偶然”、空港に居合わせた(ということにした)片桐兄妹が対処している。序列に開きがあるとはいえ、イニシエーター不在の蓮太郎に負けるわけがないだろうと高を括っていた。

 

「とりあえずは一安心と言ったところか。片桐兄妹が空港に居たのは不幸中の幸いだ」

 

「だが、今回の経済的損失は最初のガストレアテロ以上のものになっている。ただでさえ関東会戦ショックの影響が残っているんだ。下手な手を打てば東京エリアの経済が破綻する」

 

「安全保障上の問題もだ。今回の一件で人為的にガストレアを用いた武力攻撃という新たな脅威が確認された。それに対する防衛プランを練らなければならん。それに加えて、我々はハネダ作戦で自衛隊の戦力不足を露呈させる結果となった。防衛予算の増加は必至だろう」

 

 今後の対応について話し始める閣僚たちを尻目に聖天子はドローンの空撮映像を見続ける。まだ蓮太郎は捕まっていない。かつて護られた身として彼の強さを知っていた彼女は、蓮太郎がこのまま終わる人間だと思っていなかった。その強さがかつては頼もしく、今は厄介以外のなにものでもなかった。

「失礼します」とスーツ姿の男が会議室に入り一礼する。彼は一枚のメモ紙を握っており、外務大臣に耳打ちをしながらテーブルの上に置く。何事かと全員が見守る中、男からの報告を聞く外務大臣の表情は驚愕へと変わっていった。

 

「まさか、スピカが……。それは、本当か?」

 

「はい。アメリカ海軍の公式発表です。間違いありません。裏も取れています」

 

「分かった。引き続き、情報収集を頼む」

 

「了解しました」

 

 スーツ姿の若い男が出て行き、全員の視線が外務大臣に向けられる。そのプレッシャーを感じているのか額から汗が滴る。

 

「フィリピン沖に展開していたアメリカ海軍より、『スピカの飛翔を確認した』と情報が入りました」

 

 フィリピン沖という東京エリアから遠く離れた地点でスピカの飛翔が確認された。その情報から得られる答えは一つしかなかった。

 

「スピカは撃墜されておりません」

 

 それは会議を騒然とさせるものだった。蓮太郎の目的は賢者の盾でスピカを洗脳すること。その前提でこれまで動いて来た聖居にとって、衝撃でしかなかった。そして、会議にいた誰もがその事実に対して疑念を抱く。

 

 ――これは、単なる失敗か?それとも天の梯子に残されたデータログは我々を振り回すための囮なのか?

 

 

 

 *

 

 

 

 地下通路の隔壁を破壊し、空港へと出た壮助たちは一目散に蓮太郎がいた第一ターミナル最上階の最高級ラウンジへと向かう。地下通路と繋がっている聖居専用機の格納庫とターミナルは少し距離があり、滑走路を横断しないと辿り着くことができない。ラウンジに到着するまでにガストレアと激戦を繰り広げるのではないかと予想した一行だったが、地上は静かだ。格納庫から出ると辺り一面に銃殺されたガストレアの死体が転がり、片桐兄妹に倒されたと思しきガストレアも何体か確認できる。自衛隊が確保した避難通路からも離れているため、人質の姿も見当たらない。既に何もかもが解決したのではないかと思えてしまう。

 ワゴンを第一ターミナルの入口付近に停め、持てるだけ装備を抱えた一行はラウンジに繋がる関係者用の階段を昇り始めた。

 ここまで何一つ問題も起きず、障害も無かった。武装していることも警戒していることも馬鹿に思えるほど平和でスムーズにラスボスが待ち構える部屋に向かっている。

 本当に何もかもが解決していて、ラウンジに入ると無様に倒れる蓮太郎と彼を背景に自撮りしてインスタグラムに画像をアップする片桐兄妹が見られるのでは無いかと壮助は考えてしまう。

 

「詩乃。今夜は片桐兄妹の驕りで焼肉だ。店の在庫が無くなるまで食っていいぞ」

 

「やったあ」

 

 あまりにも何も起きなさ過ぎて、冗談が口から出るほど緊張が解けてしまうが、階段の壁に表記された階数表示が上がるに連れて解けた緊張感が固まっていく。ガストレアは全滅したようだ。人質の救出も上手く行っているようだ。だからと言って、それが里見蓮太郎との戦いが終わった証拠にはならない。

 ラウンジに繋がる扉の前に辿り着いた。非常用の裏口らしく鉄製の質素な扉が静かに佇む。全員が固唾を飲んで、扉の向こう側の光景が自分たちの望んだものであることを祈る。そこに立っているのは里見蓮太郎か、それとも片桐兄妹なのか。戦いはまだ続いているのか、それとも終わったのか。

 勝典がドアノブに手をかけ、全員に合図を送る。合図の意味を理解していない小比奈を除いた3人が頷くと勝典はドアノブを回し、ゆっくりと数センチだけ扉を開ける。僅かに空いた隙間に一番近い詩乃が耳を近づけると、すぐに指で「近くに敵勢なし」のジェスチャーを送る。

 勝典が大きく扉を開け、詩乃、ヌイが武器を構えて突入する。続いて壮助が入ろうとするが小比奈に押し退けられてしまう。小比奈の一歩遅れて壮助、そして最後に勝典が背後を確認しながら扉の向こう側へと入った。

 扉の向こう側は廃墟になっていた。最高級ラウンジだったと言っても誰も信じないくらいだろう。割られた展望ガラス、地面に落ちて破片を撒き散らしたシャンデリア、調度品も粉々に粉砕されている。大量の爆薬を使ったのか、室内は火薬と硝煙の匂いが漂い、呼吸をするだけで肺が真っ黒になりそうなほどだった。

 

「敵勢力なし。負傷者2名を発見」

 

 唖然とするヌイを余所目に詩乃は状況を冷静に分析する。小比奈に続いて部屋に入った壮助と勝典は照準越しに見る惨状とそこで倒れる玉樹と彼の傷口に布を当てて止血する弓月に驚愕した。

 

「おいおい……マジか」

 

「ヌイ。そのまま周囲を警戒しろ」

 

 壮助と勝典は銃を降ろし、片桐兄妹に駆け寄る。壮助たちが来たことに弓月は驚く様子は無かった。わざわざあんな録音を残していたのだから、彼らがどんな手段を用いてでも空港に来ることは予想で来ていたのだろう。

 

「とりあえず血は止まったわ。心臓は動いているし、多分、傷も臓器から外れてる。もう少ししたら自衛隊の救助も来るわ」

 

 弓月の言葉を聞いた壮助と勝典はほっと胸をなでおろす。

 安心して緩んだ表情を隠すように壮助は再び仏頂面になる。

 

「ったく、心配して損した。俺達を置き去りにした癖に何て様だ」

 

「返す言葉もないわ。見ての通りボロ負けよ。兄貴は串刺しにされるし、私は無様に命乞い。――けど、やるべきことはやった」

 

 弓月がポケットに手を突っ込み、中から黒い金属の欠片を取り出して、2人に見せつける。

 

「あいつの義眼の破片よ。兄貴はあいつの左目を潰して、一矢報いたわ。もう防衛省の時みたいな瞬間移動は使えない」

 

 正しく肉を斬らせて骨を断つ結果だった。ラウンジの凄惨な状況から蓮太郎と片桐兄妹の戦いがどれほど凄まじかったのかが窺える。自分たちが一緒に来たところで足手纏いになっていただろう。自分のテリトリーで全力を尽くし、激闘の末に片桐兄妹は敗れたが、確かに結果を残した。

 壮助たちにとって最も脅威だったのは蓮太郎の義眼だ。義手と義足のカートリッジ解放による加速、そのパワーはイニシエーターで十分補うことが出来る。しかし、義眼は違う。1秒の2000分の1の世界が見える彼の反応速度は序列1000番台のイニシエーターでも追い付けるものではない。しかし、今はそれが使えないとなれば、壮助たちにも勝機はある。向こうは1人でこっちは5人。更にイニシエーターが3人いる。自衛隊の加勢も加味すれば、勝利の可能性は限りなくゼロに近いものから勝利をイメージできるくらいの現実的な数値になる。

 

「分かった。後は俺達で潰すから、そこで休んでてくれ」

 

「アンタ、案外優しい言葉がかけられるのね」

 

「うるせぇ」

 

「ところで」と一言おいて、勝典が挙手する。

 

「潰しに行くのは良いが、標的はどこに行ったんだ?」

 

 弓月は手に持っていた小型端末を勝典に差し出した。大きさ・形状はスマートフォンに似ているが、複数のボタンがあり、大きな画面には空港の地図が表示されている。赤い点が点滅しながら地図上を移動している。

 

「私も戦いながらあいつの服の中にいくつか発信機を忍ばせたわ」

 

 勝典が端末を受け取り、壮助が横から覗く。赤い点は壮助たちのいる第一ターミナルから離れており、主要ターミナルから少し離れたとある建物に向かって動いていた。外部に直通の連絡通路や鉄道もあり、主要ターミナル以上に交通で便宜が図られている。赤い点の動き方から、蓮太郎は早歩きで移動していると思われる。

 

「何だ?この建物」

 

「貿易ターミナルだな。他のエリアから航空機で輸出入した物資を取り扱うターミナルだ。ここで荷物の載せ替えを行う。東京エリアの空の貿易港だ。だが、何でこんなところに?」

 

 ガストレア大戦とそれに伴うモノリスの結界の構築により、人類の交通網と通信網は崩壊した。貿易はおろか交流すら難しい中で、各エリアは経済活動が自己完結した都市(アーコロジー)を目指すことを余儀なくされた。しかし、それに成功したエリアは少なく、大半のエリアが経済崩壊、生産不足による飢餓と貧困を迎え、他エリアへの侵攻と略奪、植民地主義の台頭とブロック経済といった人類の負の歴史を繰り返す結果となった。

 地上から衛星を狙撃するステージVガストレア“サジタリウス”の討伐により空の安全を一定のレベルで確保できた人類は人工衛星による通信網の復旧、航空機による他エリアとの貿易を開始した。今でも貿易の主役は航空機が担っており、アクアライン空港の貿易ターミナルは物資の玄関口としての役割を担っている。

 

「なぁ?片桐。里見は何が目的なんだ?」

 

 弓月は目を逸らし、言い辛そうに唇を噛んで閉口する。しかし、2人の視線から観念したのか、ため息を吐く。

 

「分かった。全部話す。だけど、ここにいる人間以外には言わないでね」

 

 弓月の口から語られたのは、今回のテロに関する聖居の見解だった。天の梯子の暴走、賢者の盾とガストレア洗脳装置の類似、賢者の盾を用いたステージⅣガストレア“スピカ”の洗脳計画。

 弓月の口から語られた計画に2人は驚いていたが、嘘とも出鱈目とも思わなかった。賢者の盾を洗脳装置として使うことに反対したから蓮太郎に裏切られ、倒されたという小比奈の証言と一致していたからだ。状況証拠だけで語られた憶測だが、蓮太郎の真の目的がスピカ洗脳だと考えるに十分な材料は揃っていた。

 しかし、同時にある疑問が湧いて来る。それを最初に言葉にしたのは勝典だった。

 

「待て。仮にそうだとして、あいつはどうやって賢者の盾を持ち出すつもりなんだ?空は空自、海は海自が封鎖している。飛行機で逃げても船で逃げてもミサイルでふっ飛ばされる。陸の連絡通路も陸自と空港から避難する市民でごった返していて、対岸の市街地には陸自の本隊と民警が集まっている。いくらあいつが元序列50位の化物でもあれだけの数を一人で相手に出来る訳が無い。逃げ道なんてどこにも無いぞ?」

 

 勝典に指摘されて弓月もはっと気づく。他に逃げ道があるのかと二人は考えるが、陸海空を封鎖されたこの状態で脱出できる手段はそう簡単に思いつかなかった。

 

「ああ!!畜生!!そうか!!そうか!!そういうことか!!」

 

 何かに納得し、悔しがり、突然叫ぶ壮助に2人の視線が集中する。「うるさいから黙れ」と言いたかったが、この中で一番頭脳労働が苦手そうな壮助が導き出した答えにも興味があった。

 

「片桐!!聖天子と話をさせてくれ!!」

 

 壮助は弓月の両肩を掴み、彼女を揺さぶる。突然のことに驚いて壮助の思うがまま、弓月の頭は前後に振り回される。

 

「俺の考えが正しかったら、あいつの狙いは聖居だ!!最初からずっと聖居が狙いだったんだ!!俺達はまんまとあいつに騙されて、利用されたんだよ!!」

 




おまけ 「蓮太郎にとっての片桐兄妹」
(※筆者の妄想や拡大解釈が含まれています)

原作当初の蓮太郎は天童家のことや両親の復讐から離れ、機械化兵士の力を隠して生きてきました。
「過去の憎悪や復讐を忘れて、普通の人間(民警)として平和に生きたい」
そう思っていた彼にとって、両親の死という過去にキッパリと折り合いをつけて今を生きる片桐兄妹は彼が望む生き方を実現している人間でした。影胤が蓮太郎を羨望し、憎悪しているように、蓮太郎もまた心のどこかで今を生きる片桐兄妹を羨望し、自分に出来ない生き方を目の前で堂々と行う2人に対する憎悪を持っていたのかもしれません。
だからこそ、蓮太郎は自分を殺す英雄として片桐兄妹を指名しました。
「自分には出来ない生き方をする片桐兄妹なら、自分では守れなかったものを守ることが出来るだろう」と……。

しかし、皮肉にも玉樹は玉樹で木更に愛される蓮太郎を羨望し、自分の決意と期待を裏切った蓮太郎を憎悪しました。
互いに互いを羨望し、憎悪し、そんな過去すら“終わり”にしようとした似た者同士のけじめが前回の彼らの戦いでした。
玉樹は倒れ、弓月は降伏しました。一見するとそれは蓮太郎の勝利のようにも思えます。しかし、何を以って勝利と呼ぶべきなのか。今一度、じっくり考えてみるのも良いかもしれません。

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